11話 偽物の幸せ2
マクシミリアン様と一緒の時を過し、フワフワと幸せな気持ちのまま。午後からは執務室で三人の貴族と面談して、地方から出て来た神官から嘆願書を受け取り簡単な話し合いをする。
その後は文官たちから提出された書類に、端から端まで目を通し承認かそうでない物かの二つに振り分けた。承認ではない方に振り分けた書類の山から、早急に解決するべき案件を手に取り、補佐官に指示を出す。
「こんなに曖昧では誰も納得できないわよ? 使っている情報が古いのよ。南部地方の天候が安定していた去年の物ではなく。今年になってから直近の五ヶ月分の資料で、しっかりと調査責任者が誰か確かな物だけを集めてから、修正して持って来なさいと伝えて」
私の優秀な補佐官が、カリカリと私の言葉のメモを取り返事をする。
「はい、妃殿下」
執務机に積み上げられた書類のうち、半分に承認の署名をして次の担当部署へ送り。残り半分は持って来た文官の部署に、却下か修正かの簡単な指示を付けて差し戻す。
「これで、急ぎの案件は片付いたわね?」
「……はい、妃殿下!」
王太子妃付きの若い補佐官は、ざっと書類を確認してから返答する。
「では、少し時間があるから、ドレスの仕立て屋が来るまで、シルヴィー王女の顔を見に行きます」
今日は戴冠式で着る王家の紋章が入った、儀式用のドレスを試着する予定も入っている。
このドレスは複雑な刺繍と宝石が散りばめられた、高価な物というだけでなく。私が王妃となってから、儀式のたびに使う物となるため。慎重に吟味しなくてはならない。
新調したドレスを儀式用の聖衣にするには。高位神官の手で念入りに浄化され、十日間にわたり祈祷の儀式を行い、聖なる祝福の力を込めることになる。
――そうやって高額と言うだけではなく、複雑な儀式を通して手間と暇をかけて作るドレスだから、王妃と言えど簡単に買い替えが利かないのだ。それでこそ聖衣とも言えるのだが。
私の体型が著しく変化したり深刻な損傷が出ない限りは、私が王妃を退位するまで同じドレスを使用することになる。
「はい、妃殿下。それでは仕立て屋が来ましたら、王女殿下の勉強部屋にご連絡いたします」
「ええ、お願い」
あっという間に私の忙しい一日が過ぎた。
執務室で簡単に遅い夕食を済ませてから、子供部屋で眠るシルヴィーの寝顔にキスをして私は自室へと戻った。
◆ ◆ ◆ ◆
深夜、私はベアトリスの寝室にこっそりと忍びこんだ。勿論、こっそりと言っても……私とベアトリスの護衛騎士はそのことを知っているのだが。
ベッドを覗くと……激務に追われて忙しい一日を過ごしたのだろう。美しい妻はぐっすりと熟睡していた。
「ふふふっ……君はいつ見ても綺麗だね」
(こうして眠っている姿は、初めて会った時の君とあまり変わらないなぁ)
地方で公務を終えてから領主主催の祝宴を早々に切り上げ。領主邸での宿泊を断り、早々に帰路に就いた。王宮へ帰りつくのは深夜になると分かっていたが、無理を圧してまで戻って来たのは、どうしても妻の顔が見たかったからだ。
前日の夜、私は自分自身に課した戒めを破った。……愛する妻を抱いてしまったことで、今の私はまったく抑えが利かなくなっている。
「……ああ」
(ずっと恋しかったよ)
この半年……流産で死にかけた愛する妻を、再び妊娠させたくなくて。身体に触れないようにするのは、地獄のような日々だった。
――改めて思う。やはりベアトリス無しの人生など考えられない。
私が側妃問題を隠して進めようとしたことで、ベアトリスの逆鱗に触れたと分かっているが。それを差し引いても、昨夜の激しいベアトリスの拒否反応を思い出すと。
(どう安く見積もっても……私が側妃を娶れば、いつかベアトリスの心は私から離れて行くだろう)
やはり側妃を娶ることなど出来ないと、目の前に現実を叩きつけられた気がした。
(……だが、妊娠してまた流産したら。次はベアトリスを永遠に失うかもしれない。私は出口の無い迷路に入り込んでしまったようだな)
いっそのことシルヴィーが女王になれるよう、王国法を改革する方が簡単な気がする。恐らく私の一生をかけて行う大仕事になるが。
気持ち良さそうに眠るベアトリスの寝顔があまりにも愛おしくて、離れることが出来なくなった。
(寝顔を見たらすぐに自室へ戻るつもりだったが……やっぱりダメだ!)
眠るベアトリスの髪を一房取りキスをすると。花のような……もしくは熟した果実のような……そんな甘い匂いが私の鼻を刺激した。
「要は……妊娠させるようなことをしなければ良いんだ……」
いつもそう思いながら、自分の決意は妻の魅惑的な肢体の前で脆く砕け散ってしまうのだが。
眠るベアトリスが目覚めてしまわないよう、細心の注意をはらいながら静かにベッドへ潜り込み。背中からベアトリスを抱きしめ、細いうなじに鼻をすり寄せ、甘く芳しい妻の香りを胸いっぱいに吸い込み堪能する。
スゥ――ッ……、スゥ――ッ……と穏やかなベアトリスの寝息に誘われ。私はフアァァ〰〰と大あくびをした。
「おやすみ、ベアトリス………」
私はベアトリスの隣で眠りについた。




