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タイラント

「おいおい聞いてないぜー! まさかこんな龍小屋が集まってくるなんてよーー!!」


「うっさいなぁ…。早くポテト持ってきてってば」


 つばの長い革帽子を被り直して悪態をつくのは、泣き崩れて眠ったイブキを介抱し、自身が経営する店まで運んだ先程の“猟銃の男”。

 そんな彼の尻を叩くように言い放つクルドの腕には、所々に包帯が巻かれていた。


「あーもう。ちょっと動かすだけで痛いなぁ。なんとか追い払ったけどやっぱあいつめちゃくちゃだよ」


「ごめんなぁクルドちゃん、ラディくん。みんながそんなやっとるとは思わんかってん」


 すまなそうに頭を搔くオオサキに向け、ラディが告げる。


「なら一杯奢ってくれ」


「珍しいなぁ。あんま呑んでるイメージないんやけどなぁ」


「……ムカつくことを思い出したからな」


 目を合わせずに答える様子を察し、オオサキは特に何も聞くことなく『あいよ』と銭を渡す。


「あーくそ! おまえらがばかばか注文するからこっちはてんてこ舞いだよもう!」


 猟銃の男が口をへの字に曲げながらポテトを抱え、一同が座る席にやってくる。

 受け取ったクルドが敢えてそうするように顎を突き出して、


「貸切券とか渡して簡単に許してもらおうとかするからそーなるんだよね。言っとくけどあたしの分は無料だから。イブキの代理で」


「代理ってなんだよ代理って!! とにかく! 上で寝てるイブキっつー兄ちゃんへの償いで貸し切りだけは許可してんだ! 飯までタダにしちまったらここ潰れちまうよ! くそぉ……こんないっぱい龍小屋の野郎共が集まりやがって……“黒龍”とか来ねぇよなぁ?」


 様子を伺うように一同をギロりと睨む猟銃の男。その様子にオオサキはナッハッハと笑い飛ばし、


「こーへんこーへん! そんな積極的ちゃうし…幹部ひとりふたりならなんとかなるやろ? な?」


「なるかなぁ……」


「なるなる。みんなおるしな!」


「根拠ゼロじゃねぇか! 頼むぜぇ〜? オオサキさぁん!」


「ニックぅ〜! 安心せぇって!」


 ゲラゲラ笑うオオサキと帽子を抑えてオロオロするニックと呼ばれた猟銃の男。

 イブキの重傷をはじめ、その他諸々の事件が重なって若干ピリついていたこの空間が徐々に明るくなってゆく。


「ポテト、食べないの? あたしばっか食べてるとなんか意地汚い奴みたいになるし、一個くらい食べなよ」


 その中で唯一ずっと表情を暗くさせたまま俯く隣のルーツに、クルドはそっとポテトを差し出してみる。

 何も答えない彼女に半ば呆れたように手渡したポテトを放り込むクルドは、


「じゃあいいや、あたし全部食べるね」


「なんで俺の方向いて言ってくるんだおまえは」


「だってひとりで食べるなとか言ってくるじゃんどっかで」


 クルドから目を逸らし、避けた先にあった2階に繋がるドアを特に意味もなく眺めるラディ。

 タイミングがいいのか悪いのか、視線を向けた直後にその扉は勢いよく押し開き、桜色のウェーブヘアーを揺らす元気溌剌な少女が飛んできた。


 無論、顔を顰めて視線を戻したラディを勢いよく指差し、


「今イヤな顔しましたよねっ!? どうしてそんな顔するんですかっ!?」


「嫌だからだよ」


 視線を合わせず、頬を膨らませるレイは胸に握りこぶしを押し当て感傷的に語り出す。


「ひ、酷いっ! どれだけ装甲が砕けても……剣が折れても必死に弟子を守る為に立ち向かい続けた勇敢な“炎桜”に…そんな冷たい視線を向けるなんてっ!!」


「おまえ、まだあのインチキ店で鎧買ってんのか?」


「インチキじゃないです〜! 聖なる炎の力が封印されてるんです〜!」


「あーもううっさいうっさい。イブキの状態だけ大人しく伝えてってば」


「クルドちゃんが……話しかけてくれた……?」


「鬱陶し過ぎるでしょこの人……」


 そうつぶやくクルドは呆れ返るように噴き出していた。

 目を閉じ、なにかの感傷に浸り続けていた


「イブキ君、死んじゃったりは無いと思いますけど、結構ショック受けちゃってるみたいですね……『俺はダメだ』ってずっと……」


「あの“ビリビリオオカミ”とやりあったんだろ? 正直、死んでないのが不思議でならないな」


「そこはまあ、わたしの弟子ですからっ!」


 誇らしげに胸を張るレイ。そんな彼女の水を指すように付け足すのは、ポテトを三本まとめて頬張るクルド。


「んっもっそーじゃ…んもっなくてっ……んっ……。そーじゃなくてさ、なんかビリビリの戦い方もおかしかったんでしょ? 消極的だったみたいな?」


「そ、そーなんですよっ! それをさっきから伝えたかったんですっ!」


 身を乗り出してレイはテーブルにつき、ポテトを片手に勢いよく語り出す。


 あーだのこーだのやっぱり違うだの実はこーだの……と拙い説明をなんとか飲み込んだクルドは、その話をなんとか解釈し、淡々と話を纏める。


「んじゃあつまりさ、イブキはフレイマ・ブライツベルンを“黒龍幹部”って言って追っかけてたら、何故かそいつに手を貸してるビリビリに邪魔されて死にかけたってことなんね?」


「はいっ!」


 勢いよく返事するレイの横で、オオサキはグラスを片手につぶやく。


「なんもわからんこっちとしちゃあ……ツッコミどころエグいな。 フレイマ? ってアレやろ? こっからずーっと西行ったとこにある屋敷んとこの娘さんやろ? なんでそいつんこと黒龍ん仲間呼ぶねんな。エリック君が黒龍の味方しとるんもおかしいし」


「心当たりのある奴は一人いる」


 遮るように割り込んできたのは、酔いが回りはじめたのか、頬を赤らませてこめかみを抑えるラディ。


「イブキとフレイマ・ブライツベルン。このふたりが共通している黒龍の幹部といえば一人しかいないだろう」


「うーん。あたしも同じこと思ってた。“タイラント”だよね?」


「「タイラント??」」


 わかっていない様子のオオサキとレイが口を揃える。


「名前はラディのやってた“アンデット・バスター”のボスキャラの『キメラ・タイラント』から取ってるんだけど、1回あたしとラディで倒したんだよね。不意打ちだけど。やっぱ生きてたのかな……」


「そもそも日向秀月一派の中でフレイマ嬢だけ死んでないなんておかしな話だ。俺たちが焼き殺す寸前かどこかで身体を入れ替えたのだろうな。方法は知らんが」


「身体変えるって屋敷の娘さんのをか? そんなこと出来るんか?」


「タイラントは死体を操る力があるんだし死体に乗り移ってもおかしくないじゃん? って仮説なんだけど、こればっかは現場にいたイブキに聞かないとね。なんか知ってそうだし」


「死体を操るっちゅーことは……まさかシウバくんもエリックくんもやられて…ちゅうことなんかな」


「多分無いね。タイラントに操られたメテンと戦ったことあるけど、痛覚がないのかな? ラディが骨折っても動きが鈍らなかったんだよね。シウバは普通に痛がってたし、黒角だって無かったし……そもそもあんなうっさい死体いるわけないし」


『ほえ〜』と感心の声を漏らすオオサキ。同じくエリックと交戦したレイもうんうんと分かりやすく頷いていた。


「とにかく、イブキ達のとこで倒れてたフレイマ嬢は既に乗り移られたあとの……所謂“抜け殻”ってとこかな。新しい身体を手に入れたタイラントがどっかに潜んでるかも。多分シウバやビリビリとも関係してそうだから……見つけ次第聞いてみるとかじゃない?」


「ぜんぜん……なんもわかってねぇんだなぁ。おんまえ」


 ろれつの回らない腑抜けた声色が会話を止める。

 真っ赤にさせ、クルドのフードを引っ張りながらだる絡みするように告げたラディだった。


「うっわ。ラディだるっ」


 悪態を突きつつ、クルドはポケットから綿を取り出して彼の口に近付ける。ほくそ笑む彼女を見てレイは不思議そうに、


「ラディさん酔ってるんですか? その綿は?」


「魔道回路の波長を使って音を残すヤツ。こんな間抜けなラディの声、録音(とっとく)のふつーでしょ。


「あはっ! それいいですねっ!! 今度なんか変なこと言われたら綿で録音したの突きつけちゃいましょうっ!!」


「……おっかないなぁこの子達」


 オオサキは怖いものを見るように顔を引き攣らせ、ジョッキをグイッと飲み。


「おいクルドォ。おまえ同じ服何着持ってんだよ。どれ洗ったか……とか見分けつかねーんだよ」


 だらしのないラディの様を一つ残さず絡め取るように綿で録音するクルド。レイはしばらくその様子をすこぶる悪い顔で楽しんだ後、


「あ、わたしイブキ君の様子見てきますね?」


 颯爽と立ち上がりドアの向こう側の階段を駆け上がるレイ。

「相変わらず元気ええなぁ」とこぼしたオオサキは酔い潰れて寝込んだラディを背負い、


「ラディくん送ってくで? クルドちゃんもあんま遅くならんようにな」


「うん」


 残されたクルドは、とうとう一言もしゃべらなかったルーツを気にせずに余ったポテトを頬張り続ける。


「どうしたら…いいんだろう」


「へ?」


 ようやく口を開いたルーツの言葉に気の抜けた返事で返す。

 たかが外れたように彼女は続けた。


「……悪いなって思ってたんです。飴玉さんの話だって私が悲しむだろうってみんな気を使ってくれてて……助けられてばっか。そんなの駄目だってしはんにお願いしてお稽古までつけてもらって…それでも全然……やっぱり護られてばかり。それなのにみんなまだ優しくて…私の力だって私が痛い思いをするからって使わせてくれなくって……こんな役立たずな私、どうしたらいいんだろうって…」


「どうしようって、キミは龍小屋(うち)の管理下で暫く一緒にいてもらうけど」


「どうして、一緒にいてくれるんですか? やっぱり……」


「いや、だって敵に回ったら危険じゃん。傷一瞬で治す力とかさ。そんだけ」


「じゃ、じゃあ……やっぱり…護られることしか……」


「んまぁ、下手に絡まれても邪魔なだけだしね」


「……ごめんなさい」


「謝ることじゃないよ、客観的な事実ねこれ。んまぁ、もしなんか役に立ちたいって思うなら……成果だね成果。一個ずつなんかこなしてくみたいな。イブキとかそんな感じだよ? 教えてもらえば? ヒトの殴り方とかさ」


 自分の頬を握りこぶしでぐりぐり押し付けるクルドの冗談じみたアドバイスに彼女はただ弱々しく、


「クロさんは……その…」



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 ニックに介抱されて連れていかれた店の二階の寝室で、イブキはひとり体を起こして真黒な窓の外を眺めていた。


 疲労感は充分。今にも眠ってしまいいたいのに、眠れない。あまりにも考えたくない事柄を嫌でも思ってしまう自分が鬱陶しく感じた。


「滅茶苦茶じゃねえか……今日の俺…」


 力を過信して秒殺されたこと。結局メギトに逃げられてしまったこと。これだけでも充分に悩める要素ではあった。が、


「なにが……“俺にやらせてくれ”だ…。なんであんなムキになって……畜生ッ!!」


 ベッドを殴り、涙を堪える。最後に見たルーツの表情を想う度に、胸が何度も潰れそうになるのを感じた。


「イブキ君? 寝ちゃったかな?」


 ドアがゆっくりと開き、桜色の髪を揺らす少女が入ってくる。腕に巻かれた包帯と頬に貼られた大きなガーゼが痛々しかった。


「せん、せい……」


 ただ当の彼女は自分の声を聞くなり、そんな傷など一切気にしていないようにそそくさとこちらへ駆けてきては、


「イブキ君っ! 今ラディさん凄いお酒で酔ってて面白いですよっ! 絶対見た方がいいですっ!!」


「なんすかそれ……まさか、そんなくだらないこと言う為にここ来たっていうんすか?」


 言い切った後に八つ当たりだと気付いて下を向き、


「……すんません」


「ああいえっ! わたしも変でしたよねっ! ごめんなさいっ! 出ますねわたしっ! ご、ごゆっくりっ!!」


「あ、せんせいっ! ああっ」


「はい先生ですなんですかっ!?」


「いや……あの…」


「はいっ!」


「あ……えっと……」


「……イブキ君?」


 レイは首を傾げ、こちらを伺う。

 彼女に伝えたい“とある言葉”をどうしても切り出せず、もじもじと固まっているイブキの様子を察したようだった。


 ベットのシーツをグッと掴み、腹を切るように覚悟を決める。

 中々開かなかった口を押し広げ、


「ひ、火ィ……噴いてましたよね? あの時」


 レイの柔らかな頬がピキピキと凍り付いてゆくのが目視で確認できた。

 イブキが今まで出会ってきた女性の中で、あれほど殺意に満ちた表情を浮かべてきたのは、隠れて行ったソシャゲへの課金が見つかった時の母親を除き、レイが初めてだった。


「イブキ君、みたんです…」


「すんませんっ!! あれ教えてくださいっ!! クルドが言ってましたあれブレスっていうんですよね!? あれ覚えないと戦えないというか…まじお願いしますっ!! 先生しかいないっすまじで!!」


 畳みかけるように嘆願するイブキ。メテンの必殺技とされる“ブレス”を教わるには、彼女の力は絶対必要だと感じていた。

 ただ、わざわざ正直に彼女のブレスを見てしまったことを報告する必要があったかは定かではないが…。


「お願いっす……俺…まじで弱すぎるんすよ。折角両手が龍皮化出来るようになったと思ったのに…あのわけわかんねぇチャラ男野郎にやられて…シューゲツやカドリ……みんな持ってるものなんでしょ? 俺だって…俺だってっ!!」


「嫌ですっ!!」


 その嘆願よりもずっと大きな声でレイは叫ぶ。その瞳は潤んでおり、リンゴのように赤らませた頬を膨らませ、続ける。


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやぜっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったいっっっっっい、やっっっっ!!!!!!!!」


「そ、そこをなんと…」


「ていうか見てたんですかっ!? なんでなんでなんでっ!? 女の子のブレス見るなんて最悪ですっ!! し、しかも…教えてくださいって……い、イブキ君っ!! これは大損害ですよっ!! もうお嫁にいけませんよわたしっ!! お、おとといきなさいっ!!!!」


 使い方のおかしい捨て台詞を最後に、半ば取り乱したように出ていってしまったレイ。暫く固まっていたイブキだが、ようやく頼みの綱であった彼女を失ったことに気が付き、がくりと肩を落とす。


「うそ…だろ……」


 布団に潜り、もう一度大きくため息をつく。


「ブレスさえ覚えれば……まだわからないはずなんだ。絶対そうなんだ…畜生……そう“思う”しか……できねぇのかよ……」


 嘆きの後に脳内に襲い掛かってきた“醜態”の記憶。ふざけたチャラ男に一撃で沈められ、宿敵を逃がし、大切に想う人に対して……


「クソっ!!!」


 掛布団をどかして転げまわり、嘆くように呟く。


「ブレス……覚えてやる……ぜったいッ!!!」


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