亜人の小隊
Ⅰ
「私は後方に回って魔法を撃っているから、貴方は好きに暴れてもいいわよ。貴方の戦い方を見ておきたいから」
「わかった。なら、屋根の上から頼む。俺は俺で良いところを見せられるよう、頑張らなくっちゃあな」
視界の中央には、クエスト準備中の文字と、その下に刻一刻と進んでいくタイマーが表示されている。開始のアイコンに触れてから一分間、準備時間として経過したのち、正式にクエストは開始されるのだ。
残りの時間は四十五秒。まだ時間的に余裕があるので、今のうちに屋根から道路へ降りる。民家の屋根からアスファルトの道路まで飛び降りた。
運が悪ければ足の骨が折れる高さだが、この仮想の身体は意図もたやすく着地の衝撃に耐えてみせる。痛みもない、あるのは少しの筋肉のほぐれだけ。
異変が起こるまえ、ゲームがまだパソコン画面に収まっていた頃の恩恵だ。キャラのステータスがそのまま反映されている。いまの俺は関取を片手で持ち上げられるほど怪力だ。そうでなければ、とてもモンスターとは戦えない。
「十、九、八、七」
ゼロへと近付いていくタイマーに会わせて数字を数えつつ、メニュー画面から装備のアイコンに触れる。
「六、五、四」
数ある装備品の中から武器を選択し、決定する。
操作を終えて虚空から現れるのは、一本の長槍だ。飛んできた蜻蛉が真っ二つに切れるほど切れ味が鋭いという逸話を持ち。戦国武将、本多忠勝が愛用した至高の槍、天下三名槍が一つ。その名も蜻蛉切。
もちろん、本物でもないし、レプリカでもない。ただ名前を模しただけの模造品にも劣る武器だ。けれど、いまこの状況に限り、この装備は本物と変わりない輝きを放っている。
「三、二、一」
ついにタイマーが終わりを告げる。
そして俺は口を揃えるようにして、視界中央に表示されたメッセージを口にする。
「クエスト開始」
直後、眼界の先に一塊の奇妙な生き物が現れた。
それは浅黒い緑色の肌をし、鉄屑のような粗末な装備を身に付けた亜人種たちだ。その数からして、恐らく十数体、小隊と言ったところだろう。残りは民家の屋根や、背後の道路に現れた。
ゴブリンソルジャー。ゴブリンの兵士、歩兵だ。奴等は性格の悪い老人のようなしゃがれた声で、解読不能な言語を使い、目の前にいる俺を威嚇している。だらだらと涎を垂らし、声と共に飛沫を飛ばしている。
いつ見ても、リアルなゴブリンは目に毒だ。いつまでも見ていたいとは思えない。
「ちゃんと風呂に入っているのかね、こいつらは」
異臭さえも漂ってくる。何日も風呂に入っていない奴の体臭ってのは、こんな鼻がひん曲がりそうな臭いなのかも知れないな。風呂だけは毎日入ることにしよう。こんな臭いを漂わせたまま、日常生活など送りたくはない。
「ゴアッ、ゴッ、ゴアァ」
独り言のつもりで言った言葉に、ゴブリンの威嚇が重なる。
まるできちんと水浴びをしていると、主張しているかのようなタイミングの良さだ。案外、言葉が通じていて会話が出来るのではないかと一瞬考えた。けれど、まさか、有り得ないと口元を緩めて自分自身の思考を嘲笑した。
「さて、行くとするか。ゴブリン共」
六メートルある蜻蛉切の柄を右手でしっかりと握り、左手は刃の根元付近に配置する。槍の斜角は矛先をやや地面に落とし、体勢は半身に、足は肩幅ほどに開いて軽く腰を落とす。
そして大きく息を吐いて、止める。直後、地面を蹴ってゴブリン小隊に突っ込んだ。
いつも、いつも。最初の一撃を喰らわせるか、最初の一撃を喰らうまで、身体は硬直したままだった。モンスターに向かって武器を振るう。その常軌を逸脱した行為にまだ慣れ切ってはいないからだ。
だから必ず、最初の一撃は、そんな硬直をほぐすように放つ。ありとあらゆる雑念を払うように、穿つ。
「喰らえッ」
突き出した矛先が鉄屑の鎧を貫通し、背中に抜ける。ゴブリンソルジャーを串刺しにした。けれど、それまでに留まらない。そのまま足を踏み込み、歩を進め。何体かのゴブリンを貫いて、小隊の中心まで食い破る。
ゴブリン達の体力ゲージはゼロになり、肉体は消滅して蜻蛉切から数体分の重量が消えた。それを確認したと同時に、俺は大きく叩くようにして右足で地面を踏みつける。
それは軸だ。自分の身体をねじり、回転するための主軸。右足の軸が自転し、振り回した蜻蛉切の矛先が円を描く。それはゲーム的に言えば、全方位にダメージを与える範囲攻撃だ。
「グッ、ガガギィッ」
小隊の内側から発生した攻撃に、ゴブリンソルジャーは奇声を発して吹き飛んでいく。豪槍に斬られ、打たれ、自分の周りから敵モンスターがいなくなる。
苦痛を訴えているかのような声音は、体力ゲージが尽きると肉体とともに消え失せた。これで目下の小隊は全滅だ。高性能の武器と高レベルの仮想の身体が合わされば、この程度の雑魚モンスターなら一撃で葬れる。
「えーっと、今ので十二体か」
クエスト開始とともに視界のはしに表示されたカウンターには12/50とある。これは現段階で目標を十二体倒した、ということを差している。残りはあと三十八体。あと三十八体倒せばクエストクリアだ。
「おっと」
いまカウンターが増えて21/50となった。
どうやら十六夜も動き出したらしい。この分だと屋根の上に出現したゴブリンソルジャーは、十六夜にすべて任せても大丈夫だろう。俺は自分の役割を果たし、地上の敵を排除しよう。
「さーてと、お次はどいつだ?」
蜻蛉切の柄の先端部分、石突きを道路に触れさせ、刃を上へと向ける。
後ろを振り返ったあとに、その動作をとって見据えるのは、まだ倒していない道路上のゴブリンソルジャーだ。ざっと数えて十数体。今度は一塊ではなく、数体で点在している。位置がバラバラなら、先ほどのように一撃で十体以上倒すのは無理そうだ。
「ギィガガガッ」
敵討ちだ。そう言っているかのような、怒気の孕んだ声音が耳に届く。
そうプログラムされているのだろうか。実際に仲間を倒せば倒すほど怒りで強くなる、という設定付けされたモンスターは存在していた。存在していたが、それは特別な例だ。そんな能力を雑魚敵が備えている訳がないはずだが。
「気のせいか」
雑念を振り払い、蜻蛉切を構えて道路を駆ける。散開していたゴブリンソルジャーたちも同時に動き出し、互いに距離を詰め合う。その結果、十秒と経たずして邂逅する。
眼前には三体のゴブリンソルジャー。その三体が収まる視界を二つに分かつように、俺は自分の得物を横に薙ぐ。リーチが長くなるように持ち替え、腕一本で振るったそれは、大きく撓って敵を強襲した。
鞭のように歪曲した蜻蛉切で弾き飛ばすと、ゴブリンソルジャーの体力ゲージは一瞬にして蒸発する。ちかくにある民家の壁に激突する暇さえ与えられずに、その肉体は霞となって掻き消えた。
「次ッ」
まだまだ敵はいる。
絶え間なく押し寄せてくるゴブリンソルジャーの波を捌き、左右に敵を散らしていく。目標までのカウンターはぐんぐん伸びを見せ、そしてついに目につく粗方の敵を排除し終える。そうなると俺はふたたび蜻蛉切を縦に置いて、一呼吸をおいた。
「ふー……そっちはもう終わったのか?」
「えぇ、屋根の上にいた敵はみんな排除したわ」
すこしの息抜きをしていると、十六夜が屋根から降りてきた。
屋根の上に敵はいないらしい。十六夜に見落としがなければ、残りはすべて道路の上か。視界の中にゴブリンソルジャーはいない。見渡してみても見付からないことから、何処かに身を隠しているようだ。
面倒だが見つけ出して倒さなければ、永遠にこのクエストは成功しない。
「えーっと。倒した数が四十六匹だから、あと五匹か」
ん? あれ? なにか可笑しくないか?
「んんん? あれ、あと五匹? ……あ、なにか可笑しいと思ったら、目標討伐数が五十一になってる」
「たしか元々は五十だったわよね? もしかして、バグ?」
「バグゥ? ゲームの中じゃあないのに? マジかよ。ゲームの舞台が現実になっても、まだ俺達はバグに悩まされなくちゃあならないのか」
バグを使って所持金を不正に増やしたり、攻撃力と守備力を改竄したり、アイテムを無限に創造したりが出来るってことか? リアルとゲームが混ざったこんな世界でも。なら、あらぬ疑いを掛けられて理不尽なペナルティーを受ける可能性も無きにしも非ずなのか。
いやだなぁ。あの頃の記憶が蘇る。
「とりあえず、だ。クエストの詳細を確認してみるから、周りを警戒しておいてくれ」
「分かった。早くしてね」
十六夜に周りを見張って貰い、俺自身はメニュー画面を開いてクエストの詳細を確認した。




