暗器の能力
Ⅰ
「アイテムの効果が切れるまでは、一先ず安全よ。今のうちに回復したら?」
「あぁ、そうだな。いまの紙装甲じゃあ焼け石に水だけれど、気休めにはなる」
メニュー画面からアイテム欄を開き、回復アイテムを虚空から引っ張り出す。
これはパンの形をしたパンに似た味のする回復アイテムで、言ってしまえばこんがりと焼けた食パンだ。食パンを食べて体力を回復。というのは、なんだか気の抜ける話だが、いまはそれが良い効果をもたらしてくれる。
「口の中パサパサだ」
「我慢なさい」
ともあれ、落ち着くことが出来た。
腕も痺れも取れてきたから、改めて武器を構えられる。
「まだ、すこし大丈夫ね。攻勢に転じるまえに、聞いておきたいのだけれど。戦ってみてどうだった?」
「そうだな……たぶん、攻守のステータスが上がっている。攻撃に関してはこっちの防具があれだから、正確には分からないけれど。間違いなく防御力は上がっているはずだ。攻撃が通らなさすぎる」
いま涙を流して目を擦っているゴブリンジェネラルの体力ゲージは、八割とかなり残っている。大雑把にしてみれば、おおよそ九割だ。
蜻蛉切で二度に渡って背中を斬られ、十六夜の魔法スキルが直撃したにも関わらず、その程度のダメージしか与えられないのは可笑しい。
推奨レベルがもっと高いクエストのボスモンスターならそれでも納得も行く。だが、相手はたかだかゴブリンジェネラルなのだ。本来ならこの二倍はダメージを与えられているべきだ。俺達の装備は防御が紙になっていても、攻撃力は従来と何も変わってはいないのだから。
「あと、これまでの戦法はたぶん通じない」
「通じない?」
「さっき、俺はセオリー通りに動いていたんだ。積極的に背後を突いて攻撃する。ゴブリンジェネラル戦の基本に乗っ取ってな。けれど、あいつは想定外の攻撃をして俺に一撃を加えてきた。以前なら有り得なかったことだ」
「攻撃モーションが増えている、ということ?」
「……その程度のことなら良いんだけれどな」
「なによ、その言い方は」
十六夜の眉が不可解そうに動く。
「なんというか、生き物染みているんだ。攻撃の仕方とか、表情の作りとか、感情の表れ方が。俺が一撃を貰ったのは、想定外の攻撃をされたからなんだが、それ以前に怯むはずの攻撃に怯まなかったことが大きい。たぶん、恐らくだけれど、痛みを学習したんだと思う」
「……痛みを学習して、覚えていた。だから、攻撃を我慢できて怯まなかった、と。攻撃に対する耐性がついた? ……我慢、それが本当ならたしかに生き物染みているわね」
視線が移り、眼前の巨躯に向く。
ゴブリンジェネラルはすでに視力を取り戻していた。戦斧を担ぎ、充血した両眼で俺達を睨んでいる。その視線に射抜かれると、怒りの感情が嫌でも伝わってくる。生きていると、生きている物と戦っていると、そう覚悟せざるを得ない。
いま、俺達はゴブリンジェネラルという生物と命を奪い合っている。
「十六夜、俺が前に出る。お宅は後方から援護してくれ。その装備じゃあ近付くのも危険だろ」
「それは一くんも同じことでしょう? 貴方だけに負担を掛けるわけにはいかないわ」
「負担云々じゃあなくてさ、役割分担、適材適所って考えろよ。俺は遠距離攻撃の手段が乏しいんだ。十六夜が安全な距離から固定砲台になってくれるほうが、こっちとしては動きやすいんだよ。まだ連携もなにも勝手が分からないんだからな」
しゃがれた咆哮がまた轟いた。
もはや会話に消費する時間は残っていない。
「……わかった。適材適所、ね」
「よし、行くぞ」
巨体を揺らし、地を振るわせて迫るゴブリンジェネラルに対し、こちらからも攻めにいく。瞬く間に距離は縮んで行き、間合いは詰まる。そして互いに攻撃範囲内へと足を踏み入れた。
蜻蛉切と戦斧のリーチはさほど変わらない。ならば同時に攻撃を行った場合、ものを言うのは破壊力だ。仮想の身体を扱い、腕力が上昇しているとはいえ、力では絶対にゴブリンジェネラルには敵わない。得物を弾き飛ばされるのが目に見えている。
だから俺は、あいての攻撃を待った。戦斧が振るわれる瞬間を待った。
「あらよっとッ」
攻撃を見切り、躱し、今一度アスファルトを砕いた戦斧を踏み台にする。靴底に鉄の硬さを一瞬だけ感じとり、跳び上がる。生物の弱点、頭を狙うために空中から接近し、蜻蛉切の鋒を眉間に合わせて突き放った。
その突貫は肉を貫く。しかし、貫いたのは眉間ではなく、割って入ってきた左手だ。片手を犠牲にして、攻撃の威力を殺された。それはやはり、以前にはなかったモーション。いま咄嗟に左手を盾にしたかのような、生き物染みた防衛行動だ。
「ボオォォォォォォォォッ!」
叫び声を上げたゴブリンジェネラルは、貫かれた左手で握り拳をつくるようにして、蜻蛉切を拘束する。そしてぐるりと巨体が半回転させ、投げ付けるように左腕を振るう。
そのあまりの勢いと遠心力に、貫いていた蜻蛉切は、その切れ味ゆえにすっぽりと抜ける。おかげで武器の拘束は解けたが、代わりに俺自身の身体が放り出された。
投げ付けられ、また地面とぶつかり、転がって静止するような未来が見えた。しかし、あんな失敗は二度と起こさない。幸い、今度は両手も動く。勢いが落ちて道路に接触する瞬間、バク転をするように両手をつく。腕の力だけで軌道に修正をかけ、勢いを和らげた。
そうすることによって、今度は無事に、無傷で地に足をつけられる。
「とりあえず、結果オーライってところか」
着地してすぐに、ゴブリンジェネラルを視界に納める。その巨躯の正面は、完全に此方に向いていた。
思惑通りだ。
最初から一人で大ダメージを与えられるとは思っていない。攻撃は掠ったら良いな、ていどにしか考えてはいなかった。俺の目的は、ゴブリンジェネラルの意識を逸らすこと。自分が注意を引いて身体の正面を真後ろへ向けさせることだ。
固定砲台から飛んでくる。魔法を確実にヒットさせるために。
「ボアッ!?」
十六夜の魔法スキルが発動し、幾つにも分裂した炎の剣が猛威を振るう。またしても背後を突かれ、背中を攻撃されたあいつは思わず背後を振り返る。
どれだけ行動が生き物染みていようと、所詮は知能の低いモンスターだ。学習する前ならば、あるていど行動を誘導することが簡単だ。そうして作りだし、出来上がった隙を俺は見逃さない。一息に近付いて、意識の外から、視界の外から攻撃を仕掛ける。
「よう、どこ見てんだ? お宅の相手はこっちだぞ」
戦斧を携えた右腕を狙い澄まし、銃を撃つように刃を突き放つ。その一撃は太く逞しい腕に突き刺さり、肉質の硬さによって勢いを殺される。しかし、それは確かなダメージとなり、体力ゲージの緑色をたしかに削る。
そして件の生き物染みた反撃が繰り出される。
それは振り向きざまの裏拳だった。巨木を薙ぎ倒さんとばかりに、力任せに振るわれた握り拳、逞しい腕。受け止めればまた身体が後ろに吹っ飛ぶだろうことは、明白だった。だから、先ほどのように受け止めはしない。
体勢を低く、頭の位置を低くして攻撃の軌道上から身体を外す。同時に蜻蛉切の握り方を瞬時にあらためて柄を短くもつと、握り拳が頭上を通り過ぎていったことを確認して反撃にでる。
ゴブリンジェネラルはいま、振り向きざまに攻撃を繰り出したことで、身体の正面をまた俺のほうに向けている。だから、ちょうどいいその土手っ腹に狙いを定め、幾度となく肉を抉るように乱れ突いた。
攻撃を与えるたびに、痛みに耐性を付けられる。一度にそう何度も攻撃は与えられない。当然のごとく、反撃の実行は乱れ突きのさいちゅうに強行される。反撃の狼煙を上げるように、戦斧はたかだかと掲げられ、振り翳された。
しかして、それは狼煙ではなく、避雷針となる。
形容するなら、それは雷の雨だった。サンダーレイン。敵の上空から雷を連続で落とし、攻撃する魔法騎士の魔法スキル。それがいま発動した。
奇しくも十六夜の魔法を引き寄せた戦斧は、金属らしく雷を通して持ち主を感電させる。
「ナイスッ」
痛みを我慢して耐性をつけられても、感電というステータス異常は我慢できないだろう。
攻撃の一時中断をせざるを得ない状況から、一転してボーナスタイムだ。十六夜は固定砲台としても役目を十二分に果たし、俺も前衛として無我夢中で蜻蛉切を振るった。
いくら強化されているとはいえ、レベル90台のプレイヤーが二人がかりで袋だたきにすれば、その体力ゲージは目に見えて減っていく。感電効果が切れてゴブリンジェネラルが自由を取り戻した後も、挟撃というアドバンテージを生かして、多くのダメージを稼いでいった。
そしてついに体力ゲージの緑色が半分を切り、無色透明が過半数を占める。
残り体力、半分以下。あと半分でゴブリンジェネラルは消滅する。得物を握る手に力がこもった。折り返し地点に来たことで活力が湧いてくる。けれど、ここに来て、ここまで来て、ゴブリンジェネラルの身に異変が起こる。
「グォッ、グオォォォォォォォッ!」
声が変わる。声音が変わる。しゃがれた老人の声から、悪魔のようなおぞましいものへ。
その急激な変化は声だけに留まらず、身体にまで影響を及ぼし始める。厄介だったのは、外見にその予兆が現れなかったことだ。現れないがゆえに気付くのが遅れ、対処することが出来なかった。
「なッ!?」
今まで以上に強力な一撃を加え、痛みで怯むことを計算に入れて動いていた。
だから容易に足を捕まれる。掬い上げられるように持ち上げられてもまだ気付かない。拘束から脱しようと、ゴブリンジェネラルの右腕を斬った後になって、ようやく理解する。もうどんな攻撃をしても、怯んでくれなくなった、ということを。
「スーパー……アーマー!」
どんな攻撃にもノックバックしなくなる。仰け反らなくなる。怯まなくなる。ダメージは入るが、逆を言えばダメージしか入らない。その他にある攻撃の影響を一切受けなくなる状態。それがスーパーアーマーだ。
いまゴブリンジェネラルはスーパーアーマーの状態になっている。
そしてこのモーションは、このプレイヤーの足を掴むという行動は、以前にもあったゲームの技である。二度にわたって地面に叩き付け、最後に上空へ投げ飛ばし、戦斧によって斬り裂く。そんなゴブリンジェネラルの必殺技だ。
「まず――」
言葉を言いきる前に、それは掻き消される。一度目の叩き付け。それによって生まれた痛みと衝撃が、身体中を駆け巡ったからだ。
道路に叩き付けられた所為で背中を強く打ち。肺に詰まった空気が弾き出されて口から出ていくし、頭が揺れて脳に異常をきたしたのか、視界まで霞が掛かっているように見える。
朦朧としていく意識の中、それでもまだ浮遊感を感じるだけの余力はあった。
「かはッ」
容赦なく繰り出される、二度目の叩き付け。再度、叩き付けられたことによって、意識がより深層に沈んで行き。視界の霞みも悪化して、目の前に磨り硝子を張られている風に見え始める。
満身創痍の身体と意識。正確に物事を判断する能力さえ、失い掛けていた。けれど、それでも意識を失わずに済んでいたのは、一つの気がかりがあったからだ。
いま自分の体力ゲージは何色で、どのくらい残っているのか。あとどれほど体力を失えば、自分は死んでしまうのか。
自己の死に直結する問題を前にして、疑問への追究は意識を深層から引きずり上げる。自分の体力ゲージに視点は向かい、視界が霞んでいることを認識すると、それをクリアにすべく脳が動く。
そして、はっきりと見え始めた自身の体力ゲージ。その色は、自身の窮地を告げる赤だった。それはプレイヤー、ファーストの残り体力は十分の一未満だと告げている。ゲージの大半は無色透明で満たされていた。
「ちく……しょうがァァァァァッ!」
事実を明確に認識した瞬間、朦朧としていた意識が一気に覚醒する。
心臓の鼓動が速くなり、血液の流れが盛んになった。死の恐怖に直面して鳥肌が立つ。気持ちの高ぶりから叫び声を上げずにはいられない。だが、それらによって身体は正常に動き始め、勢いづいた血液が脳を満たし、フル稼働させる。
自分はすでに上空に投げられており、宙を舞っている。真上へと上昇している。いつかそれは止まり、真下に落下するときがくるだろう。その時がくるまでに考えなくてはならない、どうすれば生き残れるのかを。
「くぁっ」
めぐり始めた思考回路と連動するかのように、突如、一瞬の煌めきが網膜を襲う。
何事かと目を覆ったが、その直後に轟いた雷鳴によって、光の正体が稲妻であったことを知る。眩い閃光を放ち、落ちた雷。それは断続した発生を見せている。俺はそのスキルを知っていた。
「サンダー……レイン」
十六夜の魔法スキルだ。俺を助けようとしてくれているのか。
でも、現状の改善にはならない。体力ゲージは削れるが、スーパーアーマー状態となったゴブリンジェネラルの行動を制限できはしないのだから。いまので十六夜もそれを理解しただろう。
為す術がない。十六夜に俺を攻撃してもらい、着地点をズラして貰おうにも、この残り体力ではプレイヤーキルになるだけだ。体力を回復しようにもアイテムを喰っている時間はない。
上昇の勢いは衰え、いまにも止まってしまいそうだ。
「くそっ」
あれだけ有った勢いは、空気抵抗や重力によって殺される。あとは、落ちるのみ。落下して、戦斧の餌食となる運命が待っている。
もうダメだと、心の隙間に諦めが侵入してくる。侵略してくる。もう無理だ、諦めよう。死ぬしかない。そう受け入れようとした、その矢先のことだった。
視界にまた一筋の光が現れ、そして消えていく。それが何度も繰り返される。
今のはなにか? その答えは単純明快だった。十六夜の魔法スキル、サンダーレインだ。三度目のサンダーレイン。無駄だと分かっていながら、十六夜はまだ諦めていない。まだ俺が生き残れると考えている。
なら、ならば――
「俺が諦める訳にはいかないじゃあないかッ」
すくない脳からひねり出せ、生き残る手段を。なにか有るはずだ。
廻り巡る思考の渦は、一つの情報を思い出させる。クエストを始める前に、十六夜が言っていた言葉を。十六夜は言っていたはずだ。スキルの発動は一秒未満で出来る、と。実践して見せてくれた筈だ。
これしかない。スキルを発動して、逆にゴブリンジェネラルを討つ。
出来るはずだ。練習などしてこなかったが、いつもなら十秒以上かかることだが、方法と仕組みさえ分かっていれば、俺にだってスキルの瞬時発動は可能なはずだ。この数ヶ月間、アイコンはずっと視界のはしにあったのだから。
メニュー画面からスキル一覧へ。縦に並んだスキルの中から目的の名前を選択。暗器使いの固有スキル、ウェポンチェンジ。その効果は、本来不可能な戦闘中の武器変更を可能にすること。
変更するのはジュエリー・テールのオリジナル武器、宝石の名を冠する宝石剣【紅玉】だ。
スキルの発動とともに蜻蛉切は虚空へと消え、代わりに紅いルビーの刀身をもつ、身の丈ほどの大剣が現れる。重量はかなり重く、両手で握っても機敏な動きは出来ず、大味な行動しか取れない。
だが、もともと機敏な動作など出来ない空中なら、そのデメリットは有って無いようなものだ。
大剣を握り締めて落ちて行く最中、視界の中央には急速に大きくなっていく、ゴブリンジェネラルの姿があった。戦斧を構え、俺が落ちてくるのを今か今かと待ち構えている。
望むところだ。このまま重力を味方につけて、最大級の攻撃を見舞ってやる。
そして、雌雄を決する時は、数秒と掛からずやって来る。
「ボオォォォォォォオッ!」
鳴り響く咆哮。その気迫に劣らない威力を纏う一閃が、戦斧によって繰り出される。こちらも、それに合わせて重力や腕力、出来る限りを出し尽くした一撃を振り下ろした。
瞬間、鼓膜を劈くような轟音が鳴り響く。大剣と戦斧、刃と刃と介した力と力のぶつかり合い。鍔迫り合うが如く、二つは衝突から少しも動かない。なれど、ほんの一瞬に過ぎないこの力の拮抗は、どちらかの敗北によってすぐに破られる運命にある。
所詮は落下の勢いと大剣の質量を利用した一撃だ。俺の身体は未だに宙に浮いている。地に足を付け、持てる力をすべて振るえるゴブリンジェネラルに敵う道理はない。大剣は戦斧に押し上げられ、微かに浮き始めている。
このままだとまた真上に打ち返される。
そう、このままならば。
「私の存在を忘れないで貰えるかしら?」
ゴブリンジェネラルは意識を向けていなかった。上空に投げた敵に気を取られ、もう一人のプレイヤーから目を離していた。だからこそ、十六夜はいま懐へと難なく潜り込むことが出来ている。
十六夜は指先で虚空を叩き、自らの剣にスキルを乗せる。それがどんな名前かは知らない。けれど、その剣技スキルは戦斧を携えた丸太のような右腕に食い込み、深く刃を押し込んで骨までも断つ。
体内を斬り進んだ剣は、その全てを裂いて腕を切断し、胴体から斬り離す。
宙を舞う浅黒く緑色の右腕と、巨大な戦斧。邪魔な障害物は取り払われた。これで力の拮抗はもう起きない。押し負けることもない。落下し続けながらも一太刀を浴びせ、胴に一筋の傷を刻み、焦す。
この時点で右腕の欠損ダメージも入り、残りの体力ゲージは黄色に染まった三割弱ていど。
ゴブリンジェネラルの死まで、あと三割弱。
着地と同時に、俺は携えた大剣を後方に向けて薙ぐ。それは勢いづけだ。今持てる最大の攻撃をするための予備動作。身体を軸にして、薙がれた宝石剣は剣先で円を描く。そしてその紅い刀身は空を裂いて淀みない軌道を残した。
「くたばりやがれェェェェェッ!」
全身全霊をかけた大剣による一撃は、叩き潰すかのような動作によって振るわれる。
一太刀目に刻みつけた傷跡をなぞり、紅い刀身は血の赤と混ざりながら巨躯を通り過ぎた。皮も肉も骨も臓器も、障害物にはなり得ない。刃はすべてを等しく両断し、最後に空を斬って外気に触れた。
そして、炎上が始まる。宝石剣【紅玉】の効果は、斬り付けた敵を燃やす炎上効果だ。
先の攻撃と炎上効果で三割弱残っていたゴブリンジェネラルの体力は蒸発し、黄色が消えて赤となり、すべて無色透明に浸食された。残存する体力はゼロ。すべてを削りきり、ゴブリンジェネラルの死は確定した。
「終わった……のか?」
「えぇ、終わったわ。視界の中央にメッセージが出ているでしょう?」
燃えて灰となるように、薄れて掻き消えていくゴブリンジェネラルを背景にして、現れたのはクエストクリアの七文字だった。
やっと終わったんだ。体力一割未満の状態から、なんとか生還を果たすことが出来た。ゴブリンジェネラルを倒すことが出来た。これで気を抜ける。力を抜ける。張り巡らせていた緊張の糸を、緩めることが許された。
「ああああああああああああああッ! 疲れたぞ、ちくしょうがあああああああああああッ」
そう判断して脱力した瞬間、そんな本音が大声となって漏れ出した。
叫び声を上げながら、硬い道路に倒れ込む。疲労困憊で立っているのも怠いのだ。行儀が悪くて近所迷惑な話だが、どうせ仮想の身体では声も姿も認識されない。いくら騒いだところで苦情は届かないだろう。




