(10~11) お婆ちゃん視点
「……入院しちゃったなぁ」
無機質な天井にも見慣れてきました。
どうも、わたしは右腕と右足をポッキリとやっちゃったらしく、少しの間入院していなきゃダメみたいです。
……暇だなぁ。
「錵部さん、今頃何をしてるんだろ……」
自惚れているわけではないが、きっと錵部さんは怒り狂ってるんじゃないかと思う。
せめて、逮捕されるレベルの事をしてなければ良いんだけど……
元はと言えば、こうなってしまったのは、わたしが錵部さんに頼らなかったせいだ。劣悪な環境から離れて、一人きりになって、やっと気付きました。
“大葉ちゃんへの罪滅ぼし”なんて考えておきながら、結局わたしは自分のプライドを守りたかったに過ぎない。乙女ゲームの世界でハイスペックになったわたしなら、なんとかできるはずだと根拠も無く考えていたんだ。
精神的に追い込まれて、自分では解決策を出す事が出来なくて、それで“罪滅ぼし”を逃げ道として使っていただけだ。
「……やっぱり最低ですね」
殺した親友を言い訳に使うなんて、わたしはクズだ。
……だけど、もうそれは受け入れてしまおうと思う。
わたしは弱い。クズだ。最低の人間だ。
でも、それを受け入れる。目を背けた結果が、今の事態なのだから。
わたしの目標は、元の世界へ帰る事。そのためには形振り構っていられない。
「冷静になって考えると、いじめられている時の精神状態は異常だったからなぁ……
骨折せずに、あのまま過ごしてたら……」
……生きる事を諦めていたかもしれない。
「はぁぁぁ…………
……よし! ナイーブになるのは終わり!
――いだぁ!?」
頬を叩いて気合いを注入。
思わず骨折中の右腕まで動かして激痛が走っちゃった。
よし、もっと別の事を考えよう!
錵部さんやカイト君や御ハゲ様にヤナメ君。みんな何してるかなぁ……
「…………そういえば、誰もお見舞いに来てくれてない」
泣きそう……
いや、正確にはヤナメ君はお見舞いに来てくれたらしい。……くさやを持って。
悪臭を撒き散らしながら病院に入ってきたので、すぐに追い出されたらしい。その話を聞いた時、恥ずかしさで悶えたものだ……
それにしても、骨折からカルシウムを連想するのは分かる。でも、くさやは無いわ。せめてチーズとか、煮干しじゃない?
・
・
・
………………。
……………………うん。
…………………………暇!
何時間も考え事なんて、してらんないよ!
暇! 暇! 暇!
小説や漫画本は全部売っちゃったし、骨折のせいで動く事すらままならない。その上、何故か個室に入れられたから、話し相手もいない!
暇だよ!
「……そういえば、どうして個室?」
今気付いたけど、なんで?
ナースさんが入院費も払わなくて良いみたいな事も言ってたし。
この病院は波花家の系列らしいから、考えられるとしたら波花志遊が何かしたのかな……?
でもそれだと、いじめの黒幕最有力候補がわたしをVIP待遇してる事になるんですが……
…………うん。わからん。
* * *
…………うん。ワケわからん。
わたしの目の前に座っているのは、波花志遊。気まずそうにモジモジしてる。
何なんでしょうか、この展開。
「……えーと、波花さん? どうしてここに?」
「…………あの、それは……お婆ちゃんさんが骨折したのは、ワタシにも非があるので…………あ、もちろん費用の一切も波花家が負担します」
いや、そっちじゃないよ!
わたしが訊きたかったのは『どうしてここに入院しているのか』じゃなくて『どうしてここに波花志遊が来たのか』なんだけど。
でも、それを聞く前に一つだけ訂正してもらいたい事がある。
「ねえ、波花さん」
「……はい」
「わたしの事、呼び捨てにしてくれません?」
「はい?」
予想外の言葉に、志遊がキョトンとする。
でも、“お婆ちゃんさん”なんて呼ばれ方は紛らわしいから。
「……じ、じゃあ、呼び捨てで」
「うん」
「…………お、お婆ちゃん……」
「……そんなに真っ赤な顔しなくても」
何なんでしょう、この黒幕は……
想像していた波花志遊と、目の前の波花志遊の差に困惑します。
「……初めて、他人を呼び捨てにしたもので。
あ、それならワタシの事も志遊って呼んでください」
「いや、波花さんは波花さんです」
わたしが苗字で呼ぶのは、ある種のポリシーなので。なんて考えていたら、みるみる波花志遊が落ち込んでしまいました。感情の起伏が錵部さん以上です。
「…………お婆ちゃんも、ワタシと友達にはなりたくないんですね」
「え!? いや、そういう訳では……」
え、なに、どういう事!?
急に闇が深そうな事を言い出して……
あれ? もしかして変な地雷踏んじゃった……?
「……ワタシ、シンヤ君に言われてからここへ来るまでの間、考えていたんです。
ワタシには本当に“友達”と呼べる関係の人がいるのかなって」
重いよ! そもそも“シンヤ君”て誰!?
「……ワタシに、友達はいませんでした。
ワタシの周りにいるのは、みんな“家柄”だけを気にするトモダチばかり。
…………シンヤ君の言う通り、ワタシが馬鹿だから、なんでしょうか」
「えーと……ごめん。話が見えないから、最初から話してもらえますか……
とりあえず“シンヤ君”て誰?」
・
・
・
シンヤ君とは、養護教諭の鬼居笹井先生の事でした。親戚だったんだね。
「それでシンヤ君に言われた通り、ここへ来たんです……」
「……はあ」
ごめんなさい。こういうときどんな顔すればいいかわからないの……
とりあえず、笑えば良いかな?
……良いわけないね。
「えーと、波花さん。このいじめの裏話を打ち明けたのは、わたしが二人目だよね?」
「……はい」
「文句言う訳じゃないんですが、先に錵部さんに打ち明けるべきだったのでは……?」
「……怖かったので」
「…………うん、そうだよね」
怒った錵部さんとか超怖そうだしね。
でも、だからって…………うん、諦めよう。
なんだか、アホらし過ぎて怒る気も失せました。
いじめに悩んでたのもバカらしいです。
何だろう……例えるなら、幼稚園児が掘った穴に落ちて骨折した感じ?
「……ワタシは、どうすれば良いんでしょう」
「笑えばいいと思うよ」
「…………はい?」
「ごめん。今のナシ」
んー、どうしたもんですかね……
正直なところ、今の話で波花志遊は根っからの悪人じゃないのは分かった。鬼居笹井先生が諭した通り、ただただ人として未熟なだけだ。例えるなら、勉強の成績は良いけど挨拶は出来ない感じ?
ぶっちゃけ、わたしが許せば終わる話だし許すのも簡単なんだけど、それじゃあダメな気がする。ここで簡単に許してしまえば、彼女はまた同じ事を繰り出すだろう。
波花志遊自身が成長しなきゃダメだ。
…………たぶんそれを分かっていながら、鬼居笹井先生はわたしと錵部さんに問題を丸投げしたんだろうなぁ。
ちょっとイラッときちゃいます。
「えっと……、波花さんはさ、他人の立場になって物事を考えた事あります?」
「…………シンヤ君にも、同じような事を言われました。ワタシは『自分の事しか考えてないし、自分の否を認めないし、他人の立場で考えられない』のだと……
ワタシは……子供なのでしょうか……?」
子供です。見た目も小動物チックだし……というのは言わないでおこう。シリアスな感じだし。
「鬼居笹井先生にそう言われて、どう思いました? 素直に、納得できました?」
「……それは…………納得は、できなかったです。
だって、自分の事ばかりではなくパパの事だって考えています。それに今回の件だってワタシの失策だと考えているんです。
他人の立場で考える事だって出来ます。だからこそ、途中まで効果的に……――すみません」
ポロッといじめの被害者に言ってはいけない事を喋りかけた波花志遊は、慌てて頭を下げた。
さてと。察した通り、彼女は世間の一般常識から斜め上にズレた思考回路をしている事が分かった。ならば、きちんと一からそのズレを教えてあげなきゃならない。
…………超面倒ですが。
「例えばですが、波花さんの靴に十数匹のカエルの死骸……それも原形が辛うじて判る程度にグチュグチュにしたものが入っていたとします。嫌な気持ちになりませんか?」
「……それは…………」
光景を想像したのか波花志遊の顔が歪んだ。“他人の立場で物事を考える”ってのは、要するに“他人の痛みが分かる”って事じゃないかなって思う。
だから、わたしの実体験を事細かに教えてあげようと思うのです。
…………今までの仕返しとか鬼居笹井先生へのイライラとかで、八つ当たりしてる訳じゃありませんよ? ……本当ですよ?
「カエルの死骸なんて可愛いもんですよ。動きませんからね。
例えば波花さんが家に帰ってカバンを開けたら、中に四肢を潰されたネズミが入れられていたら嫌じゃないですか?
それだけならまだ良いですよ。物を売り払って得たお金を切り崩した末の貧相な食事、性的な嫌がらせ、明日は何をされるんだろうという精神的な恐怖苦痛…………死にたくなりませんか?」
「…………」
おおっと、波花志遊の顔色が少し悪いや。
……ちょっと可哀想だから、このくらいで“例え話”は止めましょうか。まだまだネタはあるんですが……
「……そんな顔しないで下さい。例えばの話ですから。
でも……想像しただけでも嫌でしょう?」
「はい…………」
「人にいじめられるって、そういう事をされるんですよ。いじめる側はその一つ一つがどれ程の苦痛なのかを知らないから――つまり相手の立場に立って考えた事がないから、いじめなんて事を出来るんです」
俯いたまま、波花志遊は「……ごめんなさい」とだけ小さく呟いた。声が震えている。
「ま、正直なところ、あんまり怒ってないんですけどね。いじめがエスカレートしたのは、わたしにも原因がありますし。
唯一……くだらないいじめの為だけにカエルやネズミの命を奪った事だけは絶対に許しませんが、それは波花さんに関係無い話なので置いておきましょう」
……ふぅ。これだけ言えば、少しは自分のやった事に罪悪感を覚えますかね? こんな長々喋ったのなんて久しぶりで疲れました。
「お婆ちゃん…………本当に、ごめんなさい……
謝って済む話じゃないのでしょうけど……でも…………」
「だから、わたしは怒ってませんよ。反省している様ですしね。
さて、次は錵部さんに謝りましょう。……怖いですけど」
「……はい」
「じゃあ、すみませんが、この病室に呼んでもらえますか?
わたし動けませんし」
次は錵部さんかぁ…………わたしは、どんな顔をすれば良いでしょうか……
波花志遊がガサガサとカバンから携帯電話を探している間、怒り狂っているであろう錵部さんについてシミュレート。勝てる気がしません。
波花志遊は錵部さんが好きみたいですし、出来ることなら仲良くなってほしいところですが……難しいかな……?
そもそも、わたしも元の関係に戻れるんでしょうか……助けようとしてくれたのに、それを拒んだわたしは最悪絶交されるかも……
嫌だなぁ…………でも、こんなわたしと仲良くしたい人なんていないよね……
錵部さんだって、わたしが人殺しだと知ったら…………
勝手にブルーな気分に落ち込んでいく。そんなわたしに向け、波花志遊が少しだけ焦った声を出した。
「……すみません、ワタシ携帯を家に忘れて来たみたいです」
* * *
……ナンダコレ。
本日三度目のワケわからん状況を前に、わたしの脳ミソが真っ白になりました。
目の前には、波花志遊の頭を鷲掴みする錵部さん。
錵部さん錵部さん、その子涙目ですよ? なんて軽口を叩けるはずもありません。
錵部さんの全身から溢れ出る怒りオーラに、身が竦みます。怖い。
すみません。気が付いたら月末で焦りながら書いた為、後から改稿するかもしれません……




