10話 偽物の幸せ
明け方の薄暗い寝室から、マクシミリアン様が公務のために去った後。……いつの間にか眠りに落ちていた私が、目覚めたのは昼近くになってからのことだった。
「寝過ごしてしまったわ! こんなに日が高くなるまで眠っていたなんて……」
戴冠式前の忙しさが頂点に達している時なのに。側妃の問題で私は毎晩ベッドに入ると、不安に押しつぶされそうになり熟睡することが出来なくなっていた。
そんな調子で毎日の疲労が解消されること無く蓄積され、心身ともに疲れ切っていたところに。……昨夜はマクシミリアン様との久しぶりの情交で、体力の限界を越えてしまったのだ。
「普段なら侍女のロッティが起こしに来てくれるはずなのに。そうならなかったのは、きっとマクシミリアン様の配慮だわ」
(だって彼が私の寝室に訪れた日の翌朝は、いつもそうだったもの……)
実際に昨夜酷使された身体が熱っぽくて怠い。
――でも心の方はフワフワと羽毛のように驚くほど軽かった。それほど私は夫の愛情に飢えていたのだろう。流産するまでは毎日のように一緒に眠っていたのに。それが急に無くなったのだから。
フゥ―――ッ……と、大きなため息をつきながら笑みを零した。
「ふふふっ……」
(口論の末に混乱した私をなだめるための、情交だったけれど。マクシミリアン様は私に、『君だけを愛している』と何度も誓ってくれたわ)
ベッドの上で誓う男性の約束ごとは、情欲を満たそうと興奮して放つ戯言だから、『けして女性は本気にしてはいけない』……と。母国の有力貴族に嫁いた姉から結婚前に助言されたことがある。
マクシミリアン様の言葉のすべてを、盲目的に信じることは出来ない。
「私を取り巻く今の状況から言えば、きっとマクシミリアン様の誓いの言葉よりも、お姉様の助言の方が正しいのでしょうね」
(それでも昨夜は嬉しかった。久しぶりにマクシミリアン様の、情熱を受け止められても幸せだわ。これが偽物の幸せでも、今の私にはマクシミリアン様からもらった、最高の贈り物だもの!)
裸足のままベッドからおりて、壁際にある使用人を呼ぶ紐を引く。
「さぁ、いつまでもグズグズしてはいられないわ! だってマクシミリアン様は、明け方から公務のために国中を走りまわっているのだもの」
私ばかりマクシミリアン様の優しさに浸ってサボってはいられない。
(彼が側妃を娶ったとしても。マクシミリアン様が国王に即位すれば、私が彼の王妃となることに変わりないわ)
寝室の扉を外側から叩く音が響き、侍女のロッティがあらわれる。
「おはようございます、妃殿下!」
「おはよう、ロッティ。少し寝過ごしてしまったわ」
「はい、妃殿下。今朝は王太子殿下に妃殿下が疲れているようだからと、無理に起こさないようにと指示をされまして……」
ロッティは私が予想した通りの言い訳をした。
「ええ、わかっているわロッティ。殿下はお優しいかたですから」
(ふふふっ……ほらね!)
私は嬉しさのあまりニッコリと笑った。
「はい、妃殿下! お食事をご用意いたします」
「……その前に疲労回復に効く、あの苦いお茶を久しぶりに用意してくれる?」
マクシミリアン様が寝室に訪れた翌朝は、いつもロッティが私の身体を気づかい、用意してくれる薬湯だけど。独特の苦みがあるから本当は飲みたくない。でも今日を乗り切るために、我がままは言っていられないから。
「はい妃殿下!」
ロッティはニヤニヤと笑う。
「……ロッティ、そのニヤニヤ笑いはやめなさい」
あのお茶を飲む時は、いつもマクシミリアン様の情熱を受け入れた後だから。ロッティはそれをわかっていて、侍女にはあるまじきヤラシイ笑みを見せる。
「久しぶりなので嬉しくて、つい……申し訳ありません、妃殿下!」
「ロッティ…!」
(久しぶりって……もう、ロッティったら! 私は王太子妃よ? いくらあなたが母国から付いて来てくれた友人でも……)
ポッと私の頬が熱くなった。




