36/悪意の集い
フォルクマールを追うように、コルトも私に断りを入れてから去っていった。
ちらりとレナの方を見れば、目論見通り彼女を取り巻いて居た人数は大分減っている。
残った数名は、ディルクと同格かレナに対してそれなりに本気なのだろう。
あそこまで減ってれば、一安心。
何よりディルクが最初のパートナーを務めているので、残ってる中に不埒な事を考えてる奴はいないだろう。
(我ながら良い機転だったわ)
満足気に頷いてから、また適当にお菓子を取って周囲を見回す。
先程去って行ったコルトとフォルクマールは、令嬢に捕まってダンスをするようだ。
むしろ、良く今まで逃げれたなと感心する。
そんな事を考えつつ、さらに周囲を見回していくと――歓談エリアの一角が不自然に人が少ないことに気づいた。
よく見ると人が不自然にその場所を避けているような……。
目を凝らしてみていると、そこに兄貴の姿が見えた。
奴は、優雅にグラスを傾けながら一人だ。
(……なんで一人?)
兄貴は当然上位カーストに位置する。
実際、家の誕生日パーティーではそれなりに囲まれていたはずだ。
そうでなくても、縁を得ようとアンディのように令嬢の皆さんに囲まれたり、取り巻き希望が声を掛けるだろう。
(――さては、認識阻害使ってるんじゃ……)
それならば兄貴が一人で居られるのも納得が行く。あと、不自然に人が避けている事にも。
ふいに視線が合った。
どうやら兄貴に見ているのがバレたらしい。
兄貴はゆっくりと私の方へ近づいて来る。
周囲が兄貴の姿に驚いてるのを見ると、どうやら魔法を解除したようだ。
「やぁ、ミーナ。よく気づいたね」
「たまたまですよ」
自分でも驚いている。
日々の魔法の鍛錬の成果だろうか。
「ふふ。謙遜しなくて良い。君はちゃんと成長しているよ」
「あ、ありがとうございます」
妙に上機嫌なのでちょっと怖い。
お酒にも強いはずなんだけれどな、この人。
「ところでミーナ。あっちを見てご覧」
兄貴に言われ目をやると――そこに居るのはクソ親父とその取り巻き達の姿。
とても楽しそうだし、周囲の人達も紳士に見える。
――見えるが、アイツの本性を知ってると、どうにも人相の悪さを感じた。
にじみ出る腹黒さというか、クソ親父と同じ空気というか。
最低でもあの中の何人かはクーデター関係者だろう。
「お、お父様ですね」
「あぁ、そうだね」
そう言ってから、兄貴は取り巻きメンツについて説明を始めた。
まずはクソ親父の横にいる男。西の辺境伯で、人の住めぬモンスターの領域を封じているらしい。
「彼が魔物が攻めてきたと誤報を一つ出すだけで国中の兵士が右往左往するだろうね」
それを皮切りに、どんどん私に人の紹介を始める兄貴。
次は彼が指し示す人――服装からして身分の低そう――は交易の要所を抑えている人物だという。
「彼の管理する交易路が途切れたら、多くの場所で物資が不足するだろうね」
次に新たな王都警備の責任者。
王都の保安関係は彼の命令一つで大きく動くのだそうだ。
「彼は先の誘拐事件で台頭した人物だよ。君とはある意味、縁が深い御仁だ」
いや、そんな縁いらないです。
例の誘拐事件なんて思い出したくもない。
それから取り巻きの中で唯一のお爺さんについてだ。
「あちらのご老人は文官を育成する学校の学長。
全員とまでは言わないが、この国の多くの文官、様々な家の家令や執事が彼の教え子だ」
ついでに色々な家の、様々な事情に詳しいんだとか。
教え子の数を考えれば、凄まじい人脈持ちって事だものね。恩師には逆らいにくいだろうし。
さらにいかつい印象を受ける男について説明される。
「――我が国最大の鉱山を抱える人物。武具製造の大元締めとも言えるね」
つまり、武具の粗悪品も高級品も、好きに流通出来ると言うことだろうか。
それからでっぷりと太った男は――。
「彼は穀倉地帯の大部分を抑えていてね。穀物類の生産量は彼の領地が国内随一だよ」
あの男が自分の蓄えを放出すれば、それだけで国家を三年は支えられると兄貴は分析しているらしい。
つまりは、クーデター面子のお財布ということなんだろう。
次々と、私にだけ聞こえるような小さい声で説明をしていく。
(ちょいちょい私が不安になるような情報を付けるの、止めてくれません?
聞いてて気分悪いんですけれど。
あと、私が感じてた黒さを感じる人全員ピックアップされてるんですが)
私の勘は案外正しかった。――あまり嬉しくないです。
「それとあちらの御婦人は王の愛妾の一人だ。家の親戚でもある。
王のお気に入りで、かなり頻繁に呼ばれるそうだよ。閨という王の無防備な瞬間を握っているとも言えるかな」
「……」
思わず絶句する。
王様が四人も嫁がいるのに、更に愛妾(しかも複数人ぽい)までいるのかよ、とか。
頻繁に呼ばれているとかなんで知ってんだ、とか。
そもそも、妹に閨とか言うのどうなんだ、とか。
ツッコミどころが多すぎた。
でも下手に口を挟むと、丁寧に説明されそうな気がしたので聞かなかったことにしたい。
「ちなみに」
そう言って、クソ親父の取り巻きから少し離れた所に視線を向ける兄貴。
私もそちらを見ると、どこか幸薄そうな紳士が居た。
「彼がシルヴィアの父親でクラース家現当主だね。
クラース家は数代前までは国家の要職を抑える力ある一族だったらしいよ。
今? ――今は自領を無難に経営してると聞いてるね」
(クラース家可哀想……)
思わず同情してしまう。
(それにしても、今ここに集まってる奴らこそ、国家転覆を狙う組織の幹部連中という事かな……)
正直「表の場にこんな堂々と集合してるんじゃねーよ!」と叫びたい。
しかし、たとえ後ろ暗い事をしていたとしても、堂々と集まれるくらい清廉潔白に見えて、誰も邪魔できないぐらい力がある集団なのだ。
少なくとも、一番の対抗馬だろうクラース家があんな小さくなってるのを見るに、他に敵はいないと見て良いだろう。
ちらりとエリクを見るが、先程の説明は聞こえてないようで、護衛の時のように黙って控えている。
聞こえてたら絶対驚くだろうから、聞こえてないようで一安心。
もともと兄貴も小声だったから、聞かせる相手を選んでいるのかもしれない。
――何故私に聞かせたのかは分からないが、かなり重要な情報だ。
「ところで――ミーナは挨拶をしたのかい?」
言われてびくりと身を震わす。
当然だが、近寄りたくないので最初っからスルー対象である。挨拶なんてしているはずがない。
「まだみたいだね。エリク、ミーナは連れて行くから君は好きにしていいよ」
私の手を取り、兄貴はゆっくりながらも有無を言わさず進んでいく。
乱暴に握られているわけではないが、逃げれる気がしない。
ついエリクへと助けを求めようと振り返り――止めた。
だって物凄く心配そうにしてるんだもの。
ここで助けを求めたら、本当に助けに来てしまう。
そしたら下手すると、彼は兄貴に排除される。
穏便なところで瞬間移動での放置。
最悪魔法で意識を奪うとか、そういう可能性だって考えられた。
だから笑って手を振って、兄貴と共に進んでいく。
(うう……行きたくないよぅ……)
心の中で泣き叫びつつ、兄貴に連れられ挨拶を交わす。
少しテンパって変な行動した気もするが、どうやら殆どの視線は兄貴に向かっているので気付かれてはいないようだ。
(そりゃそうよね、兄貴が次期当主なわけだし)
どうせこいつらも娘なんて、政略結婚の道具としか思ってないのだろう。
――ただし、一人を除いてだが。
例の王様の愛妾である美魔女から、白雪姫の継母の如き、熱い視線をひしひしと感じる。
(大丈夫だから。あんたの地位も仕事もいらないから!)
年齢不詳の見た目だけあって、彼女は自分の美貌に自信があるのだろう。事実美人だとは思う。
それは理解するが、成人したての小娘にその敵意向けるの止めて。なんか凄く怖い。
現実逃避したくなって、そっと兄貴の背後に隠れながらなんとなく周囲を見回す。
知り合いでも見つけて心の平穏を保ちたい。
幸いにも、すぐにシルヴィアの姿を見つけた。
ただし――その視線はいつもと違ってとても厳しいように見える。
「――では我々はこの辺りで失礼します」
兄貴がそう言って、私の手を取りながらまた歩き出す。
ほっとしながら連れられていくと、兄貴の呟きが聞こえた。
――まるで私に聞かせるように。
「彼女は勇敢だし、頭も悪くはないが……お転婆が過ぎると良い事にはならないだろうね」
それが意味することを察して私は凍りついた。
どきっ悪党だらけの、集まり。
そうだ。クソ親父を殴ろう!(合言葉
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