爆龍会合
ーーなんだ……なんで一直線にこっちに来る!? “爆龍”… “爆破正義”、“最強のメテン”……《タケトミ・キリュウ》!! 龍魔力の放出だって抑えてる…。万が一漏れていたとしてもこの距離から気付くなんて考えられねぇし、そんな力があったら…俺ぁもっと早く気付かれてた筈だ。クソっ! わかんねぇ!
歯を軋ませ、眼前の大男キリュウを睨む。
今か今かと向こうの出方を伺う。この時ばかりは、反撃を試みようとする自分を“愚か”とすら感じていた……が、
ーーあいつ……俺を見てねぇぞ? いや、視界には入ってるんだろうが……なんつーんだ? まるで風景の一部みてえに…?
ゴクリと喉を鳴らし、キリュウの足元に視線を落とす。
ーーやっぱり…俺をみてねぇ。向こうからすりゃあ俺はただの一般人ってか。ま、わかりきってたことだが、俺がこの身体を乗っ取ったことも黒龍ジュニアとの鬼ごっこも…向こうはなんもしらねぇ。クソッ! だとしてもなんつータイミングだ。クソウゼェ!!
更に俯き、平然を装って歩き出すメギト。キリュウとの距離がどんどん狭まってゆく。
ーーどうする殺るか? 爆龍を不意打ちで? ざけんじゃねぇ。64点の身体じゃあ…正面切ってはまず勝てねぇ。そもそも俺には“祭り”があんだろうが…。こんなとこで力使うとか……ありえねぇんだよッ! ……とにかく今日はやり過ごしてやろう。どの道“祭り”でこいつもぶっ殺すんだからよ。
肩が並ぶ…と言っても実際に並んでいるのはキリュウの肩とメギトの頭。
岩山のように大きな腕と、獲物を木陰で待ち構える熊のように鋭い眼光。敵意を向けられていないものの、彼が放つ“圧”は途轍もないものだった。
すれ違う。能力の関係で様々な人物になり切っていたメギトは演技力に長けていたが、今回は久しぶりに心の中でポツリと一言。
ーーあぶねぇあぶねぇ。バレるとこだったぜ……
震える拳を握りしめ、横目でキリュウを睨み直す。
ーーこうしてられんのも今のうち、だぜぇ? 地獄を見せてやるよ。クソジャパニーズが───。
「どこへ行くつもりだ?」
時間が止まった────。
或いはそう感じさせてしまうほど、彼の言葉は重かった。
「……あ?」
目を見開き、振り返る。すぐさま脳裏に浮かぶ“平常心”。
「……って!? キ、キリュウ!? 最強のメテン…キリュウ!! どっ、どどどどこって……そんなぁ……」
キリュウは過剰な程に驚いてみせたメギトの反応に眉ひとつ動かさず答える。
「……私を前にしてまるで動じず横切ろうなどと考えた人間はお前が初めてだ。それにその反応……何を考えている?」
「へぇ? いやぁ……考え事してたっつうか……えっと……」
戸惑う演技で時間を稼ぎつつ、メギトは考える。
ーー嘘だろ!? 見てたってのか!? どこで? いつ!? なんで泳がせた!? クソっ! クソッ!!
紡いでいた口を開き、答える。
「……どこから……見てた」
「どこから? ふざけているのか?」
「……え?」
「性に溺れる最低最悪の愚業を……私が黙って傍観していた……。 そう言いたいのか?」
「性に……溺れる…?」
ーーなんだ…まさか俺が身体乗っ取ってるとこがそーゆー風に見えたとかいいてぇのか? こいつは。勿論んなわけねぇ……それに、仮に“俺”に気付いてんならあそこですれ違う意味もねぇ。もうちっとは警戒すんだろ。
噛み合わない会話の糸口を探るメギトの額に、一枚の紙切れが投げつけられる。
「……あ?」
「読め。自覚がないのならばな。声に出して罪を認識しろ」
ーークソッ…ふざけやがって……
その横暴な態度に腹立ちつつも、答えを求めて紙切れを拾うメギト。
そして、絶句する。
「【通報依頼書】ボロッコ・バント……36歳…職業…不定。バルボレス王都近辺…の……連続強姦……未遂事件……犯…人…の疑いで……捜索中…?」
音読を続けていくうちに脳裏にチラつく、先ほどまで野次馬らがイブキに放っていた口撃の数々。
────つい最近、強姦事件があったらしいぞ!
────こいつがその強姦魔じゃねぇのか!?
────強姦魔の話なんて誰が聞くかよ!!
ーーそういやこの身体ッ! 死ぬ前“ほんの出来心だったんだ”とか訳わかんねぇこと叫んでやがったけど……まさかッ! まさかそんなことッ!!
導き出してしまった、最悪の結論。
ーーこんなの…ありえねぇだろッ!! たまたま乗っ取った身体が……強姦未遂常習犯の糞カス野郎だったなんてよぉぉぉぉおおおおお!!!!!
メギトは血相を変え、勢いよく地面に頭を擦り付ける。
「ち、違うんだッ!! 話を聞いてくれェ!! ぬ、濡れ衣なんだ!! 俺は違う!」
ーーとにかく今は……適当に言い繕って逃げるタイミングを探すしかねぇ!!
「濡れ衣?」
「そ、そうなんだ…! 俺はもう…どうしたらいいかわからなくて……キリュウさん…もしあんたが……聞いてくれんなら俺ぁ…!!」
縋るような視線を造り、キリュウへと向ける。彼は少しだけ眉を動かしたのち、
「聞かせてみろ」
キリュウの言葉から“圧”が抜ける。
「い、いいんすか!?」
「裁く側の私はなによりも慎重でなければならない。どれほど強固な疑いがあろうとも、聞かない理由にはならん」
「あっ……ありがとうございます!」
ーーこいつ……くっそちょれぇ……!!
思わず緩みそうになった頬を引き締め、声を造る。表と裏で別のことを考えることは慣れていた。
「お、犯されかけたのは…お、俺の…愛人なんだ! 襲われた彼女を助けるために俺は飛び込んで引き剥がしたんだが…悪あがきで抵抗されて突き飛ばされて! …丁度彼女の胸に手が触れたんだ……。そのタイミングだ! 騒ぎを聞いた人が駆けつけてやってきたかと思えば…立ち上がった変態野郎が俺を指差して────」
「お前服が破けているな。裾の部分だ」
「なッ────!?」
突然言葉をせき止める。キリュウはじっとこちらを睨みつけたまま続けた。
「最後の被害は今日の午後20時前頃。被害者の女は暴行から逃れた際、裾の部分を千切って公安ギルドの保安部隊に駆け込んだそうだな」
「はぁ……?」
表情が凍り付く。
「私はこの地で起きた事件簿の全てを記憶している。どんなに小さなことでもな。そして見つけた者は己が手で制裁を与えるようにもしている」
先ほどまでしまい込んでいた“圧”を再び表に出し、キリュウは凄む。メギトはただただ慄き、八つ当たりするように肉体を罵倒した。
ーーなんで破けた服そのまんま着てんだよ!! 証拠になるもんは焼いて捨てんだろ普通はよ!! こんな!! こんなゴミカスの身体を……なんで…よりによって…こんな!!!!
眼前には拳を構えるキリュウ。彼の“制裁”はあまりにもシンプルなものだった。
「お前は罪を犯し、更にその罪を隠蔽しようとすらした。牢屋に入れるだけでは“正しい償い”にはならんな。この制裁はひとつの禊と思え」
キリュウが奮った拳。正面から正直に振るわれたそれを無意識で目で追い、
「---ッ!!!」
躱した。躱してしまった。
空を切った自分の右手を見つめるキリュウ。その表情は少し疑心を帯びていた。
「…………」
ーーやべぇ……さすがに攻撃が馬鹿正直過ぎて躱しちまった!! 正直っつっても…その辺の奴じゃあまずかわせねぇくれぇのスピードッ! その辺の奴を演じてる俺が…これを躱すってのは……!!
「意外だな。とても躱せる身体能力があるようには思えなかった」
「しょ、正面から来られりゃあ……躱しちまうってそりゃあ! つ、つーか……公安ギルドの保安部隊でもねぇあんたが……勝手にこんな暴行していいってのかよ!! おかしいだろ!?」
「……私はそれが許されている。“許させて”いる」
「ば、馬鹿だろ……あんたッ!!」
ーー次だッ! 次の拳が来るッ!! これを躱しちまったらいよいよ“俺”を疑い出すに違いねぇ!! でもこれ喰らうのか!? このふざけた拳を受けて……この身体が犯したゴミみたいな罪を俺が被るのかぁぁあああ!?!?
再び放たれた拳は更に洗練されていた。恐らくメテンを覗いてこの速度の拳に対応出来る者は無い。
ーー殺っちまうか? 今埋め込んでるゾンビ軍団を……総動員させてッ!! もしかしたらフルで行けば……こいつ…潰せるかもしれねぇ!!
拳の位置が顔面と同じ高さになる。どうやら文字通り顔の形を変えるつもりらしい。
反射的に目を閉じ、口を紡ぐ。
ーー馬鹿野郎ッ!! あれは……ゾンビ軍団は全部“祭り”に使うんだろうが!! その為に俺は1ヶ月…必死こいて準備してきたんだっ!! あの飴野郎に手ぇ貸して撹乱させてよォ!! 暴龍に…雷龍だって釣り上げてよぉ!! 俺は祭りの為に……この馬鹿共を恐怖のどん底にたたき落とす為にッ!! 準備してきたんだッ!!
目と鼻の先で止まったように見える拳。
人は何かしら危機を感じた時、走馬灯として時間を遅く感じることが出来るそうだが、今のメギトにとってその時間はただただ鬱陶しいだけだった。
ーーたかが性犯罪者の汚名をちっと着せられるだけなんだッ!! これしきのことで……これしきのことでぇぇええええ!!!!
めり込む拳。ミシミシと鳴り響く痛々しい音は“犯罪者”の顔が崩れる音。
メギトが“犯罪者の罪”を請け負う、覚悟を決めた音────。
「い、いてぇ……いでええええ!!! くっそおおお……なんで……いだいっ!! 骨っ!! 骨折れたっ!! 歯も!! 歯ぁいでぇ!! クソッがっ!! あがっ!!!」
血だらけの顔面の奥で、こちらを見下ろしてくるキリュウを睨みつける。
ーー畜生……準備さえ…整えばッ!! お前だってええええ!!
「……なんだ。その目は」
メギトから放たれていた殺気を感知し、それよりもうんと強い殺気を帯びた視線で睨みつけてくるキリュウ。
「な、なんでも……無いでしゅ……いだい……いだいよぉ………」
キリュウは懐にあった縄を取り出し、メギトの身体をキツく縛り付ける。
「“痛み”は最も記憶に根付くもの。本当はもう五発ほど殴ってやりたいところだが……2箇所ほど龍小屋の者が衝突しているからな。あとの始末は牢屋に決めてもらえ」
ーーぜってえだ……ぜってぇ……
メギトは大きく俯き、剥き出しになった“怒り”を隠す。
ーーこいつだけは……ぜってぇ潰すッ!! 俺の……起こす…“祭り”ッ!! “大死祭”でなッ!!! その為だ……我慢だ……我慢しろぉぉおおおお!!!!
後から追いかけてくるようにやってきた保安部隊に“強姦野郎”と罵倒されながら、メギトは引き摺られるように牢屋へと向かっていった。
一月十三日追記
本日は作者都合により休載とさせていただきます。
勝手な都合で申し訳ございません。次回更新は一月二十日になります。




