暴龍乱入
ぼんやりと光る古い電灯の下でルーツはひとり、傍らのベンチに腰をかけてくたびれていた。
切羽詰まったような表情で叫ぶイブキに驚き、思わず逃げるように走り去ってしまったが、『本当にこれでよかったのかな』という疑問が頭上でとぐろをまいて離れない。
「どうしようクロさん…今も戦ってるし……ユミちゃんも……」
肩を抱き、責任と恐怖に震える。
生暖かい夏の夜風が彼女をからかうように吹き抜けてゆく。
「ひっ!? あぅ」
そもそも孤児院のルールもあり、基本的には夜に外を出ることは無いルーツ。
藍色の空に慣れない彼女は、夜風で軋めく街路樹が苦手だった。
「私も……一緒にいたかった……」
思ってもみなかったことを呟き、思わず口元を覆い隠すルーツ。
「でも…私があそこにいたらユミちゃん探せなくなっちゃうし……それに……クロさんの邪魔になっちゃうか」
風が収まり、街路樹も大人しくなったところで恐る恐る立ち上がる。
「……一度ひつじちゃんや…イケメンさん達のところに戻ろう。あの人達ならきっと…ユミちゃんの事も分かってくれると思うし、やっぱり…ひとりは怖いかも」
たどっていた道のりも、一人になると急激に不気味に映った。
感じるはずのない寒気に身を震わせながらも、“楽しいこと”を考えて自分を誤魔化す。
「クロさんのヘンテコな顔……クロさんのヘンテコな顔……ふふっ。 よしっ!」
イブキの名誉を犠牲に勇気を得たルーツは、わざとらしくガッツポーズしてから小走りで長い一本道を進む。
ガサガサと阻むように揺れ軋む街路樹。ルーツはギュッと目を閉じてスピードをあげる。
【ガサガサガサガサ……】
「怖いっ……なんかさっきよりもずっと激しくなって……!」
正面から吹き荒れる強風。
髪を遊ばせながら、走り出す頃よりもずっと強くなっているそれに大きな不安と、違和感を感じ取った。
既に走るのをやめ、荒い吐息を吐き散らかしながら辺りを見渡す。
突風によって折られた木の棒を拾い上げ、見様見真似でレイの構えを真似る。
「まさか…それで俺とやり合うきかぁ? ヘビ追っ払うんじゃねぇんだからよ」
「だ、誰っ!!」
懸命に棒を握り、声のする方角を睨む。
「めんどくせぇ……とりあえずこれを……見なァ!」
「ひゃあ!?」
地面が爆ぜる音に飛び上がり、棒切れを捨ててしゃがみこむルーツ。
「なんで……みんな叫ぶんですか……」
目の前で抉れた地面を見つめ、ルーツはぼやく。
震えて立ち上がれず、尻もちをついたまま固まっていると、
「取り引きだ。俺に捕まれ。そんで糞業者共に渡すフリして金を横取る! お前は3わっ……2割取ってっていいぜ?」
「な、なに……言ってるんですか……」
巨大な大剣を担ぐ大男の唐突な取り引きが理解出来ず、弱々しく返す。
大男は大剣を地の裂け目に豪快に突き刺し、
「こええか? じゃあ言う通りにしとけ。なんといっても金が入るッ! あれだ! 囮のアルバイトって奴だな! 日給もクソ弾むぜ?」
涙を浮かべて怯えるルーツに、妙に引き攣った笑顔とサムズアップで応えた。
「え、え?」
温度差のあるふたりの間を、虚しくそよ風が吹き抜ける。
「あ、あれ? こうしときゃ乗っかる気がしたんだけどなぁ……聞いてなかったか? めちゃくちゃ好条件の取り引きしようぜってんだ!」
「い、嫌です……逃がしてください……」
「お、おい! 金欲しくねぇのか? 俺の強さもわかったろ? 作戦成功間違いなしだ! 糞業者から金毟りとるだけなんだし問題ねーだろ?」
「い、いいです」
「あーちょっとまてわかった! 3割だ! 3割にしてやるから……」
「やめろ“おんぼろ大剣野郎”。そういうの脅しっつーんだぜ?」
大男の必死の口説きを遮る、すこし掠れた色っぽい声。
「あん? 王子様の助けってかぁ? イソップなんたらかここは!」
「その言い回しが既に童話のやられ役感満載だぜ? シウバ」
ルーツは後ろを振り返り、“王子”の名を呼ぶ。
「い、イケメンさんっ!!」
「ルーツ。助けてやるからそのへんな呼び方やめろ」
嘆息混じりに彼女の手を取って立ち上がらせ、ワンピースについた土汚れを払ってやるラディ。
ルーツはきょとんとした顔で、
「え? いや、おばさんがイケメンさんのこと“イケメン”って呼んでたから、そういう名前なのかなって……」
「そうか、とりあえずやめろ」
「いやです。定着しちゃいましたし」
そのやり取りにシウバは下品に吹き出し、
「あぁそいつあれだぜ、“シンガープリンス”って呼んでやるとクソ喜ぶぜ?」
茶化すように割り込んできたシウバの頬を、銃弾のように飛んできた土の塊が掠める。
無造作に頬から流れ出す血を拭い、シウバは眼力を込めて笑う。
「ほぉら、糞嬉しくて糞漏らしやがった」
「ぶっ殺すッ!!!」
怒りに任せたラディの特攻は、音を置き去りにしていた。
両手から刃渡りの短い双剣を錬成し、シウバの首目掛けて飛んでゆく。
「へっ!! ブリテン糞コーギーが! 大剣は骨じゃねぇぞ?」
片手で大剣を盾のように構えてラディの猛攻を防ぐシウバ。空いた片手の掌は小さな竜巻を発生させ、
「そらよッ!!!」
「……!?」
ぶん投げられた竜巻がラディの胸元で破裂する。
上空に持ち上げられ、全身に迸る爆風の刃に身を削られる。
それでも彼は不敵に笑って、
「せいぜい埋まっとけ。ブラジリアン」
「おあッ!?」
爆風の中で零れたラディのつぶやきの後、シウバの巨体は急激な地盤の歪みと共に大きくぐらつく。
彼の両足の丁度真ん中付近に空いた空洞に地面が呑み込まれてゆく様は、アリジゴクの張る罠を連想とさせた。
シウバの脚が徐々にアリジゴクに呑み込まれてゆく。
「めんっどくせぇなぁ!?」
「蜂の巣にしてやる」
ラディは空中で身体を捻らせ右手を突き出し、シウバ目掛けて飴のような土の球を吐き出す。
「きかねぇんだよんな乱れ打ち!! 試合終了寸前のロングシュートぐれえみみっちいぜぇ!?」
再び大剣を盾にして土の弾を防ぐシウバ。それでも街路樹に捕まって打ち続けるラディは、
「“技”がねぇんだよ。ブラジル代表」
「はぁ!?」
思い出したように地面を見やるシウバ。既に膝付近にまで陥没していた自身の両足を確認する。
「てんめぇ…押し込みやがったなッ!!」
大剣をスコップのようにして足を掘り返そうとするも、すぐに土が被せてくるのでまるで意味を成していない。
それどころか、寧ろ更に深く足を突っ込ませてしまっている。
「気付くのが遅いぜ? そのまま世界の裏側まで沈んでいけ」
膝を立てて綺麗に着地し、叫んでもがき続けるシウバに中指を立てて背を向けるラディ。
両手に控えた双剣を解除し、木の棒を握りながら震えているルーツの元へと歩む。
「おまえ、早く逃げろよ」
「いや、あの……私も参加できればなって。それにっ! ユミちゃんも突然いなくなっちゃってっ! クロさんはなんかバチバチした髪の毛凄い人と戦っててっ! あ、あと……あの大きい人は急に私に襲い掛かってきて…それから……それから…」
「いなくなった? バチバチした奴? クソッ……あとなんだよ」
「あ、もうなかったです」
「あのなぁ……」
額に手を当てて呆れるラディ。ルーツは申し訳なさそうに呟く。
「……ごめんなさい」
「……もう一度順序を立てて説明しろ。おまえの情報しかないんだ」
「は、はいっ! あっ……」
「なんだ?」
奥を見つめて顔を引き攣らせるルーツ。
既に気配を感じていたラディは、とにかくルーツの手を引いて伏せようと構えると、
「イケメンさんっ!! 危ないっ!!!」
「おいその方角に避けるなッ!!」
突然胸に飛び込んできたルーツを抱き寄せ、地面を転がって舞い上がる爆風波を躱すラディ。
すぐに立ち上がり、白銀の龍皮に覆われ、既に自由を取り戻したシウバを睨む。
「“力”がたんねぇんだよ。イングランド代表」
ラディは苦虫を嚙み潰したような顔のまま黙りこくる。
己の力量の限界を痛感する心境を見抜いたシウバは、更に逆撫でるような言葉で追い打ちをかけた。
「完龍化も出来ねぇ奴ぁ、どんだけ小細工かけても俺にゃ勝てねぇよ。この差はでけぇぜ? なにせ“殺った”か“殺ってないか”が分かっちまうんだからよ」
「………ッ!!!」
「い、イケメンさん……?」
眼球を血走らせたまま拳を震わせるだけのラディを心配そうに覗き込むルーツ。
手を握って共に逃げようと諭すも、石のように固まって動かない。
シウバは肩に担いでいた大剣を構え、風を纏わせる。
「じゃあな“土王子”。ま、今てめぇぶっ殺すと王都がうるせぇだろうから……家まで送ってやらぁ!」
「イケメンさんっ!!」
動かないラディを庇うように抱きしめるルーツ。
その瞬間、ラディの瞳に光が戻るも、眼前には狩りを楽しむ狼のように犬歯を剥き出しにして、大剣を振りかぶるシウバの姿。
「クソッ!!」
急いで土の壁を生成するも、期待値は僅かなもの。
いよいよ後がないこの状況に手を差し伸べるのは、ラディよりもずっと小さくてか弱げな少女が繰り出す無数の綿。
「めちゃくちゃダサいじゃん、ラディ」
「おっ! 来やがったッ!」
振り込んだシウバの大剣は、突然飛び込んできたクルドの綿に触れた瞬間、お互いが反発し合うように留まる。
「邪魔くせぇッ!!」
吼えるシウバ。ほぼ力任せに大剣を振り切って綿を裂き、その衝撃で突風が発生する。
「うわっ!」
「クルドッ!!」
呆気なく飛ばされたクルドをキャッチし、そのまま彼女のクッションとなるように背中を叩きつけられるラディ。
すぐさま追撃に備えるべく背中をくねらせて立ち上がり、構えを取るふたり。
その様子に呆れ返ったような反応を示すシウバは大剣を地に突き刺し、両手を挙げる。
「やめだ一旦。なぁクルドぉ! てめぇが来てくれて助かったぜぇ!」
「え? なんでよ」
いつも顔を合わせただけで逃亡すら図られるシウバの妙な歓迎を受け、クルドは眉をひそめる。
シウバはニカッとわざとらしい笑みを浮かべ、わざとらしいサムズアップと共に、
「取り引きだクルドッ! てめぇにも悪い話じゃあねぇ。聞いとくだけでもぜってぇ価値あるぜ? お前ならこの取り引きの旨味を理解出来ると思うね俺ぁ」
「ん、んまぁ……いいけど」
一応了承するクルドは終始腑に落ちない様子だった。
余程自信があるのか、そんな彼女の反応を気にせずにシウバは陽気に語り出す。
「つい最近だ、俺んとこに顔色悪がわりぃ人身売買業者が来てよ、そこの白い女を捕らえろって依頼かけてきやがった。俺ぁ借金に追われて日々おかしくなりそうだが、ゲスいことはやんねぇ主義だ。当然ぶっぱなして断ってやろうって思ったんだがよ」
「……一応受けることにしてルーツを渡す寸前に、大剣で叩き潰して金だけ巻き上げるってことでしょ? 前あたしがやった奴じゃんか……実はあの後、倫理観的なものが問われたというか……」
「いやそいつらはクズだから幾ら金とっても罰は当たらねぇ。罪悪感も1ミリもねぇな。まぁ、さすがはお前だ。物分りもはええな」
クルドの悪態も意に返さずに笑って返すシウバ。
「ルーツは今俺達の管理下だ。理由は教えないがな。悪人釣りゲームも結構だが、こいつを使わなきゃならんのなら残念だったな」
「ああ、だから貸してくれそいつをよ! 確かにちーっとグレーなことかもしんねぇけどよ……そいつらの金は2割くらいくれてやる! お前らで仲良く分けなァ! 皮肉兄妹さんよッ!」
鋭い目付きで睨むラディにすら笑みを返すシウバは、二人の間でおろおろしているルーツを手招く。
既に交渉が成立したように意気揚々としたシウバの様子に、皮肉兄妹と呼ばれた二人は一瞬だけ顔を合わせ、
「やるわけないだろ……」
「やるわけないじゃんか……」
ラディは双剣を構え、クルドは綿を浮かせてルーツの前に立ちはだかる。
シウバはやれやれと肩を回し、突き刺さった大剣を引き抜き、
「ああそうかい。じゃあ飛んでけやッ!!!」




