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巨躯の将軍


 クエストタイトルに変更はない。かわらず、襲来! ゴブリン軍団の脅威! だ。バグと決まった訳じゃあないが、変化したのは討伐数の上限だけか。だとすれば、そんなに深刻なものでもないのかも知れないな。とりあえず、五十一匹倒せればそれでクリアは出来るみたいだ。


 だが、当初の討伐数が五十体で、クエスト開始時に現れたゴブリンも五十匹。討伐数が増えても、五十一匹目が現れている保証はどこにもない。


 最悪、クエストリタイアを視野に置かなくちゃあならないかもな。そう考え込みながら、クエストタイトルから視線を下げて、このクエストの詳しい説明文に目を通していく。


 そして、気が付く。


「ゴブリ――」

「ゴブリンジェネラル?」


 説明文に現れた、場違いなモンスターの名前を呟こうとした瞬間、それに覆い被せるようにして十六夜の言葉が重なる。


 なぜ、十六夜がその名前を言った? この説明文に追加された、モンスターを知っている? その答えは容易に想像がついた。嫌な予感がしてクエストの詳細を閉じて視界を確保する。そして十六夜に目を向け、その視線の先を辿っていく。


 嫌な予感は、的中していた。


「……なぁ、十六夜。良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「そうね、出来れば良いニュースからお願い」

「クエストをクリアすること自体は出来る。これが良いニュースだ」

「なら、悪いニュースのほうは?」


 俺はその浅黒く緑色の肌をした巨躯を見据えつつ、言う。


「クリアするには、このゴブリンジェネラルを倒すしかない。これが悪いニュースだよ」

「でしょうね」


 さして驚くこともなく、予想通りだと十六夜は告げた。この状況下だ、その結論に至るのは容易だろう。


 ゴブリンジェネラル。それはゴブリンの完全上位互換にあたるボスモンスター。身長は目測で約三メートルから四メートルほど。でっぷりとした体格をしているが、その丸太のように太い腕には、筋肉の隆起模様が濃く描かれている。


 このモンスターには専用クエストが与えられていて、その推奨レベルは60だ。すくなくとも、レベル60を超えていないプレイヤーだけでは、よほど上手く立ち回らなければ勝てない仕様になっている。


 襲来! ゴブリン軍団の脅威! の推奨レベルは45以上だ。そしてゴブリンジェネラル討伐クエストの推奨レベルは60以上。


「さて、どうする。難易度が跳ね上がった訳だけれど、いまの装備じゃあちょいとキツい相手だぞ。俺もお宅も、主に防御面で」

「クエストリタイア……は、できないみたいね。アイコンの文字が暗いわ」


 絵に描いたような理不尽だ。レベルで圧倒的に勝っているのが不幸中の幸いだが、これが推奨レベルの60未満だったならば絶望するしかなかった。大人しく死を待つのみだ。まったく持って、ふざけてやがる。


「戦うしかないってか。文句を言える相手すらいないってのによ」

「仕様がないと思って割り切るしかないのよ。いま、このジュエリー・テールを管理している者がいない以上、何が起こっても私達はそれに従うしかない。それはもとより承知の上でしょう? ねぇ、にのまえくん」

「ハッ、まったくだ。お宅の言う通りだよ、十六夜いざよい


 ゲームが現実に干渉する。そんな有り得ないことが起こったんだ。それ以下の些細なバグのような出来事が起こったとしても、なんら不思議はない。それは分かっていたことだ。心の何処かで、割り切っていたことだ。現実から切り離すように、仮想に溺れていた。


 だから、文句は言わない。この理不尽をはね除けるまでだ。


「なら、やることは一つだ」


 実体のない仮想の武器を、先ほどよりも強く握り締める。


 蜻蛉切を構えつつ思うのは、ゴブリンジェネラルに対しての攻略法だ。あいつとはゲーム内で散々、嫌と言うほど戦って来た。だから、攻撃モーションやタイミング、弱点という弱点はすべて把握している。


 そこを突けば、倒すこと自体はできるだろう。


 ただ不安なのは、俺達の防御力だ。ゲームの舞台が現実となり、事実上、鎧や重装備と言った動作や可動領域を制限される装備はほぼ産廃状態。防御力の高い装備は諸共、価値のない金属の塊と化した。


 故に、魔法騎士マジックナイトである十六夜は鎧ではなく、性別が女ならどの職業でも装備できる、女性専用装備のバトルドレスを身に纏っている。俺も似たような理由で、真冬の住宅街の真ん中で半袖の衣服鎧に革の手袋だ。


 防御力は互いに障子紙ていどしかない、と言っても過言ではない。レベル差があるとはいえ、一撃を貰っただけでも体力ゲージを半分ほど持って行かれるだろう。


「なぁ、一つ頼まれてくれるか?」

「なにを、かしら?」

「雑魚の処理を頼みたいんだ。俺はゴブリンジェネラルを足止めしておくから、先にゴブリンソルジャーを見つけ出して叩いて置いてくれ。ボスとの戦闘中に雑魚から妨害を受けるのが一番、腹が立つんだ」

「……分かった。処理が終わったら援護に向かえばいいのね? なるべく早く終わらせるから、それまで持ち堪えて」


 頼み事をすなおに聞いてくれた十六夜は、後ろを振り返える。


 そして互いに一歩を踏み出す。それは示し合わせたかのように時を同じくし、十六夜はゴブリンソルジャーへ。俺はゴブリンジェネラルへと、得物を構えて肉薄した。


「ボオォォォォォォッ」


 ゴブリンのしゃがれた奇声を、さらに酷くしたような声音が轟く。


 威嚇のような、自己への鼓舞のような、その咆哮が鳴り終わるころ。接近を試みた俺に視線を向けたゴブリンジェネラルは、右手に携えた巨大な戦斧せんぷを振り上げ、鈍く光を反射する大きな刃で斜めに空を断つ。


 その一撃は、圧倒的だった。


 混じりっ気のない殺気がこめられている。その迫力は想像を絶するものがあり、喰らえば、この仮想の身体に刃が喰い込めば、残り体力など関係なく、胴体を真っ二つにされるのではないかとさえ思う。


 だからこそ、喰らう訳には行かないと身体は駆動する。


 右足を折り曲げて力を蓄積し、跳ね返るように解き放つ。地面を強く蹴ったかたちで跳躍した身体は空中へ跳び上がり、攻撃を躱すと、その真下にあるアスファルトを戦斧が砕く。舞い散る瓦礫や粉末さえ届かない高度から、俺は巨躯を跳び越えて背後に降り立った。


「まずは一撃だッ」


 そして振り向きざまに、渾身の力を込めて蜻蛉切を薙ぎ払う。


 ほぼ一回転して遠心力を乗せた攻撃は、通常よりも遥かに高い威力をたたき出す。だが、しかし、それでもゴブリンジェネラルが失った体力ゲージは、想定していたものよりも少ない。十分の一、一割にも満たない。


 高性能武器を用いたレベル93の俺が、無防備な背中に全力を込めた一撃を喰らわせたというのに、体力ゲージの緑色はすこししか色を失っていない。


 攻撃を背中に受けて苦痛を表すモーションを取ってはいるが、ゲームの仕様で負った傷はすぐに塞がっていく。


「硬すぎだろ、ちくしょうめッ」


 これまでの経験と、いま与えた攻撃のダメージ量があきらかに釣り合っていない。従来の耐久力なら、もっと体力を削れていた筈なのに。


 そこまで思考が働いた所で、俺はその場から飛び退いて後退する。与えた傷が完全に塞がり、痛がるモーションを止めたゴブリンジェネラルが振り返り、戦斧を振るって来たからだ。


 弧を描いた戦斧の大振りは、発生した風とだけがこの身に触れる。ゴブリンジェネラルは大きく空ぶった。この隙にまた攻撃を行える。もう一撃くわえようと、風が止んで地に足を付けると直ぐ行動に移す。


「ボオォォォォォォォッ」


 蜻蛉切を構えて間合いにまで踏み込むと、ゴブリンジェネラルは引き抜いた戦斧を、掲げるように振り上げる。けれど、その時点でもう遅い。振り下ろす動作に移行した時にはすでに、俺はがに股な両足の間に滑り込んでいる。


 股下を抜け、立ち上がるとふたたび視界に浅黒く緑色の背中が写る。格好のチャンス。すぐさま体勢を整え、もういちど蜻蛉切による攻撃を見舞う。穂先の刃はゴブリンジェネラルの肌を裂き、肉を断つ。これでまた怯んだモーションが入るはず。


「よし!」


 そう声を発した後、ふと気付けば視界のはしにあるアイコンから、鈍色の何かが生えていた。鈍色の何か。それを脳が認識した瞬間、全身に鳥肌が立つ。身体は脳を無視して直感で動き、防御の構えを取った。


 刃を下へ、石突きを上へ。縦に配置した蜻蛉切に、直後、経験したことのない衝撃が走る。それは手を通り、腕を伝わり、両肩にまで駆け巡ったのち、最終的に体外に突き抜けた。だが、それで終わりではない。それだけに留まらない。


 身体を突き抜けた衝撃は、靴底を地面に縫い付けるつもりで踏ん張った足を、たやすく引き剥がして宙に浮かせてみせる。ガードを試みるだけでは、到底受け止めきれないほどの攻撃を受け、身体は吹き飛ばされたのだ。


 バットで打ち返されたボールのように空中を進み。巨躯であるはずのゴブリンジェネラルの姿は小さくなり、左右の景色が目まぐるしく変わっていく。


 そしてやがて失速すると共に道路に叩き付けられた俺は、壮絶な痛みを伴いながら身を削り、転がり回った後にようやく勢いが死んで静止する。


「くそっ……たれがッ! 後ろ手に背後を攻撃するだなんて……そんな攻撃モーションは、なかっただろうが」


 体力ゲージが三割ほど減っている。ガードの上から、これだけのダメージを負った。直撃を喰らったら、どれほどの体力が削られるのだろう。


 自分の体力にまず意識が行き、次にゴブリンジェネラルに目が向く。あいつは弾丸のように身体を丸め、スタートダッシュを決めていた。闘牛など比較にならないほどの巨躯が迫っている。あれはもはやダンプカーだ。


「はやく……回避しないと」


 地面に何度もバウンドし、身を削っても仮想の身体はびくともしない。痛みは直ぐに引き、両足は立ち上がることになんの苦もない状態だ。でも、それでも両手のほうは別だった。


「う……でがッ」


 両の腕が動かない。思うように、自由に動いてくれない。小刻みに震えるばかりで、痺れるばかりで、どれだけ力を込めても、その動作は遅くて鈍い。


 だから手間取ってしまった。両手が使えない状況は、予想以上に立ち上がりを苦戦させる。くわえて切羽詰まった状況が自分の中に焦りを生み出し、冷静な思考を根こそぎ奪っていく。やっとのことで、無駄な手順を踏んで、ようやく立ち上がってはみるものの。


「ボオォォォォォッ!」


 ゴブリンジェネラルは回避不可能な位置にまで、足を運んでいた。


 死を覚悟した。瞼を閉じ、瞳に入る光を遮った。音だけが自分の内側と外側を繋ぐ唯一のものとなった。だから、聞き取れたのかも知れない。風を斬る音と、硬い何かがぶつかった音、そして痛みに悶えるしゃがれた声音を。


「間一髪、と言ったところかしら? 目を開けなさい、にのまえくん」

「た、助かっ……た?」

「そうよ、まだ体力は残っている。立って戦って、でないと私も死ぬわ」


 助けられた、のか。


「一体どうやって」

「魔法スキルのストームエッジで突進の勢いを相殺したの。そしてよろけた所へ、クラーケンの墨を目玉に投げ付けた」


 投擲アイテムによる目つぶし。だからゴブリンジェネラルはいま、目をしきりに擦っているのか。


「よく出来たな、そんなこと」

「貴方が死ねば、私にも勝ち目がなくなるもの。必死にもなるわよ」


 たしかにそうだ。俺も十六夜がいなければ、今ごろ体力ゲージはゼロだった。というか、もともとボスモンスターなんてプレイヤー一人で倒せるような、やわな耐久をしていない。

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