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持物の消失


 それから夜遅くになるまで、どんちゃん騒ぎをした後のこと。


 俺は例によって母さんの魔の手に捕まり、どちらが本命なのか? とか。相手の方はどう思っているのか? とか。どこでどうやって知り合ったのか? とか。ありとあらゆることを追究された。


 俺はお茶を濁したり、惚けてみたり、嘘八百を並べ立てたりして、その追究をのらりくらりと躱していたのだけれど。途中から唯の奴も参戦しはじめ、俺は最終的に十六夜と鈴音の両方に好意を持っている。ということに、されてしまったのだった。


 そんな波乱と地獄の歓迎会は終わり、今日は又旅鈴音が我が高校に転校する日だ。


 一緒のクラスになる。などというドラマチックなこと起こらず。鈴音は二つ隣の教室で、勉学に励むことになったらしい。直接、見に行った訳じゃあないが、クラスメイトが噂しているのが、偶然、珍しく耳に入ったので間違いじゃあないだろう。


 きっと、最初から沢山の友達をつくり、仲睦まじく、楽しく勉強をしていることだろう。そんなところへ、嫌われ者の俺が出向く訳にもいかず。俺は鈴音と顔を合わせることなく、午前の授業を消化した。


 のだが、波乱はいつも昼休みにやってくる。


「おーい、はじめ! ゆうなと一緒にご飯食べようよ!」


 以前の十六夜と同じように、鈴音が教室に乗り込んできたのだ。


「あのさ、鈴音のことだから、もう誰かから聞いてるんだろ? 学校で俺がどんな扱いをされているか」

「うん、知ってるよ。さぁ、はやく。屋上に行こっ」


 ぐいぐい腕を引っ張られ、俺は強制的に椅子から起立させられる。


 どうやら、何を言っても無駄らしい。俺の言った言葉など関係ないと、興味ないと、その場でばっさりと断ち切って、俺を屋上まで連れて行こうとしている。せっかく作った友達が、減ってしまうかも知れないのに。


「……わかった。わかったからちょいと待ってくれ。弁当を持っていかないと」

「はーやーくー。もうゆうな屋上で待ってるんだからね」

「はいはい」


 このクラス全体から突き刺さる視線にも慣れたものだ。けれど、決して心地良い訳じゃあない。俺は手早く荷物の中から弁当箱を取りだして、鈴音と一緒に教室を出る。廊下には、野次馬が何人か集まっていた。


 まるであの時の焼き直し。だが、あの時よりも人が少ないのが、唯一の救いだ。


「鈴音って気にならないのか?」

「なにがー?」

「この視線が、だよ」


 廊下を歩くだけで、あらゆる生徒の視線を独占している。


 これがファッションショーなら、嬉しい限りなのだけれど。生憎、ここはステージの上ではない、ただの廊下だ。数えるのも億劫になるくらいの人数から視線を送られて、良い気分はしない。


「気にならないわけないよ。でも、だからって友達と会っちゃいけない理由にはならないし、一緒にご飯を食べちゃいけない理由にもならない。そうでしょ?」

「……あぁ、そうだな。まったくだよ」


 その時、小さな鈴音の背中が大きく見えてのは、目の錯覚だったのだろうか。


 たぶん、違うかな。



「ふーん、なるほどね。だから今年の春からぼっちになったんだ、はじめは」

「そうだよ、話はこれで終わりだ。楽しい話じゃあなかっただろ」

「まぁね。気分のいい話じゃあなかったよ」


 凍えるような風が吹き荒れる、寒い屋上で昼食をとった俺達は、寒さに震えながらも雑談に興じていた。もっとも、その内容は雑談と呼べるような、牧歌的なものじゃあないのだけれど。


 なにせ、今していたのは俺がぼっちと化した経緯の話なのだから。


「けれど、どうして嫌われたのかしらね? そのクラスの人気者に」

「さぁな。俺にも、そこのところが良く分からないんだ。俺がそいつに何かしたって訳でもないし。というか、まともに会話したのだって指折り数えられるくらいだ」

「にんげん意外と、自分の知らないところで誰かに恨まれてるものだからね。直接的にしろ間接的にしろ、なにか気に障ることをしちゃったんでしょうよ。無意識に」

「気に障ることか。うーん……ダメだ。全然、心当たりがない」


 俺が太刀川の存在を知ったのは、高校二年生になった後のことだ。それまでは、名前すら聞いたことがなかった生徒だし、とにかく接点がまるでない。一つも、である。けれど、太刀川は初めて会った日から俺のことを知っていて、そして嫌っていた。


 いったいどうして嫌われたのか見当も付かない。分からないから、クラス中を敵に回すはめになったのだろうけれど。


「俺はいったい何をしたんだ? なにをしたら教科書を隠されたり、靴の中に画鋲を入れられたりするんだ?」

「あれ? そんな具体的なイジメみたいなの、前からされてたっけ?」

「いいえ、でも女神クエストを攻略している間に、だんだんとエスカレートしていったのよ。鈴音さんに会った時点で、女神クエストがあれだけしか進んでいなかった理由の一つが、それ」


 まぁ、それ以外にも、単純に予定が合わなかった日もあったし。夜中に家を抜け出していた事がバレて、夜間外出禁止令が発令された日もあったのけれど。いやー、あの時は母さんの目を盗むのに苦労したな。


「そっかー……けれど、イジメの内容がなんか昭和すぎない? 靴の中に画鋲って」

「だよな。俺もそう思ってた。初めて画鋲を見付けた時なんか、感動すら覚えたからな。こんなこと実際に起こるんだ、すげぇ! って」

「随分と陽気なものね」

「まぁ、正直に言ってダメージなんか殆どないからな。履くまえに靴を揺すれば、画鋲の有無は確認できるし。教科書がなくたって授業を聞いてればだいたい内容は把握できるし」

「授業に関してはプライスレスボーナス様々だね」


 ボーナス値をちょいと記憶力に振り分ければ、授業は聞いているだけで十分だ。暗記科目はもちろん、数学だって公式をまるまる覚えておけばだいたいなんとかなる。教科書がなくなったところで、そんなに痛手ではないのだ。


 隠された教科書も、探せば直ぐに出て来るしな。


「てかさ、本当にイジメられてるの? これ」

「平気そうに見えるけれど。俺だって傷付いているんだぜ? 傷付いたハートを針と糸で縫い付けているところだ」

「私には天衣無縫にみえるけれどね、そのハート」


 実際のところ実害のないイジメは、単なる鬱陶しい嫌がらせみたいなものだ。


 おそらく、これからその嫌がらせが実害を伴うイジメに発展していくのだと思うけれど。いったいどんな手を使われて、俺は追い込まれるのだろうか。まぁ、なにをされても対抗できるくらいには、クエストで鍛えられているし、なんとかなるか。


「そろそろ昼休みが終わるな。寒いし、教室に戻ろう」

「あっ、そうだ。次のクエストどうするの? 今日は休みにするって決めてたけれどさ」

「二日か三日ほど期間を空けてもいいのではないかしら。鈴音さんの家も、まだ引っ越したばかりで忙しい時期でしょう?」

「だな、次のクエストはそれ以降だ。あとのことは追々ってことで」

「了解。気遣い痛み入るよ」


 次のクエストの予定を漠然としたかたちで決めて、俺達は屋上を後にした。


 十六夜や鈴音と分かれて自分の教室に戻り、突き刺さる視線の中をかいくぐりながら席に着く。そして荷物の中に弁当箱を押し込み、次の授業の用意をしようと机の中に手を伸ばした。


「うん? ……なんだ、またか」


 次の授業に使う教科書が見付からない。昼休みになる前までは、たしかに机の中にあった筈だ。なのに、今ではそれが綺麗さっぱり無くなっている。ノート類は無事に生き残っている辺り、教科書だけを隠されたようだ。


 誰がそんなことをしたのか? 大方の見当は付いているが、証拠がないから追究することも出来ないな。


「ま、仕様がないか」


 放課後になったら探しに行こう。そんな軽い気持ちで、俺は机上にノートを開く。何も書き込まれていない真っ白なページ。それが見える筈だったのだが、見えたのは真っ黒に塗り潰されたものだった。


 水性か油性か、どちらかのマジックで乱暴に塗り潰されている。それもご丁寧なことに全てのページがだ。過去に書き込んだ授業内容にいたっては、書類の塗りつぶしのように、上から太い線が引かれた後に、その上からぐちゃぐちゃに塗られている。


「ほー……こういう手に出てきたか」


 ほかのノートも開いてみると、案の定、黒で塗り潰されていた。


 ノートが全滅だ。これをやったのは一人や二人じゃあないだろうな。これだけの分量を昼休みのうちに一人で行ったのなら大したものだ。よく頑張ったと褒めて上げたいくらいに。ようやくイジメらしく成ってきた、と言った所だ。


 耳を澄ませてみれば、くすくすと笑うクラスメイトの声が聞こえてくる。このクラスにいる生徒の過半数、もしくは全員が共犯か。もとから敵に回しているようなものだったが、こうなってくると厄介だな。


 なにか対抗策を講じておかないと。


 そう思いつつ、俺はこんな事もあろうかと用意しておいた、真新しいノートを荷物の中から取り出した。その瞬間、くすくすとしていた笑い声がぴたりと止んだのが、一番おもしろかったところだ。


 だんだんとイジメがエスカレートしている中、これくらいの備えは同然である。そんなことにも想像が及ばないから、こうして、してやられるのだ。イジメるならもっと抜け目なく徹底しないと、鈴音の悪戯や意地悪に長年付き合ってきた俺は出し抜けやしない。

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