20話 側妃問題
相変わらず即位の準備で公務は大忙しだったけれど。私は毎晩、夫の温かい腕の中で眠るようになり、体調もすこぶる良く少しずつ元気を取り戻していた。
「ベアトリス。側妃を娶るのはやめようと思う」
「え……⁉」
朝食室でマクシミリアン様は緊張した面持ちで話を切り出した。
「元々、私が側妃を娶ろうと思ったきっかけは……君が流産して命の危険にさらされた時に、心底怯えたからだった」
「まぁ……そんなふうに、思っていたのですか⁉」
「また君が私の子を身籠ったりしたら……もしかすると次は君自身を流産で失うかもしれないとね」
「あなたがそこまで思いつめていたなんて……」
(もしかすると流産した後。私が健康を取り戻しても、マクシミリアン様が私の寝室に訪れなくなったのは……私が妊娠して流産するのを恐れていたからなの?)
「君は流産で身も心も、痛々しいほど傷ついていたから。私は短絡的に側妃を娶れば解決するのではないかと考えてしまった。あれは間違いだったよ」
マクシミリアン様は不安そうに苦笑いを浮かべて。慎重に言葉を選んで話を続けた。
本人は短絡的だったと言ったけど。……恐らく悩みに悩んで迷った末に、マクシミリアン様は私のために何が良いのかを考えて、決断したに違いないと今ならわかる。マクシミリアン様はそういう人だから。
(それなのに……あの頃の私は自分の殻に閉じ籠って、何もかも否定的に考えてしまった。私の方がずっと短絡的に考えていたわ)
「そうでしたか……」
(ああ……私がこの問題について言い訳を聞きたくないと、一方的に対話を拒絶したから。マクシミリアン様は、私に何も言えなかったのよ!)
もっとたくさん話し合わなくてはいけない問題なのに。
――だからきっとマクシミリアン様は、私がこの話を冷静に受け止められそうなタイミングを、ずっと見計らっていたに違いない。
マクシミリアン様に大切な話だと言われても。子供のように癇癪を起して拒んだ自分が恥かしくなり、私の頬はカァッと熱くなった。
「でも……君の流産は子を流す薬のせいだとわかったからね」
「ええ、その通りですわ」
「王宮医の診断でも、君の身体は忙しい公務に耐えられるほど健康を取り戻していて。妊娠しても問題は無いと言っていたしね」
ロッティの犯した罪が明らかになり。ロッティの不倫相手以外の王宮医たちまで徹底的に調べたら、不正行為が次々と発覚して何人か粛正さた。
――そして一人一人念入りに候補者を調査して厳しく吟味してから、信頼出来そうな医師を選び、新しく王宮医に任命した。
「ええ、そうですね。次にマクシミリアン様の子を身籠っても。今度こそ私は流産はしないわ」
(出産は女性にとって命がけだから、絶対ではないけれど。でも、きっとその可能性の方が高いはずよ)
マクシミリアン様は軽く頷く。
「それとだね……実はもう一つ、君に相談があるんだ」
「もう一つ?」
「うん」
余程マクシミリアン様は不安なのか。食器が並べられた机に置いた手を組み合わせ、モゾモゾと忙しなく指を動かしている。
「シフナル侯爵家のコンスタンス嬢を、側妃の最有力候補に選んだのは。彼女が君のように、とても有能そうな女性だったからなんだ」
「ああ……はい。そうなのですか?」
(確かに……彼女が社交デビューしたばかりの時に、学園でも優秀な成績をおさめる才女だと紹介されたから。聡明なのは間違いないけれど)
「つまりだね。王妃になった後、君の公務をコンスタンス嬢が半分引き受けてくれることを期待してだね……」
「まぁ!」
(まさか……マクシミリアン様が、そこまで考えて下さっていたとは!)
「結局、側妃の件はあの時、コンスタンス嬢自身に断られてしまったけどね」
あの時とは……シルヴィー王女と散歩をしていた私が、庭園のガセボでマクシミリアン様とコンスタンス嬢が密会していたのを、見つけた時のことである。
「……あらっ!」
「それで彼女に君の側近として働かないかと持ちかけたら、彼女は快く了承してくれたんだけど」
マクシミリアン様は苦笑を浮かべた。
「コンスタンス嬢がですか?」
(女性の側近は大歓迎だわ! 私の側近たちもみんな有能だけど。男性ばかりだから、たまに女性の私には都合が悪いことがあったのよね)
女性が活躍する場が少ない、男性優位の王国ならではの問題である。
「どうだろう、ベアトリス。……嫌かなぁ?」
「そういうことなら、コンスタンス嬢と面談をしてから決めてもよろしいですか?」
「ああ、それは構わないよ」
ぱぁっ… とマクシミリアン様の表情が明るくなる。それほど私の負担が今まで大きかったことが、マクシミリアン様はずっと気になっていたのだ。
「ありがとうございます」
(本当に優しい人だわ! 政略結婚でこんな素晴らしい人にめぐり会えるなんて……私はなんて幸運なんでしょう)
椅子から腰を上げ、私はマクシミリアン様に歩み寄り唇にキスをした。




