22話 手のひらでコロコロ ーENDー
王宮の大広間から出て王族専用のバルコニーで休んでいた私たちは、マクシミリアン様にすすめられて息子のアンリと共に一足先に自室へ戻ろうとしていた時のことだった。
パタンッ! と荒々しく扉がしめられ、隣のバルコニーに誰かが出て来た。その誰かが口論する声が、隣に位置する王族専用のバルコニーにいた私たちの耳にまで届いた。
「まったく、あの野郎! 私の妻をヤラシイ目で見るなんて……どうやら痛い目に遭いたいらしいな!」
「もう、エドガー。そんなに怒らないで」
隣のバルコニーに出て来た男性はプリプリと怒り。妻らしき女性は、穏やかに夫をなだめようとしている。
「ジュリー! 君もあんなやつに手を握らせてたりして……不注意だぞ!」
「でも……彼はあなたの同僚でしょう?」
「……それでも、ブリュノはだめだ! あいつは今、女性に飢えているから!」
「まぁ、エドガー……ああっ!」
夫らしき男性が妻の細い腰を強引に引き寄せ、乱暴に唇を奪うシルエットが見えた。
王族専用の小さなバルコニーには私たちが座る長椅子と、大きな鉢植えの植物が一緒に置かれていて。隣のバルコニーからそこで休む王族の姿が見えないよう工夫されている。
――だが、私たちから見える隣のバルコニーで口論する男女二人の姿は丸見えだった。
ヒソヒソとマクシミリアン様は私の耳に囁き、私もヒソヒソと囁き返した。
「おやおや……あの声はエドガーだな?」
「エドガー? やっぱり、ファゼリー伯爵なのね。あらら……」
大広間から漏れる照明の明かりを背にしていて、暗くて顔はわからないけれど。聞き覚えのある声と話の内容からして、隣のバルコニーにいるのはファゼリー伯爵夫妻で間違いない。
「あいつは奥方を溺愛しているからな」
ファゼリー伯爵夫妻の痴話げんかを盗み聞きしながら。マクシミリアン様は伯爵を揶揄うネタが出来たとニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。
「まぁ~~……大変! ふふふっ…」
(少し前に伯爵夫人に会ったけれど。『妖精の奥方様』と若い貴族たちから呼ばれるだけあり。あれほどの美貌の持ち主が妻では、ファゼリー伯爵も心配でしょうね?)
「それにしても……あの、いつも冷静沈着なファゼリー伯爵が、あんなに取り乱すなんて。自分の耳が信じられないわ」
夫の笑いにつられて私も、ニヤニヤと笑ってしまう。
隣のバルコニーで国王夫妻が自分たちの話を盗み聞きしているとは知らず。ファゼリー伯爵夫妻の会話は、口論から甘いものへと変わってゆく。
「もう、エドガーったら! 嫉妬したりして、なんて可愛いのかしら?」
「ジュリー……頼むから、ブリュノだけでなく若い独身の男たちには、絶対に笑いかけないでくれ!」
特に学園を卒業したての若くて未熟な貴族は、笑いかけられただけで『自分に気があるのか?』……と勝手に妄想し、暴走しかねない。伯爵はそんな心配をしているのだろう。
「ふふふっ……わかったわ、私の可愛い旦那様。本当にあなたは可愛くて素敵ね……今すぐ食べてしまいたいわ」
妻の視界に入る男たちに嫉妬する夫に、ファゼリー伯爵夫人のジュリーは背伸びをして、唇にキスをする。
「ああ、誘惑しないでくれ。ジュリー! 邸まで我慢できなくなる」
口では誘惑するなと言いながら、妻からされたキスに夫のエドガーは積極的に答えた。
「ねぇエドガー……まだ、帰ってはダメなの?」
「いや。陛下に挨拶もすませたから、今すぐ帰ろう」
「ふふふっ……エドガー、愛してるわ」
「ジュリー、私も愛しているよ」
もう一度ファゼリー伯爵夫妻は情熱的なキスを交わし、大広間へと戻って行く。
「すごいわ、ファゼリー伯爵夫人! あの冷静沈着な伯爵を、手のひらでコロコロと転がしていたわ。彼女は強者ね!」
(王都の生活に慣れず奥方が気鬱で悩んでいたと、伯爵から聞いた時は心配したけれど。そんな様子も見られないし)
ファゼリー伯爵夫人は社交が苦手で、あまり夜会に参加しないことで有名だから。私でさえ滅多に会えない人なのだ。
――だから、話だけは聞いていたけれど。実際にファゼリー伯爵が、夫人をあそこまで溺愛する姿は見たことが無かった。
思わず感心していた私の唇を、マクシミリアン様はいきなり情熱的に奪った。
「……んんっ⁉」
しばらく貪った後。ようやく私の唇を解放したマクシミリアン様は、ヒソヒソと私の耳元で囁いた。
「君だって負けてないさ。いつも私をコロコロと上手に、転がしているだろう?」
「え……っ?!」
一年後。国王夫妻に三人目の子、第二王子が誕生した。
ー END ー
最後までお付き合い下さりありがとうございます!
また、どこかでお会い出来れば幸いです(^^)/




