笑顔の代償
Ⅰ
「これでクエストに行かなくて済むな。手間が省けてよかった」
意気揚々とミニカウンターに向かい、強化の宝石を一つ購入する。心なしか、値段設定が若干高めになっていたような気がするが、まぁ文句は言うまい。その辺、ドワーフは抜け目なかったということだ。
「よし、生産完了だ。揃ったぞ、天上の戦衣」
「なら、私のときと同じく、お披露目会にしましょうか」
「あたしたち後ろ向いてよっか?」
「どっちでも良いよ。どうせ何も見えやしないんだからさ」
そう言いつつ、俺はメニュー画面を展開して装備のアイコンに触れた。
必要な操作を行って、各種装備を順番に置き換えて行き。元の防具から戦衣シリーズ最新作へと姿を変える。そうして装備した天上の戦衣は、着心地もよくて羽のように軽い。移動や動作に窮屈なところもなく、戦いやすさにおいては花丸を付けてもいいだろう。
ステータスも良い感じだ。セットボーナスのお陰で全ステータスが上がっている。これだけ数値が高ければ、あの強化されたゴブリンジェネラルの攻撃にも十分耐えられるはずだ。
「なるほど……結構、様になってるじゃん。はじめ」
「そうか? 見た目がちょいとファンタジーな作りだから、装備に着られてないか心配だったんだが」
「大丈夫よ。そんなに不安なら、そこに鏡があるから自分で見てみたら?」
「そうするかな」
いま自分がどんな格好をしているのか、明確に知るために長方形な鏡の前に立つ。
天上の戦衣のデザインは、初心、熟練、達人の戦衣とほぼ同じで変わらない。外見は鎧ではなく完全な衣服であり、革のベルトが腰に巻き付いていて、手には革の手袋が装着されている。色合い的には黒が多い印象だ。
そして、何故かまた半袖である。俺は半袖の呪縛か何かに囚われているのだろうか?
「ま、悪くはないか」
そう納得しておこう。
真冬の街中で半袖になっていても、俺は変人奇人の類いではないのだ。
「そう言えば、ゆうなはどうなの? 感想は」
「そうね、一くん風に言うならば。素敵よ、とても。かしら?」
「人の失敗をほじくり返してんじゃあねーよ」
そんなこんな有りつつも、こうして俺と十六夜の防具新調は完了した。
女神シリーズと戦衣シリーズ。そのどちらも防御力は十分であり、また動きやすさも重畳だ。これで殆どの敵モンスターに対抗することが出来るだろう。鈴音という新しい仲間も加わって、これで神出モンスターに対する備えは万全になった。
安心してクエストを受注できるというものだ。
「うーん、ハードな一日だったねぇ。あたし、今日こっちに引っ越してきたばかりなんだよ。はじめとゆうな、そのこと忘れてたでしょ」
扉の敷居を超えて、ドワーフの世界から自分達の世界へと帰還した直後のこと。鈴音は猫のようにぐっと身体を伸ばしたあと、そんな衝撃の事実を口にする。そうだ、鈴音はつい数時間前に、この街へ引っ越してきたのだ。
「……正直に言えば忘れてた」
「今日一日で色々なことがありすぎたものね。……こんな台詞、少し前にも言っていた気がするわね」
しかし、言われてみればその通りなのだ。
引っ越してそうそう女神クエスト攻略に乗り出し、ゴブリン市場に驚愕し、神出モンスターと戦い、女神装備を引き当て、そしてドワーフの世界を訪ねた。これだけのことをたったの数時間でこなしたのだ。
これほどハードな一日は、そうはないだろう。そりゃあ、鈴音が今日引っ越してきたことなど、すっかり頭の中から抜け落ちてしまうというものだ。
「なら、今から鈴音の歓迎会をしよう」
「それは良いわね。初日でこれだけ働いてくれたことだし、そのお礼も兼ねて歓迎会をしましょう」
「本当に!? やった! パーティータイムだー!」
はしゃぐ鈴音を見つつ、三人で歓迎会の話をしていく。
初めはどこかの飲食店で歓迎会を、と思っていたのだけれど。その旨を鈴音に話したところ、店では羽を伸ばせない、との要望があり、これは却下された。となると、消去法で誰かの家にお邪魔する、という形になる。
又旅家は引っ越したばかりで、押しかけるのは至極迷惑なので除外。十六夜家も騒がしくしてはならないらしく、これも除外だ。そうなれば、必然的に歓迎会の開催場所は我が家ということになるわけで。
「もしもし、母さんか? ちょいと急で悪いんだけれど。今から家で友達の歓迎会を開いても良いかな?」
「家で、かい? 随分と急な話だね。母さん、そう言うの感心しないよ」
電話で確認を取ろうにも、なにぶん急な話だ。二つ返事でとは行かないだろう。
それは分かっていた。けれど、ここまできて鈴音の歓迎会をやらないという選択肢はない。そして羽を伸ばせない飲食店での歓迎会など論外だ。だから、俺は身を切るような決断をして、母さんにこう言ったのだった。
「歓迎会は俺と、女子二人の三人だけでやるんだ」
「なに? はじめが女の子二人とだって? ほう、それはそれは」
「で? どうなんだ? やっても良いのか? 歓迎会」
「ふむ……本来ならダメだって言うところだが、仕様がない。今回だけだ、やってもいい」
「そうか、ありがとう」
「その代わり。後でちゃんと、どっちが本命か教えるんだぞ?」
「……わ……かったよ」
大きな代償を払い、母さんから許可をもらうことが出来た。
それを伝えると、鈴音は無邪気に「やったー!」と言って喜んでいた。十六夜も何だかんだで、すこし楽しそうだ。
うん、これで良かったんだ、これで。歓迎会が終わった後に、地獄が待ち受けていると知っていても、喜ぶ姿が見えたのならそれで本望だ。しかし、どんな責め苦を味わうことになるのだろう。きっと、母さんに便乗して唯の奴も加わるんだろうな。
「はじめ? どうかしたの、なんか遠い目をしてたけれど」
「いや、なんでもないよ。なんでも」
「ふーん」
そう言った鈴音は一瞬、にやっとした風に見えた。
目の錯覚かとも思ったが、しかし、何かが引っ掛かる。いや、待てよ。もしかして、俺は鈴音に盛大な意地悪をされたのでは?
たしか昔に母さんがどんな人間であるかを、愚痴っぽく語ったことがあった気がする。それを覚えていて、こうなるように仕組んでいたんじゃあないのか? 不可能じゃあない。こうなるように誘導するのは、それほど難しい話じゃあないのだから。
「なぁ、鈴音」
「んー、なに?」
「もしかして、仕組んだ?」
「んふふー。ないしょっ!」
そのにっこりとした笑顔を見て、疑惑は確信に変わった。
したやられた。ジュエリー・テールの結婚設定が自然消滅したのが原因だ。周りから冷やかされるのを面白がっていた鈴音は、またそんな俺の姿を面白がるために一芝居をうったに違いない。俺はまんまと騙されたのだ。
相も変わらず、人に意地悪をするためなら自分さえも利用するみたいだな、鈴音は。
「まったくもう。敵わないな」
「ふふっ、はじめってば昔から優しいからねー。いつか詐欺に遭うんじゃあないかって心配になるよ」
「余計なお世話だ」
それはもう罪の告白に近いものだったが、もう何も言うまい。これを踏まえ、布石にして、今後に備えるとしよう。またいつ、鈴音の意地悪が発動するか、分かったものじゃあないからな。次こそは看破してやる。
「なんの話かしら?」
「えっとね。歓迎会、楽しみだなーって話だよ。ゆうなも楽しみでしょ?」
「そうね、楽しみだわ」
ころころと表情を変えて、忙しい奴だな。
そんな事を思いつつ、廃工場を出て先を歩く二人の後を追いかけていく。まずはショッピングセンターに言って、スナック菓子とジュースの買い溜めだ。金ならプライスレスボーナスで稼いでいるから、好きなだけ買える。
今日は思う存分、楽しむとしよう。




