19話 政敵
私とマクシミリアン様の仲は愛情でしっかりと結ばれていたため。ロッティが避妊用の薬湯茶を私に飲ませても、その邪悪な手をかいくぐり私は二度も子供を妊娠した。
私の妊娠はロッティの嫉妬心に火をつけ。増々、強い憎悪をロッティに抱かせることとなったのだと……ファゼリー伯爵は淡々と話し続ける。
「ロッティの不倫相手はマクシミリアン殿下の兄上、第一王子を支持する一派の貴族だということが判明しました」
第一王子は現王の側妃の子であり、マクシミリアン様の政敵である。
「……やはりな! 兄上の尻尾は掴めそうか?」
「今回は良いところまで行けるのではないかと思われます」
「そうか、頼むぞエドガー。後顧の憂いを断つためにも、この件を最優先で進めてくれ!」
マクシミリアン様は大きく頷き、指示を出した。伯爵は自身の胸に手を当て請け負った。
「お任せ下さい。必ずや殿下の納得がいく成果を出して御覧に入れて差し上げます」
王太子派の側近たちは過去に散々、第一王子派に煮え湯を飲まされた経験がある。王太子派の筆頭の側近、ファゼリー伯爵の瞳には並々ならぬ強い意思が宿っていた。
これを機にファゼリー伯爵は第一王子派を、出来る限り粛正し力を削ぎ落とすつもりなのだ。
この日を境に私を心配したマクシミリアン様は、以前のように王太子妃の寝室に毎晩、通い。翌朝まで共に過ごすようになった。
窓から差し込む薄暗い月明かりの下で。ベッドに並んで寝転がり、私とマクシミリアン様は眠りにつく前にポツポツと話をした。
「……マクシミリアン様。今、思えば……私の寝室であなたと夜を過ごした次の日の朝、いつもロッティは薬湯茶を出す時、ニヤニヤと不躾に私を笑っていました」
「うん… 私も見たことがあるよ」
私はハァ――……と重いため息を吐いてから話を続けた。
「あれは……私とマクシミリアン様の仲が良いから、ロッティはそれを喜んでいて。私を揶揄っているのだと思っていました」
(だから、どれだけ不躾にロッティが笑っても。私は彼女の無礼を許していたけれど……)
母国から付いて来てくれたことに感謝し。……そして彼女を友人だと思い心を許していたから。
「私もそう思っていたよ。だから黙っていたんだが……」
「でも、ロッティのあの嫌な笑みは……私をずっと愚かな女だと、嘲笑っていたのですね」
(避妊用の薬湯茶を飲みながら、妊娠することを切に願っていた私のことを)
「……」
マクシミリアン様は沈黙し、私の考えを肯定した。
「ロッティは何も知らない私に、避妊用の薬湯茶を飲ませながら。そうやって自分の復讐に、酔っていたのかもしれないわ」
こんなことに負けてはいけないと分かっていても。考えれば考えるほど、私はそんな自分が情けなくなる。
「ベアトリス……私が言えるのは、君には何の落ち度も無かった。それは間違いない」
「……」
今度は私の方がマクシミリアン様の言葉に黙りこんだ。否定も肯定も出来ずに。
「そしてロッティは母国の王家と、そのような契約を結んだことを。……まずは真なる主人の君に報告して、一番に助力を求めるべきだった。たとえそれが契約違反だったとしてもだ」
「……ええ、そうね」
(ロッティにとって……私の助力を期待できないほど。きっと私は信用が無かったのだわ)
「最初の契約が終わった時点で、こちらから君の母国に宛て称賛の言葉を添えてロッティを送り出してやることも出来たのに」
「確かに……マクシミリアン様の言う通りだわ。私の母国も外交上の理由でロッティの帰国を黙って受け入れ、悪いようにはしなかったと思う」
(そうよ、私一人では難しいことでも。王太子のマクシミリアン様にお願いして協力してもらえば、難なく出来たはずだわ)
「うん。それに王太子妃に割り当てられた経費から、ロッティの持参金を融通してやっても良かったしね」
「マクシミリアン様……」
(きっとマクシミリアン様なら、本当にそうしてくれたわ)
「君を支えた大切な侍女になら、それぐらいのことをしてやっても良いと思えるほど。私は君を愛しているから」
(でも、ロッティが大罪を犯した後では何もかも遅い)
私の内面にはロッティへの罪悪感と、流産させられた怒り。そんな相反する感情がグチャグチャに入り乱れていた。そんな複雑に絡み合った感情が、最後に行き着くのは空虚感と悲しみだった。
「……っ」
持て余した感情が荒れ狂い、どうしようもなく涙が零れた。惨めに嗚咽を漏らしたくなくて、マクシミリアン様に背中を向けて、自分の口を手のひらで塞ぐ。
マクシミリアン様は私の心を暴くようなことはしなかった。黙って温かい腕でギュッと抱き締めただけ。絡んで縺れた感情に疲れ果て、私が眠りに落ちるまで。マクシミリアン様は私に寄り添い続けた。
――その後。ファゼリー伯爵の調査で、第一王子派の中心となっていた家門を一つ潰すことに成功し。マクシミリアン様の政敵たちの力を、大きく削ぐことに成功した。




