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“天災”に飛び込む

「うひっ!? 追ってきてやがらぁ!!」


 背後を流し見てイブキとレイの姿を確認するや否や、分かりやすく顔を顰めて逃亡する男シウバ。

 大剣で阻むものを蹴散らし、無理矢理足場を作って逃げていく様はさながら暴走したダンプカーを連想とさせる。


「……あっぶねっ!!」


「はいっ!!!」


 イブキの眼前に飛んできた木製の板を、横のレイが一刀両断する。

 真っ二つに割れた板はそれぞれが発火し、風に飛ばされるちり紙のように儚く2人の脇を抜けてゆく。


「あざすっ! 先生!」


「どういたしましてっ!」


 イブキのお礼をウインクで返すレイ。人形のように可愛らしい風貌の内で覗く闘争心が逞しかった。


 負けじとイブキも飛んでくるゴミや木材を躱し、時には走りながら龍皮化しておいた右手でそれらを払いのけ、余裕を見せるように敢えてレイに語りかけてみる。


「先生……あいつマジでなんなんすか!? 生きてる台風にしか見えないというか!!」


「“灰色の暴龍”──ッ! “風龍”の龍魔力を持ったメテンですっ! 見てわかる通りとんでもなく強くておまけに……戦い方が荒すぎるんですよっ!!」


「なんでそんなの追っかけてるんすか!? 死にますって絶対!!」


「クルドちゃんを見た瞬間あの人逃げたでしょ!? あの人、クルドちゃんには何度も貸し作ってて頭が上がらないらしいです!! それでクルドちゃんの息がかかってるわたし達を簡単に殺せないっていうか……とにかく…そんなっ感じっ……でぇぇすっ!!」


 返答しながら吹っ飛んできた長椅子を真っ二つに切り伏せる。驚く間もなくイブキは続けた。


「貸しって! なんなんか分からないんすか!? 」


「借金してるそう……でぇぇぇぇすっっ!!!!!」


「岩も斬れるんすか先生ィ!!!!」


 飛んできた巨大な岩を返答しながらレイは真っ二つに割ってみせる。

 ズゥン!! と大きな音を立てて両脇に落ちる岩。もくもくと舞う砂埃の中で、シウバと思われる大柄男性のシルエットが見えた。


「はぁ……はぁ……追いつきましたよ……。“灰色の暴龍”ッ!!」


「なんで追い付くんだよ馬鹿ッ!!!」


 --俺だってなるべく追い付きたくねぇよアホッ!!!


 2名の叫びと1名の心の叫びが行き止まりの路地裏に飛び交う。

 シウバは、芯の太い灰色の髪をわしゃわしゃと掻き乱した後、ニィと不敵な笑みを浮かべ背負っていた大剣を取り出した。


「そうだなァ……あいつがいねぇとこでなら……ぶち殺しても隠しゃいいよなぁ!?」


 びくりっ──。心臓を握り潰されたような衝撃が走った。

 ゲラゲラと下品に高笑うをシウバに純粋な恐怖を抱いていた。

 今までメテンには散々な目に遭わされたイブキだが、この男のオーラと剣幕はそいつらとは似ても似つかない、直接的で尚且つ絶対的な“強者”を連想させていた。


「“暴龍”シウバっ!! ここで成敗させていただきますっ!!」


「はッ!! トイプードルみてぇな野郎に牙見せられても怖かねぇよ!! グルーミングしてやるぜぇ? 大剣(こいつ)でなァ!!!!」


 シウバは再び大剣を掲げ、再び風の膜を生成する。

 先程風の膜(それ)の恐ろしさを身をもって味わったイブキは、すぐに戦意喪失して逃げ道を探る。


「イブキ君ちょっと!」


 隙を見たレイが傍らに飛び込み耳元に口を寄せてくる。

 可愛い女子とのナイショ話。男子の憧れの一つであるが、状況が状況である。

 ドキマギする間もなく、必死に彼女の言葉に耳を傾ける。


「いいですか? あの攻撃、要は風を纏った飛んでくる斬撃なんですっ! つまりは振り下ろされた“剣筋”から離れて脇道に逸れれば、こっちが受ける影響は爆風だけに留められるんですっ!」


「……ッ!! つーことは……あいつが剣を振り下ろした直後に左右に移動すりゃ……!!」


「はいっ! 後は爆風に耐えて一気に距離を近付けましょう! 影さえ踏めればこっちのもんですっ!」


「先生……!! やったりましょうよ!!」


 レイ発案の具体的な作戦を聞いただけで何故か勝ち誇ったような自信に満ちた顔でシウバを睨んだ。

 対するシウバもパンパンに圧縮した風の膜を纏った大剣をちらりと確認するなり、高らかに吼えた。


「作戦会議は終わったかぁ!? んじゃっ! 仲良くぶっ飛びなァ!!」


「行きますよっ! イブキ君!」


「うっす! 先生!!」


 今か今かと構える2人を、シウバは嘲笑するように嘲笑った。


「へっ! ばーーか」


 破裂寸前にまで風を圧縮した大剣を()()()へぶん投げるシウバ。


「しまっ!!」


 血相を変えてレイがシウバに飛び込むも、時すでに遅し。

 背後を阻んでいたレンガの壁に突き刺さった大剣は、はち切れるように爆風を興す。

 レンガの壁は木っ端みじんに粉砕され、舞い上がった砂塵の中にシウバは飛び込んでゆく。


「じゃあな犬共ッ!! 精々黒龍の野郎に喰われねぇように気を付けるこった!!」


 途中、空高く舞っていた大剣を掴み、無理矢理作った道を駆けてゆくシウバ。

 ガクガクと震えるイブキの隣で、レイは涙を浮かべながら悶えるように呟いた。


「そっちかぁ……!!」


「そっちかじゃねぇよっ!!??」


 渾身のツッコミを無視してレイはシウバの後を追う。取り残されたイブキは、瓦礫の山の上で叫んだ。


「くっっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


 頭を掻きむしり、半分ヤケになった状態でレイの姿を目で捕らえるなり、自分でも信じられない位の超速度で彼女と肩を並べる。


「あっ! イブキ君!! いいですか……? あそこのT地路で一回分かれるので、イブキ君は右に行ってください! わたしの予想が正しければこの先は行き止まりですっ!」


「おっっっすッ!!!!!」

 --ああもうわかったよやりゃいいんだろ!! やったるやったる全員皆殺しじゃ畜生ッ!!!


 右に曲がり無我夢中で道を駆ける。

 レイの言う通り、その先は行き止まりというよりは既に機能していない噴水を中心とした広場のような場所へと繋がっていた。


 劣化した噴水の石段に勇ましく腰掛け、準備万端といった風にギラギラの目付きで睨むシウバ。

 イブキの姿が見えるなり、立て掛けていた大剣を杖に立ち上がり首を鳴らす。


「んだぁ!? てめぇ一人かよ……つーか誰だおめぇ……まさにジャパニーズって感じの顔してるが…… “おもてなし”。しっかりしてくれんだろぉなぁ?」


 --こ、こいつマジでこええ……。


 膝が自分でもわざとかと思う程に震えている。

 途中拾ってきた木の板を盾に怯えるイブキを見て呆れかえったシウバは、嘆息した後頭を掻いて、


「あ〜話になんね……。おめぇアレだ……ハンデやるよハンデ。俺こっから動かねぇでやっからよぉ、3回だけ俺の事殴ってもいいぜ? 」


「な、なんでハンデなんか……」


「決まってんだろ……前座だよ前座。あのトイプードルが来るまで暇だろぉが」


「……グッ!!」

 --俺の事は……まるで眼中にねぇってのかよ…………。


 眼中にないのは至極当然のことだった。

 眼前にいるシウバが繰り出してきた、でたらめに強い威力を誇った攻撃の数々。

 “影を踏む”ことくらいしかできない自分では到底太刀打ちできない相手だった。


 対するレイの強さは最早言うまでもない。200回近くにわたって手合わせしているのにもかかわらず、未だに一度として攻撃を当てられていない。岩を断ち切った時も、明らかに本気すら見せていない様子だった。


 両者とも自分より遥かに格上の存在であり、このぶつかり合いに自分の入る隙などは無かった。

 故に、本来ならばクルドが何と言おうともこのまま後ろを向いて逃げるのが正しい筈だった。


 --じゃあなんで俺はここに立っている……? ノリ? いや違う……! 分かっていた……本当は全部分かっていたんだ……!


 イブキはここ3日間地獄の特訓に耐え抜いたこともあり、前よりもずっと通常時から龍皮化までの速度も早まったり、脚力も見違える程迄にあがっていた。


 --試したいッ──!!


 強くなった自分を試したい──。馬鹿馬鹿しくもあるが、修行を超えて以来初めての他者との戦闘。

 “もしかしたら自分にも”という淡い希望が脳裏にこびりつき続けており、それこそが今までの追跡劇の原動力となっていたことを理解する。


 自分自身を嘲笑うように薄ら笑う。


 --俺もこいつらと……一緒なのかもな……ッ!!


 悟り開いたようなイブキの表情を見て察したのか、シウバもにやりと口角を上げる。


「へっ! 意外と馬鹿なんだなァ……。おめぇよッ!!」


 渇いた大地を踏みしめ、構えを取ってから龍皮化した右手を握る。そのままシウバの腹部目掛けて突っ込み、持っていた木の板を力いっぱいぶつけた。


【バキィ!!】


 音を立ててへし折れたの木の板だった。

微動だにしないシウバの腹部はなにも無かったかのように無傷。

 予想以上に効果のなかった木の板を放り投げ、続けて黒い拳をシウバの腹にねじ込む。


「ふんッ……!!」


「……なッ!!」


 バキバキに鍛えられたシウバの腹筋はただ固いだけでなく、マットのように拳の衝撃を吸収していた。

 シウバ本人も反射的に声が漏れるだけで、表情そのものが苦痛に歪むこともない。


「クソッ……お…おれだって……や゛る゛ん゛た゛っ!!!!! 」


 やけくそに放った顔面へのパンチ。抵抗もなかったシウバの右頬に吸い込まれるように入ってゆく。

 それでも彼は動かず、もはや哀れみに近い眼差しを向けてめり込んだ拳を平手で払った。


「……いてッ!」


 乾いた痛みが走る手の甲を抑え、戦慄する。


 --全然一緒じゃねぇぇぇえええええええ!!!!!!!!!!!


 “もしかしたら”と思い込んでいた自分を殺したくて仕方なかった。

 シウバの顔色を窺うように見上げると、彼の口元をみて硬直した。


 3発目の拳は唇を掠ったのか、出血していた。


ーーあれ…俺がやったんだよな…?


 真っ先に脳裏に駆け巡った後悔の念。

 首を垂れて謝る暇もなく、血を拭ったシウバは宣告する。


「んじゃ……次は俺の番ってことでいいんだよなァ?」


「ひぃッ!!!!」


 イブキは思わず頭を守るように背中を丸める。完全に戦意喪失しているそのみっともない姿にシウバは大きく嘆息し、大剣を振りかぶった。


「おめぇ……今までで一番みっともなかったぜ……じゃあな」


 冷たい一言を手向けとして送り、涙目で慈悲を求めるイブキの脳天に振り下ろされた大剣は、


「ナイスファイトですっ! イブキ君っ!!」


 割り込んできた真剣と共にけたたましい金属音を奏で、イブキの前で火花を散らした。


「ぁあッ!?」


 シウバが体勢を崩す。イブキは無意識にもシウバの影を両足でしっかりと踏み込み、その屈強な身体を一点に縛り付けていた。

 制限された足場の中、レイの渾身の抜き打ちを受けてしまえば幾ら暴龍たるシウバといえど劣勢となる。


「はぁッ!!!」


 レイはすかさず、イブキの背中を跳び箱を超えるように片手で背中を押して飛び、揺らいだシウバに追い打ちをかける。

 炎を纏った真剣が直線を描くように踊り、シウバもこれには大剣を盾に構え、剣激の雨を睨みながら吼えた。


「クソッ!! なんでこっから動けねぇんだぁ!!? 邪魔くせぇ!!」


 --今俺がこいつを制御しているんだ……。先生の為にもここから離れちゃダメなんだ……ダメだダメだダメだッ!!!


 激しい金属音が頭上で鳴り響く。ついでに生じた火花が時々イブキの肌を焼き、その都度痛む。


 しばらく防戦一方だったシウバ。剣撃を受け続ける中で表情を曇らせ、吐き捨てるように呟く。


「ちィ……!! ()()()使われてんなァ? こりゃ……んじゃっ!」


「……ッ!! いけないっ! 離れてイブキ君っ!! 大技の気配っ!」


「……え!?」


“俺が離れたら折角作った状況がっ!”と叫ぶよりも前に、知らせるレイの真剣な眼差しに押され、下唇を噛み締めてから身を退くイブキ。

 とはいえ、レイがあそこまで必死になるほどの“大技”が気になり、シウバから視線を逸らさずに下がった。


「ッシャオラ!!!!」


 シウバが空いていた左手を前に突き出すと、イブキの丁度眼前の地面がべこりと音を立てて凹む。

 地割れた大地から生えるように竜巻が産まれ、掠めた服の裾をいとも簡単に切り裂いた。


「とりあえずぶっとばしゃなんとかなんだろ!!」


「な……!?」


『あのまま意地を張っていたら』と考えるだけでゾッとした。

 ただ、竜巻の持続力は短かく2人を追い払うと同時に何事も無かったかのようにそれは晴れた。


「いない……ッ!? あいつも… 先生もっ!!」


 シウバとレイが消えていたことに気付く。


ーーまさか…先生っ!


 自分を護り、彼女はあの竜巻に呑まれたのかとゾッとなるイブキ。


 イブキがまだ、彼女の実力を知り切れていない証拠だった。


「オラァ!!!」


「はぁっ!!!」


 イブキの背後で金属音が鳴る。さすがに侮ったかと振り向きざま反省する。シウバも規格外だが、レイもまたとんでもなく強いのだ。


「ッラァ!!!」


 掬い上げるような大剣の一振りを躱しつつ距離を取るレイ。

 彼女の両手足はまるで紅色に染まった騎士の鎧のような形に龍皮化しており、そこから舞い上がるエフェクトのように揺らめく陽炎の美しさに、思わず魅入られた。


「……なぁるほど…“炎桜”(えんおう)……対峙すんなァ初めてだよなァ? てめぇの兄貴とは一回やりあったけどよ」


「もう……トイプードルなんて言えなくしてやりますからっ!」


「そうかい……んじゃ、蛾とかでいいんじゃねぇのかァ? 羽化したての羽みてェだしよその格好」


 --あいつの周り……! 龍魔力が集まっている……龍皮化かッ!!


 敵の龍魔力の流動を感知できるようになったのも修行の成果のひとつだった。

 それだけに現在、シウバの元に集まっている龍魔力の膨大な量にイブキは唖然とした。

 竜巻のように轟々と舞う龍魔力がシウバの元へと集結してゆく。


「ッハァ!!」


 有り余った龍魔力が衝撃波となって爆ぜる。


「待たせたなァ……蛾」


「……っ!!」


 圧倒的な存在感だった。

 姿は首から下を除いた全身を銀色の鱗が覆った“龍皮”によって包まれていた。

 

 発する声も少しだけ低まっているが、何より図体が人形態よりもずっと大きくなっていた。

 首を鳴らしながら片手で遊ばせる大剣以上に存在感を放つのは、尻から畝るように伸びる尻尾。


 かつて同じように“完全に姿を変えられる”メテンとしてメギトが居たが、彼の“不気味さに注力した見た目”とは違いこちらは“シンプルに暴力的な怪獣”という印象だ。


 対するレイは、それでも退かずに真剣を光らせる。彼女の陽炎にあてられ、紅色に妖しく光る大剣を構えながら横目で佇むイブキに一言。


「……ここからが本番ですよ。イブキ君」


 その眼差しと声のトーンは、“緊張”と“愉しさ”のふたつを混ぜ合わせたような複雑な意味を孕んでいた。

 何より、レイがまだ自分を戦力として数えてくれていることが少しだけ嬉しく、イブキは龍皮化した右手をポキポキと鳴らしてから『おっす!』と返した。


「……へッ!! 蛾だからあれだ……飛んで火に突っ込むアレにしてやんよ!!」


 飛びかかるシウバ。純粋でもありながらそれ故に狂気も連想させるような笑みがレイに食いつくように飛び込んでくるも、彼女はムッとした顔であしらってから剣先を向けて、


「あのっ!! 女の子に向かって蛾とかありえないんですけどっ!!」


「いや今そこなの!?」


 再びイブキ渾身のツッコミを差し置き、2人の刃が火花を散らした。

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