4話 春の庭園3
私の姿を見つけたシフナル侯爵家のコンスタンス嬢は、椅子から腰をあげ王太子妃の私に向かって優雅にお辞儀をする。若い令嬢なのに、この隙の無さには目を見張るものがある。
「ベアトリス……君も一緒だったのか」
夫のマクシミリアン様は私の名前を呼ぶ時、どこか気まずそうにする。まるで隠し事でも見つかったかのように。
――実際に私は夫の隠し事を見つけてしまったのだろう。
「はい、殿下…」
そんなマクシミリアン様に礼儀正しくお辞儀をしてから、私はコンスタンス嬢にもうなずき。挨拶を受け入れた。
私からフッ……とマクシミリアン様が視線をそらした。マクシミリアン様は平静を装っているけれど。必死に私から動揺を隠そうとしているのが感じ取れる。
王太子という立場上、マクシミリアン様は他人の前で感情を殺すのが、人並み以上に上手な人なのに。……それが、ここまで分かりやすく顔に出ているのは、それほど動揺が激しいからだろう。
「君とここで会えるとは思わなかったよ。シルヴィーと散歩かい?」
「はい、殿下」
(……あなたは、私に会いたくなかったのね?)
私の中から溢れ出していた……『夫に会えて嬉しい!』 という温かな気持ちがいっきに冷え切り、凍りついて行く。私の予想以上に夫婦の溝は深くなっていたらしい。
(私に隠れて側妃候補の令嬢と密会していた。……だから、私と会いたくなかった。そうでしょう、マクシミリアン様?)
チラリとコンスタンス嬢に視線を向けたが、表情からは何も読み取れない。
社交界でも聡明な才女で通っている令嬢だから。簡単に感情を相手に読ませるようなことは無いのだろう。
こんな状況の中なのにコンスタンス嬢は、平常心を保っていると言うのに。むしろ私とマクシミリアン様の方が、動揺し感情をさらけ出してるのではないだろうか。
(これではっきりしたわ……)
国王に即位するのと同時にマクシミリアン様は側妃を娶ることになるのだと。本人の口から聞かなくても、その惨酷な話が単なる噂ではなく全て真実なのだと。疑問が確信に変わった。
(あなたの中では……側妃を娶ることは、もう決定事項なのね? 私の知らない場所で、コソコソと動く前に。あなた自身の口から、先に真実を話して欲しかったわ!)
私たちは夫婦なのに。そんな大切なことを私だけが知らされなかったという現実に、打ちのめされた。
こんなふうに何も知らないのに、いきなり厳しい現実を他人の前で突きつけられることだけは、夫として避けて欲しかった。
そんな最低限の配慮さえ省いてしまうほど、私はどうでも良い存在になってしまったのか。
(信じられないわ! 何て人なの⁉)
鋭い胸の痛みとともに、じりじりと怒りが込みあげて来た。夫を睨みつけたい衝動を意志の力で抑え。平坦な声で謝罪した。
「お邪魔して申し訳ありません、殿下」
「いや、そんなことはないが。ベアトリス、これはだね……」
慌てて何かを弁解をしようとマクシミリアン様は立ちあがるが。私は夫の言葉を遮るように娘の名前を呼んだ。
「さぁ、シルヴィー! 殿下の大切なお話の邪魔をしてはいけないわ。行きましょう! もっと、青い蝶を見に行きましょう?」
(この場所から一刻も早く去らなければ! こんなところでマクシミリアン様の言い訳なんて聞きたくないわ。シルヴィー早く、来て! お願いよ……!)
側妃候補の令嬢が目の前にいるのに。こんな気持ちを夫に気取られたくない。
夫と令嬢が結婚する前から私の嫉妬や苦痛を……令嬢の前でさらけ出すなんて。ボロボロになりかけている王太子妃のプライドが、これ以上は耐えられない。
私の呼びかけに嬉しそうな顔で戻って来たシルヴィーは、無邪気に笑いながら差し出した手を掴んだ。
「ふふふっ… お母様!」
「失礼します、殿下」
これ以上、夫の顔を見ていたら……私の瞳から涙が溢れ出しそうだった。
娘の小さな手を引き、私は振り返りたいのを我慢して夫の前から逃げ去った。




