やつあたり
「メ……ギト…てめぇ……メギトッ!!」
身体中にひしめく痛みを振り払い、地面に転がったままのメギトを睨むイブキ。両手を既に龍皮化させ、追撃を試みる。
「てめッ!! なん…でッ!!」
よろけながらメギトは立ち上がるも、覆いかぶさるような影の爪に対応しきれず、フリルのスカートが無惨に引き裂かれる。
「くそッ!!」
さらなる追撃を警戒するメギトも両手を龍皮化させ、イブキを迎え撃つように構えるも、
「はッ……がっ!!」
膝に手をつくイブキ。荒い呼吸と共に顔を歪ませ、身体中に響く痛みに悶絶する。
「満身創痍…どーやら互いに…か。めんど…く…せぇッ!!」
「メギ…ト……おまえは…ぜったい……そうだ。あの時……死んだフレイマの……からだ…使って……その龍皮もッ!!」
イブキの突進をメギトは受けきれず、後方へ突き飛ばされる。
勢い余って足の縺れたイブキもその場で転倒し、ふたりは芋虫のように地面を這いずりまわる。
先に立ち上がったのはイブキだった。
「しゅ……げつ達…の……仇…だッ!!」
「いんだ…ろ…おいッ!! 雷野郎ッ!!!」
イブキを見上げ、メギトは声を荒げる。返事はなく、無機質な灰色の壁を叫喚だけが昇ってゆく。
対するイブキは右手を潜ませた影を槍状に変化させ、メギトへと向ける。
気が抜けないようにと唇を千切れる程噛みしめてこちらを睨みつける彼の形相は、まさに荒れ狂う龍のようだった。
「おい…おいふざけんじゃねぇぞッ!! 俺がここで死んだら…てめぇわかってんだろうな? てめぇのせいだぞ? てめぇのせいで何人もの糞みてえな女が死ぬんだッ!! 勿論、死ぬ直前にてめーんとこ向かわせるよう仕向けるぜ!? 殺れんのかよ? てめぇのせいでゾンビにされた女共蹴っ飛ばせんのか!? 無理だよなあ!! なあおい雷野郎ッ!! はやく来やがれッ!! き゛や゛か゛れ゛!!!」
「るっせぇな……!!」
放たれた雷撃は、イブキがそのぐしゃぐしゃになった少女の顔面を貫くよりもほんの少しだけ早かった。
影槍に鞭を打つような痛みが走り、脚を崩して倒れるイブキ。既に限界だった肉体は糸が切れたように力が入らなくなり、右手は痙攣を起こしていた。
重石のような頭を持ち上げると、そのすぐ上には面白くなさそうにこちらを見下ろす“雷野郎”。
強くなったばかりのイブキを一撃で沈めた絶対的な“強者”。
「……ったく、こんなことまでやらせんじゃねぇよ。殺すぜ? もう」
「やめ…ころすんじゃねぇぜってぇだ!! こいつの肉体は俺が頂くんだよッ!! メテンを奪うには活かしたままじゃねぇと駄目だ!! いつもの糞住人ぶっ殺す“移住”とはわけがちげぇんだよッ!!」
「……焦りすぎっしょ。てめぇこそ…約束は守れよ?」
雷野郎の髪が逆立ち、周囲に火の粉がはじけるような音が鳴り響く。身体を覆う青白い光がそいつの両足へ収束してゆくように集まっていき、同部分は青白く、虎のような太い体毛に覆われた龍皮へと変わっていった。
ひと際光り輝く右足を振り上げ、首だけをメギトへと向ける雷野郎は、
「脳死はいいんだっけか? おたくの移住のルールとかしらねぇけどよ」
「身体がいきてりゃあいいって言ってんだろうがッ! はじめからやれよクソッ!!」
「……そうかい」
嘆息と共に振り下ろされた龍皮の踵は、イブキの後頭部を貫くよりも早く……。
「はい……っ…ざんっ……ねん…でし……たっ!!!!」
猛炎を纏った真剣に止められた。
「ぁあ!?」
「………せい…」
「え、レイちゃん?」
面食らった顔で固まる雷野郎の踵落としは、突然割り込んできた真剣によって防がれ、弾かれる。
それでもバランスひとつ崩さず、華麗に一歩引いて追撃を躱した雷野郎は、そのバチバチと音を鳴らしている髪をかき上げもう一度その名を呟く。
「レイちゃんじゃん。なんだかんだ一か月ぶりじゃね? てかなにそのかっこ、ハロパ?」
再会を喜ぶような雷野郎の言葉を無視するように、かの“猛炎・大爆発セット”をも凌ぐ派手さと露出度を兼ね備えた衣装を纏い、余計な装飾の多い鍔に覆われたインチキ臭漂う剣の先を向けるレイは、
「わたしは今……とてつもなく機嫌が悪いですよ、エリックさん。だから次に変なこと言ったら……い、因果応報でぶった切りますっ!!」
「レイちゃん。それを言うなら問答無用じゃね?」
一瞬場が固まる。
「う、うるさいっ!! なんっかわかんないけどクルドちゃんにシカトされてっ!! 気に入ってた猛炎・大爆発セットも鉄が錆びてボロボロになってたから急いで新しい“バージョン2”買ってお金なくなるしっ!! ついでにイブキ君も死にかけてるし……踏んだり蹴ったりですっ!! だから……」
何故か一人で鼻を真っ赤にして涙ぐむレイは、インチキソードの鍔をぎゅっと握り、
「今からやることは……ただの…八つ当たりです。剣豪…失格……!!」
インチキソードを自身の龍魔力で発火させ、目にも止まらぬ速さで抜き打つレイ。
エリックと呼ばれた雷野郎は、今度は避けずに帯電した脚でインチキソードを受け止める。
「なに? 久しぶりに遊んでくれんの? ちょっとうれし……じゃんッ!!」
グッと膝を伸ばし、レイの突進を跳ね返す。いつの間にか両手も龍皮化させていたエリックの後ろでよろけながら立ち上がったメギトは、
「おい……こいつ龍小屋だ。潰せッ!! 最低でも…この俺が逃走するまでせきとめろッ!! クソッ暴龍に白い女追わせときゃそっちに目が行くって思ってたのによッ!!」
壁を伝いながら逃亡を始めるメギト。それに気付いたイブキはレイの脚をつついて、
「せん……せい…あい……つはこく……りゅうの…仲間……なにか…たくら…でる……」
「え、あの女の子がっ!? わ、わかりましたっ!!」
一瞬も疑うことなくメギトに的を絞ったレイの視界を阻むように、再びエリックが立ちはだかる。
「そこをどいてくださいっ! エリックさんっ!!」
「レイちゃん…ごめんだけど今日はどーしてもお前と遊びたくってさぁ。つきあってくんね?」
「お付き合いは絶対嫌っ!!」
再び交わる炎の剣と龍皮の脚。炎と雷が爆ぜて暗い細道を照らし、両者の力が完全に拮抗していることを証明していた。
「い……ぶき……くんっ! この…ひとは……ただものじゃ……ないんです。だから……体に鞭うつようで……悪いけどぉ!!」
両手でなんとかエリックの脚を払いのけるレイに呼応したイブキは、ゆっくりと立膝をついて立ち上がり、
「………追うっす」
「……あ? 立つのかよこいつ。クッソタフじゃん」
メギトと同じように壁を支えにして進み始めたイブキの方を向き、帯電を始めるエリック。
つかさず飛び込んだレイはイブキへと放たれた雷撃を切り伏せ、先ほどまでむくれていた頬を少しだけたわませ、
「わたしの…一番弟子ですからね」
両手足の龍皮から浮かぶ桜色の陽炎は、彼女が気合を入れ直したことを表していた。
しっかりとインチキソードを握りしめてエリックに向かてゆく様は、少なくとも“八つ当たり”には見えなかった。
「……やっぱつええなぁレイちゃん。好きになりそっ」
「色目ばっか使ってるエリックさんだけはぜったい……嫌ですっ!!」
唸る金切り音。再び相殺する炎と雷。お互い体制ひとつ崩さず、追撃にかかる。
片足を上げたまま自身の髪を少々引きちぎり、帯電させて鋭利に尖らせて飛ばすエリックと、それを難なく一振りで切り伏せ、そのままの勢いで喉元まで踏み込むレイ。
二撃目の一閃を超人的な反応力で躱すエリックは、既に膝の高さまで上げていた足を延ばし、レイの腹を突く。
それすらも読んでいたレイは左手の籠手を使って腹蹴りを受け止め、ほんの一瞬だけ動揺したエリックの隙を突くようにその襟元に手を延ばし、腹部へ回り込む。
そのまま脚を掛けて彼女よりも二回りほど大きなエリックの身体を持ち上げる。
それでも抱き着かれるように腰に手を回され、体制を崩してしまった彼女は剣を捨ててエリックの手を掴み、彼を背に大きく転倒した。
ひと呼吸つくより先に立ち上がった両者が再びぶつかり、周囲の空気が爆ぜる。
激しい戦闘を横目にイブキは、
「クソッ……ぜんぜん……追え……ねぇ」
握る拳は震えていた。後ろでぶつかり合う二人は自分よりもずっとずっと強かったから。
ーーなに悔しがってんだッ!! 今思うことじゃねぇだろ畜生ッ!! 俺のやるべきことを……やらないとッ!!
思い切って壁から手を離し、振り切るように前に歩みだす。
未だに身体を引きずるようにして走るメギトの背中を見つけ、じりじりと距離を詰めてゆく。
ーー強く……なってやるッ!!!
強く意気込むイブキの眼前にピシャリと音を立てて鳴った雷撃。やっと走れるようになった身体が、再び重石が乗るように動かなくなる。
「……いかせねぇよ。わりぃけど」
レイと打ち合いしているはずのエリックがけん制するように指に挟んだ髪の束を三本、イブキへと向けて呟いていた。
「なッ!! お、おまえ……ッ!!」
慄きつつ、レイを探すイブキ。その様子を察したエリックは親指をグイグイと動かし、イブキの視線を促す。
そこにあったのは大きく穴が開いた壁と、ボロボロと積み重なる瓦礫の山。
「おたくみたいなヘタレ護りながらやってりゃあ、幾らレイちゃんでも俺には勝てねぇって。あーあ、死んでないよな? 超カワイイから残しときたいんだけど」
ーー畜生……畜生……バカにしやがってッ!! 俺が足手まといみてぇにッ!! さっきからこのテキトーな態度といい…ルーツや先生を口説いてる感じといい……なんか…本能的に……こいつ滅茶苦茶気に入らねぇッ!!
イブキはエリックをふんだんに睨みつけながらゆっくりと振り返る。
「なめるなよ……クソチャラ男野郎」
「あ? なにお前」
エリックの言葉からも嘲笑が消える。
その一声は強い怒気を孕んでいた。
「お前……なんなんだよ…その態度…! 先生とかに……色目使ったりよッ!!」
「え? キレるとこそこなの? やば」
「ちげぇよッ!! その喋り方も腹立つんだよッ!! 適当に……適当にやりやがってッ!!」
子犬が唸るように威嚇するイブキの態度にエリックは小さく舌打ちする。
「あのさ、俺もちょっとはおたくに気使ってやってんのよ。一撃で終わらせてやろうとかな。まぁそこはどーでもいいんだが……こっちも一応本気なんだわ」
青白く発光した脚で大地を突くエリック。キッと目を細め、続ける。
「色目は確かに使ってるかも知んないけどさ……けっこー気にしてんのね俺、テキトーにみえるとかよ。特にモテねぇだっせえ男共からよく言われるんだけど……そーゆーの……割と腹立つんだわ」
「………ッ!!」
イブキは3歩ほど後ろに下がっていた。自分の放った言葉の“なにか”が、エリックの地雷を踏んでしまったようだった。
正直、煽り返したことをイブキは後悔していた。“眠れる獅子”を怒らせてしまったと。
それでも引き下がらず、影を纏って対抗せんとするのは、彼のプライドの高さ所以だった。
もう引き下がれない。ここで逃げたらあまりにも情けなさすぎる────。
「ぶっ殺してぇけどそれは無理だから…皮膚を思っきし炙ってやるよ」
全く笑わなくなったエリックの右手が帯電を始める。虎のような太い毛根は棘のように逆立ち、線香花火のような火花を纏っていた。
等間隔上に設けられた灯りよりもずっと青白く輝く右手の様子は、間違いなく大技の予兆だった。
防ぐどころか、躱すことすら許されない。
今のイブキの状況を言うなれば、山ほどある巨龍の開く口を前に、為す術もなく遠吠えすることしか出来ない山小屋の犬ころのようなものだった。
ーー怖い……怖すぎるッ!! 畜生なんなんだよこいつッ!! なんでこんなデタラメに強いんだッ!! 馬鹿にされてムカつくのに……怖くて……でも引き下がれなくてッ!!
「泣いてんじゃねぇよ」
その声色は、嘲笑ではなく“軽蔑”に近かった。
「……っせぇ……んだよ……クソ……」
震える声で呟く。恐怖とそれ以上の無念を凝縮した涙が頬を伝い────。
涙を拭うように、熱々に熱された大気が頬を撫でた。
「イブキ君っ!! 目を閉じてっ!!」
「…え!?」
言われた通りに閉じるよりも先に、声のする方へと向き、唖然とした。
「う、うおぉ!? すっげ……」
トドメを刺そうとしていたエリックは、押し寄せてくる火の波に驚くも、躱す暇もなく呑み込まれてゆく。
「や、やべぇ……」
頭を抑えてしゃがむイブキ。火の海は彼の手を接触スレスレで通り抜けていた。
街路樹は焼け落ち、電灯は溶けてゆく。とんでもない熱量だった。
ーーせ、せんせい……火ぃ噴いてた…………
イブキは伏せる直前、女の子らしい小さな口を尖らせて屋根の上から顔をしかめて勢いよく炎を噴射していたレイの姿を思い出す。
ーーあの人……やべぇ……
暫く周囲の大地を焼いた後、火の海はおかしいくらい綺麗に収まる。
焼け野原の中にエリックの姿は無かった。
火の粉が散らばった地面をゆっくりと歩き、レイは顔を真っ赤にさせて近付いてくる。
「え、な、なんすか……?」
妙な殺気すら感じ、思わず後退るイブキ。
レイはグイッとこちらに顔を近付け、
「みましたか? いまの」
「……へ?」
「『へ?』じゃなくて、見たか見てないかだけ言ってください」
「み、見てないっす! 絶対っす!!」
修行の時以上に凄む彼女の気迫に押され、咄嗟にウソをつく。
するとすぐにレイの表情は晴れ、
「ふぅ……ならよかったですっ! はやく追っかけちゃってくださいっ!」
インチキソードを納め、両手のガッツポーズと共にイブキを激励するレイ。
イブキはすまなそうに手を合わせ、
「せ、せんせいも来てほしいっす……流石に…身体が…」
「んー…そうしたいのはやまやまなんですけどねぇ……」
レイは顎に手を当て考え込んだ後、収めたばかりのインチキソードに手をかけて背を向く。
桜色のウェーブヘアーが急な突風で揺らいで、顕わになる女子らしくも逞しい、綺麗な白い背中。
「な、なんかあるってこと……」
「おいよッとッ!!!」
イブキの問は、大気を丸ごと痺れさせるほどの轟音と金属音によってかき消される。
再び現れたエリックの電流を纏った蹴りを、炎を纏わせた居合の抜き打ちで受け止めた故に生じた音だった。
「なっ!?」
「わたし……この人と…戦わなきゃいけないん…ですっ!」
エリックを振り払い、剣を構えたまま振り返って笑ってみせるレイ。
暫く狼狽していたイブキだが、直ぐにグッと拳を握って走り出す。
ーーあんなに強いやつが……すぐにやられるわけがねぇ……甘えるなッ! 甘えるなッ!! 絶対に…俺が捉えねぇと……!!
イブキが見えなくなった後、安堵したように嘆息するレイ。向かいのエリックは不敵な笑みをたたえて、彼女を称賛する。
「レイちゃん、さっきのブレス神ってたわ。お陰で右手くそあちィ……割とガチで惚れたかも」
「……やっぱり、みたんですね」
「え?」
レイから発される、かつてないほどの大きな圧力にエリックは少しだけ慄く。
「み、みたって…ブレス? いやまぁ……俺に向けてたしそりゃあ……」
「じゃあ駄目ですっ!! 記憶なくなるまで殴りますっ!!」
「え、えぇ!? なんで!!」
ギョッとなるエリックの鼻面に剣先を向け、
「恥ずかしいからに決まってるでしょっっ!!!」
炎と雷の衝突が四度夜空に舞い上がり、大きく照らした。




