曲解の回答
Ⅰ
「授業、始めるぞー」
予鈴のチャイムもなり、しばらくして先生がやってくる。
授業中に教科書がなくなったことを気取られることはなく。滞りなく残りの午後の授業も終わりを迎え。その後にある掃除やなにやらも適当にこなしたのち、俺は無事に放課後を迎えることが出来たのだった。
「さて、それじゃあ教科書は何処かなっと」
誰も居なくなった教室で一人、行方不明の教科書を捜索だ。
クラスメイトの机の中から、教卓の中まで教室中をくまなく探していく。けれど、今回はなかなか教科書を見付けられず。ひょっとして教室外に持って行かれたのかも? と、俺は教室から廊下へと場所を移してみる。
「あれ? はじめじゃん。なにしてんの?」
「ん? なんだ、鈴音と十六夜か」
教科書を探して廊下に出ると、ちょうど二人に出くわした。
「見たところ、これから帰宅、という訳でもなさそうね」
「はっはー、ちょいと行方不明の教科書を探しててな。二人はこれから揃って帰りか?」
「うん、これから近くのケーキバイキングに行くんだよ」
「へぇー」
なんというか、本当に鈴音の才覚は恐ろしいな。
十六夜とケーキバイキングって、よく誘えて、しかもそれに乗って貰えたものだ。これで知り合って一週間も経っていないというのだから驚きだ。誰とでも仲良くなれるってのは伊達じゃあない。
「その教科書、隠されたのでしょう? 私達も手伝うわ」
「そしたら、そのあと三人でケーキバイキングに行く?」
「いや、いいよ、気を遣わなくても。どうせ直ぐに見付かるものだ。それにケーキを沢山食って太りたくないんでな」
「むー。なに? あたし達が太るって言いたいわけ?」
「冗談だよ、冗談。ほら、行った行った。美味しいケーキが待ってるぞ」
二人の背中を押すようにして見送り、俺は廊下に残って教科書を探す。
それから十分ほどした後に、俺は教室から離れた位置にあるゴミ箱の中から、教科書を見事に見つけ出した。嬉しいことに、こっちは黒く塗り潰せれていない。切り刻まれても、くしゃくしゃにも、だ。
流石に時間が足らなかったのだろう。教科書は捨てるだけだった。
「よし、帰るとするか」
教科書を何度か叩いて汚れや埃を落とすと、荷物の中に仕舞って玄関口へと向かう。
靴箱の中から靴を取りだし、少し揺すって見て画鋲の有無を確認する。どうやら、画鋲は入っていないらしい。安全確認を終えて、上履きから履き替える。そうして、上履きのほうを靴箱に戻そうとした、その時だった。
後ろから風を斬るような音が聞こえ、俺は咄嗟に体勢を低くする。果たして、それは良い判断だった。その直ぐあとになって、靴箱が乱暴な音を鳴らしたからだ。なにかに叩かれていた。その何かとは箒の柄の部分である。
あのまま突っ立っていたら、後頭部を殴打されているところだった。
「なんだなんだ、随分とご挨拶だな。おい」
すぐにその場を離れて距離を取る。
そうして見えたのは、四人くらいの男子生徒がこちらを見据えている姿だった。手には箒やら棒やらバットやらと言った武器が握られている。普段、仮想の身体となって装備している武器と比べると、それはあまりにも粗末なものに思えた。
もっとも普通の生徒が学校内で用意できる武器なんて、それくらいしかないのだけれど。
「見たところ、知らない奴ばっかりだが。なにか俺に恨みでもあるのか?」
「恨み? 恨みなら数え切れないほどあるぜ。俺達を含めた全校生徒からな」
「全校生徒から、か。随分と嫌われたもんだな、俺も」
最初はクラス内で、ってだけの話だったんだけれどな。今ではもう全校生徒にいたるまで、俺は嫌われているのか。誇張表現であって欲しいけれど、見ず知らずの生徒からいきなり暴行を受けているようじゃあ、嘘偽りない真実だと認めざるを得ないな。
「それで? その嫌われ者になんの用だ? 出来れば手早く済ませて欲しいんだが」
「あぁ、用なら直ぐに終わるから安心しろよ。ただし、次に目を覚ます頃には、病院のベッドの上だろうがな」
四人のうちの一人がそう脅し文句をいって、残りの三人がへらへらと笑う。
どうも、ただでは返してくれないみたいだ。なにが彼等を暴力に駆り立てるのかね。
「一つ聞きたいんだが、どうしてそこまでするんだ? 俺を嫌ってるのは分かったが、武器を持ちだして不意打ちするくらい憎いものなのかよ。俺はお宅らに会ったことすらないってのにさ」
「個人的な恨みは然程でもないな。視界に入ると鬱陶しいって感じるくらいだ。でもな、こと十六夜に関しては話がべつだ」
「十六夜だ? なんでそこで十六夜が出てくるんだよ」
「惚けるなよ。あの長年、男友達がいなかった十六夜と急に親しくなったんだ。なにか十六夜の弱みか何かを握ったんだろう。それ以外に、お前が十六夜に近づける理由が考えられない」
「なんだ? その謎理論は」
えーっと、つまりこう言うことか?
男友達というものが皆無だった十六夜に、俺という友達が出来たのは不自然だ。そう勘ぐったこいつらは、俺が十六夜の弱みを握り、無理矢理近付いていると判断した。だから、そんな十六夜を俺達の手で助けだそう! と。
なんというか、物凄い曲解を経て導き出された答えだな。
「どうせ又旅と親しいのも弱みを握っているからだろ。じゃなきゃ転校してそうそうに、一緒に飯なんか喰わねーだろ」
「俺は人の弱みを握る天才かなにかか」
人の思い込みってのは怖いものだな。ちょいと冷静になって考えてみれば、その理論が穴だらけなことに気付くだろうに。もうあいつらの中では、俺が極悪人であると決定されていて、揺るぎないものになっている。
どうすれば誤解が解けるのだろうか。なんだか、言葉をどれだけ尽くしても、ダメなような気がするな。
「なにか勘違いしているみたいだけれど。俺はべつに誰の弱みも握っていないし、無理やりに二人の近くにいるわけでもないからな」
「あぁ? それじゃあ、なにか? 二人が望んでお前なんかと一緒にいるってのか」
「望んで、とまではいかねーよ。ただ、友達だってだけだ」
そう、友達だ。望まれているだなんて、大仰な言葉を使うようなことじゃあない。単に、十六夜や鈴音と交友関係を築いただけ。ジュエリー・テールというネットゲームを介して、交友を深めた。ただそれだけのことだ。
「弱みを握っているだとか、そんなのはお宅等の思い違いだ。俺達はただの友達で、一緒に昼飯だって食うし、休日には遊びに行ったりもする。そんな何処にでもあるような、普遍的な関係なんだよ」
そう言った、直後のことだった。
箒はふたたび振るわれ、ガンッという乱暴な音を鳴らして靴箱は激しく殴打される。それは言葉のない怒りの表れだ。そして、その感情は視線にも色濃く現れ、睨み付けるように俺を射抜いている。
「調子に乗るなよ、クソ野郎がッ。なんなんだよッ、ふざけやがってッ」
「ふざけてるのはそっちだろ。武器を持って殴り掛かってくるなんて、正気の沙汰じゃあねーだろうが」
ゆらりと一歩、男子生徒が前に進む。
「なんでだよ……なんでお前なんだ」
うわごとのような言葉を呟きながら、一歩、また一歩と近付いてくる。
「他の奴等なら、まだ良い。でも、なんで。なんで、よりにもよってッ。よりにもよって、嫌われ者のお前なんだよッ!」
ある程度、ぼそぼそと言い終えたかと思えば。急に大声を出して男子生徒は走り出し、手に握った箒を振りかぶる。生身の身体に振るわれたその攻撃は、直撃すれば血が出るだろうし、当たり所が悪ければ骨折だってしてしまうだろう。
だから、手加減はしなかった。
「これ、正当防衛だからな」
箒が完全に振るわれる前に、左足を軸にして蹴りを放つ。
爪先で弧を描き、風を切った右足は男子生徒の首を強襲し。鎌が草を切るように、その意識を刈り取った。脳からの伝達が途絶え、脱力した身体は蹴りの勢いで大きく横方向へよろめき、靴箱に頭から激突する。
「なんで俺なのか、って聞いたよな? それは俺が嫌われ者だからだよ。お宅らが揃いも揃って根も葉もない噂を信じて嫌うから、俺はぼっちになって十六夜と友達になった。ただそれだけのことだ。まぁ、もう聞こえちゃいねーだろうがな」
ずり落ちるように玄関に寝そべった男子生徒から視線を移し、今度は残りの三人のほうを向く。そこにさっきまでの余裕そうな表情はなく、警戒の色が濃く現れていた。自分もこの男子生徒のようになってしまうのではないか。そう考えているんだろう。
「さて、どうするよ。仲間の敵討ちがしたいなら、遠慮せずにかかってこい。でも、此処から逃げたいなら好きにしろ。追いかけたりしねーから」
というか、追いかけても俺は暴力を振るえない。
正当防衛という形でなければ、俺は他人を殴ることは出来ない。それはすでに犯罪の範疇になってしまうからだ。犯罪を成せない。それが俺達プレイヤーに課せられた絶対のルール。仮想の身体を使ううえで差し出した、代償なのだから。
「ほら、さっさと決めろよ。敵討ちか? それとも逃走か? どっちだ!」
そう言い切るが早いか遅いか。残りの三人は、蜘蛛の子を散らすように、この場から去って行った。一目散に、である。意識を失って玄関口で寝そべっている、この男子生徒のことは丸っきり放置だ。
「お宅も随分と仲間思いな友達をもったもんだな」
そう一言だけ投げかけて、俺は意識のない男子生徒の横を通り過ぎていく。
空はすでに茜色だ。すぐに夜がやって来るだろう。それまでに家に帰って、ゆっくり寛ぐとしよう。ここ三日ほど暇になる予定だから、映画を借りて帰るのも一つの手だな。もちろん、恋愛ものはパスだけれど。




