自己の紹介
Ⅰ
「獣人であり、それでいて呪術師でもある。獣人ってたしか、物理攻撃と物理防御、それに体力にプラスの補正が掛かるのよね? 一体、どんな戦い方をしていたのか、ちょっと想像がつかないわね」
「それはもう、常軌を逸した戦い方だったよ。敵にバッドステータスを掛けながら、物理で殴ってたからな」
「……」
この絶句である。
猫又の戦法は基本的に敵を弱体化させた上で、自分からも攻撃を仕掛けるというものだった。獣人のプラス補正を存分に使い。一人では敵の邪魔をするばかりでダメージを与え難かった呪術師の弱点を見事にカバーし、逆に強みに変えてしまった。
戦士系の職業には流石に劣るが、それでもそれなりの火力は出せてしまうのだ。まさに常識外れ。そんじょそこらの呪術師なんて相手にもならないほど、猫又は強い。すくなくとも十六夜が絶句してしまうくらいには。
「そ、それで、性格のほうはどうなの? いくら強くて優れていても、性格が合わなければ連携は取れないわよ」
「んー、その辺のことは心配しなくてもいい。猫又は誰とでも仲良くなれる、人付き合いの天才だから」
「天才? そう言うからには、なにか理由があるのでしょうけれど。にわかには信じがたいわね」
「例えば、こう言うエピソードがある。ある日、敵対して憎しみ合っていたギルドに単身乗り込んだ猫又は、そこのギルマスや主要人物とフレンドになって帰ってきた」
「……」
本日、二度目の絶句である。
ちなみに、このエピソードは決して嘘なんかではなく、俺が話を盛っている訳でもない。なんの脚色もされていない、純然たる真実だ。あいつは本当に誰とでも仲良くなるし、気付いたら友達の桁が増えているような奴なのだ。
「あぁ、それと、意外と悪戯好きで意地悪でもあるな」
「……そうなの。ようやく、まともそうな情報が聞けて、心底安心しているわ」
いま十六夜が抱いている猫又のイメージはどんなものだろう。
もし頭の中を覗けたならば見てみたいものだ。たぶん、混乱と動揺の最中なその猫又は、元の猫又とはかけ離れた姿をしていることだろう。どんな姿形をしているのか知りようがないのが残念なところだな。
「さーてと、もうそろそろ来るはずなんだがな」
待ち合わせの時刻となり、改札を抜けてくる人たちに注意深く視線を向けていく。
あの人か、この人か、なんて女子高生と思しき人達を眺めていると、とある女子と視線がばっちりと合う。その人は一瞬、きょとんとしたあと、ぱぁーっと笑顔になり、こちらに駆け寄ってきた。
「ねぇ! キミがファーストでしょ!」
両腕を挟み込むようにがっちりと掴まれ、ぐわんぐわんと揺らされる。
「あ、あぁ、そうだよ。そうだから揺らすのを止めてくれっ」
「えへへっ、ごめん、ごめん」
ジュエリー・テール内で、散々言葉を交わしてきた相手だけれど。初対面がこんな風になるとは思ってもみなかった。同い年の女子にしては意外と腕の力が強い。あぁ、でも、そうか。プライスレスボーナスで身体を強化していれば、それも頷ける。
「へぇー、キミがファーストか。じゃあ、その隣にいるのがイブニング?」
俺を頭の天辺から足の爪先まで見ると、猫又は標的を十六夜に変更する。
「どうも、はじめまして。猫又さん」
「うん! はじめまして、よろしくね」
なんだかんだ言って、その天才的な人付き合いの良さは健在だ。互いにはじめましてなのに、この挨拶を終えると普通に会話に花を咲かせ始めた。あの気難しくて人嫌いな十六夜とだ。これは猫又が特殊なだけで、初対面でこんなにぐいぐい来る奴とは、絶対に仲良くならないからな、十六夜は。
少し前に、十六夜本人が言っていたもの。元気の良すぎる人は苦手だって。
「それにしても……」
猫又の容姿は、俺の予想とは若干の差異があった。
肩にかかる程度のショートカット。その色は栗色で、おそらくは地毛だ。顔付きはやや幼くて、身長はやや低めの百五十センチ前後くらいだろう。それもあって見た目からの情報だけでは、年齢よりも幼くみてしまいがちだ。本人もそれで悩んでいた、と昔そんな話を聞いたことがある気がする。
そして、これのなにが予想と違っていたのかと言えば、それは男っぽさという点だ。
俺はこれまでの声音や口調から、猫又の印象が野性的で活発な女子で固まっており、少年に混じって遊ぶ少女のようなイメージだった。けれど実際に会ってみると思い浮かべていたものとは違い。
身に纏う服装はとても可愛らしくオシャレな流行ものだ。頭にベレー帽をかぶり、首には桃色のマフラーが捲かれている。こんなことを言っては失礼だろうが、予想以上に猫又は女の子をしていたのだ。そのギャップにいま、戸惑っている俺がいる。
今まで顔も知らなかった隣人さんが、実は美人だったと発覚した。くらいの衝撃がある。だからどうしたと聞かれれば、それはそれで困るのだけれど。
「でも、びっくりするぐらいファーストの言ってた通りだね。オールバックと物凄い美人、まさにぴったりな表現だよ」
「……一くん? 貴方、なんという容姿を伝え方をしていたのよ」
「だって、これ以上ないってくらい的確な表現だろ? オールバックと物凄い美人。実際に、それで猫又だって分かったんだし」
「よく分かったものだわ。本当に」
十六夜にそう呆れられたが、気にしないことにする。
そうして軽い顔合わせは終了し、いつまでも此処に居ても始まらないので、俺達は駅のホームからで別の場所へ移動することにした。その移動先は、一週間前に訪ねたあのファミリーレストランだ。この一週間ほどで、あそこは俺達の行きつけの店となっていた。主にクエスト関係での小休止に使っていたため、このまま行けば常連になりつつある。
今回も例に漏れず、と言った所だ。
「いらっしゃいませー」
店員さんの元気な挨拶に迎えられ、席に座った俺達は手早く注文を済ませる。
「改めまして、あたしの名前は又旅鈴音です。よろしくお願いします!」
「一一だ。よろしくな」
「十六夜夕奈です。よろしくお願い致します」
それぞれ行儀正しく自己紹介を済ませると、すぐに砕けた口調になる。
「一一に十六夜夕奈ね。じゃあ、あたし二人のことを、はじめとゆうなって呼ぶね」
「いきなり下の名前を呼び捨てなのか」
「うん、だってその方が早く仲良くなれるでしょ? 私のことも鈴音で良いよ」
本当にぐいぐい距離を詰めてくるな。それでいて不快に感じない程度の微妙なラインを攻めている感じだ。本能的にどこまで踏み込んでもセーフなのか、ということが分かるのだろう。俺にもその能力があれば、今頃一人でもなく、十六夜ときちんと知り合うこともなかったんだろうな。
「しかし、鈴音で良いよって言われてもな。そう素直には」
「なんで? ゆうなはともかく、あたし達、結婚した仲じゃん」
「それとこれとは話がまったく別だろうが。それとそんなことを大声で言うな」
なんてことを口走りやがる。
「結婚?」
「ほら見ろ、十六夜が食い付いたじゃあないか」
「えっへへー」
反省してないな、こいつ。
まぁ、いい。いまはそれどころじゃあない。変な誤解を生むまえに、十六夜に説明をしなければならないのだ。まったく、しばらく疎遠になっていたが、久々に会ってみても根元のところは何も変わっちゃあいない。
「あー、えーっとな。誤解の無いように言っておくけれど、結婚ってのはジュエリー・テールの中での話だからな。それもほぼ政略結婚みたいなもんだ」
「言っている意味がよく分からないのだけれど。なにをどうすればゲーム内で政略結婚が起こるのかしら?」
「まぁ、あれだ。当時、どうしても欲しいレアアイテムがあってさ。それをちょうど良くドロップしたのが猫又だったんだよ」
「鈴音、でしょ?」
「……鈴音だったんだよ」
これはあれだな。猫又のことを鈴音と呼ばない限り、延々と言い続けるだろうな。もう、観念して鈴音と呼ぼう。そう割り切ろう。気恥ずかしくなるのは最初だけだ、すぐに慣れるだろう。
「それで、だ。そのレアアイテムをトレードしてくれって頼んだら、それに応じる条件として提示されたのが結婚だったんだよ」
「なるほど。けれど、どうして鈴音さんは結婚なんて条件を?」
「それが一番、面白いと思ったからだよー。いやー、でも本当に面白かったよ。色んな人から冷やかされてる、はじめを見てるのは」
「な? 言っただろ。悪戯好きで意地悪だって」
「たしかに」
これで十六夜も、又旅鈴音の人となりが理解できただろう。
悪戯好きで意地悪だが、決して悪い奴ではないので憎めない。それが鈴音の本質であり、人を惹き付ける魅力でもある。なんだかんだで、その悪戯や意地悪も、やり過ぎるということが絶対にない。その加減が絶妙なのだ。
まったくもって羨ましい限りだ。ぼっちにとって、その才覚は。
「あ、ちなみに異変が起こってから結婚の機能は無くなったからな。自然消滅だ」
「んー、そこが残念なところだよねぇ。もう冷やかされてるはじめが見えなくなるのかぁ」
「そう言う意味では、俺はこの異変に感謝してもし切れねーよ」
鈴音の天才っぷりを再確認したところで、タイミング良く料理が届く。
俺は一週間前と変わらないハンバーグセット。十六夜は趣向を変えてラザニア。初めての鈴音はオムライスと言った様相だ。テーブルの上に並んだそれらは、どれもこれも美味しそうに見えた。




