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常世を照らされ薄まる影

 息を切らし、細い路地裏を掻き分けるようにして進むイブキ。

 出口に差し掛かるところで、ちょうど同じように膝に手をつく荒い呼吸のルーツと鉢合わせた。


「い、いた…っすか?」


「ううん……はぁ…はぁ…急に…はぁ……急にどうしちゃったんでしょう」


 走り疲れた2人が腰かけるベンチは、王都から少し離れた大小団地様々な家の並ぶ住宅街のような場所にあった。

 迷路のように立ち並んだ家々と深まってゆく夜空が、より一層ユーミの捜索を困難とする。


 近隣住民への迷惑を多少承知の上でユーミの名を呼びかけてみたりもしてみたが、一向に彼女が現れる様子はない。


 イブキは、最後にユーミが言っていたことを思い出す。


「確かユーミ…“行けなくなった”って……これ以上に大切な用事って……ある……んすかね」


 実際、ユーミはルーツとの再会を心待ちにしていた。それもただ一過性のものではなく、我慢できずに“ひとりでお外に出てはいけません”という孤児院の規則を破ってしまうほど。

 幾ら急用があったからといって、そう簡単に抜け出せるものではない。


「私にもなんのことかさっぱり……。でも…何も言ってくれないのは…心配ですし…寂しいです」


 走り回って乱れた銀髪を搔き撫でながら俯くルーツ。寂しさに満ちた表情はどこか、感情を押さえつけているような“含み”があった。


「ユーミもなんか……背負うもの…みたいな……のが」


 イブキなりにフォローを入れてみるも、彼女は押し黙ったまま。やはり少し怒っているのかもしれない。


 とにかく何かを話さなければと考えたイブキは咄嗟に、


「ユーミは……はじめある“冒険家”の仲間のひとり…だったんス」


「え?」


「いや、その……なんか……話さないとな…みたいな」


「……ぼうけんか? ユミちゃんが?」


「あっ……まぁ、そんで……」


 一度切り出した話題を敢えて止めることはなく、拙い説明力で懸命に語りだすイブキ。

 興味深そうに聞き入るルーツの表情は、どうしてか次第に暗くなってゆく。


「……そんで…そいつらとは離れ離れになって、身寄りが無くなったから…孤児院にきたって感じで……」


「そう……なんだ」


 ーーあ、あれ? なんか……逆に落ち込んでない? 変なこと…言っちゃったかな?


 先程よりも深く俯くルーツの表情は銀髪に隠れて除くことが出来ない。

 なるべく残酷な言葉は控えるため、多少事実とは違った内容を話してしまったのがバレたのか、はたまた純粋に話が退屈だったか。

 色々な不安要素を模索するイブキの手を、彼女はギュッと握った。


「ほ、ほぅおうっ!??」


「クロさん……どうしよう…私……ユミちゃんのことちょっと嫌いになっちゃってた!」


 飛び跳ねるように高鳴る心音。呼吸が早まり、息が詰まる。

 涙を浮かべるルーツは、追い打ちをかけるようにイブキの胸に飛び込む。


「ーーーーーッ!!!???」


「ゆ、ユミちゃん……さっき少し嬉しそうだったんです…だからきっと…見つけたん…です……! その“ぼうけんか”の人達を…! 絶対そうなんです……それなのに私…“なんでそんなに嬉しそうにするんだ”って……ごめんなさい…ユミちゃん……本当に……」


「え、あっ……あえ……おっ………」


 頭が真っ白になるイブキ。そのまま使い倒された機械が限界を迎えるように頭部から湯気が立ちのぼる。


「へっ? く、クロさん……あ、熱い…?」


 イブキの異常な体温に気がついたルーツは手を離して慌てふためく。


「てんし……天使がみえるよ………」


「はいっ! ユミちゃんは天使さんみたいにかわいいですよね!」


「え!? あっ……ま、まあ…」


 ズレたルーツの返しに驚き、正気に戻ったイブキ。その前に少しだけひっかかっていた彼女の発言について考える。


 ーーそれにしても……今この娘、冒険家の人達を見つけたって言ってたよな……? 確かにユーミ……いなくなる直前ちょっと嬉しそうにしてたような気もするけど……シューゲツ達はあの時……確かに死んだ…。ユーミ以外の3人も…全員……俺はこの目で見た。


「やっぱり…おっかけるのはダメですよね。ずっと会いたかった“ぼうけんか”の人達に……やっと逢えたんですから…ちゃんとした……元の居場所に」


 別の意味で再び心臓を弾ませる。


「いや……冒険家達はここよりも…ずっとはるか向こうの場所に行っちゃったっつーか……多分……ここには来ないっつーか……」


「ユミちゃんだけ置いていかれちゃったってことですか?」


「いや、そういうことじゃなくて……その」


 少し彼女から目を逸らして考える。ユーミの捜索を続ける理由となり、シューゲツらの死を伝えることもなく、彼らの“名誉”も保たれる最善の事情を考える。


 --あるわけねぇ……どうしよう。俺が咄嗟にわけわかんねぇ話したばっかりに……


 難しそうに顔を歪めながらも、脳を絞り出すように巡らせて考えるイブキ。

 突然居なくなったユーミの様子が気になるのは勿論のことだが、それ以上にこのままルーツに“シューゲツらはユーミを置き去りにした連中”という認識を少しでも持たせてしまうのが、どうしても我慢ならなかった。


 考えすぎて周りが見えて居なくなったせいか、クスクスと笑って背後に回ったルーツが彼の肩を叩くまで、彼女の企みに気付くことが出来なかった。


「う、うぉあ!? だっだッ!!!」


 クルドの魚の木彫りように目玉を飛び出し、間抜けな顔で振り向いたイブキの頬は、肩に立てられたルーツの細い指に押されて無理に引き攣った。


「はげぇる!? る、ルうつ……」


「あはっ! 引っかかりましたね! これも孤児院で流行ってるんですよ? “肩トントン”!」


 “無邪気に笑うルーツ”という不意打ちを受け、三度ドギマギするイブキ。想定外の反応に驚いたルーツは、


「だ、大丈夫ですか!? クロさん…! 虫歯とかに当たっちゃったんですか?」


「む、虫歯は…出来たことねぇっすけど……」


 イブキの頬に触れ、心配そうに覗き込んでくるルーツ。


「ごめんさい。変なことしちゃいましたね。でもクロさん……ちょっと苦しそうだったから……」


 ーーだ、ダメだぁ……かわいすぎる………………!


 これ以上彼女と目を合わせれば完全におかしくなってしまう考えたイブキは、彼女の後ろで一際目立って灯る電灯に視線を逃がす。


 純粋に目を合わせてくれない様子にムッとしたのか、ルーツはしかめっ面でイブキの両肩を掴み、白蛇のように滑らかな腕をマフラーのように絡ませ、無理矢理注意を引く。


「おっ……おおおお………おおおおお」


「クロさん。私っ! やっぱりユミちゃんに会いたいです。もう一回……迷惑になっちゃっても……あの子にもう一度だけ…ちゃんと!」


「…………俺もっス」


「く、クロさん……?」


 恐らく今までで一番彼女と接近した瞬間。心拍数は測定不能にまで上がっていたに違いない。

 湯気が昇るほど上昇したイブキの体温に驚いたようにルーツは手を離す。


「どうしよう……クロさん熱出しちゃった……えっと…えっと…」


 おろおろと慌てふためくルーツと、脳が煮え切ってショートするイブキ。


 そんなふたりの間を割くように、その声は聞こえてきた。


「やっべ〜こんなくそラブとか聞いてねぇ。つーか『熱出しちゃった』って……漫画かよ」


 気だるそうな声が聞こえてくる。


「ま、まんが?」


 視線の先に映る“一際明るい電灯”に向け、幻聴に近かったその言葉を間抜けにへしゃげた言葉で真似る。


「うっわ隙だらけ。こいつほんとにメテンか?」


 電灯はコツコツと足音を立て、イブキの前でどんどん大きくなってくる。


「クロさん……なんか、外…明るくないですか……? 今…夜ですよね?」


 狼狽するルーツの髪の毛先は、どこかおかしな方向に撥ねていた。周囲には故障した電化製品のような、電子的で独特な匂いが漂う。

 先ほどまで電灯だと思い込んでいた“そいつ”は、バチバチと音を立てて光る、たてがみのような髪を手ですきながら続けた。


「おたくが“ジュニア”ね。くそよわそーだけど」


「いきなり話しかけて…なんなんだお前は……!」


 ルーツを庇うように立ち、犬歯を剥き出しにしてそいつを睨みつけるイブキ。

 その眼前にピシャリと雷がおちる。


「ーーーッ!?」


「きゃっ…!?」


 突然の出来事に腰が抜けたルーツを肩で支えながら焼け焦げた大地に視線を落とし、固唾を呑む。


 ーーいきなり雷……まさか…こいつもメテンなのか…?


「挨拶がてら一発…な? こんちわーみたいな。割とガチでビビってんじゃん」


「……れだ」


「あ?」


「誰だって言ってんだよッ!! いきなり……なんでこんなことッ!」


 両手を龍皮化させ、そいつの眼前に立ちはだかる。


「あーそういう…なんでってなぁ……」


 そいつは獅子のような髪を揺らしながら、少し考え込んだ後思い付いたように、


「だってお前メテンだろ? それで良くね?」


 その時、イブキは確信する。


 ーーこいつ……“やばいメテン”だッ!!


 メテンとは、言わば魔法が使える“人間”である。どれだけ大きな力を持っていようとも、心はヒトのまま。

 人間の心がある以上は、簡単にその力を“他人への攻撃”にあてることはない。

 様々なメテンと関わってきた、イブキの持論だった。


 この持論に則ると、眼前の男は自分に“メテンだから”という理由で落雷を落としてきた。なんの躊躇もなければ、驚いた自分の反応を嘲笑すらしてみせて。

 なによりそいつの動機は、今まで出会ってきたメテンの中で間違いなく一番狂っていた“メギト”と同じだった。


 植え付けられた使命感を基準に考えれば、それが最も正しい“メテンのあり方”かもしれないが、そういった躊躇なく戦闘を仕掛け、簡単に殺害してしまうメギトのようなメテンを、イブキは“やばいメテン”として括っていた。


「……ルーツ。逃げてくれ」


「え? いや、私も…戦いますっ! い、一応しはんにお稽古を付けてもらってて……“スジが良い”って……」


「邪魔」


 そいつは指を2本立ててルーツの耳付近を指す。するとその先で靡く銀髪がパチりと小さく発光する。


「わっ!」


 驚き、耳を触るルーツ。先程の電光で焼き切れた数本の銀髪がその肩にハラりとかかる。


「てめぇ!!」


「……キレるのおせぇな。まじでこいつなのか?」


 ーーバカにしやがって……!!


 歯を食いしばり、ヘラヘラと嘲笑うそいつをキッと睨みつけ、左手を見せつけるように差し出す。


「ルーツ……俺が時間を稼ぐ。だから君は……ユーミを探してくれ」


「で、でも……!」


「いいからッ!! 俺が……やるからッ!!」


 黒々と変化してゆくイブキの両腕。それと同時に身体が熱くなり、昂ってゆく。


 --護る……護れるッ!!


「で、でも……クロさんが傷付いた時……私がいれば!」


「いんじゃね、逃げて」


「……え?」


 退かないルーツを遮るそいつはフンっと鼻を鳴らし、


「いや、おまえ綺麗すぎ。視界いると見ちゃうからさぁ……今はちょっとどいて欲しいっつーか……こいつ倒したあと追うからさ、そんときちょっとあそぼーぜ」


「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」


 過剰とも取れるイブキの叫びにもまるで動じないそいつは、革製の靴のかかとで地面をつつく。すると地面から雷条が生え、そいつの両足を纏ってゆく。


「はやくやろーぜ。俺も暇じゃねえんだよ」


 そう笑うそいつの両足は、まるで黄色と青のブーツを履いたように派手なものへと変わっていた。足元で疼くようにバチバチと鳴り渡る電光は、彼がこちらに歩むごとに地面と擦れて弾ける。


「く、クロさん……!」


「いいからッ! 俺にやらせてくれッ!」


 左手から伸ばした影でルーツを阻み、両手を完全に龍皮化させてそいつを迎えるように進む。


「……っ!!」


 ルーツは何も言わず走り去っていった。表情こそ分からなかったが、きっと自分の言うことを聞いてくれたのだろうとイブキは安堵する。


 そんなイブキの様子に眉をひそめたそいつは、


「お前……なんか嬉しそうじゃね?」


「……ッ!?」


 微かに引き攣った口角。頬を触って自覚する。


 ーー勝てる……ッ!! 護れる……! 敵を前にしても……笑えるようになったんだッ!!


「まあいいや」


 そいつは脚を踏み込み、“龍皮化していない手”で誘い込むようなジェスチャーをする。


「……上等だッ!」


 イブキは飛び上がり、両腕に影を纏って広げる。影の先端を槍状に尖らせ、自慢の技名を叫ぶ。


槍状の夜(ニュクス・スピア)ッ!!」


 直撃する直前そいつは微かに、


「……無駄くせぇ技」


 先ほどまで地面で棒立ちしていたそいつが、何故かイブキの眼前に現れる。


 飛び上がって攻撃に移るまでにかかる時間は一秒弱。そいつはそれよりもずっと速く、動いていた。


「ッ!!??」


 突如腹を中心に、轟音と衝撃が広がる。突き破られるような痛みが、腹から髪の毛先の隅々にまで神経を焼きぬいてゆくようだった。


「あっ……が!!」


 矢のような蹴りだった。恐らく地面をバネに飛び、振りしだく影の槍を掻き分けながらしっかりと身体の中央部、みぞおちに直撃させ、帯電していた電流を一気に流し込んだのだろう。

 言い訳など一切できない、完ぺきな反撃だった。


 格が違う────。


 焼き焦げたイブキの肉体が、そいつの真下に転がる。


「あっ……あ、ああ………」


 全身に走った衝撃が脳髄に達して動きを狂わせているようだった。痙攣して満足に動かない手足。

 芋虫のように身体を這わせ、獅子のような男から距離を置こうとする。


「運わっる。半端に意識持つとか……」


「お…れ……どうする……ゆ、み……は……おま…が……」


 弱々しく伸ばした手に雷撃が降りかかる。


「ーーーッ!!!」


 焦げた手を抑えるイブキの方をしゃがむそいつは、


「ユーミって誰だ? ガチでしらね~」


「え…あ……」


「言っちゃうとさぁ、俺おまえだけしか狙ってねぇから。他の奴がどーとかしらねぇって」


 軽い口調で告げるそいつの髪色が不自然に逆立つ。

 目がチカチカするほどに輝いた金髪に、真夏の海でこんがり焼いてきたような浅黒い肌。左耳に着けられた青いピアスが、逆立つ毛髪に合わせて明るくなる。


「やめ…ろ……」


 僅かな抵抗も虚しく、首根っこを掴まれてその場に伏せられる。チリチリと痛み、痺れてくる首筋。

 まな板に乗せられ、包丁で首を抑えられた魚のように救いのない状態に等しかった。


「恨んでいいぜ」


 電流が走る直前、最後に聞こえたのはそいつからの手向けの言葉ではなかった。


 ーーああ……なんで俺は……いっつもこうなんだよ。護るって決めたのに。強くなるって…決めたのに……


 蠢く渦のような自己嫌悪。呑み込まれるように意識が沈んでゆく。

 白目を剥いた眼球からとめどなく流れてゆく涙は、まるで水の入ったコップが倒れたように無機質に地面に広がっていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘描写が練られていて、持ち合わせの能力を試行錯誤してなんとかその場を退けようと互いの陣営が全力でぶつかり合っている。 一難さってまた一難。イブキに降りかかる試練にワクワクします。 [気に…
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