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異界の緑鍵


「お疲れ様、これで体力を回復させると良いわ。私の奢りよ」


 視界に広がる夜空に、十六夜の姿が映る。差し出された手には缶ジュース型の回復アイテムがあり、どうやら労ってくれているようだった。その厚意はありがたく受け取っておくことにしよう。


「ありがと、助かるよ」


 上半身だけを起き上がらせ、キンキンに冷えたそれを受け取った。


 手から伝わる冷たさは、戦闘で熱くなった身体には痛いくらいだ。でも、それがいい。缶の封を開けて、中身を一気に口の中へ流し込む。口から喉へと落ちて行く、冷えた液体は身体中に染み渡り、甘い味覚を敏感にしてくれる。


「はぁ……美味い」


 今まで飲んできた飲み物の中で、これが一番美味いかもとさえ思う。味は普通のスポーツドリンクと変わらないというのに。


 仕事を終わりのビールは最高だ、という話は良く聞くけれど。もしかしたら、今のこの感覚に近いのかも知れない。三年後、二十歳になったら試してみるかな。


「しかし、よくあのタイミングで右腕を切り落とせたよな」

「あれは偶然よ。貴方の攻撃と私の魔法、その両方のダメージがゴブリンジェネラルの右腕に蓄積されていたから切断できた。もし切り落とせていなかったら、たぶん貴方は死んでいたわよ」

「うへぇ、ギリギリの綱渡りだな」


 想像しただけでも怖気が走る。自分が、自分の精神が死んだ場合など。


「お、報酬だ」


 話も途切れ、一口では飲みきれなかった残りの液体を飲み干そうとした時、視界にクエストの報酬画面が表示された。飲むのを一時中断して缶を道路に置き、確認のアイコンを指先で触れて、アイテムの一覧を開く。


「えーっと……まぁ、こんなもんだよな」


 報酬として貰えるアイテムや装備は、クエストの難易度と比例してレア度の比率が高くなる。今回の報酬では特にレアなアイテムや装備はなく、ただただ平々凡々なありふれた物ばかり。


 推奨レベル45程度のクエストで貰える報酬としては文句ない。だが、ゴブリンジェネラルというイレギュラーを加味すると、落胆というか、脱力せざるを得ない。割に合っていない。そう言う思いが強い。


「骨折れ損の草臥くたびもうけ、だな」

「そうね。せめて戦斧くらい出て欲しかったわ」


 十六夜も俺と同じ行動をしながら、似たようなことを呟く。


「ん、戦斧か。それなら俺のほうには出て来たぞ。出て来たところでボックスの肥やしだけれどな」

「まぁ、私達のレベルになると、もはや無用の長物だけれど。手に入るだけマシよ、レアが一つもないことよりは」

「それもそうか」


 戦斧とは、正式名称をゴブリンの戦斧という斧の武器だ。推奨レベル60台のクエストで手に入る武器の中では、これが一番汎用性が高く、使い勝手がいいことから、多くのプレイヤーに愛用されている。


 レベルの制限を超えれば、職業や性別を問わず、誰にでも装備可能、攻撃力が高く、範囲攻撃も出来る。それだけ高性能な武器なのだが、それで通用するのは最大にまで強化した後でも、せいぜい推奨レベル70台のクエストまでだ。


 レベルが90台ともなるともっと良い武器がたくさん手に入るので、自動的に無用の長物と化す。その癖、ゴブリンジェネラルはイベントクエストなどでよく登場するため、気付けば戦斧が増殖しているという現象が頻繁に起こっていたりする。


「一応、レアだしな。後生大事に仕舞っておくか」

「けれど、二度と戦斧が日の目を浴びることはありませんでしたとさ」

「止めろよ、なんか申し訳ない気持ちになるだろうが」


 報酬の中から戦斧だけをボックスへと送り、残りはすべてその場で売却する。


 操作を終えると画面表示は消えて、また新たな画面が開く。報酬の次は、お待ちかねのボーナスだ。と、思ったのだが、しかして開いた画面はボーナス画面ではなかった。


「あれ? なんだこれ。神出モンスター討伐報酬? 神出モンスターってなんだ? それにこのアイテムは一体?」


 画面に書かれたテキストには、神出モンスター討伐報酬とある。その下にはゴブリンの鍵というアイテム名が書かれていた。


 見慣れないアイテムだ。長年ジュエリー・テールをプレイしてきたが、こんなアイテムは見たことも聞いたこともない。


「それ、私のほうにも表示されたわ。報酬のアイテムは、どうやら同じのようね」

「一応、聞いておくけれど。このアイテムに見覚えは?」

「ない」

「だよな。なら、新しく追加されたってことになるんだが」


 ゲームの舞台が現実になっても、アップデートはされるのだろうか。当たり前だが予告や事前通知はなかった。そもそもそんな情報を得る機能は、数ヶ月前から軒並み失われてしまったし、こちらから運営に連絡する手段もない。


 世界がこんな風になって、運営がいるのかどうかも怪しい物だが。


「どんなアイテムかは説明文を読んでみなければ分からないわ。とりあえず、手持ちのアイテム欄に移動させて起きましょうか」

「それが良いか。あとで調べてみよう」


 いまは保留だ。問題を先送りにして、先を進めよう。


 ゴブリンの鍵という未知のアイテムを手持ちに移動させ、神出モンスター討伐報酬の画面を閉じる。そう言えば、結局のところ神出モンスターとは一体なんだったのだろうか。状況判断をすれば、必然的にゴブリンジェネラルということになるんだが。


 いや、それも後回しにすればいいか。


「さて、ボーナスはどうしようか」


 そうして三度目の画面表示が起こり、今度こそボーナス画面が現れる。


 プライスレスボーナス。これはそう名付けられているもので、現実の身体や才能を強化することが出来る、とされている。クエストの難易度に応じてボーナス値というものが与えられ、細分化された項目から目的の能力にボーナス値を振り分けることで強化は完了する。


 その効果のほどは実証済みだ。筋力に振れば力持ちになるし、記憶力に振れば物覚えが楽になる。音楽の才能からギターという項目を選べば、それまで触れたことさえなくとも、一発で綺麗な音を鳴らすことが出来るだろう。


 そしてプライスレスボーナスには、もう一つの使い道がある。


「そう言えば、十六夜はどうしているんだ? ボーナス」

「私は現金にしているわ。私はいつもそうしているの」

「へー、珍しいな」


 ボーナス値の現金化。ボーナスを身体や才能の強化に使わず、現金に変換することが出来る。それらの金銭は自動的に個人口座か、家族の口座に振り込まれる。どんな仕組みでそうなっているのかは、なぜ身体や才能が強化できるのか、ということと同じで謎である。


「金では買えない価値あるボーナスだぜ? だからプライスレスなのに、金にしちゃうのか」

「身体や才能の強化なんてしなくても、私は大概のことをやれば出来るのよ」


 想像していたのより、意地の悪い答えが返ってきた。


「というのは冗談だけれど」

「冗談なのかよ」


 性質の悪い冗談だな。


 聞く奴が聞けば怒り狂うようなことを平然と言って退けてやがる。


「私にはお金が必要なのよ」

「……ふーん」


 なんとなく、それ以上の追究はしなかった。触れてはならないことに触れたような、踏み込んではならない所に足を踏み入れたような、そんな人の闇を垣間見た気がしたから、それ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。


 それにまだちゃんと知り合ってから日が浅い。まだ数時間しか経っていないのだ。そんなにずけずけと、人のパーソナルスペースに入り込んでなど行けない。それが出来れば、俺はぼっちなんかに成ってはいないのだから。


「さてと、それじゃあゴブリンの鍵とやらを調べてみるか」


 ボーナス値を振り分け終えて、地面に置いていた缶ジュース型の回復アイテムを拾いながら立ち上がる。その中身を一息に飲み干して、中身が空になると缶自体は綺麗に消滅した。ゴミのポイ捨ては良くないという教育に、一役買っているのではなかろうか。


「ふーむ。見た感じ、宝石で出来ているっぽいな、この鍵」

「説明文のほうは……なかなかどうして要領を得ないわね」


 手持ちのアイテム一覧から、ゴブリンの鍵を選ぶと、具現化して目の前に現れる。


 その鍵の造形は非常に煌びやかなもので、贅沢なことに宝石で出来ている。淡い緑色で透過度が高く、巧みな技術で鍵のかたちに加工されている。あるいは、鍵のかたちに生成されたのかも知れない。


 正直な話、宝石なんかで造られた鍵に実用性など皆無なのだが、こういう物を気にせず気楽に使えるのはゲームならではと言った所だ。


「どれどれ」


 十六夜の感想を聞いて、自分もゴブリンの鍵の説明文が載っている詳細画面を表示する。


 鍵の背景として映し出した文字には、こんな風に書いてあった。


 世界を繋ぐ鍵。ゴブリンの世界へ渡ることが出来る。使用回数、無限。効果範囲、一人から三人まで。


 たったこれだけだ。ゴブリンの世界に行けるということだけは分かったが、これでは確かに要領を得ない。なにをどうすれば、その効果を発揮できるのか。これがまったく分からない。まぁ、鍵なのだから差すか捻るかすればいいのだろうが。

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