吹き飛ぶ火 しがみつく影
「……ハッ!! そんなもんかよッ!! プードルゥ!!」
「……ッ!!」
シウバの大剣を受け続けるレイの姿は、まるで台風の中で傘を盾に踏ん張る少女そのものだった。イブキの目からでも防戦一方なのは明らか。
ーーあいつ……あの先生をここまで一方的に…。
「オッルァッ!!!!」
地面を大剣で掘りあげ、生じた破片を飛ばす。防ぐので精一杯だったレイは大量の砂利や土の塊を躱しきれず幾つか被弾し、後方へ転倒する。
「……くっ!! 」
「真面目に斬り合いてぇならチャンバラごっこでもやってなッ! 悪いが俺がやってんなぁ…馬鹿がやってる“喧嘩”なもんでよォ!!!」
首をコキコキと鳴らしながら吐き捨てる様に叫ぶシウバは、全身を味気の無い灰色の鱗で覆われた巨体を揺らして、再びの猛突進の構えを取る。
顔を顰めて、激しく鳴り響く心臓を押さえ付けるように呼吸を整えるレイ。
どれだけ正しく、清く、美しく磨き上げた剣の心得を持っていても、ルール無用の不格好で不純な“喧嘩”という状況では、時に上手く通用しないことがある。
それでもレイは強くある為の剣技を磨いてきたつもりだった。事実、彼女の実力はメテンとなった今でも周りからは一目置かれている。
積み上げてきた技術と自負が、シウバのフィジカルと喧嘩の場で光る奇天烈な発想のゴリ押しで無惨に壊されていく事への屈辱はかなりのものだった。
“純粋な剣の技能”で上回っているからこそ、この劣勢に納得がいかない。
例え馬力の差が大きかろうと、本気で武道極めていた自分が素人に負けるなどあってはならない……。そんな剣豪としての意地が、彼女の冷静な思考を徐々に崩していった。
「負けません……!! 私には……剣豪としての意地がありますっ!!」
「そうかい……じゃ、もうちっと気張ってみろや!!!」
勇猛果敢な小型犬と白銀の山を駆ける狼が正面切って衝突し、お互いの牙で喰らいつきあうように斬り合う。
最もレイを小型犬として例えるならば、狩人によって鍛え上げられた“猟犬”といったところだろう。
それでも仮に“野生”の狼と一対一で戦闘を行えば、耳の一つくらいは簡単に噛みちぎられてしまう。
「……あっ!!」
シウバの左手の拳がレイの頬を捉える。簡単に吹き飛ばされてしまうも右手に持つ真剣を地面に突き刺し、勢いを殺して無理に着地する。
舞い上がった土埃を大剣で薙ぎ払うシウバ。口角を釣り上げ、煽り立てる。
「おいおい〜ッ! まぁた剣だけでやるとか思ってたんだろ? てめぇ程の動体視力がありゃあ……こんな左手への陽動……いや……やっぱ買い被りすぎてたかねぇ」
「まだまだ……ですよ……はぁ……んっ……戦い…は……これから…です……」
「現実を見やがれ、てめぇは俺には勝てねぇ。なにせ“完龍化”できてねぇんだからな」
「それでも……」
横で佇むイブキに視線を送る。彼女がこの世界で初めて持った、たった一人の弟子。
「イブキ君……駄目だなわたしって……。弟子をあんなに……不安な顔にさせちゃっているんだもん……」
「先生……レイ先生ッ!!」
これ以上はまずいと彼女を呼び止めるも、剣先をシウバへと向けて再び陽炎と共に駆けるレイ。
暫く打ち合った後、今度は脚をかけられて派手に転ばされる。
--やべぇ……!! 先生が……俺に戦う力を……努力の意味を教えてくれた先生がッ! やられるッ!!
イブキは拳を握りしめたまま佇む。
大切な師であり、初めてまともに話せるようになった歳の近い女性。そんなレイが一方的に蹴られ、飛ばされ、転がされている。
--また俺は……目の前で人を失うのか……? シューゲツのように…。それに今は……自分の力について少しだけど理解出来ているって言うのによ……。
自己嫌悪に見舞われている最中でも、レイはシウバに押されっぱなしだった。多少食い下がってはいるも、やはり意表を突かれては殴られ、吹き飛ばされ、転がされ……。
ーークソッ……! なに一人で落ち込んでんだよ…! 考えろ! 今の俺が……出来ることをっ!!
共に連携して攻撃する事は不可能だった。何せあの次元の斬り合いに、剣すら持っていないイブキが出てきたところで邪魔になるだけ。
そもそもレイと息を合わせて連携技を繰り出す……なんてナイスな協力プレイが出来るはずがない。
だからといって盾になる為に特攻するのも違う気がした。
たった一度きりの隙を自分の命を以って生んだところでそれが決定打につながるかは分からない。
それに優しいレイの事。イブキが致命傷を負えば、シウバよりもまず彼女に決定的な隙が生じるだろう。
ーーダメだ……。違う……どれもこれも違うッ!! 考えろ…俺に出来ることをもう一回考えろッ!!
龍皮化した腕を顔の前で握る。
現在自分が使うことが出来るたったひとつだけの“相手の影を踏んで動きを止める”力。例えイブキ本人に力が無かろうと、レイならば……レイの燃え盛る真剣ならばと頷く。
ーー先生は……アイツを倒せるだけの力を秘めているはずなんだッ!! その為に…! ほんの一秒ッ! ほんの一秒だけでもッ!! あいつの動きを封じなければッ!!
──── それが…………今できる俺の唯一の力なんだろうがッ!!
剣は無いがイブキは構える。見様見真似でレイが手合わせの前に取っている“見合い”の構えを。
もう失う訳にはいかない。目の前にいる仲間を。脳裏にシューゲツの姿がチラついた瞬間、イブキの心から“恐れ”が晴れていた。
「おおぉぉおおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおぉぉおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ああ? なんだおめぇ!?」
「イブキ君っ!!」
レイを蹴飛ばし、シウバは突進するイブキへと向き直る。
嘲笑を浮かべ、大剣に風を込めるシウバ。憎らしく引き攣るその頬を、飛び込んだ真剣が切り裂いた。
「おわっ!? はええッ!?」
「イブキ君に……! 私の弟子にっ!! 手を出すなっ!!」
「……クソっ!!」
怯む瞬間、シウバの胸に飛び込むイブキ。
彼の皮膚は鋼鉄のように硬く、鱗の一枚一枚が刃のように鋭い。そんな最悪の肌質に突っ込んで行くのだから必然的にイブキの身体中にカッターで指を切ったような痛みが襲いかかるも、何のこれしきと腕を回し、叫んだ。
「先生!!! 今だッ!!!!」
「なんだてめぇ!!! 退きやがれコラァ!!!!」
「イブキ君……! 貴方の勇気に……敬意をっ!!」
レイが真剣を構え、低い姿勢を取る。
シウバも本格的にイブキの対応を始め、異形の腕を彼の首へと回し、無理矢理剥がさんと力を入れる。それでも必死にしがみつくイブキの情けなくも一生懸命な姿に、熱くなった目頭を閉じたままレイは駆けた。
「クソッ!! 剥がれろこの野郎ッ!!! 油汚れかてめぇ!!」
焦るシウバ。大剣を投げ捨て、両腕をイブキへ注力させる頃には、真剣が反射させる妖しい光が、彼の眼光を紅に染めた。
「ああもういい!! “ブレス”だブレス!! 後悔すんなよ!!」
眼前へと迫るレイを吸い込む様に口を開き、風を集中させる。
体内に蓄積された龍魔力を惜しみなく圧縮された暴風に焚べ、ド派手にぶっぱさんと目を開くシウバ。
その頭上に、大きな鉄の塊が振り下ろされた。
「アガッ……!?」
彼は白目を剥き、呆気なく倒れる。
「はぁっ!! ってイブキくうわあうおうああっ!?」
「ちょっ! せんせっおっっっっふっ!!!」
寸前で標的を失い勢いの余ったレイとイブキの額が衝突する。
そのままお互いにおでこを抑え、悶えるように地面を転がった。
「いてぇ……なんなんだ急に倒れやがってこのデカブツ……」
イブキは後頭部を掻いて、シウバを見やる。
既に龍皮化が解かれ転がった彼の奥には、夕暮れ時の逆光に照らされた、ブカブカのパーカー姿の見覚えのあるシルエットが、両手でシウバが持っていた大剣を引きずって立っていた。
「なんっとか…間に合った……」
「……クルドっ!! お前なにしてだんだよっ!!」
よっこいしょと大剣を置くクルドのフードの襟を掴む。
元を辿ればシウバを捕らえるよう諭したのはクルドだ。
元凶である彼女がまるで姿を見せず、ギリギリの局面で決定打だけを奪い去った狡猾さはイブキに取ってみれば腹立たしいことこの上なかった。
「うにゃっ!? ちょっと! 絶対くすぐんじゃん! 絶対くすぐんじゃんか!!」
「くすぐるとかじゃねぇよ!! 俺は今本気でお前にキレてんだっ!! くだらねぇこと言ってんだったら……」
怒りでは無く、叱らなければならないという使命感から歯を食いしばって手を振り上げる。
既のところで後から立ち上がったレイがそれを抑え、弱々しい声で呟いた。
「大丈夫ですよイブキ君……。私も…ちょっと“暴龍”の力には興味があって……。追い掛けたのもクルドちゃんの命令で動いたんじゃなくって……巻き込んじゃってごめんなさい」
「いや…俺は…………」
俯くイブキ。実際、彼も同じように“力を試す名目”でシウバに挑んだ一面もあったわけであり、一概にクルドだけを責めるべきではないと押し黙る。
「あたしはさ、“見た目だけが可哀想なヤツ”だけに肩入れすんのは良くないと思ってるタチなのよ。特にさ……ここみたいな無法地帯だと…誰がほんとに悪くて可哀想でなんかさ、わかんないじゃん?」
持っていた縄でシウバを縛り付けながら語り始めるクルドの背に、『いきなりなんだ』と不貞腐れた声で問いかけるイブキ。
「イブキ達がシウバを追っかけてる間に大破した屋敷の中調べてたのよ。そしたらさ、これ……こんなのがけっこー落ちててさ」
クルドがポケットから取り出したのは、片腕が取れたテディベアのぬいぐるみだった。
「これは……」
「あんなゴロツキがうじゃうじゃいた場所にさ、普通こんなの無いよねって思って……予めさっきの依頼者に仕込んどいたあたしの綿を逆サーチして逃げてった場所行ってきたのよ。んまぁ……殆どはシウバに怯えてたゴロツキだったけどそん中に混じって……」
「子供達がいたってことなの? クルドちゃん」
レイの問いにクルドは静かに頷く。
彼女らが説明するには、先程のゴロツキ集団はこの世界の裏に潜む人身売買業者に雇われた『子攫い組織』の一角。
何故シウバが彼等を襲ったのか不明だが、当然この世界でも子供を商品として取引するのは外道であり禁じ手。ギルドも彼らの取り締まりに手を焼いているようだった。
「んだよそれ……。じゃあ、早速今からでも俺たちで行って……!」
「まぁまぁイブキ。あたしがなんでシウバを縛ったかってことよ」
クルドは縛ったシウバの縄にナイフで切り込みを入れ、悪戯に2人に笑いかけた。
「く、クルドちゃん……」
「そういう事かよ……」
「えへへ、向こうに拾ってきた滑車があるからさ、そこまで頑張ってこいつ運ぶよ」
やれやれと首を振りながらも3人で滑車までシウバを運び(と言うよりひきずり)、クルドの言う場所まで向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「先生…あのシウバって奴の龍皮化…あれが所謂“メテンの最終形態”って感じなんすかね……」
ゴロツキの巣窟に気絶したシウバと共に入っていったクルドを見送った後、外で見張りを任されたイブキが、横で傷の手当をするレイにぽつりを聞いてみる。
「あれは“完龍化”っていって…完全に龍魔力との同調を果たしたメテンだけが辿り着ける最後の姿です…尻尾、生えてたでしょ? あの人。本来人間が持っていない尾や翼…角なんかが生えてるのが特徴で、見た通りとんでもなく強いんです……」
「それはやっぱり、とんでもない努力の末に得たものなんすかね? でもそれだと、毎日厳しい修行してる先生がなれないなんてことは……」
「それもありますし…彼が古参のメテンっていう事実もあるんですけど、あの形態に至るには“自分以外の龍魔力”をひとつ以上取り入れる必要があって……要は、メテンを殺さないとなれなくて……」
レイは下を向く。その表情は優しさ故に人を殺せず、高みに至れない健気な少女の苦悩があった。
「人を殺さないと強くなれないなんて……そんなこと……」
イブキも苦虫を噛み潰したように顔を歪め、ぼやく。暗澹となった2人の空気を吹き飛ばすように、監視していた建物がグラグラと揺れ、外壁がポロポロと崩れ始めた。
「い、イブキ君っ!! 離れてっ!!」
レイに手を引かれ、建物から離れる。
間もなく建物の天井が崩れ、瓦礫とゴロツキが噴水のように空に舞い上がる。
もくもくと漂う煙の中から現れる、大剣を担ぐ大男とポケットに手を突っ込む少女。
彼らにぞろぞろと続く、子供達の影。大半がしくしくと泣きじゃくっており、そのおかげで先導を歩く2人が悪役に映って仕方がなかった。
「とんでもねぇ……」
「ですね……」
呆然と立ちつくす2人を見やるなり開口一番、シウバがゲラゲラと笑い飛ばしてきた。
「いやぁ〜まっさかあいつらが“子攫い”だったとはよ! 普通に賭けで難癖付けられてぶっ飛ばしてただけなんだが……まぁ、奴らが持ってた金ァ俺が貰うからよ! おめぇとのケリはちょっとだけ待っといてやらァ、プードル」
「お気遣いなく……機会があれば幾らでも剣を交える覚悟は出来ています…っ!」
口角を上げて見下ろすシウバの挑発的な視線を受けたレイは、萌葱色の双眸を熱く光らせて返す。壮烈な彼女の眼差しからあしらう様にシウバは背を向ける。
「殺り合う覚悟も決まってねぇ奴を潰す気はねぇって言ってんだよ」
真剣を抜こうとするレイの手を咄嗟に掴むイブキ。そんな彼を鼻で笑い、吐き捨てる様に言い放った。
「ま、そこの黒い野郎はあんまりにも弱っちくて思わず一回殺しかけたけどよ!」
--この野郎……クソッ!!
煽られ、怒りに身を震わせる2人を差し置き、再びゲラゲラと笑うシウバ。そんな彼の脇腹を小突くクルドは、彼以上に悪どい表情をしていた。
「ねぇねぇ“おんぼろ大剣”。まーたあたしに借り作っちゃってない?」
「はぁ!? どこがだよクソガキッ!! こっちははじめとんずらこいたんだぜ? わざわざよ!」
「そんであたしらに捕まったからあいつらの金全部手に入ったじゃんか。あたしらがあの時来なかったらあのままふつーに全員ボコすだけボコした後ちょっとだけ金取って帰ってったでしょ」
「おまっ!! そりゃおめぇの想像じゃねぇかよ!! 普通に俺くれぇ頭が回りゃあの後ァもう超忍んでアジト突き止めてそんで……」
「目めっちゃ泳いでんじゃんか。んまぁ、ちっこい集団孤児院に委託すんの手伝うのと……ちょうどお腹空いてるしタダ飯食わしてよ」
「ああ!? 何回うちの飯タダで食う気なんだてめぇはッ! 第一……」
「いーのかな〜そんな大声出してさ、ちっこいのめっちゃ泣いてるよ?」
「しるかよッ!! てめぇらも黙れガキ共ッ!!!」
シウバの一喝で更にギャンギャン泣き始める子供達。
「“暴龍”……子供達にまで横暴だったなんて……」
「大人気ねぇっつーか……」
「あぁもう悪かった!! 悪かったって!!!」
レイだけでなくイブキにまで幻滅の眼差しを向けられたシウバは頭を掻きむしり、半分投げやりに謝罪する。そのまま大剣を担いで一同を先導した。
「おら! はやく来やがれ!」
「シウバ、孤児院そっちじゃないよ」
「うるせぇ! わかってらァ!!」
わざとらしく大地を踏みつけながら代わりに先導するクルドに追いついたシウバ。『なんだか親子みたいですね』と笑いかけてきたレイの一言に、思わず吹き出す。
「あんな親子いたらたまったもんじゃねぇっすよ……」
イブキのため息は、すっかり太陽の落ちた暗がりの中で儚く消えていった。




