月光の人影
Ⅰ
突如として襲ってきた四人組の男子生徒を撃退してから、数日が過ぎた。
学校生活に目立った変化は起こらず、相変わらずのぼっちな日常を送っている。しかし、目立たない些細な変化はあった。イジメが、何故か沈静化したのである。ノート塗りつぶし事件から一夜明けたあの日から、俺はイジメらしいイジメをされていない。
まぁ、変わらず無視されたりはしているのだが、どうも無視のされ方が何時もと違っている。なんというか、避けられているというか、警戒されているというか、恐れられているというか。そんな異様な雰囲気が漂っているのだ。
「それってさ。はじめのことが怖いんじゃない?」
昼休みの屋上でその話を二人にしてみると、鈴音がそう即答する。
「怖い? なんで?」
「あたしクラスの友達から聞いたもん。はじめが隣のクラスの男子を蹴り倒したって」
「……マジで?」
「マジで」
またしてもぼっちの弊害が発動した。
どうしてその情報が俺のところにまで回ってこないんだ。むしろ、俺が一番良く知ってなくちゃあならない情報だろう、それは。本当に俺の一歩手前でぜんぶ遮断されているな。噂という噂が。
「私もその話は初めて聞いたけれど。本当なの? 一くん」
「……こう言うの、不良自慢みたいで嫌なんだけれどさ。まぁ……その……本当のことだよ。でも、正当防衛だからな。しようなくだ」
「プレイヤーは罪を犯せないから、正当防衛という話は本当でしょうけれど。好き勝手に噂している人達にとっては、そんなことはどうでも良いんでしょうね。一くんが人を蹴った。この事実さえあれば」
「みたいだねぇ。友達の話だと、はじめが一方的に蹴り掛かったってことになってたよ」
俺が蹴り掛かったって、事実と真逆じゃあないか。
「ついでに、はじめともう関わらないほうが良いよって言われた」
「そう言われて直ぐ、こうしている辺り。鈴音も剛胆だよな」
「えっへへへー」
えっへへへー、じゃあないよ。
「しかし、まったく、もう。どうしてこう噂ってのはねじ曲がって伝わるのかね」
「人間は聞きたいことを聞いて、信じたいものを信じる生き物だからよ。都合の悪いことには目を背けて、都合の良いことだけ視界にはいる。たとえ、それがどんなに醜悪であろうと、みんながそうだと思えば、それは美麗になってしまうものよ」
「流石に、含蓄あるな」
四六時中、人の目に晒されて、好き勝手に噂され続けてきた十六夜の言葉には、逆らえないほどの重みがある。俺なんかでは覆せないくらいの、隙間のない正論のような重々しさが。
人嫌いがゆえに、人の本質をよく理解している。それの現れが、この言葉なのだろう。あるいは、経験談か。
「複雑な気分だな。イジメは沈静化したけれど、代わりに更なる悪評が立ってしまった」
絵の具で描いたポスターの失敗作に、水をぶちまけましたって感じだ。絵の具は洗い流せたけれど、にじんで、ぼやけて、元より酷くなっている。これじゃあ現状が悪くなっただけだ。その副産物として、一時的にリセットが出来ただけ。好転には繋がらない。
「あたしから本当のこと言っておこうか?」
「いや、自分のケツくらい自分で拭くよ。介護が必要になるのは、まだとうぶん先の話だ」
なんにせよ、そろそろ手を打たないとな。
何時までも、面倒だからって現状を放置するわけにもいかない。教科書を探すのは、もう飽きた。真っ黒なノートも食傷気味だ。すくない脳みそ捻り上げて、なにか良い案を絞り出すとしよう。
Ⅱ
夜になっても良い案が浮かばなかった俺は、とりあえずクエストに出掛けたのだった。
十六夜と鈴音、いつものメンバーで集まり、廃工場へと向かう。今回の目当ては、武器の強化に必要な素材である。なんでも、鈴音のメイン武器である戦斧を最終段階まで強化したいらしく。今日はそれに付き合うかたちだ。
そして、夜が更けるまでクエストを繰り返し。
「魔法耐性低下のかけ直しぃ!」
人と馬が合体し、下半身が馬のそれとなったモンスター、ケンタウロス。右手に斧を左手に盾を装着し、分厚い鉄の鎧を装備したそいつは、鈴音が振り回した両刃の戦斧によって斬り裂かれる。そして、ほぼ同時のタイミングで妨害魔法が発動し、その人馬に暗色のエフェクトが発生した。
魔法耐性低下のバッドステータス。半分ほど削れた体力ゲージの上に、そのアイコンが表示されると、それを合図にして十六夜が魔法スキルを放つ。それは降り注ぐ雷となってケンタウロスを攻撃し、感電のステータス異常を引き起こした。
残り体力、三割以下。もう虫の息なうえに、感電していて身動きも取れない。
「手柄はいただいたっ!」
俺はその瀕死なケンタウロスの懐に踏み居ると、携えた蜻蛉切を真っ直ぐに突き放つ。長槍の鋒は、人馬の人の部分を貫いて、その体力ゲージを蒸発させる。残り体力はゼロ、戦闘は終了した。
次第に透明となり、最後には霞のように消えていくケンタウロス。それを見て、俺はゆっくりと肩の力を抜いた。
「ふー。やっぱり防具を新しくしてから調子が上がってるな」
移動速度と防御力、欲しいと思っていたセットボーナスだけでなく。おまけにそれ以外のステータスも満遍なく上昇するというのだから、戦いにくいわけがない。達人の戦衣から天上の戦衣となったことで、もともとの数値も上がっている。
これだけの性能を発揮できるのなら、もう誰にもしょっぱいだとか、しょぼいだとか、そんな不遇な扱いは受けないだろう。本当に、ドワーフの鍵が手に入って良かった。苦労してあの女神の騎士を倒した甲斐があったというものだ。
「十六夜のほうは、もう慣れたか? 女神の聖鎧」
「そうね。最初はすこし違和感があったけれど、今ではかなり馴染んできているわ」
「そりゃあ良かった」
女神の聖鎧は元々の数値も優秀であり、その上、セットボーナスとして防御力上昇と攻撃力上昇、それに加えて魔法力上昇の追加効果の恩恵が受けられる。残念ながら移動速度上昇の追加効果はなかったけれど、それだけあれば戦うには十分だ。
現に、クエスト攻略の効率は格段に上がっている。なかなかどうして、今の環境に即した装備だ。
「えっと、これと、これと、これで……よし! ぜんぶ揃った!」
「おっ、揃ったのか。素材」
「うん、今日はありがとね。はじめっ、ゆうなっ」
鈴音は嬉しそうに笑うと、俺達にお礼を言ってくれた。
なので、俺達二人は口を揃えて、こう返した。どう致しまして、と。
「さーてと、いま何時だ?」
「いまちょうど、日付が変わったところよ」
「げっ、もうそんな時間か。明日も早いし、今日のところはこれで解散だな」
「なら、また明日、学校でだね」
時間も時間とあって、俺達は廃工場を出て解散する。
完全に日が落ちて、空に月が浮かぶ夜。屋根の上をいく俺の姿を照らす月光は、いつもよりも明るい。そのことに気が付いて、ふと空を見上げると、そこには満月が顔を覗かせていた。
道理で明るい訳だ。と納得して、ふたたび帰路につこうとした、その時だ。
視界の奥のほうに、なにかの影を捉えたのは。それは人間の影だ。近付くたびに明確に、その輪郭はくっきりとなっていく。そして、月光のお陰で窺えたそいつの顔は、俺が見知ったものだった。
太刀川新太である。
どうして屋根の上に太刀川がいるのか、その動機は知る由もないが、理由なら分かる。実を言えば、太刀川もジュエリー・テールのプレイヤーなのだ。だから気軽に建物の屋根に登れるし、仮想の身体を使っている俺の姿も見えているだろう。
とはいえ、こいつと関わるのはなるべく避けたい。なので、俺は立ち止まらずに、その隣を駆け抜けようとした。
「おい、ちょっと待てよ。一」
しかし、おいそれと逃がしてくれる訳も無く。俺は太刀川の言葉に捕まってしまったのだった。




