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夜中の密会


 その日のうちに、俺達は二人でクエストを受注することにした。


 とはいえ、クエスト開始の予定時刻は、人気のない深夜に決定している。仮想の身体は人に見えないし、認識されないが、それでもモンスターと戦う際に、人間は立派な障害物となるからだ。


 そして日が完全に沈み、月と星が煌めく深夜がくる。


「よう、待ったか?」

「いいえ、私もいま来たところよ」


 待ち合わせ場所は、住宅街にある一見の民家だ。俺の家でもなければ、十六夜の家でもないこの民家の屋根上で、俺達二人は落ち合った。まさか、この家の家主も自宅の上で高校生が二人、ゲームの攻略云々を話し合っているとは思うまい。


 ここは一般人が想定する予想の範囲外だ。だから、誰にも邪魔される心配がなく、心置きなく作戦が立てられる。


「学校のグラウンドが使えれば、ここまで移動する手間も省けるんだがな」

「あそこは生徒達の狩り場だから、割って入ってはいけないわよ。そんなことをすれば、私は大丈夫でも、貴方がただでは済まなくなる」

「間違いなく、PKの嵐だろうな。あー、やだやだ。嫌われ者ってのは辛いもんだなぁ」


 生徒達の間では、俺は極悪人に仕立て上げられているからな。


 恐喝、窃盗、詐欺、誘拐、放火、万引き、置き引き、ひったくり。その他もろもろの犯罪を、俺は行っていたことになっている。よくぞまぁ、それだけのことを一個人が出来ると思っていらっしゃるものだ。


 まぁ、現在にわたって犯罪を行っていると思われていないのが、不幸中の幸いだ。


 ルールその肆。

 プレイヤーは仮想の身体、現実の身体に関わらず、すべての犯罪行為に対する規制を受けること。


 このルールに反するため、俺達プレイヤーは犯罪をなすことが出来ない。だからこそ、俺は過去に悪逆非道な行為を犯した。という設定をでっち上げられている。よくそんなにも、人の過去をねつ造できたるのだ。


 その無駄な情熱に感心するばかりだよ、俺は。


「それはさておき、だ。まだどのクエストを受けるか決めてなかったな。どれにする?」


 俺は視界のはしにメニュー画面を開き、クエスト一覧のアイコンに触れながら言う。


「そうね。なるべく簡単なクエストを受けましょう。連携の取り方も、貴方の戦闘スタイルも、まだ明確に把握できていないから、手頃なクエストで肩慣らしするのがベストだと思う」


 絢爛なバトルドレスを纏い。月光を浴びて大人びて見える十六夜は、そんな提案を口にする。


 たしかに言う通りだ。いきなり高難易度クエストに挑戦するのは得策じゃあない。最悪、連携のもつれで同士討ち、フレンドリーファイヤなんてことも有り得ないわけじゃあない。ここは無難に安全策をとろう。


「なら、低難易度のクエストか。ふむ……どうせなら、今までやったことのないものが良いな」


 自分がソロプレイヤーであることから、一通りのクリア出来そうなクエストは制覇している。この数ヶ月、俺は一人で出来るクエストの限界が見え始めるくらいには、いくつものモンスターと戦ってきた。


 だが、今回は二人いる。俺と十六夜の二人でクエストを受けられる。


「これならどうだ? 襲来! ゴブリン軍団の脅威! ってやつ」


 クエストタイトルを口にだして言うと、なんとなく気恥ずかしい。


 その恥じる心を押し殺しながらも言った、このクエストの内容は至ってシンプルだ。指定されたモンスターを決まった数だけ倒す討伐クエスト。今回の標的は、ゴブリンソルジャーと呼ばれる亜人種モンスターの計五十体だ。


「そのクエストの推奨レベルはいくつなの?」

「えーっと」


 クエスト一覧から目当てのクエストタイトルに触れ、その詳細を確認する。


「推奨レベル45だ。俺達のレベルの半分以下、肩慣らしにはちょうどいいんじゃあないか?」

「レベル45ね。うん、たしかにちょうどいいわ。それに決めてしまいましょう」


 クエストタイトル、襲来! ゴブリン軍団の脅威!


 ゴブリンソルジャーの計五十匹の討伐が目的の、推奨レベル45の俺達にとっては低難易度なクエスト。ゲームの舞台が現実となってからこの数ヶ月間、このクエストを受注しなかったのは、ひとえに人数に決まりがあったからだ。


 クエストの中には一人では出来ないクエストがある。それが如何に低難易度であろうとも、二人以上でなければ受注できない。その中の一つが、この襲来! ゴブリン軍団の脅威! なのだ。


 今回は十六夜の参加によって、その人数の決まりを満たすことが出来る。受注不可から受注可能へと、変えることができた。


「あぁ、そうだ。その前に確認だ」


 クエスト詳細の表示を閉じながら、ふと思い出したことを口にする。


「確認?」

「そう、大事な確認。魔法騎士マジックナイトって確か、近距離から遠距離まで、どんな距離にいても攻撃に参加できたよな?」

「えぇ、魔法使マジシャンいと騎士ナイトを足して二で割ったような職業だから、近距離なら剣技で、遠中距離なら魔法で攻撃が可能よ」

「なら、スキルが肝要になるはずだけれど。発動までに何秒かかる? 戦うまえに把握しておきたいんだ」


 ゲームの舞台が現実になろうとも、ジュエリー・テールの操作方法は変わらない。パソコンの画面が視界に変わり、マウスカーソルが自分の指に変貌しようとも、基本的なことは何も違わないのだ。


 ゆえに、スキル名を叫べばそれで発動してくれるような、アニメ漫画的便利機能は一切ない。メニュー画面を開き、スキル一覧に指で触れ、縦に並べられたスキルの中から、目当てのものを選ばなければならない。


 この過程を経て、やっと発動するのが、この世界のスキルだ。この間に掛かる時間は、およそ七秒ほど。約七秒間、スキル画面に視界を圧迫され、意識を取られ、無防備な状態となるということだ。


 七秒とは俺の体感なので人によってはもっと早いか、遅いだろう。十六夜がスキル発動までに必要な時間を知っておくに超したことはない。それによって、連携の形も違ってくるのだから。


「スキル発動までにかかる時間ね。正確に何秒と計ったことはないから、多少曖昧になってしまうけれど。たぶん、一秒未満よ」

「いちっ……冗談で言っているんじゃあないんだよな?」

「もちろん。なんなら見せて上げるわ。ほら」


 動く、動く。その細くて長い指が軽やかに動き、虚空を叩いていく。


 そして、たしかにスキルは発動する。秒という単位に満たない時間で、十六夜はアイコン操作を終えて、自らの手の平に一つの小さな火球を出現させる。まるで機械のような精密さで、有言実行してみせた。


「すごいな……どうやったんだ? いや、見ていたけれどさ」

「簡単なことよ。アイコンの位置はいつでも同じ、視界のはしにあるでしょう? なら、スキルの順番と発動までの手順を覚えていればいい。練習すれば表示が完全に現れるまえに、目当てのスキルを選ぶことが出来るようになるわ」

「な、なるほど」


 考えてもみれば、ゲームの舞台は現実だ。このメニュー画面も、アイコン表示もパソコンによって描写されている訳じゃあない。パソコンスペックなど気にしなくてもいい。言うなれば、最高の環境でプレイしているのだ。


 どれだけ無茶な速さで多重に操作をしても、決して処理が重くなることはないのだから。画面表示にかかる時間は一定なのだから。スキルの順番や発動までの手順、指の動きとタイミングさえかみ合えば、一秒未満での発動が可能になる。


「盲点だった。俺は最初からスキル発動を切って戦っていたから、練習するってことがもう目から鱗だ」

「スキルを使わずにモンスターと戦っていたの? どうしてそんなことを」

「いや、世界がこんな風になってから少しした時にさ。絶対に負ける道理のない相手に、危うく敗北しかけたことがあるんだ。その理由は……まぁ、ここまでくれば言わずとも分かるだろ?」

「スキルの発動に手間取って、無防備なところを攻められた。と、言ったところかしら。なるほどね」


 あの時は本当に焦った。なんというか、これまでプレイヤーとして培ってきたものを、その場で崩されるような思いだった。


 こんな雑魚モンスターに負けるなんて有り得ない。そんなペラペラな意地とプライドで、当時はなんとか切り抜けられたけれど。あんな思いをするくらいなら、もうスキルには頼らないと決断するくらいには、あの出来事はトラウマだった。


 けれど、十六夜に見せつけられたのだから、考えを改めなくてはならないだろう。練習すれば苦もなく難もなく、スキルを発動できるのだから、サボっていた分を取り返さなければ。


「けれど、よくそんな縛りプレイで今まで生きて来られたわね」

「まぁ、そこは職業の利便性と装備に助けられたってところだ。結構、ギリギリな戦いを強いられてはいたけれどな」


 しかし、それもこれまでだ。これ以降の俺は一味違うという所を見せて行かないとな。


「さて、長々と話し込んじまったけれど。そろそろクエストを開始するとしよう。俺が受注しておくから、十六夜はあとから参加してくれ」


 再びクエストタイトルに触れ、今度は決定のアイコンを押す。すると、新たな枠と共に、参加者を待っています、というメッセージが現れる。この枠に十六夜のキャラクターネーム、イブニングの文字が入ればクエスト開始できる。


 すぐに枠の中にイブニングの五文字が現れ、開始のアイコンに掛けられたロックが解除される。うすく黒い文字から、明るい白へ。俺はその開始の文字に触れ、クエストタイトル、襲来! ゴブリン軍団の脅威! を開始した。

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