35/壁の花
やっと見つけたレナは、結構な人数の令息に囲まれていた。
(お。モテモテだわ。さっすがレナね)
彼女が可愛いのを皆ちゃんと理解しているようで何より。
ただ、問題なのはそれだけではない事だ。
周囲を見回し、彼女が見える壁際へと向かう。
パーティーでは「壁際に居る=相手がいない可哀想な人」になるらしく、基本的に人がいない。
いわゆる壁の花というやつだ。
(ここなら邪魔されないわね)
適当に飲み物をテーブルからとってレナを見守る。
彼女に群がる男の中には、我が家との繋がりを求めてる者や、不埒な事を考える奴が居ることだろう。
もちろん貴族の婚姻は、家との縁を結ぶ面が強いのだから、それは仕方がない。
だが、下位貴族は自由恋愛がある程度出来るのだ。
縁とかの条件はある程度あったとしても、せめてレナを本気で愛する人を、彼女には選んで欲しい。
当然目的が不埒なことである奴は論外なので、その兆候が見え次第排除する予定だ。
問題はどうやって見極めるかである。
(私が割って入ると、大問題よね……)
すでに先程のダンスの時点で気づいていたが、私への嫉妬の視線が酷い。
熱量を持っていたら、とっくに焼き殺されてるレベルだ。
そんな私がレナの所へ行ったら、自意識過剰かもしれないが、彼女の婚活を邪魔することになりかねない。
(どうしようかなぁ……)
悩んでいると、グラスの中身が空になっていた。
せっかくだからと、料理もお皿に取って少し頂く。
周囲の評判通り、かなり美味しい。
ただ、我が家のパーティーで食べる食事と同じくらいにも思えるので、クソ親父の王家に対する負けん気が何となく察せられる。
(……まぁ、美味しいものに罪はないしね)
美味しい料理に舌鼓を打っていると、ふとすぐ傍にエリクが居た事に気づく。
「……エリク?」
「はい」
見間違いかと思って声を掛けるが、やっぱり本人らしい。
「なんでこんな所に……お嫁さん探すいい機会なんでしょう?」
今年でエリクも二十歳。そろそろお嫁さんを探すべきではないだろうか。
普段は護衛の仕事でそんな余裕がないのなら、今こそ頑張り時だと思うのだけれど。
「お嬢様が嫁ぐまで、嫁はいりませんよ」
苦笑していうエリクに――なぜかホッとしてしまった。
その気持を誤魔化すように、彼へと話しかける。
「でも、今日は仕事じゃないんだし、私の傍でなくても良いのよ?
それにお友達と話すいい機会じゃない」
「友人とは待機している時に話しましたし、パートナー探しに忙しいみたいなので問題ありません」
「そう……」
だから傍にいてくれる。
そういうことなのだろう。
本音を言うと、一人で居るのが寂しかったし、知らない人ばかりで少し怖かった。
近くに彼が居てくれるのはとても心強い。
ただ、同時に甘えてしまって良いのだろうかとも思う。
「――それと、その、お嬢様」
少し躊躇いながら声を掛けられ、彼を見上げる。
「……お屋敷では言いそびれましたが、とても綺麗でお似合いです」
「あ、ありがとう」
言い切ってからそっぽを向くエリク。
言い逃げはちょっとずるい。――でも助かった。
アンディを異性と認識してしまってからか、エリクもそう認識してしまったらしい。
妙に心臓が騒がしいのだ。
(顔が赤くなってないと良いけれど……)
落ち着かないので、私は新たにお菓子を取りに向かう。
こういう時は、適当に気を紛らわすのが一番だ。
「よぉ」
次はどれを食べようかと物色していると、ふいに声を掛けられる。
かなり気軽な口調と聞き覚えのある声。
そちらを見ると、予想通り緑、赤、紺のカラフル頭の面子――すなわち、コルト、ディルク、フォルクマールの三人の姿があった。
彼らも私やアンディと同い年なので、今年社交界デビューを果たしたのだろう。
三人に微笑んで口を開く。
「こんばんは。皆さんご機嫌麗しゅう」
「いや、ここ人居ないしいつもも通りでいいだろ?」
面倒くさそうにフォルクマールが言う。
確かに面倒くさい。
「それもそうね。というわけで皆こんばんは」
「変わり身早すぎるだろう……」
「良いのよ、実際周囲に人はほとんど居ないし」
いや、今は結構な顔ぶれが揃ってるせいか遠巻きに見られてる気もするけれど。私もだが、彼らもそれなりに高い身分の人間なのだ。
でも声は聞こえないだろうから問題ない。
「はぁ……まぁ良い」
諦め口調で言うコルト。
ふと気がつくと、ディルクはエリクへと挨拶している。
本当に彼はエリクを尊敬しているようだ。
(あ、そうだ)
いい事を思いついた。
「ねぇ、ディルク」
「ん? なんだ?」
「あそこにレナが居るんだけれど、レナの最初のダンスのパートナーを務めてもらっても良いかしら?」
「あんだけ人がいるし、問題なくねぇ?」
「多いから問題なの。多過ぎても困るでしょう?」
「確かにそうだな」
横からコルトが助け舟を出してくれる。
よし。このまま押し切ろう。
「――ね、お願い。エリクもレナがディルクと踊るのなら安心よね?」
「え? えぇと……はい。そうですね。ディルク様なら任せられられます」
ふいに話を振られて少し戸惑っていたが、エリクがそう答えると、ディルクは上機嫌で「じゃあ行ってくる」と言い残し、レナの元へ向かった。
これで一安心。
大事なレナに変な男が近付くのは絶対に許せない。
だから、交際に真剣でもない、ディルク未満の人達にはこれでさようならしてもらおう。
「――助けはしたが、ディルクで良いのか?」
「良いのよ。この中で彼が一番、穏便に事を運んでくれるもの」
「確かにフォルクマールでは、レナ嬢も怯えるな」
「コルトだと、やりすぎるしね」
「ふるいに掛けるのが目的なら、手を抜いてどうする」
「それじゃ困るから、ディルクに頼んだんでしょう」
「――まぁ、そうだな」
お互い苦笑しあう。
近くにいるエリクとフォルクマールは何のことか分からないようだ。
君たちは純粋なままで居て下さい。
「ところで、おい」
「なに?」
フォルクマールに呼ばれて首を傾げる。
「馬子にも衣装だな」
「えぇ、君もね」
ドヤ顔で偉そうに言われたので、こちらも笑顔で言い返す。
とはいえ、実際彼等の正装は凄く似合っている。
アンディやエリクの事がなければ、変に意識してしまったかもしれない。
攻略対象だけあって、彼等は容姿端麗なのだ。
しかも今は、普段とは違う服装。
(気づかない内に皆、男の子から男になっちゃうのね……)
なんだかちょっと寂しい。
気づいたら弟分が、自分から離れていくような気分だわ。
「チッ。――その……なんだ。……お前は踊らないのか?」
「アンディ様と踊りましたよ?」
「アイツ以外とだよ」
「面倒なので踊りません」
正直ダンスで『魅了』の被害者が出るのは困るし、転んだら大惨事である。
何よりダンスに楽しみを見いだせない。
「ふ、ふぅん。そうか。せっかく踊ってやろうと思ってたのにな」
「嫌よ。絶対足踏む気でしょ」
「……そうだよ、バーカ!」
そう言って、拗ねたように去っていく。
何か変なこと言っただろうか。いつも通りの軽口なのに。
いつもの言動からして、ダンスの腕がどっちが上とかそういう感じで持ちかけたんだと思ったんだけれど。
「……断るにしても、流石に今のはどうなんだ」
「え、だって、絶対そういう流れでしたよね?」
「……アンディの苦労が忍ばれる……」
そう言って、目頭を押さえるコルト。
確かに『魅了』で苦労を掛けてるとは思うが、そこまで言われる言われはないわよ?
フォルクマール は 普段の行い が 悪かった!
ミーナ は 察し が 悪かった!
普段の行いって大事ですね。
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