決着と決意
第一章最終話なので少し長くなってます。すみません。
イブキ&クルドVSカドリの死闘の中、クルドがカドリの水飴の中に捕らえられてしまう。
クルドの実質的な死を伝えられ、絶望しかけるイブキだが、彼女が彼に託した綿が赤々と輝き“戦え”と意志を伝え、再び立ち上がる。
その時突如、今までまるで役立たずだった自身の左手が形を変えて……
「……左手……いつの間に……!」
血の滲む頬を拭ってこちらの左手を睨みつけてくるカドリ。イブキは、彼の視線を辿り、ようやく自分の左手が右と同じように龍皮化していた事に気がつく。
「そうか……強くなったってこと…だよな?」
異形へと変わった両手を構えカドリの再来に備える。
ーーとにかく…集中しろ……クルドがこのタイミングでわざわざ綿を光らせたんだ。確かに、俺を鼓舞する為に光らせた可能性もないことはないけど…なんか…あいつだからっていうか……とにかくそれ以上の意味が…ありそうな気がする…あるッ!!
眼前にまで迫り、飴の槍を滞空させて放とうとするカドリの姿が映る。その数せいぜい七、八本。
「この程度ッ!!」
両手を潜ませ、代わりに発現した絨毯のようにヒラヒラと伸びる影を使い、それらを全て弾いて砕く。
「……さて、はたしてどの程度のものだろう」
不気味な笑みで死角から這い寄るように顔を覗かせるカドリ。今度は粘着性のある水飴を地に撒き、イブキの自由を奪う。
効力を確認したカドリはうすら笑い、追撃に移る。イブキは負けじと彼を睨みつけ、言い放つ。
「この程度だって……いってんだろッ!!」
双方に広がる影を折りたたんで地へと着け、全体重をかけて飛び上がる。片腕のみの跳躍で振り切れなかったしつこい水飴も、倍の跳躍力を持ったイブキの速度には届かなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!! 槍状の夜ああああああ!!!!!!」
滞空するまま、見上げてくるカドリに向け鋭利に尖らせた両腕の影を乱雑に落としまくる。
対するカドリも決して無抵抗に打たれ続けるはずがない。龍皮化した両手でイブキの影を払いつつ、隙を見て生成した飴の矢でイブキの身体目掛けて放出する。
交差する影と飴、降らせるイブキと突き上げるカドリ。両者の身体に刻まれた無数の切り傷は、お互いの実力が互角に留まっていることを表していた。
ーー掠るだけで……あたらねぇッ!! ただでさえクルドはあそこに閉じ込められて一刻を争うってのにこれじゃ……強くなった意味がねえ!!
焦りの色を浮かべるイブキの表情を、カドリは決して見逃さなかった。
「なるほどイブキ。僕はただ、君の攻撃を受け続けているだけでいいみたいだ」
「っせえ戦えそんなことねぇから戦えッ!!!」
「君は相変わらず……単純でステキだ」
咄嗟に言い放った言葉の心理を、糸目の奥でカドリは見抜いていた。
ーーやべぇッ!! あいつが攻撃をやめて水飴の中に籠るとかしやがったら……確実に勝負がつかなくなるッ!! クルドの命がかかっている以上……少ない時間でカドリを倒すことは絶対なのにッ!! 少ない時間で……絶対ッ!!
浮遊能力のないイブキ。空中での攻撃は長く続かず、地に足をつけて思考に耽る。
ーーカドリのやつ……俺が攻撃をやめたからって習うように手を止めやがって……。気付かれている……この勝負に自分が勝つ方法を…あいつはッ!!
薄ら笑いを浮かべてこちらを伺うカドリの背後を、扇状に開いた飴の膜が覆い始める。イブキの予想は正しく、彼は水飴を張って守りを固める戦術に切り替えたようだった。
「彼女の身体は……多く見積もって残り三分と満たないだろうね。この時間はねイブキ、僕が勝利するための時間じゃないんだ。君が救いを求めるために必要な時間なんだ」
カドリの言葉を聞き入る暇はなかった。現状の打開。それのみをひたすらに考えるイブキ。
その結果、
ーー駄目だ……思い浮かばねぇ……確実に突破して倒せる方法を俺はしらねぇ……俺は……どうしようもない奴だ……
イブキは両腕の影の先端を出来るだけ細め、出来る限りで腰を低く構える。
ーー俺の頭じゃ……強行突破しか思いつかねぇッ!!
イブキの姿勢を察したカドリは自身の眼前に水飴を集め、
「そうだね。ある意味これが……君にとっても僕にとっても……一番わかりやすい」
焼き殺すような眼力でカドリを見据える。イチかバチか起こりうる最悪の結末を歯を食いしばってかみ殺す。
脚の肉を引きちぎる勢いで突進。槍状に尖った両腕の影で、眼前に広がる水飴の海を裂いて進む。一方、飴も裂かれっぱなしには終われない。双頭の大蛇のようにイブキの足元でうねり、絡みついて進撃を封じる。
「ぐッ……ううッ!!」
「考えなくてもわかったはずだよ、イブキ。君の刃は僕には届かない。このまま君の動きを封じ、共に彼女の最期を見届けよう」
必死に伸ばし、カドリの喉元まで迫っていた影の槍すらも飴に巻かれて無力化。足に纏わりつく水飴は徐々に高質化していき、突破の難易度が秒単位で跳ね上がってゆく。
「どうしようも……ねぇ…」
カドリは微笑む。
「そう、どうしようもないんだ。君の力技は失敗したし、もう彼女“達”は助からない。それは君がどうしようもなく……」
「お前に言ってんだよ……カドリッ!!」
その叫びは、ひとつの覚悟を孕んでいた。
傍に刺さった飴の槍で、自らの腹ごとカドリを串刺しにするという捨て身の覚悟。これから襲いかかるであろう痛みへの恐怖に涙を流しながら、その槍を掴んで、背中へと突き立てる。
思い切れば一瞬。ズブッという肉を貫く音と共に、腹に焼け爆ぜるような激痛が走る。眼前のカドリは唐突の痛みに目を見開き、呆然と立ち尽くすも、血反吐をぶちまけて理解したように、名を呟く。
「イブ……キ……」
「い、いてぇ……畜生……死に…たくなるくらい……いてぇな」
「僕の……飴……? いつ……どうして……」
腹に突き刺さったままの飴槍を掴むカドリが問うてくる。イブキは涙と鼻水でぐしょぐしょになった頬を無理矢理釣り上げ、答えた。
「影を……大小に分けて…小さいほう……で、掴んで……あがッ!!」
飴槍を引き抜き、その場に崩れる。下に広がる赤黒いベッドの生暖かい感触は、はじめてカドリと出会った時を少しだけ思い出させた。
「……流石に……効くね……辛い…かもしれ……ない」
よろけながらもカドリは引き抜いた血だらけの槍を杖に何とか自立し、倒れ伏すイブキの元へ歩み始める。
とてもうれしそうに、とても哀しそうに、
「ぼ……ぼくは…立った……君の決死の作戦も……効かなかった。辛い……ね。生きてるから……痛いんだ……ぼくが……楽に…する……殺すんだッ!!」
「……確かに…つ、れぇ……しっ…にたいし……どう…しようもない……」
イブキは立ち上がる。自分を勝手に憐れみ、命を頂戴せんとする狂人の追撃に対抗するために、鮮血のベッドがもたらす安寧を捨てゆっくりと、地獄に身を投げるように。
「でも…………死にたくねぇ!!」
迫るカドリの眼前で血だらけで震える拳を開く。その内で青々と光輝く綿を見て、イブキは自嘲するように笑ってみせた。
「……助けてもらってばかりだな。俺はいつも」
「それがイブキね。誰かに助けてもらわないと…生きていけな~いっ」
影は地面から根を張り、迫るカドリの両手足を封じる。
「……ッ!!」
既に致命傷のカドリには、弱々しい影の拘束でさえ解くことは出来なかった。先ほどまで飴の柱で生き埋めになっていたはずのクルドの奇襲にも対抗せず、ただただ薄ら笑いを浮かべながら俯くのみ。
「しょーじき危なかった。即席で組んだ“溶解の魔廻印”で凍結を打ち消せたから脱出できたけど……んまあ、能力の理解は戦闘においては致命的、特に魔導士相手にはね」
カドリを取り囲むように発現した無数の魔法陣は、決め台詞を発するクルドがその小さな両手をギュッと握った瞬間、中心にグッと封じ込めるように集まり、爆破した。
舞い上がる爆風に呑まれる直前、カドリは笑みを向け、
「辛くなったら、いつでもおいで」
と、優しく言い残した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「か、カドリ……?」
爆風によって立ちのぼった煙の濃度が落ち着いた頃、イブキは目を丸くしてその名を呟く。
見当たらない。クルドの爆撃をモロに受け、その場で横たわっているはずのカドリの姿が。
「逃げられた……? いや……既に俺が腹刺してたし……そんな素早く逃げられるわけな……ッ!!」
「イブキだって腹貫通してんじゃんか」
『自分を忘れるな』と主張するように響いた腹部の激痛によってその場に思わず蹲るイブキ。赤黒く染まった患部に手を触れるクルドは、呆れたように答える。
「逃げられたね完全に。みて、あれ」
「あれって……どれ…?」
「いーから。あれ」
クルドの指さす先には生々しく流血を続ける一本の腕があった。
まさに中肉中背と言うべき、これといった特徴のない男性の腕。大量に出血して青白くなっていたせいか、周囲に散らばった服の切れ端を見つけるまで、それがカドリの腕だとは気が付かなかった。
「し、四散爆発……?」
「そんな超威力はないってば」
クルドは吹き出すように笑ってその腕を拾い上げる。
「う〜ん左手を犠牲にして防ぎきった感じだね。んまぁ…逃げられたっちゃそーだけどかなりの重症だろうし追撃は来ないでしょ。拘束依頼は失敗したけどね」
「そ、そうか……おわったのかな……」
「あっアレかも」
思い出したかのように傍に駆け寄ってくるクルド。
「な、なんだ?」
「ルーツ。ここに居るんでしょ? あの子のこと人質にする為にどさくさに紛れて攫ってるかも」
血の気が引いてゆくのを感じる。
「え、お、あっ……それマジでやべぇじゃねぇか!! ルーツ……ルーツ!!!」
刺傷が少し塞がっただけなのをを気にせず、先程ルーツを寝かせておいた場所へ急ぐイブキ。
「ルーツッ!! ルっ……!」
半ば取り乱して駆ける中、横たわるルーツを目先で確認した事で力がグッと抜け、彼女の前でへたり込む。
「い、いた……いるじゃん……」
そんなイブキの焦る様子を面白そうに後ろで見ていたクルドは、
「んなわけないじゃんか。瀕死で片腕飛んでる状態でそんな器用なこと出来るヤツいないって」
羞恥と安堵が同じ方角を向く。ごちゃごちゃになっていた感情の捌け口としては、丁度良かったのかもしれない。
「お、おんまえっ!!」
後ろでポケットに手を突っ込みながらバカにしたように突っ立っている少女の脇腹を思い切りくすぐってやろうと振り向くと、
「う、うにゃ……」
ぐらつくクルド。まるで酔いつぶれただらしのない中年のように足元がガクガクと震え、今にも思いきり前に倒れかかっていた。
「っておっ!! ちょっ!!」
両手にも力が入っていないようで、放り出されるように力に逆らうことが出来ていない。その様はまるで指で少し押されたドミノの様。頭部すらまともに守ろうとしない様子に、流石にまずいと思って飛び出そうとすると、治してもらった腹部付近が『ゴリッ』という明らかな異音を放ち、激痛が広がる。
「く、クルド……やばっ……」
「デンチギレだな」
どこからか聞こえてくる少し掠れた特徴的なイケメンボイス。ふと視線を戻すと、そこには干されたかけ布団のようにだらんと担がれたクルドと、空いたもう片方の手で前髪をいじりながらこちらを伺うラディの姿があった。
「ら、ラディ……」
「カドリはどうした?」
「な、なんとか追い詰めたけど……逃げられた……」
「そうか」
一言だけ残したラディは背を向けて歩き始める。
「まっ……まって!」
反射的にその背中に手を伸ばす。『なんだ』と言わんばかりに、猛禽類のような鋭い目付きでこちらを流し見てくるラディ。
「い、いや……その……」
恥ずかしくなって言い淀む。それでも少し腫れた彼の頬が目に飛び込んだ瞬間、イブキは下唇を噛んでから勢いよく、
「すま……ッ…ごめんッ! あの時お前の忠告を守っておけば……あの時ちゃんと状況を理解して…一緒に戦えていればッ!!」
「謝るならこいつに言っておけ」
イブキは頭を上げ、ラディの肩に担がれるクルドを見やる。遊び疲れ、帰り際に父親の背中で眠ってしまった子供のように可愛らしい寝顔を覗かせる少女の姿。
「こいつは戦いすぎたら電池が切れたように眠る。メテンと張り合う為に無理してるからな。最近はサポートに回されてたからあまり無かったんだが…この様子だと3日は起きねぇな」
「あ、ああ……」
ーー無理してたのか……俺の為に………
おちょくったり煽ったりしながらも、終始手を引くように戦闘を導き続けてくれたクルド。
寧ろ余裕を見せていたとすら感じ取れる立ち振る舞いの裏で、三日は寝込んでしまうほどの負荷を抱えていたとは到底想像もつかなかったイブキ。抜け殻のような彼女がラディの動きに合わせて揺れる度、罪悪感で身が潰れそうになる。
謝罪に感謝、出来る限りの見返りの約束……。彼女に伝えるべき事はあまりにも多すぎる。
ーー振り返ってみれば…クルドに甘えっぱなしだったな。戦闘も作戦も…なにもかも任せっきりで…無理してることも気付かないで……情けねぇ……ラディに先生…ルーツにだって……
土で汚れた白い肌、裂けてボロボロになった白いワンピース。イブキを一撃で恋に落としたほどの美貌を兼ね備えた彼女が自分のせいで汚れている。
クルドは確かに“無能な自分にしかできないことがある”と教えてくれたが、それでも彼女の姿という一つの現実を前にすると、『もし自分が』という無意味なIF論を考えずにはいられなかった。
なにも切り出せなくなっていたイブキの方を振り返るラディは、
「そいつも連れて帰る。おまえが背負え」
余った手でルーツとイブキを順番に指差してくる。
「お、俺がッ!? じゃなくてッ! えっと……あっ」
「……そんな驚くところか? 今」
「あっ……いや…そうじゃなくて……」
固唾を呑んで無防備に横たわるルーツを見やる。泥に塗れていながらも、透き通るような美しさを持つ少女の姿に目が泳ぐ。
「ど、どうやって……持とっかな……みたいな…?」
「……普通におぶれよ」
「あ…おう……そうだよな……ははっ」
恐る恐る彼女の手を掴んで背中に乗せ、リフトアップするように持ち上げる。力の入らない人間の身体を背で安定させることは想像以上に難しい。
彼女の呼吸が耳元で弱々しく響く。その吐息を頬で感じる度に『自分が弱らせる原因を作ったんだ』と心が締め付けられてゆく。
ーーそれでも……
ラディの後ろへ続きながら、イブキは彼女を支える腕にグッと力を込め、
ーーそれでも……救えた。一人じゃ絶対できなかったけど……気絶させてしまうくらい力を借りて…出来たんだ……どんな形でもみんな生きているんだ…“あの時”とは違ってな。
陽が陰り始めて赤みがかかった空を見上げる。かつて救えなかった友がそこで見ているような気がしたから……。
ーー俺もみんなも……生きていれば…恩を返せる……強くなれる。今はまだ無理でも……いつか強くなって……ルーツを護って…クルド達から受けた恩を…必ず返すッ!
「左手だから能力は消えていないな。これだけの重傷にビビって引きこもってくれるならいいんだけどな」
腕を拾い上げ、器用に小指だけを切り取ってジャケットの胸ポケット中に仕舞うラディ。無造作に捨てられた残り四本の指を残した腕に視線を落とす。
ーーカドリ……お前もだ。お前がまだ何処かで生きてるなら……俺がお前を倒して……罪を償ってもらう。それが…俺があいつに出来る唯一の救い、はじめて俺を友達と呼んでくれたお前への…恩返しだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
祭りが過ぎたような静けさへと戻る灰色の地表の一部が、ぷくりと腫れ上がるニキビのように盛り上がる。
半透明の槍が顔を覗かせ、片腕の青年が這い出る。日も陰り、暗峠に満ちていた第二の愛郷をフラフラと彷徨い、儚い泡のように呟く。
「……行ったか」
ぽたぽたとどこからか溢れてくる血を垂らし、崩れそうな身体を抱きながら進み、傍にあった石の柱に縺れるように倒れる。
「確かここは……」
かつて自分を受け入れ、自分が救済したこの村の長老の家がすぐ近くにあったことを思い出す。村人たちはよくこの柱を囲み、毎日飽き足らず踊って歌って騒いでいた。
───殺してくれ。そんな彼らが自分に縋りついて願った最期の言葉。
「……救うんだ。この世界には……必ず僕の救済を求めている人がいる。そうだろう? 長老……みんな……頑張るから……僕……頑張るから……」
失った左手を抑え、呟く。自ら切り捨てたとはいえ、予想以上の激痛に心身共々削られてゆくのがわかる。
腹部の刺傷はなんとか飴で応急処置してみせたが、恐らく王都で指名手配でもされているであろう自分に治療を施してくれるような医者がいるはずもない。メテンには自然治癒能力が備わっていると、かつてここのリタイア組が教えてくれたが、それはいったい“どれくらい”で“どの程度”まで直るのかはわからない。
少なくともそれまでの暫く、この全身を焼くような痛みに耐えぬかなければならない。
耐えて耐えて、罪と見做される“救済”を、友に否定された“救済”を続けなければならない。思わずフッと吹き出し、
「辛い……なぁ……」
「おーう」
自らを嗤う声の他に聞こえる足音。この灰色の大地で昼夜踊っていた村人達のように陽気なようでもあり、それでいて何処かズシリとのしかかってくるような重圧を感じさせるそれは自身の眼前で停止する。
「みっけたで。もう終わりや」
白い歯を見せて気さくに語りかけてくるそいつは、ヨレヨレの紙切れを取り出す。
「討伐依頼や。いつもの拘束んやつとはちゃうで~。この紙切れがオレんとこ配られた時から既にジブンは…怪物だったっちゅ~ことやな。まぁ、既にそんだけやられとぅなら一瞬や。ありんこ踏んづける感じでらく~に終わらせたるわ。なっ!」
紺色の右手が目に飛び込むと、身体が震えてゆくのがわかる。恐怖とは違ったもっと別の、瀕死の身体に鞭を打って立ち上がり、咆哮を挙げて戦うことを望むような……とても“ステキ”には思えない、暗い感情。
「なんや立つんかぁ……億劫やなぁ…死にかけの相手にするんは。オレが勝つの見えてるしあんま意味ないねん。生産性っちゅうのかな…アレがないんよな」
後頭部に手を回して距離を取るそいつだけに全神経を集める。不思議と使い果たしたとばかり感じていた龍魔力が、底なしに湧いてくるのを感じる。
うねり立つように活性化した龍魔力は内部に留まるに至らず、外殻を食い破るように肉体を覆ってゆく。
それに合わせ、いつの間にか復活していた左手。龍魔力の飴で造られた、右手より二回りは大きい暴力に満ちた歪な腕。
前よりもずっと濃いピンク色の鎧を纏い、左の拳を握りしめる。正面に立つ男は口をへの字に曲げて難しそうな表情と共に、
「土壇場で無理やり完龍化なぁ……オレなんかこいつに恨みとか買ったっけなぁ」
背には火柱。半透明色の両翼。それでも流れ込んでくる力を例えるならば、ブレーキを失った暴走列車。
「オ……エ…ケ……クガ……スッ!!」
力が入りすぎて口角が思うように動かない。大きすぎる力が“喋る”という精巧な筋肉の動きに過剰な負荷をかけているのだろう。
制御できないのならば全て吐き出してしまえばいい。大きすぎる力を腹から喉にかけての一筋に束ね、奔流とする。
想像を遥かに上回る速度、体積でそれは飛んでゆく。全て放てば世にも珍しき“飴の河”が誕生する程度には巨大な規模を誇るその奔流を、たったひとりで立ち尽くす男の全てを呑み込む為だけに費やす。
ーー見ていてくれ。みんな
そいつは右手を差し出し、気だるそうにぼやいた。
「……あかん、真面目にせな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……どこかで落としたか…? いや…… 誰かが殺したか…?」
胸ポケットに手をやりながら、なにかをブツブツと呟いているラディ。動線で止まっていたのでどいてもらおうと致し方なく話しかける。
「なんだよ。お前が固まるなんて珍しいな」
「……ッ!?」
声をかけた瞬間、何故か必要以上に身体をビクリと動かしてこちらを振り向いたラディ。少し不思議に思うも、
「……洗濯…しといたわ。脱水もしてる」
ラディは何も無かったように表情を戻して、
「……おう。じっと寝てた方がいいんじゃないのか?」
「……? いや、まぁ……」
これ以上会話を交わすことなく、ラディは持ってきた洗濯物を受け取り、手際よくバサバサ振り捌いて物干しに繋げてゆく。
その間に続いた無言の空間は絶妙に長く感じるし居心地が悪い。ただそれも一生続くようなものでは無かった。
「ラディさんっ! クルドちゃん達起きるまでわたしもここ居ますねっ!」
汚れていたクルド達を洗い終えたレイが飛んでくる。恐ろしくやかましい彼女だが、気まずくて重苦しい空気の中で、彼女の存在は救いだった。
「……なんでだよ」
脱水したばかりでしわだらけのクルドのローブをバサバサと振り捌きながら鬱陶しそうに言い放つラディ。レイはまるで聞き入るつもりもなく、やれやれと首を振っては、
「あのですねぇラディさん。クルドちゃんもあの白い子も女の子なんですよ? 起きあがるまで数日かかるなら定期的にお風呂に入れてあげなきゃかわいそうじゃないですか~。なんですか? ラディさんが洗うんですか?」
「ワンデイメイドとか呼べばいいだろ。クルドがデンチギレになった時はそうしてたが?」
目を泳がせるレイ。徐々に声が小さくなってゆく。
「え、あぁ~ワンデイメイドって…あの一日だけ家のお世話してくれるメイド業者さんのことですよね? えっと……でもですねっ! どっちかって言ったらわたしの方が絶対綺麗にできるといいますか……三回くらいじっくり洗うので絶対綺麗になるし?」
「シャンプーの無駄じゃねぇか」
「ぐ、ぐうううううううっ!!!」
わきわきさせていた手を握り、半泣きの状態でプルプルと震えだすレイ。いったいどうしてそこまでしてここに留まることに拘っているのかは分からないが、よほど悔しかったのか遂に立ち上がり、
「あのですねっ!! ふたりとも暗いんですっ!! じめじめじめじめ暗すぎてこう陰鬱な空気がこの家を支配してるんですっ!! だから居ますっ!! 居座りますっ!! もういいでしょこれでっ!! この空間にはわたしみたいな太陽が必要不可欠なんですっ!!」
ラディは鬱陶しそうに耳を塞ぎながら、
「太陽……確かにおまえ、宇宙とか飛ばされても生きてそうだよな」
「ぶふっ!!」
吹き出した瞬間『悔しい』と感じてしまった自分がいた。それでも、ギャーギャーいいながら宇宙空間で漂っているレイの姿を想像するとおかしくなって仕方がない。
しばらく肘で顔を隠して堪えていると、背後からがっしりと手首を捕まれ、妙に落ち着いた口調で詰め寄る。
「イブキくん。おもしろかったですか? 『お前どっちかっつうと火星だろ。この火星人め』とか思いました??」
「お、思ってね……ぶふッ!!」
レイ特有のズレた解釈がこの時ばかりは妙なほどツボに入ってしまうイブキ。
「はい怒りましたっ!! はいもう本当に物凄く怒ってますからねっ!!! 猛炎大爆発級の怒号ですっ!!!!」
弟子にまで嘲笑されたと思い込んだレイは傍らにあった謎の木彫りのオブジェクトを掴んで振り回しながら暴れ回る。
「ちょっ!! 先生ッ! 俺怪我人ッ!!」
「わたしは心の怪我人ですっ!!」
「あんた絶対次の日には忘れてるでしょ!!」
ラディは肩をすくめて嘆息した後、物干しを担いで外に出る直前にもみ合う師弟を睨みつけ、
「ぜってぇ片付けろよ火星人共」
【作品工事のお知らせ】第一章完結になります!
当然、第二章に突入するわけですが、それにあたって当作のおかしいと感じた文体(特に序盤。もしかしたら展開も少し変えるかも)を多少なり矯正させていただきます。
よって来週の更新はお休みです。ごめんなさい。
後ほど作者ツイッター等で詳細を載せさせていただきます。
今後とも「龍のイブキ」をよろしくお願いいたします。




