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女神の聖鎧


「さて、それじゃあ装備しようと思うのだけれど」


 そう言った十六夜の視線は、俺のほうを向く。


「あ、はい。俺、後ろ向いてます」


 べつに古きよき時代の魔法少女や、戦隊ヒーローよろしく。装備を変更する際に一瞬だけ丸裸になるような、そんなある種のお約束ごとみたいな恥ずかしいことにはならないのだけれど。女子として、気持ち的に、同い年の男子に着替えを見られたくはないのだろう。


 それが例え仮想の身体であり、身に付けているものが武器防具の類いであっても。


「おー。ゆうなって背が高いから何でも似合うねぇ」

「そう言って貰えると嬉しいわ」


 鈴音の賛辞と十六夜の気持ちが聞こえてくる。


「もう大丈夫か?」

「うん、平気だからはやく見てみなよ。ゆうな、すっごく綺麗だよ」


 そんなことを聞かされてしまうと、否応なく期待値のハードルが高くなってしまうのだけれど。そう思いつつ、自分の中で高くなったハードルを調整しながら後ろを振り向く。そして、この目に写った十六夜の姿は、神秘的とも言える美しいものだった。


「何か言うことはないの? はじめ」

「なんというか……言葉が見付からない」


 女神の聖鎧せいがいは、一目見れば誰もが美しいというだろう。


 滑らかな曲線美を描いた銀色の兜と鎧。籠手と足鎧には、何かの刻印が如き模様が浮かんでいる。女神に祝福された聖なる鎧とあって、その造形には神秘すら感じてしまう。そこには鎧らしい無骨さが、欠片ほどもないのだ。


 その繊細さが、よく十六夜に似合っている。けれど、美しいと、よく似合っていると、そう言葉に出すのは、なんだか憚られた。言葉に出した時点で、その言葉の重みが、軽くなってしまうような気がしてならなかったからだ。


「じゃあ、何かの言葉を引用するとかすれば良いじゃん」

「んー」


 鈴音の言う通りかも知れない。


 言葉にするのが憚られるなら、他人の言葉を引用しよう。すでに一度世に出た言葉ならば、軽くなることもないだろう。しかし、困ったな。引用と言われても、俺の引き出しには恋愛ドラマの歯の浮くような台詞しか詰まっていない。


 でも、なにも言わないよりはマシか。そうだな、こう言う場合にもっとも相応しい台詞を選んでみよう。たとえば、これなんてどうだろうか。


「綺麗だよ。とても」

「うわっ」

「引用しろって言ったから、そうしたんだろうがッ」


 なんか、露骨に引かれてしまった。


 やっぱり、恋愛ドラマの台詞をリアルで言うとキツいものがあるな。鈴音からの評判も悪い。いや、そもそも台詞選びを間違えたのか? けれど、覚えている限りでは、こう言う言葉をこう言うシチュエーションで使っていたような。


「それも恋愛ドラマの台詞かしら?」

「……そうだよ」

「そう、でも素直にありがとうと言っておくわ。綺麗と言われて、悪い気はしないから」


 そう、十六夜は微笑んだ。


 女神の兜を装備しているからか、真っ直ぐに腰まで伸びた黒髪は、一纏めに括られている。その姿が新鮮で、違った魅力が垣間見えて、微笑みと混じり合うそれは美しく、綺麗という他ないものだった。


 奇しくも、恋愛ドラマの台詞と被ってしまった。そんな自分を、俺は嘲笑するばかりだ。



「それじゃあ使ってみるぞ、ドワーフの鍵」


 廃工場の一角、一度ゴブリンの鍵を使用した一室の前で、俺はドワーフの鍵を使う。


 透明度の高い黄色の宝石で造られた分厚く大きな鍵。それは赤褐色に錆びたドアノブにある小さな鍵穴に難なくささる。いつ見ても、この都合の悪いことの省略は不自然に思えるな。そう思いつつ、ドワーフの鍵を捻った。


「さて、どこに繋がるかな。説明文によれば、ドワーフの世界みたいだけれど」

「また市場に出るとか?」

「だとしたら、ゴブリンの鍵ほど価値ある物じゃあないかも知れないわね」


 アイテムの供給はゴブリン市場で全て賄える。だから、このドワーフの鍵で繋がる異世界が、またしても市場だった場合には、それ程の価値はないと言うほかない。これがゴブリンショップよりも遥かに格安である、というなら未だしもだ。


「とりあえず、行ってみるか」


 憶測や予想もそこそこにして解錠された扉を開くと、あの時と同じく眩い光が放たれる。


 そして敷居の向こう側に見えた景色は、沢山の小人が道路上を行き交うような世界だった。きちんと耐震基準を満たしていそうな、少々屋根の低い建物の数々が立ち並び。地面がいくつもの平らな石で固められており、ちゃんと整備もされている。


 ゴブリンの世界と比べてみると、その文明の進み具合が明確に見て取れた。


「ほえー、すっごいねぇ。ちゃんと道路が出来てるよー」

「もう少し文明が進めば、道路がアスファルトになって、馬車ではなく自動車が走るようになるかも知れないわね」

「まさか。でも、色々と行く末を想像しちまうのは確かだな。えーっと、現在地は」


 扉の敷居を超えて、ドワーフの世界に足を踏み入れ、現在地の表示を確認する。


「ドワーフ工業地区? 工業地帯なのか? ここ」

「なら、商業地区とかもあるのかしらね」

「んー、どうだろう」

「ねぇねぇ。そんなことより、この辺を見て回ろうよ」


 鈴音に手を引かれ、俺と十六夜はつられて動き始める。


 工業地区とあって、見て回った限りでは剣や槍と言った武器や、アーマーやメイルのような防具を生産しているところが殆どだった。それぞれの店で売り物が違うらしく。一種類の武器だけを売っている特殊な店や、武器防具を問わず何でも売っている店など、どれも千差万別だ。


 そうして三人で各店をまわり、ウィンドウショッピングを楽しんでいた、その途中でのこと。ふと、とある店に飾られた鎧が視界のはしに入り込み、目に止まる。


「ん? あれ? ちょっと待ってくれ」

「どうしたの? はじめ」

「あれってさ。もしかしなくても……」


 指さした先には、五色の鎧がある。


「女神の騎士、ね」


 ショーウィンドウの奥に飾られたマネキンのように、それはあった。


 白い鎧、青い鎧、赤い鎧、黒い鎧、そして黄金の鎧さえも、一枚の硝子によって仕切られた向こう側に飾られてあるのだ。この一週間、幾度となく見てきた鎧である。見間違えるはずはない。この鎧は女神の騎士達が身に纏っていた鎧と同種のものだ。


「女神の騎士を倒した報酬として、ドワーフの鍵が出て来た理由。分かった気がする」

「あたしも。ここで作られたんだね、女神の騎士が装備していた鎧は」

「神出モンスターと討伐報酬の関連性が、ようやく見えてきたわね」


 女神の騎士が装備していた五色の鎧。それらは全て、このドワーフの鍛冶屋で生産されたものなのだろう。だから、女神の騎士の討伐報酬としてドワーフの鍵が出たのだ。


 女神から直接、発注を受けたのだろうか? だとしたら、凄い鍛冶屋だな、ここは。


「ちょっと気になるし、覗いて見ようぜ」

「そうね。品揃えの確認も兼ねて、すこしお邪魔して見ましょうか」

「よーし、じゃあ、レッツゴー!」


 興味本位で、女神の騎士の鎧が飾られている鍛冶屋へと入ってみる。


 店の印象は、流石は女神から鎧の発注を受けるだけのことはある、と言った所だ。壁に立てかけられたり、展示されている武器防具の類いは、どれも傷一つなく、錆びもない。素人目からみても、手入れが行き届いていると分かるくらい、丁寧に仕上がっている。


 内装に関しても、文明の違いから木の床や石の壁ではあるものの。清潔さや利便性においては、現代のそれと何ら引けを取らない作りになっている。もし俺達の世界にこんな店があっても、こう言う趣の店なのかと納得してしまうだろう。

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