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商売の仕方


「でも、やっぱり天井が低いな。頭すれすれだぞ」

「もともと人間に合わせて作られていないもの。それは仕様がないわ」

「ぶー。いいな、いいな、二人とも背が高くてさ」


 三人の中で一番、背が低く。そしてこの天井の低い店においても、若干の余裕がある鈴音は、頬袋に木の実をため込んだリスのように頬を膨らませていた。かなり身長のことを気にしているようだ。


「ふて腐れるなよ。身長なんてジェットコースターに乗れる分だけあれば十分だろ」

「ふーんだ。はじめみたいに百七十センチ以上も身長がある人には、百五十センチしかないあたしの悩みなんて分かりませんよーだ。店によっては一番上の棚に、手が届かないんだからねっ!」


 そんな不親切な店なんて、今時そうそう無いと思うんだが。でも、鈴音がそう言うからにはあるのだろう。残念ながら共感することはできないけれど。


 しかし、こうして考えてみると、十六夜と鈴音の身長差って二十センチ近くあるんだな。十六夜の身長がたしか百六十センチ後半だった筈だから、少なくとも十五センチ以上は差があることになる。


 まるで姉妹だな。同い年なのに。


「あー! いま絶対、失礼なこと考えたでしょ! そう言う顔してたもん。はじめ!」

「考えてねーよ。ほら、さっさと品揃えを確認しようぜ」

「話を逸らしたって無駄なんだからねー!」


 それから鈴音に攻められ続けること、すこし。落ち着きを取り戻した鈴音は、なぜか十六夜に「ごめんね」と言って、さっさと品揃えを確認しに行ってしまった。失礼なことを考えたのは事実だから、そのことについては何も言わないけれどさ。


 と、そんなこんなあって、ようやく鍛冶屋の店主にまで辿り着く。


 その立派な髭を蓄えたドワーフの前で、メニュー画面を展開し。ショップのアイコンから鍛冶屋の項目を選ぶ。そうするとこの店の売り物が一覧となって現れ、俺達はそれらに目を通していく。


 武器の一覧が先にあり、それが終わると防具の一覧が後に続くみたいだ。それら全てのアイテム名、装備名に目を通していく。すると、その中に一際、目を引く装備の名前があり、俺は思わず声を漏らしてしまった


「どうかした?」


 その声を聞かれ、隣にいた十六夜にそう問われる。


「いや、この天上の戦衣ってやつ。これってもしかすると戦衣シリーズの防具じゃあないかと思って」

「戦衣シリーズって、あの初心者向けのシリーズ装備でしょ? セットボーナスで全ステータスが上がるけれど、元々の数値がしょぼいからそれほど強くないって言う」


 その会話にするりと入ってきた鈴音の言う通り、戦衣シリーズとは初心者向けのシリーズ装備のことだ。


 初心の戦衣。熟練の戦衣。達人の戦衣と戦衣シリーズには種類があり、どれも恵まれたセットボーナスが有りながら、今一ぱっとしない性能しか発揮できない、まさに初心者向けの権化のようなものである。


「けれど、戦衣シリーズの種類に、天上なんてものがあったかしら?」

「俺の記憶がたしかなら、そんな物は存在しないはずだ」

「んー……あっ、でも戦衣シリーズで確定っぽいよ。これ作るのに達人の戦衣が素材として必要みたい」


 戦衣シリーズは、プレイ開始時に無料で貰える初心の戦衣を素材として、上位互換である熟練の戦衣が生産でき。そしてその熟練の戦衣を素材として、その更に上位互換である達人の戦衣が生産できるようになっている。


 この一連の関係性から、天上の戦衣は新しく追加された戦衣シリーズとみて間違いはないだろう。達人の戦衣の上位互換、それが天上の戦衣だ。


「でも、達人の戦衣を用意できるかが難しいところだね」

「そうね。私も一時期、お世話になっていたけれど。達人の戦衣まで生産は出来なかったわ。というか、用意する素材と、出来上がる物の性能がどう計算しても釣り合っていないから、そこで中断せざるを得なかった。というのが、正しいわね」

「なんというか、作ることに価値とか意義がある。みたいな風潮が、ジュエリー・テールの中であったよね。ただの初心者向けのシリーズ装備なのにさ」

「なぜか異様に盛り上がっていたわね。主に男性プレイヤーのあいだで、だけれど」

「そうそう! それで女キャラが達人の戦衣を作るとネカマ認定とか、好き勝手に言われたよね。だから、あたし作ろうとしなかったんだよー。もとから作る気もなかったけれどさ」

「そんなこともあったわね。けれど、達人の戦衣って作られた後は、きちんとクエストで使われたのかしら」

「使われてないと思うよー。だって、達人の戦衣になったところで、ぱっとしない性能なのは変わらないし。クエストで装備してる人なんて見たことないもん。ボックスの肥やしだよ、肥やし」

「なんだ。なら作るだけ無駄ということ?」

「だね。作っただけで満足するって奴だよ、きっと。それなら作らないのと変わらないじゃんって感じだよ」


 そんな女子同士の会話を聞いて、俺は人知れずこう思った。ガールズトークってこんなに容赦ないんだな、と。こんなに近くで聞いたのは初めてだったけれど。男性プレイヤーとしては、心にぐさぐさ刺さる言葉の応酬だった。


 そんなに男の行動というのは、女子に理解されないものなのだろうか? 少なくとも作っただけで満足するというのは、女性で言うダイエット器具を買っただけで使わないのと似たような物だと思うのだけれど。


 まぁ、主婦じゃあ有るまいし、そんな経験が女子高生にあるとは言わないけれどさ。


「良いじゃあないか。作っただけで満足して、それ以降まったく装備していなくてもさ。こうしてシリーズ装備の素材になるんだし、結果オーライじゃあないか」

「そう言うものなのかしら?」

「んんん? あっ、もしかして、はじめも作ったの? 達人の戦衣」

「……まぁ、な。いや、そんなことはどうでも良いんだよ。それより、ほら、この天上の戦衣。戦衣シリーズの中では図抜けて性能がいいし、これにセットボーナスが加われば、結構よくないか?」


 これ以上、突っ込まれた話に移る前に、自分から話題を変えに行く。


 新たに追加された天上の戦衣は、なかなかどうして使えるのではないか。その話題逸らしの問いに反応して、二人は天上の戦衣の詳細情報を視界に表示させた。一応、これで話は別方向に向かったはずだ。


「たしかに……戦衣シリーズとは思えないくらいの数値ね。身軽そうなデザインをしていて、尚且つセットボーナスで全ステータスが上昇するなら十分通用すると思うわ」

「へぇー、あのしょっぱい戦衣シリーズがねぇ」

「しょっぱいって言うな」


 まぁ、初心者向けだと言いつつ、初心者には結構な落とし穴だからな。


 素材集めは面倒臭いし、同じくらいの手間暇で達人の戦衣より強い装備が生産できてしまう。しょっぱいと言われても仕様がない。だが、その汚名は返上され、名誉を挽回するときが来た。


 戦衣シリーズはその不遇な扱いから、いま解放されたのだ。


「それで、にのまえくんの新しい防具は、これに決めるのかしら?」

「あぁ、そのつもりだ。素材もだいたい揃ってるし、一回か二回くらい素材目当てでクエストに出れば生産できるっぽいから」


 とりあえず、いま生産できるだけして生産しておこう。


 そう思い、天上の戦衣【頭】から順に、腕と胴の生産を済ませていく。そして最後の装備、天上の戦衣【足】の生産画面を開いてみると、案の定、素材が足りず。生産の文字表示が暗くなっていた。


「んーっと。あちゃー、あと一個かよ。もともと素材集めに行くつもりだったけれど。運が悪いな」


 妖怪、一足りないが出た。なんとも憎たらしい奴だ、まったく。


「ねぇねぇ、その素材ってなんなの?」


 がっくり来ていると、ふと鈴音の声が響く。


「んー? 強化の宝石だよ。このまえボックス整理した時に、十の位に揃えようとして一の位を売っちゃったんだよなぁ。あー、間違いだったなー」

「あーあ、やっちゃった。でも、良かったね。そこで売ってるよ、強化の宝石」

「え?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、俺は思わず鈴音のほうを向く。


 見えたのは、変わらず生産画面だった。いやいや、違う違うと。その画面を急いで閉じて、視野の圧迫を解消する。そうしてきちんと視界に納めた鈴音は、とある方向を指さしていた。


 それは今いるカウンターとは、また別のカウンターだった。幅を取らず、こぢんまりとしたそのミニカウンターを鈴音は指さしている。


「そこで買えるのか? 素材が」

「うん。数に制限があるみたいだけれど、素材が買えるみたいだよ」

「あら、本当。上手い商売をしているわね、ここのドワーフは」


 ミニカウンターの前に立った十六夜が感心している。どうやら本当みたいだな。鈴音特有の悪戯だとか意地悪だとかではなくて。


 しかし、便利なシステムになっている。妖怪、一足りないが出没しても、その場で素材を揃えられるのは嬉しい限りだ。これできちんと店側に利益が発生するのだから、よく考えられたものだ。


 ドワーフは意外と商売上手なのかも知れないな。

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