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熱気漂う祭壇

「ちょ……もうむりっす…………ハァ……ハァ……勘弁してくれ……」


「ちょっと! へばんないでください! もう少しでイブキ君の能力の謎が解けそうなんですからぁ!」


 クルドを思う存分くすぐりまくってやった後何故か御礼を言われ、そのお返しにと言うようにレイのやる気は一層極まっていた。

 既にバテバテのイブキを起こそうと腕を引っ張りあげ、さぁさぁと急かす。


「まだまだ行きますよ〜!! 見事っ! 左手の龍皮化に成功したらあのくすぐり攻撃……教えてくれるんですよね!? ねっ!?」


「う、うにゃあ!?」


 くすぐり攻撃と聞いて岩陰で蹲っていた小さな身体がビクッと動く。

 イブキのくすぐり攻撃を凡そ30分に渡って受け続けたクルドは、解放されてからずっと涙目になりながら震えていた。


「ハァ……ハァ……お、教える前にこっちが死にそうなんですが……?」


「あっ!! それは大変ですねっ! クルドちゃんっ! 回復魔術をお願いしますっ!」


「…………やだ」


「…………また……くすぐるぞ……」


「うにゃっ!!!」


 膝をガクガク震わせながらイブキに近付くクルド。

 あのくすぐり攻撃は心身ともに相当効いたようだった。


「く、くすぐんなよ!?」


「それはお前の態度次第だぜ?」

 --ざまぁねえぜ!! 年上舐めてるからこーなんだよギャッハハハハハハァ!!!!


「わかった! わかったってば!! 無料にする! 無料にするって!!」


 「あ、あのクルドちゃんが完全に怯えちゃってる……イブキ君凄い……」


 回復魔術受けるイブキにレイは関心の眼差しを向けていた。


「イブキ君の能力……クルドちゃん的にはどう映りました? クルドちゃんの考えとわたしの推測が一致すれば……」


「あ、あんま見てないけど……イブキは、接近したら相手の位置を縛り付けたり出来るんじゃないかな……あ、あたしもそれで捕まったしさ」


 ムスッとした表情で腕を組みそっぽを向くクルドだが、その返答はしっかりとしていた。

 推測通りだと両手を合わせ、腕を広げてレイは喋り出す。


「そーなんですよっ! 軽く50回は手合わせしましたけどある一定の距離まで詰められるとそこから移動出来なくなるといいますか……影でも踏まれたみたいに動かなくて…ここにイブキ君の能力の秘密が隠されてるはずなんですっ!」


 影というワードにハッとなり顔をあげるイブキ。


 --影でも踏まれた……? そうだ! 確かあのゾンビとの戦いの中でも右腕が影の中に入っていって不意打ちかましたんだっ!


 右手を見つめそして確信する。自分の力は影と何かしらの関係があることに。


「も、もしかしたら……文字通り影を踏んでんのかもしんねぇっす。あのゾンビとの戦いの時も……無意識に影を使って攻撃したんで……」


 イブキは立ち上がり、そのまま隣のレイの影を踏んでみる。


「どうっすか?……動けるっすか?」


「……んっ! ……んっ!! ダメです。確かに動かないですよっ! クルドちゃんも試してみます?」


「い、嫌に決まってんじゃんか!!」


 クルドはビクッと身を退いてから、恐る恐るイブキとレイの影が丁度交差する箇所に綿を散らし、蟻の行列を観察する子供のように地面と顔を並行にじっと綿を見つめはじめた。


「なに…してんだ?」


「いいから」


 次第に黒く変色していく綿をみてクルドは立ち上がり、頷く。


「……やっぱそうだ。自動発動してる」


「……自動発動?」


 イブキが首を傾げる。正直自分自身でもこの力の原理が理解出来ていなかったので、より詳しそうなクルドに解説を委ねた。


「……無意識に発動してる龍魔力の能力だよ。これは出来る人と出来ない人がいるんだけどさ……イブキの影に微弱の龍魔力が流れてて、それがあらゆる魔道回路と無理矢理連結する仕組みになってんのかも……」


「それって……凄いのか?」


「……あたしにもレイにも通じるあたりメテンだけじゃなくて“魔道回路”を持つ人全員にこれが通用する可能性がある。正直……あたしみたいに動き回って攻撃するタイプは一回踏まれたらマジで詰む位にはヤバイ」


「お……おおう……!!」

 --え!? 何それやばくね!! こいつ捕まえ放題じゃんやっふうううういっ!!!!


「ただ……」


『すげぇ能力を手に入れてしまった』と浮かれるイブキの水を差すようにクルドが続ける。


「元々接近戦重視の相手だと逆に不利になる……って言うより今のイブキだと殆どのメテンを至近距離に近付けるだけで不利になる位まであるし……」


「じゃあ、至近距離での戦闘能力を一層強化しなきゃですねっ!」


「……え?」


 影を踏まれたまま木刀を掲げるレイ。

 危険を察知して身体を退かせる頃には、振り翳した木刀の先がイブキの頬を掠った。


「れ、レイ……さん……」


「イブキ君! 君もしかしたらすごい力を秘めてるかも知れませんよっ! 接近戦を極めたら最強も夢じゃないかもっ!」


「あれ……でも俺が強くなりすぎたらレイさんの夢っていうか……その……大丈夫なんすか?」


 レイは『へ?』という具合に首を傾げた後、にんまりと微笑えみ、一言だけ返してきた。


「負けませんよ? わたし結構強いんで!」


 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「ちょっ……死ぬ……しぬぅ……!!」


 壇上の中心で大の字に倒れ、とにかく酸素を取り入れようと肩で必死に呼吸を行う。

 修行が始まってから3日経ったが、その間朝から晩まで続くレイの特訓は恐ろしいものだった。


「ほらほらぁ! そんなんじゃ虫も殺せませんよ? 龍皮化も解いちゃダメです! 仕切り直しですっ!」


 --畜生ッ! ボカスカ殴りやがって……!! なんでこんなに辛い思いしてんだ俺は……!! ああもうッ!!


 元々努力というものの尊さとは無縁の生活を送っていたイブキ。

 当然修行に対してのモチベーション低く、修行の意図も分からず“ただ言われるがまま苦痛に耐え抜くだけの時間”程度にしか考えていなかった。


 --畜生……!! また負けた……ッ!! でもさっきよりは粘れたか……? いやでも向こうは汗ひとつ……ッ!!


 そもそもイブキは、努力という行為に意味を見出していなかった。


 世の中は一部の“神に選ばれた人生の勝ち組”にのみスポットライトが当たるようになっており、自分のような“その他大勢”はそんな勝ち組達を一層光らせるための“背景”に過ぎない。特別になろうという考えがまず無謀だと思っていた。


 --ああまたやられたッ!! 隙を突いたはずだぞ俺!! クソッ! 次こそはッ!!


 0勝181敗。イブキの戦歴である。


 もう嫌だと叫べば止めさせてくれるかもしれない。

 こちらが向かっていくのを辞めれば向こうも叩いてこないかもしれない……そんな発想はとっくに脳裏から消滅していた。


 --だって悔しいだろ……。一回も勝てずに終わるなんてよ……。


 唇から垂れる血を拭い、立ち上がる。右手を突っ込ませ、躱される。


 --そうだよな……悔しかったんだよな……結果とかじゃなくてよ……。抗いたいだけだったんだよな……“天才達に”ッ!!!!


 立ち上がる。拳に力をいれ、壇上を踏み締める。

 心が研ぎ澄まされていくのを感じ、目を見開く。


 --冷静になれ……。ムキになってちゃ意味が無い……! 次で決めるぞ……行くぞ……行くぞ……いくぞッ!!!


「……ッ!! 速いっ!!」


 イブキの剣幕に、レイの表情が一瞬だけ凍りつくのを感じた。

 それでも紙一重で彼の突進を躱し、すぐさま剣を構え直す。愉しそうに頬は緩んでいた。


「……でもッ!!」


 レイの両腕が炎のようなオーラに包まれる。イブキが再び突進し、彼女の右頬にまで拳をねじ込むまで約0,5秒。

 一瞬の間にレイはまるで騎士の鎧のような高貴な紅色をした龍皮を両腕に纏い、眼前のイブキの額に木刀を振り下ろした。


「めぇぇぇぇぇぇぇええええええええっっっっっっ!!!!!!!」


 バチンッ! と乾いた音が祭壇中に響き渡る。

 岩に腰掛け眺めていたクルドも思わず両手で顔を塞いでいた。

 モロに受けたイブキは一気に勢いを失い、大きく仰け反るように倒れた。



 --ああ……クソッ…………普通に悔しいんですけど…………。


 ボロボロと涙が零れていく。全力を出してここまでコテンパンにやられてみると、本当に悔しくて堪らなかった。

 涙を拭いて起き上がる。次こそはあのゆるふわフェイスに一撃かましてやると拳を握りしめてレイ見上げる。


そのゆるふわフェイスは涙でぐしょぐしょになっていた。


「うぅ……すごいっ……よぉイブギぐぅん!! ごんなに……づよぐ……なってぇぇぇぇええ!!」


「まだ……終わって……ねえ゛た゛ろ゛!!!」


突然の賞賛に“勝ち逃げされた”と思い込んだイブキは、声を荒らげて立ち上がる。


「う、ううん……!! イブキぐんっ……! いまりゅうひか゛からの…そく゛と゛…すごいよかった゛よぉっ…ヒック…えっ! ううっ……」


「で、でも俺は……!!」


「イブギぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうんっ……!!!」


「ぽうっっっっっっ!!!!!」

 --おおおおお!! おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいぃぃぃいいいいい!!!!!!


 急に木刀を捨て、わんわん泣きながら抱きついてくるレイ。

 やっぱり最初はおっぱいにしか思考が行き着いていなかったが、次第に我が身になって泣いてくれる彼女に心打たれ、いつの間にか同じように泣きじゃくっていた。


「イブギ……ぐぅぅぅぅううううううん……!!!!」


「せんぜ……い……っ!!!」


「なんじゃこりゃ……まだ3日目じゃんか」


 抱き合って泣き崩れる2人。

 一人だけテンションが違うクルドは2人が泣き止むまで引き攣った笑みを浮かべながらドライフルーツを齧っていた。


「あの……すんません……先生……その……」


「い、いやぁイブキ君……わたしも……急にごめんね……へへ……」


 落ち着いた2人は我に返った後すぐお互いに距離を取り、顔を真っ赤にしながら俯いていた。


「忙しいヤツらだな……」


 モジモジする2人の様子にクルド肩をすくめる。

 終始醒めているクルドであるが、彼女なりに感じたこともあった故に、ドライフルーツを齧りながらふむふむと呟いた。


「んまぁ、確かに初日よりは大分動けるようになってるし……龍皮化までの速度も格段にあがってる。やっぱりケンドウのタツジン? は教え方も一流だね」


「……え? けんどう……?」


 恥を忘れるようにわざとらしく顔をあげるイブキ。

 そんな彼に続いて、レイもまたわざとらしくシュバっと立ち上がり、腰に手を当てて答えた。


「はいっ!! わたし、日本の剣道が大好きで! カナダ国内だとにぃさんと揃って一番だったんですっ!」


 --だからあんなバケモンみてぇにつええのかよ……。


 ある意味納得が行ったのか、無言で頷くイブキ。

 そんな彼の元にクルドは再び手でドライフルーツを吊るし、提案を持ちかけてくる。


「んまぁ、そんなレイ相手にアホみたいに戦ってた訳だし……イブキさ、そろそろ依頼一個くらい受けてみてもいいんじゃないかな?」


「……いらい?」


 ドライフルーツを受け取り、もそもそと口の中で動かしながら問いかける。

 にへらっと笑うクルドの表情は何故だかおちょくって来てるように見えて若干腹立たしい。


「うんにゃ。やっぱ実戦やんないと実力実感は難しくない? イブキもさ、試したくなってきたんじゃない? どんだけ自分が強くなったのかってさ」


「いやっ……まぁ……う〜ん」


 腕を組んで唸るイブキ。彼の横で首を傾げながらレイが訊ねる。


「でも…もう午後ですし……ギルドの依頼なんかとっくに…」


「んならさ、やみえーぎょーするしかないっしょ」


「や、闇営業…?」


 まさか異世界にも闇営業という概念が存在していたことに驚くイブキ。

 レイは手を叩いて『あっそっか』となんの疑いも持たずに納得し、


「確かにあそこなら…そこら中に依頼になりそうな問題が転がってますしね……」


「んじゃ、行こっかイブキ。初依頼なんだからもっと笑いなよ」


「いやでも闇営業……?」


「大丈夫、だいじょーぶだってば。あたし達も着いてくし」


「お、おう……」


 明らかに怪しそうな“闇営業”とやらに顔を曇らせながらも、足早に進む女子二人の背を追った。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「……んで、なんだ? この辛気臭い場所は……」


 女子2人について行きながらオドオドと歩くイブキは、呟きながら所々汚れた街並みを見渡す。

 あちこちから怒号や汚い笑い声、何かが割れる音が聴こえてくる。なにより、こちらを睨みつける荒くれ者達の視線は、どこか不穏な感情を孕んでいるようだった。


「イブキさ、なんであたし達があの森に現れたかはもうラディから聞いてるんだっけ?」


「な、なんだよいきなり……。確か……先住民専用の依頼をシューゲツが受けたからとか何とか…」


「んまぁ、だいたいあってる。イブキ達メテンは基本的に依頼は公安ギルドがそれ用に用意したヤツを受けるんだけどさ、それだけだとけっこー枯渇すんのよ。だからたまにこーやって掃き溜めみたいなとこ突っ込んでヤミえいぎょーしたりすんのよ」


「や、闇営業……?」


「今日みたいに時間も午後になると依頼なんて無くなっちゃってますからね〜。ギルドに依頼出来ない層の人達や、現行犯で起きる喧嘩の仲裁とか……お小遣い稼ぎみたいなものですよっ!」


 --た、逞しいなこいつら……。


 スラム街を堂々と歩く2人の女の子の背中がやけに大きく見える。

 それは仮に彼女らが周りのゴロツキに襲われたとしても、クルドは魔術、レイは剣術で簡単に返り討ちに出来ることを分かっている故の自身なのかと少し後ろで歩くイブキは感心する。


「た、助けてくれぇーーーー!!!」


 頭をハゲ散らかし、所々歯の抜けた汚い格好の男が、3人目掛けて走ってくる。

 切羽詰まった様子に慄いたイブキを除き、女性陣はにっと笑って手を差し伸べる。


「どうされましたっ!? 喧嘩ですかっ!?」


「あ、あんたたちメテンだろ!? 助けとくれ! 依頼金は出す!!」


「どうしたんだってばオッサン。ちょーど依頼探してたとこ」


 相当恐怖しているのか、男は震える指で向かいの汚れた建物を指さす。

 耳を済ませてみれば、微かにそこから何名かのならず者の悲鳴と怒号が聴こえてくる。


「あ……あの中に……とんでもねぇ奴がいるんだ!! 俺たちのカジノを荒らして金をふんだくろうとするメテンがよォ!!!」


「め、メテンですか!? これはイブキ君っ!! いきなり大仕事の依頼ですよっ!!」


 興奮してイブキの肩を揺らすレイに対し、クルドの表情は微かに曇っていた。


「ちょっ……わかったから離して……」


 レイの手を無理矢理離してから、もう一度中の建物を見やる。

 先程より罵詈雑言の嵐が酷くなっている建物の中を、“ちょっとコンビニ行ってくる”というようにノコノコと向かう女の子2人は相変わらずに逞しい。


「イカれてんだろこいつら……ッ!?」


 軽く愚痴を零した瞬間の出来事だった。

 ドカンッ!! っと該当の建物がからとんでもない爆音が響き渡り、衝撃波が覆う。

 イブキ達だけでなく、その場にいたならず者全員の視線がそこへと集まった。


 レンガで出来ていた壁を突き破り、竜巻が現れる。風の渦の中に、大量の顔面が腫れ上がったゴロツキが紛れており、全員狂ったように悲鳴を上げて散り散りに落下した。


「う……うあああああああああ!!!!!!」


 一連の出来事を見届けたゴロツキ共が一斉に逃げ惑う。


「暴龍だ!! 暴龍がでたぞ!!」


「灰色の暴龍……なんでここにィ!!」


 一同が口をそろえ“暴龍”の名を叫んでいた。


 「暴龍……?」


 眉をひそめ、全壊した建物を見やり、息を呑む。

 舞い散る塵の中から現れた、巨大な大剣を担ぐ大男への脅威は、遠目からでも十分すぎる程伝わっていた。


 後ろで蹲っていた依頼者がその大男を指さして叫ぶ。


「こ、こいつだあああああああああああああああ!!!!!!!!」


「うるっせぇなぁ!? 文句あんならかかってこいクソハゲ!! それか金返せ!!」


 男の異常な剣幕に、蛇に睨まれた蛙のように固まるイブキ。

 濁った青色の双眸は、まるでヒビの入った宝石のように力強く、芯の太い銀髪は雪山を駆ける白狼のように逆立っていた。


 顎に生えた無類髭の具合から確認するにざっと30代後半くらいだろうか。

 太い肩に担ぐ大剣は部分的に錆び付いており、その用途は恐らく“切断”というよりも“殴打”に向いていた。


「……この人はっ!!」


 勇猛果敢に唸る犬のように身体を震わせ、帯刀していた真剣に手をかけるレイ。

 同じく彼女を確認した男は担いでいた大剣を片手で構え、笑い飛ばすように応える。


「はっ! てめぇアレだろ!“飼い慣らされた龍達”…龍小屋だろ!? なんだぁ? ゴミ掃除でもしに来たのかぁ?」


 男の戯言に耳を貸さず、無言で剣を構えるレイ。

 あんなに強かったレイが“本気の視線”で警戒している。それだけで、その男の力は決して見かけ倒しに留まらず相当なものなのだろうと少し後ろで身構えるイブキは固唾を呑んだ。


「……やっぱおまえだったね、“おんぼろ大剣野郎”」


 ポケットに手を入れたまま顎を突き出して呟くクルド。

 男は白狼のような鋭い眼光で彼女を睨み付けた直後、豆鉄砲を受けたハトのように表情を歪ませて吠えた。


「……げっ!? クルドォ!?」


「疫病神でも拝むような顔で見てくんじゃんね……シウバ。あたしから受けてる山のような“借り”……忘れたわけじゃ無いよね?」


 クルドを見るなり、歯ぎしりしながら固まるその男シウバ。

 チッと舌を鳴らし、大剣を掲げる。


「わりぃが、颯爽退散させてもらうぜ?」


大剣の周りに集う銀色の風。それはやがて強固な風の膜となって大剣を覆うと、シウバは再びそれを肩にかける。


「あっ……やばっ! 隠れて! 二人とも!!」


「オラアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」


 巨大なうちわを仰ぐように振り下ろされた大剣から突風が吹き荒れる。

 それは地盤を抉り、一面の木材やレンガを破壊し、“風の津波”となって3人に襲いかかった。


「うわっ!!!」


「こっちです! イブキ君!!」


 レイに手を引かれ、立ち並ぶ丈夫な建物の隙間へ直撃する前に飛び込む。

 既に何人か逃げ遅れたゴロツキ共が悲鳴をあげて暴風に巻き込まれていく様は、さながら“災害”を連想させた。


 間もなく暴風がイブキ達を通り過ぎ土埃に覆われていた道が晴れる。

 クルドの姿が無かったので、彼女の身を案じてレイと一緒に路地裏から顔を覗かせると、既に道の中心でポケットに手を入れて佇んでいた彼女が前を力強く指さして2人に告げた。


「追え!! 追え!! 捕まえれるから!!!」


 クルドが指差す先は大剣を背負って逃亡を図るシウバの姿があった。

 あれだけの力で何故逃亡に走るのか少し疑問に思うイブキだったが、彼的にはわざわざ追いかける必要性も感じられなかったため、当然従わずに背を向ける。


 彼女は違った。


 一瞬の迷いもなく、真剣を片手にシウバの背を追うレイ。


「お、追うのぉ!?? アレを!!??」


「大丈夫だってば! あたしを信じて! イブキの影踏みなら捕まえられるって!」


 クルドは何故か自信ありげに胸を張る。どうやら彼女とシウバの間には何か、実力だけでは覆せない“縁”があるように感じた。

 頭を掻き、捨て台詞を吐く。


「ああもう!!! 死んだらくすぐるからな!!!」


「くすぐんなっ!!!!!!!!!」


 クルドの必死な叫びを背に受け、シウバを追うレイに続いた。

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