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友達の存在


 仕様なく立ち止まって、太刀川を見る。


 民家の屋根の上で男と男が二人きり、嫌な夜だ。


「なんだよ、太刀川。なにか用か?」

「あぁ、そうだよ。僕はお前に用があるんだ」


 そう言った太刀川は鬱陶しい笑みを浮かべると、次の言葉を繋げる。


「ようやく分かったんだよ。どうしてお前が十六夜と急に親しくなったのか。その謎がね。まさかまさかだよ、あの十六夜夕奈がジュエリー・テールのプレイヤーだっただなんてさ。お前とパーティーを組んでいることには、もっと驚いた」

「それで?」

「そう睨むなよ。これでも、よくそんな貧弱な装備で、十六夜とパーティーを組めたものだと感心してるんだぜ? 僕は」


 貧弱と太刀川が言ったのは、この装備がただの戦衣シリーズに見えたからだろう。


 従来の戦衣シリーズと、この天上の戦衣に見た目の違いは殆どない。強いて言えば、色合いが若干違うくらいだ。けれど、月明かりだけが光源である現状で、それを見分けるのは至難の業だろう。


 それに太刀川は知らないのだ。ドワーフの鍵のことも、天上の戦衣の存在も。


「そりゃあお宅にとって、この装備は貧弱なんだろうさ。課金して手に入れた装備は、さぞ高性能だろうからな」

「険のある言い方だな。ネトゲに課金して何が悪い?」

「悪いだなんて一言も言ってないさ。そう言うシステムがあった以上、それを使おうが使うまいが、そいつはプレイヤーの自由意志と財布しだいだ。ただ、相容れないとは言わせてもらうがな」


 経験値、素材、アイテム、装備、それらを収集して少しずつ強くなっていくこと。それが多くのプレイヤーにとって面白味であり、醍醐味であり続ける限り、それを金で買う奴等と馬が合うことは決してない。ただそれだけのことだ。


「へぇ、すこし見直したよ。こう言うとき課金も出来ない貧乏人が、決まって僕を批判するけれど。お前はそれをしないのか」

「興味ないんでな。課金にも、お宅にも」


 いま頭の中にあるのは、早く帰りたいという願いだけだ。それ以外には何もない。


 もう日付が変わっている。こんなところで親しいどころか互いに嫌い合っている人間と、長々と喋っていたくない。そんな暇があるなら帰って就寝したいのだ。明日、寝坊したらどうしてくれる。


「結局のところ、俺になんの用なんだ? さっさと用件を済ませてくれ」

「そうだな。なら、単刀直入に言ってやろう。僕と勝負しろ、一」

「はぁ?」


 太刀川の言葉はきちんと聞こえていたし、理解も出来ていた。けれど、それでも納得することは出来なかった。意味が不明だし、意図も不明だ。一体、なにを考えているんだ、こいつは。


「この状況で、勝負なんて言葉を口にするってことは。トランプとかテストの点数だとか、そんなちゃちなことで決着を付ける気はないってことだよな」

「そうだ。そんなままごとみたいなお遊びじゃあない。真剣勝負の一騎打ち。決闘だ」


 決闘、ね。


「……知ってるか? 世の中には決闘罪ってのがあってだな」

「もちろん、生身の身体でやる訳じゃあない。ジュエリー・テールに元からあった機能、デュエルを使って勝負するんだ。これなら犯罪にはならないだろ?」


 たしかに、ジュエリー・テールに対人戦用の一騎打ちみたいな機能があったけれど。そんなもの結婚の機能と同じく、異変の影響で自然消滅しているものだと思っていた。


 けれど、ゲームの舞台が現実に移ろうとも、デュエル自体は出来るのだろう。あれだけ自信満々に決闘を申し込んできたのだ。やっぱり出来ませんでした、みたいな間抜けなことにはならないだろう。


「んんん……仮に決闘をしたとして、俺にどんなメリットがあるんだ?」

「ふむ、これは有り得ないことだが。もしお前が僕に勝てた場合は、お前にしていた嫌がらせ行為の一切を直ちに止めると誓おう」

「……此処まで来ると、いっそ清々しいな。どうせ、この前の四人組もお宅の差し金なんだろ?」

「いやー、あいつらは思ったよりも使えなかったよ。四人もいた癖に逃げ帰ってくるとは思いもしなかった。せめて、一矢報いてきて欲しかったものだよ」


 そう、悪びれもせずに太刀川は言う。


 罪の意識なんてものを欠片ほども持ってはいないんだろう。俺に対する嫌がらせにも、人を使って襲わせたことも、こいつは一つも悪いとは思っていない。卑劣にも、だ。さも、それが当然であるかのように振る舞う姿は、まるでどこかの王様だった。


「ふむ。しかし、魅力的な提案なのはたしかだな。けれど、その逆のことを俺はまだ聞いていない。太刀川、もし俺がお宅に負けたら、俺は何をさせられるんだ?」


 此処までのことは、ただの前座だ。太刀川にとっての本題は、ここからだろう。


 決闘を持ちかけてまで、俺に何をさせるつもりでいるのか? それが分かるまで、安易な判断は出来ない。太刀川に一対一で遅れを取るとは思えないけれど。万全は期しておくに超したことはない。


「なんてことはない話さ。僕が勝ったら、お前には十六夜と僕との仲を取り持ったあと、速やかに離れてもらう」


 また十六夜か。


「簡単な話だろう? お前はまたぼっちに逆戻りして、誰とも会話せずに学校生活を卒業するまで送るだけでいいんだ。なに、心配いらないさ。今年の四月からずっとそうだったじゃあないか。にのまえなら出来るさ」

「……なるほど、そう言うことか」


 俺を介して十六夜と交友関係となり、親しくなりたい訳だ。


 簡単に言えば、成り代わりだ。十六夜に近付いたあとに俺を遠ざけることで、そっくりそのまま居場所を奪う。これが実現すれば、この上なく理想的だ。他人が作った物を奪うことほど楽なことはない。


「なら、話は簡単だ。俺の答えは決まった」


 そうと分かったのなら、俺のくだす答えは一つ。


「お断りだ」


 そう言って、俺は太刀川からの決闘の申し出を蹴った。


「チッ……何故だ? 折角チャンスを与えてやっているのに。負けるのが怖いのか?」

「やすい挑発だな。まぁ、本当に決闘をしたとしても、俺が負けるだなんて欠片ほども考えちゃあいないよ。俺が断ったのは、もっと別な理由だ」

「なんだ? なにが気に食わないって言うんだ!」

「分からないのか? お宅がいま何をしようとしているのかってことが」


 きっと、教えるまで分からないだろうな、太刀川には。


「僕がいま何をしようとしているか? プレイヤーキルって意味か。仮想の身体でも、人を殺すのは嫌だってことか」

「違う」

「なら、なんだ! 勝った時のメリットに不満があるのか!」

「違う。ぜんぜん、まったく、まんじりともだ」

「お前ぇ……僕をからかっているのかッ!」


 太刀川は怒りに身を任せて苛立ちを爆発させた。それは回答の拒否であり、そして思考の停止を意味している。


 分からない。分からないだろう。自分がいま何をしようとしているのかさえ、きちんと理解できない太刀川に、俺の考えていることなど見抜けるはずがない。教えて貰わなければ、きっと一生わからないことだ。


「分からないなら教えてやるよ。お宅がいま俺に持ちかけた決闘は、友達を景品にしろと言っているのと同じことだってな」

「なに?」

「聞こえなかったのか? 十六夜を賭け事の景品にしろって言ってるんだよ、お宅は。まるで人を物みたいに、人形みたいに扱おうとしているんだ。十六夜の友人として、人を人として扱わない条件での決闘は受けない。絶対にだ」


 それがイジメを無くす最短の道だったとしても、俺はそれを選ばない。


 勝った負けたやリスクリターン以前の問題だ。自分を救い、助け出してくれた友達を、景品扱いするなどもっての外。たとえクラスから孤立しようと、イジメを受けようと、そこまで堕ちたらお終いだ。


 自分の利益のためだけに他人を利用するような真似をしておいて、どの面下げて二人に顔向けしようというのだ。


「話は終わりだ。俺は帰らせてもらう」

「……後悔するぞ。いま、ここで僕の提案を受けなかったことを」

「後悔させてやる。の、間違いじゃあないのか? まぁ、知ったことじゃあないがな」


 そう言い残して、俺は止めていた足を動かした。今いる屋根から次の屋根へと飛び移り、冷たい空気の中を突っ切っていく。もう少しもすれば自宅に到着する。自室の窓から入れば、外出していたことを誰かに気取られることはないだろう。


 はやく風呂に入って眠るとしよう。明日もまた学校だ。

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