5話 変化
マクシミリアン様が庭園のガセボ(あずま屋)で、シフナル侯爵家のコンスタンス嬢と密かに会っていたのを見て。私は夫が側妃を娶るつもりなのだと確信した。
娘の手を引き私は情けなく、マクシミリアン様の前から逃げ出した。子ども部屋へシルヴィーを送り届けて王太子妃の執務室へ戻ると、崩れ落ちるように来客用のソファーに腰をおろす。
「王太子殿下と一緒にいらした令嬢は、いったいどこのどなたかしら?」
ソファに座りグッタリとうつむく私に向けて、侍女のロッティが明るい声で口を開いた。それが酷く耳障りに聞こえ、癇に障ったけれど。
私はそのことでロッティに指摘することはなかった。それほど私は動揺し、心の余裕を失っていたから。
「妃殿下はさっきの令嬢を御存じですか?」
「ええ。シフナル侯爵家のコンスタンス嬢よ……」
「まぁ! 侯爵家のお嬢様と王太子殿下はいったい何のお話をしていたのでしょうか? 何だか気になりますね。そうは思いませんか、妃殿下?」
庭園へ散歩に出た私とシルヴィに付き添い、ガセボで一部始終を見ていたロッティは興味津々である。
主従の関係とはいえ、私たちは付き合いが長く友人でもある。私と同じく隣国出身のロッティは、気安くぺらぺらと話し続けた。
以前からロッティには他人への配慮が足りないと思うことはあったけれど。いくら友人でもそんな侍女の態度に耐えられなくなり。私は一人になりたくてイライラ命令した。
「ロッティ、お茶を淹れて来てちょうだい! 散歩でのどが渇いてしまったの」
「はい、妃殿下」
「もう……」
(明るくて元気なのは良いことだけど。ぺらぺらと絶え間なく話されては……ただでさえ動揺しているのに。少しも落ち着くことが出来ないわ!)
それでも故郷を離れて嫁いで来た私に、付いて来てくれた侍女だから、私も強く突き離せないのだ。
ロッティが執務室を出て行くのを見送り、私はようやく静かになったことで気力を奪われることが無くなり。ハァ―――ッ……と大きなため息をつく。
「ついにこの日が来てしまったわ。マクシミリアン様にも……私には子供を産む能力が無いと、見切りをつけられてしまったようね」
古参の大臣たちやお義母様(現王妃陛下)にそのことで何度か、マクシミリアン様に側妃を娶るよう説得して欲しいと頼まれたことがある。
一年前の流産から私はようやく立ち直ったのに。半年前に健康を取り戻した時には、すでに遅かった。
「身体を壊して、医師からマクシミリアン様を受け入れることを、禁止されていた頃は……毎晩、顔を見せに私の寝室へ来て下さったのに」
(私が望めばマクシミリアン様は、一緒に添い寝もしてくれたわ。それなのに私が健康を取り戻したら、パタリと寝室に来なくなった)
そこまで考え。私の思考は心が凍りつきそうな、最悪の答えへとたどり着く。
「マクシミリアン様、あなたは……王位の継承者問題を解決するためだけに、側妃を娶るの? それとも、本当は私に……」
(私に飽きてしまったから、私の寝室へ来なくなったの? あなたにはもう私が魅力的に見えないの?)
大臣たちの言葉を聞かないマクシミリアン様に、私が初めて側妃の問題をたずねた時。心底嫌そうに顔を歪め、私を抱きしめて言っていた。
『ベアトリス、側妃はいらない! 私には君がいる。君以外の女を抱くなんて考えられないよ』
『でもマクシミリアン様……大臣たちの意見も正しいわ』
『それでもだよ。こんなに早く結論を出すのは早過ぎるよ』
『私を信じてくれるの』
『信じるも信じないも……君はシルヴィーを産んでくれた。大丈夫だよ! だからこの話はこれで終わりにしよう。良いね?』
『……分かったわ』
(以前はあんなに側妃の受け入れを嫌がっていたのに……)
彼が私の寝室に訪れなくなったのは、私の健康問題だけでは無い。マクシミリアン様自身の気持ちが、変わってしまったとしか考えられない。
(私に何の相談もなく。こんなに大切なことを進めていたのが、その証拠だわ)
「あなたはコンスタンス嬢と……愛を交すの?」
(マクシミリアン様は身体だけではなく、心も彼女と……?)
マクシミリアン様に嫁いで五年。私はずっと愛されていた。結婚生活も六年目に入り、もうすぐマクシミリアン様は王太子から国王へと即位し、私は王妃となる。
王太子時代とは責任と義務の重さが違う。安定した未来のためにも、後継者問題は早めに解決した方が良い。私たちの愛だけで何とか出来るほど甘くはないのだ。
「冷静になって考えてみると、マクシミリアン様は一つも悪いことはしていない。正しい選択だわ……」
(ただ……私が傷ついただけ。大局的に見れば些細なことだわ)
大きな環境の変化とともに、夫婦の愛情も変化を迎える時が来たのだ。
この日、私を襲う嫉妬と虚しさに耐えながら。王太子妃のプライドで、残りの公務を辛うじて乗り切った。




