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調子に乗って部下たちに私の持つ『千を超えるスキル』を分配しまくったら最後に見事に裏切られたんだけど?  作者: 瑠火


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三章:前半

【管理者:イヴォルグ 所属:魔道協会区 スキル: 各種デバイスと自身の体を有線・無線問わず連結させるスキルLv6 自身の体のパーツを自由に分裂・増殖させるスキルLv6】


『このようにしてアーシュラ戦争は終りを迎えました』

『モー駄目だよ! ちゃんと片付けをしないと!』

『俺ならこれにするな。赤く瑞々しい。あんたの唇に、お似合いだと思うぞ』

『お会計は二銀貨三銅貨になります』





『至り着きぬ想ひ人が私を揺蕩いまする』

『ただ平らなれと(まぼ)り惑うものとする』

『要は長年愛した人がとうとうここまで来てくれそうだけど心配でしょうがないんだとさ!』

『……喜びに震えた私は、一人の有象無象をこの部屋に呼んだ。その後、私は彼の眼球の片割れをくり抜いた』

 

  口々が煩い、煩わしい。


「それで……どうしろと?」

 

『圧せよ。論を』

『つ・ま・り! あ・ん・た・が・や・る・の!』

『私は私でやることがありますし、そっちは任せましたわ』




『あー! お漏らししてる! なんでトイレ目前で出しちゃうの?!』

『熬り生茂に 既定の刻印 傅く定めよ。……どうでしょうか? 作品に使えそうですか?』

『お客さん! お釣り受け取り忘れてるよ!』






 

「行け」


  ◆◆◆

 

「……ここが魔導協会区だな……」


「ええ……。イレズミ様は来られたことありますよね?」


「……勿論ある……。だが、好んで来ることはなかった」


「……なるほど……」


「今は、どんだけあいつらのことが嫌いでも四の五の言ってられないしな。しかし、ここまで遠かった。」


  以前のイレズミなら容易に移動出来たであろう距離も、『瞬間移動のスキル』が無い今では、労する。


  レッドインプの群れは言わずもがな、ボア、根を張り葉を吐くフォレストリザード等の野生の魔物たちが二人を襲ってきた。道中、不自然なレッドインプたちの凄惨な死体が見つかった時は流石に戦慄したようだが。


  二人はまだ、区内の景色の全容を把握することは叶わない。輸送用の外枠は弧を描く、純白の高い壁の内側に隠されている。


  門の前に立つ。閉じた大きな裏門のくすんだ庇の隙間に、隠されるようにして仕込まれたレンズが二人を凝視する。イレズミは睨み返す。その双眸の先に何が在るのか、彼女は知っている。


  扉は開きながら、砂埃が舞い、轟音が響く。


  出迎えるはジュネーブの街。いたるところに在る、赤と黒で彩られた旗がこの区を証明する。イレズミ達は、これから魔導教会区にて身を隠すことになるのだろう。


「すごいですね……。文明レベルが高い……」


「ああ……。イヴォルグは四天王の中でもとりわけ知見があり、教養があり、先見の明がある。人間との交流を、昔から積極的に行っていた。結果、この南は各家庭内の文明機器使用率も高い。教育のレベルも言わずもがな……」


  イレズミが指を指した方向を見るピギイ。その先で、商人と子供が取引を行っている。子供は銭を渡し、商人は果物を渡す。つまり、子供が一人で出歩くことが出来る治安があり、更に勘定も可能とする教育の土壌もある。


「何でも人間界の文明は更に進んでいるらしい。スマートシティと呼ばれる構想があると。イヴォルグはそれを技術者から学び、彼なりに模範した。魔導人形は住民の音声と姿を認識し、要望やら危機やらを察知した後、行動と返答を決める。その高度な機能を活用し、範囲を個人から魔導協会区全体にまで拡大、区内の活性及び面倒事の排除を円滑にした。」


  ピギイは短く感心する。


「すごいですね……。イヴォルグ様が、その思想通りの人格の持ち主なのであれば他の四天王からイレズミ様を守ってくれそうですが……」


「ああ……だが、私は守られるだけでなく、真実を知る必要がある。なぜ、ソドムがその様な裏切りを行ったのか。イヴォルグならそれを知っているとミネルヴァが言っていた」


  向かうは魔導協会区内にある、背に海を抱える城。あそこにイヴォルグは居るはず。


  石造りの建物がの群が二人を出迎える。屋根は全てオレンジ色で統一されている。建築様式等は中央区相応の文明レベルと言えるが、街のあちこちを歩く魔導人形が文明のレベルを隔絶させる。


「……あれが魔導人形でしょうか……?」


「……ああ……」


  一組の家族がその魔導人形に話しかける様はピギイにとって気味が悪かったらしい。なにせ彼らは魔導人形の事を「イレズミ」と呼んでいたのだから。


「イレズミ」と呼ばれる理由をいくつかでっち上げてみても、実際に呼ばれている以上、その薄気味悪さを解消できない。顔をしかめたピギイにイレズミが話しかける。


「この街は、イヴォルグのスキルによって治安が保たれている。魔導人形とイヴォルグの視界はリンクしているんだ」


「なるほど……。まあそれでも魔導人形に「イレズミ」と名付ける理由はわかりませんが……」


「……気にするな。アレも主君を敬う心、故だ……。まあそれか……。あ、愛……。」


「無理しないでください! イレズミ様! ゲボ吐きそうな顔してます!」


  恋愛若しくは男アレルギーが発症してしまったらしく、日陰を探したい。辺りを見回すと、いい感じの酒場がある。そこに取り敢えず避難する二人。中央から左右に開く、腰の高さほどの扉を開く。


  中は木製の、形の整った丸テーブルが十ほど置いてあり、それぞれに丸椅子が二から四ほど設置されている。お客様方は卓について一様に何かを、ドリンクを嗜みながら読んでいる。人によってはいくつか本を積んでいたりもする。カウンターテーブルから見て左側に、奥に続く通路があり、何かしら別の部屋がある予感。


  なんか思ってたんと違う光景だなーなんて思って突っ立っていると、出迎える「イレズミ人形」。


『いらっしゃいませ! 2名様ですね!』


「あのー……。私、お酒は飲まないんですけど良いですか……?」と、ピギイ。この世界でも子供は飲んだら駄目。


『問題ないですよ! そもそも当店ではお酒は提供しておりません!』


「え? じゃあ食べ物だけとか?」


『お料理もですし、コーヒーやジュース……そして……。』


  魔導人形が二人を席に案内する……。と思いきや、素通りし、更に先程の通路の先にあるセクションに連れて行く。


「……おお! すごい数の本棚だ……」


「しかも全部漫画ですね……!」


  入ってすぐ出迎える本棚は二列あり、イレズミ達に背表紙が見えるように面している。


『はい! こちらは漫画喫茶と呼ばれる形態のカフェになります! 一つお品物を注文頂いた方に、無料で貸し出ししております!』


「何だお前神か!? クソ……。認めたくないけど……。やるなあいつ……」


  イレズミのテンションは最高潮。そりゃそうだ。


  ここはイヴォルグが設計した、イレズミのための街。故に、イレズミの好みは彼なりに把握されている。


  ちょっと後ろに身を引いて、魔導人形に嬉々として絡むイレズミを見るピギイ。保護者のように彼女を見守る。


(イレズミ様の尻尾がピョコピョコしてる……)


  それはもう上下に。右往左往にと。本来の目的を見失ったわけではないが、もう既にイヴォルグの庇護下にはあると言ってもいいし。お姉様のもとに居るよりかは安全だろう。


(どうせ宿屋が開くまで時間があるでしょうし……。楽しみましょう)


  ピギイも尻尾がピョコピョコしていることに気づいていない。二人の尻尾は全く同じ軌跡に動いている。


「よし! 早速注文だ! メニューを見せてくれ!」


  席に戻り、魔導人形が持って来たメニューを眺め、取り敢えずオレンジジュースを頼む二人。ドリンクが到着する前に二人は早速本棚セクションへと移動する。


  一々足を止めずにはいられない二人。中央区にある書店の品揃えだって悪くはなかったはず。


「……イレズミ様より背の高い本棚が迷宮の様に壁を成しています……」


「……これもうダンジョンだろ……。ちょっとした」


  さっきから田舎者みたいな反応をする二人。ここまで文明が違うなら国が違うと言っても過言ではない。ピギイも子供らしい反応を見せている。


「こっちが異世界コーナーですねー……。ここが……。おお。青年マンガ……。こっちの目立つところが少年マンガ……。……? ここはなんでしょう?」


  蝶の様に吸い寄せられて行き着いた先は、あまり見慣れない背表紙。赤やピンクを基調としている。


  イレズミは違うコーナーのほうに興味があるようで、ピギイを気にも留めず、そっちに行く。


  ピギイはピギイで取り敢えず、低い位置にある一巻を小さな手で取り、立ったまま開く。表紙には人間の男の子と女の子がいた。色使いといい、構図といい、画風といい、やはり縁が無い。最初は適当に読むつもりだったが、何故か惹きつけられるので、一枚一枚をじっくり読む。


  内容を見るに、白塗りされた学舎で高等教育を受けている二人の男女は友達らしい。ノートに向かって二人で交互に線を引き、一つの絵を完成させる遊びをしたり、あるいは童心に返ったように二人で球技に励んでみたり。


「……バトルシーンとかは無いのでしょうか?」


  男の子にとっては退屈な内容だろうか、だけども目は離せないでいる。


  捲る。読み進めていくと、様子が想定と異なる。ベンチに座っている少年が、足でボール遊びをしている少女を眺めているシーンだが、本来、友達が友達を見るだけではこんなにも情動が豊かではない筈というか、このシーンに、まるまる一ページを使うことなんてなさそうだというか。少年が少女を見て時が止まったかのような見開きがあったり、少年が胸を抑えて嬉しそうにベッドの上で枕を抱えて悶えるシーンもある(回復スキルを受ける必要は無いようだ)。


  ピギイに友達的な関係の魔族はイレズミしかいない。しかし、今までの漫画遍歴が、この物語が伝えるところは違うと、意識下にシグナルを送っている。



 次のシーン。これはピギイにとって、とっても不可解。


  ボトルに入った飲料水。女が飲んでいた。男は喉を涸らしていた。女がそれを渡した。しかし、男はそれを飲むかどうか躊躇した。意味がわからない。何を躊躇する必要があるのか。



  読み続ける。最後まで辿り着くと、一巻が不穏な形で終わった。二人に衝突があったようだ。



「んーもどかしいです……。翻訳が分かり辛いところもありますし……」



  それでも二巻に進む。ページを捲る。次のシーン。


  いきなりのピンチ。少女が金髪の霊長類(ヤンキー)達に絡まれている。容姿が気に入ったので、個室に連れ込もうとしていると。それを背後から助ける少年。武道を嗜んでいたので、次々と霊長類達をぶっ飛ばしていく。


  そのあと二人は和解し、少年がベンチで一緒に座っている少女に思い切って想いを伝えたシーン。しかし、それは言葉ではなく、封筒に入った手紙越しに伝えられた。それを開き、中身を確認し、口元を抑えて泣く少女。成就したらしく、これから描かれる巻からは二人の距離が更に縮まった様子が描かれていく。


「……よくわかりませんでした……」


  よくは分からなかったけど、なにか胸打つものを感じる。


  切りの良いところまで読み終わったので今度は違う物語を進める。次は年上男性と年下女性。二人は労働階級らしい。友達関係を、先ほどの漫画とは違う形で呈している。女性は可愛らしい小柄な印象を与えるが、男はまあ意地の悪そうな顔で背がやたらと高い。描写を見るに男前であることには間違いないが。


  さっきの青臭い話と違い、こちらからは少しバイオレンスが香る。


  嫉妬して、男性が女性を『壁』際に追い詰めて腕を『ドン』と壁についたり、相手の『顎』に指や手を添え、少し上を向くように『クイ』ッと持ち上げる仕草を行ってみたり。


  しかし、どれもこれも、その後何かをしようとしたら決まって邪魔が入る。それらの邪魔の前には明確に、お互いの向き合った口元が、唇が、少しずつ近づいていく様が、詳細に描かれた一コマが挿入されている。


  これらが何を意味するのか、ピギイには分からない。なので知る必要がある。


  最終巻、わけがわからないが、二人が黒服の男たちから盛大に逃げるシーン。年下女性の親が裏社会の首領だったと。首領に二人が親しげにしているところを目撃されて、怒髪天を撞いていると。なのであの手この手で年上男性を首領の部下が殺そうとしていると。


  ありとあらゆる逃走手段を用いて、なんやかんや誰もいない灼熱の南の島にどうにかヨットで逃げ切ったシーン。二人は向かい合い、男が何かを囁き、女もそれに返事をする。


  ピギイの心拍が高鳴ると同時に、二人は顔を寄せ合う。そんな事、ピギイとイレズミだって何度もやってる。でもやっぱり目の前で繰り広げられている紙面の世界とは、纏う雰囲気が違う。


  ヤシの木の下で。男が木に向かって、女越しにドンと壁の代わりに木を突く。男の左手が女の右手首を掴む。男が女を身長差に倣い、見下ろす。女の目は潤む。その後、覚悟したように目を瞑る。男は薄く目を閉じ、男の方が主導し、女の顎を少しだけ手でクイッと上げて女の口を狙い、少しずつ顔を近づけていく。


  ここでも決まって、二人の口元が詳細に描かれた一コマが挿入される。




「何読んでるんだ? ピギイ?」


「……! な、なんでも読んでません!」


「……何だそりゃ……。読んでるだろ……」

 

  そして決まって邪魔が入る。ピギイの上部後方から覗き込んで来たイレズミがその役割を担った。


  取り敢えずピギイがなにか、まるで子供が悪事を隠す時のように言い繕う。


「わ、私はこのようなジャンルの漫画を読んだことがありません……」


「まあそりゃな……。私が苦手とするジャンルだし……。蕁麻疹が出るんだよ……。こういうの……」


  知っていたことではある。魔王城にはこの手の本は一切なかった。だからピギイは隠すように本を閉じた。


  ピギイの持っていた、閉じられた本を見たイレズミは仕方なしと、本棚にあった適当な一冊を手に取り開く。チラと中を見て、うげぇ―と舌を出し、大げさに嫌な顔。




  その時、なぜだか分からないがピギイの胸に小さな針がチクリと刺さったような感覚が押し寄せる。

 



  今まで、イレズミがやってきた行い、発言、表情でこんな思いをすることはなかった。それに、常々イレズミは男女の密接な関わりを、例え虚構の中であっても忌避している。なのでそんな事は許容範囲のはず。


「なあ、ピギイ。あっちのほうに私達が好きそうな奴あるから、来てくれ」


  胸に大きなつっかえを残しながら、ピギイはイレズミに付いていくことにした。先程読んでいた本は棚に戻した。


  イレズミが言った、好きそうなやつとは異世界コーナーにある漫画のことである。ピギイもぶっちゃけそっちのジャンルの方が好きだし、実際に胸は高鳴る筈。いつもと同じ心の持ちようなら。


  取り敢えず気を紛らわせるために本棚に集中することを試す。それをするには身長が足りない。もっと上を見たい。実際に手に取りたい。


「やっぱり高い……。椅子か何かお借りしたいです」


  とのことで、イレズミが魔導人形から脚立を借りた。魔族の中でもイレズミのような上背のある個体は中々いない。店側の、背の足りない魔族に対する気遣いは必須だ。


  イレズミが本棚の前に平行になるように脚立を置く。開く。ピギイが脚立に乗る。一段、二段と昇ったところでイレズミの胸の高さにやっと届くくらいだが、三段、最上段まで来ると景色が変わる。


「ハハハ! おんなじ身長だな! ピギイ!」


  この標高に来ようともイレズミは美しい。ピギイは彼女の顔を遠慮せず、むーっと、特に唇あたりを眉を顰めて凝視する。しかしアラビアンマスクが邪魔なので、右手で、暖簾のようにマスクを捲って把持(はじ)する。


「どうした? なにか付いているか?」


  ピギイに色気は分からないが、イレズミの桜色の唇は妙にふっくらとしていてプルプルとしている。お互いに触りあったこともあったが、その時も心地は良かった。


「……そんな怖かわいい顔しないでくれ……。なんだってんだ一体……」


  ピギイが頑張って壁にドンとしようとするも、イレズミの後方にはそう言えば何もない。後、普通に危ない。なので壁ドンは諦めて取り敢えず左腕を伸ばして、顎クイを漫画を見たままやってみる。


「……! な、なんだ? なんか変だぞお前……?」


  そんで、いつもベッドの上でやってるように顔を近づける。いつもなら互いに頬を擦るだけなのだが、今回は目的が違う。目線は唇から外さない。


  ピギイの予想だにしなかったムーブのせいか、イレズミの頬は唇ほどではないが桜色にちょっとだけ染まり、ピギイの目を見つめた後、目線だけを左下に逸らす。ピギイはとにかく、先の漫画の読んだ辺りまでを、記憶の範囲で再現する。こうすると、続きが分かりそうな気がして。


「ちょ、ちょっと待った!」


  両手でピギイの肩を掴んで、押し、二人の間に距離を作り、ピギイを制止するように促すイレズミ。


「あ……! ごめんなさい……!」


「いや……、良いんだけど……、あの……」


「……なんでしょう……?」






「お、お前もそうなっちゃったのか……?」






  何をしていたのか、ようやく分かった。これはイレズミが嫌がる事だ。


  そうなった、とは『あの四天王達のようになってしまったのか?』ということ。そんなつもりはない。ただ、漫画を再現しようとしただけだが。


  しかし、確かにピギイは手紙を書いてるし、イレズミを『愛」は、している。


  彼らと同じ様に。


  ピギイがイレズミを見る。彼女の表情から全ては分からないが、戸惑っていることだけは分かる。だから彼女を安心させる必要がある。


「ち、違います! 私はそのようには……」


  ——本当になってないのでしょうか……?——


  先の針のような胸の痛みは? 暖炉で見た横顔がいつもより映えて美しく見えた理由は? 手紙なんて普通は書かないのでは? なんで今こんなにも胸が苦しい?


「……なってません……」


  振り絞る様に出したその声はかろうじてイレズミに届いた。不思議なもので、イレズミの発する声も、雑巾を絞ったかのように息苦しく響く。


「……そうか。……そうだよな……」


  いたたまれなくなったピギイは、取り敢えずこの場から離れたくなったので、尿意を催したフリをする為に魔導人形を呼ぶ。


「トイレに行ってきます……。 店員さん! トイレはどちらでしょうか?」


『こちらです! ご案内します!』


  入口が二つある。赤い、女性を模したマーク、青い、男性を模したマーク。ピギイは迷わず青いマークの方に進む。


  イレズミはピギイが消えていった方向を見つめる。両手で心臓の辺りを抑える。これら一連の流れ全てを「イレズミ」が確固たる証拠としてイヴォルグに転送している。

 

  ◇◇◇


  こいつだ、こいつだったんだ。こいつが最大の障害だ。


  スキルを奪うだけでは足りなかった。抵抗する力を奪い、か弱い雛としての、第二の生を与える。それだけでは足りなかった。自立する為の足を、翼を奪おうが、心臓に結んだ偽の鎖が一つでもあるのであれば、彼女は錯覚し鶏ガラのような薄い愛を注いでしまう。


  なあ、使い魔よ。


  稚児のフリをして彼女に近づいたのか。従者のフリをして彼女に潜り込んだのか。女のフリして己の男性性を隠したのか。無い知恵を隠して彼女の無償の愛を啜りここまで生きてきたのか。


  なぜ彼女が人間が作った娯楽に魅了されたのか。それは私の手柄だろう。な ん でお前が彼女の隣で彼女の笑顔を独り占めする? そ の 権利は私にあろう? まともな教養があるなら、借花献仏のようで気が引けるはずだろう?


  性を騙る、寄生虫め。彼女の懇意を買う為に自身の子としての性質を売る、汚れた売春婦め。


  お前を彼女の脳から吸い出し、焼き払ってやる。


「ミネルヴァ」


  ◇◇◇


  トイレから戻ってきたピギイ。二人は気まずい空気の中、漫画を読む事を試してみたは良いものの没頭できず。結局ジュースを勢いで飲み干した後、お店を出た。


  大抵、宿屋というものは午後の三時に開くと相場が決まっている。今は四時。もう向かってしまおう。なにせ、お互いがお互いを欠いた世界で出来ることなど何もない。周囲に興味を引くものがあるとしても。この世界の想定では、二人が一緒だからこそ時間は進む筈なので。


  魔導協会区に入る前の二人だったら何かしら会話もあっただろう。読んだ漫画の感想を言い合ったって良い。手を繋いでも良い。然し会話はない。横に並びながら歩くとお互いの顔も見えない。


  五階建ての宿屋に着く。ここでも魔導人形が受付を担当する。


『お部屋はどちらになさいますか? お二人ですのでツインかダブルになりますが』


  もう既に部屋に案内する準備はできているらしい。だが、今はそれどころではない。


  いつもの二人なら迷うこと無くダブルベッドを選ぶはずである。どうせ一緒に眠るんだし。


「ではツインでお願い出来ますか?」


  と、ピギイ。イレズミが選んでしまったら。それは明確な、拒否の意思表示となって自分を傷つけるような気がして。


  部屋は決まった。五階にある一部屋だ。二人で階段を使い荷物を運ぶ。二人の部屋を見つける。扉をイレズミが開く。ピギイがさっと中に入る。イレズミもあとに続く。


  設備は充分。ドレッサーにトイレ。浴室には魔王城にもあったシャワー。バルコニーだってある。五階からの眺めは悪くないはず。勿論ベッドも二つ。人に依っては、その間には見えない仕切りがあったりもする。


「では、先にシャワーをお借りしますね!」


  ちょっと明るくも言ってみる。イレズミからも「……おう!」と快活な返事が返ってくる。でも一人で入る。


  脱衣所で服を脱ぐ。裸で浴室に直行。高い位置から放出される快適な温度を浴び、体の垢を落とす。


「……自分が傷つくことを恐れてどうするんですか……」


  傷がつく可能性はどっちにもあった。イレズミがツインを提案したらピギイが傷つくし、ピギイが提案したらイレズミが傷つく。


  ピギイは痛みを回避するあまりその可能性にさっきは気づけなかったと。今はそれを、今日の全てを後悔して、グスグスと泣いていると。


  いつもより広く感じる浴室で、例え涙を流したとしても、いつもより短いシャワータイムとなった。栓を止め、浴室に行き、一人でバスタオルで体を拭いて出る。彼女がドレッサーの前で鏡を見ているところを確認する。


「イレズミ様! お次どうぞ!」


「ありがとう。広かっただろう? 中は」


  良かった。いつもと同じ彼女だ。


「はい。なので少々時間がかかってしまいました」


「ふっ……なんだそれ? まあいいか。いってくる」


  良かった。いつもの彼女だ。ピギイは彼女の背中を見送る。


  イレズミが浴室から出た後、二人は少しだけバルコニーで他愛もない雑談をしていた。お姉様に感謝してもしきれないな。とか言って。そうですね。とか言って。


  日が程よく傾いてきたので二人は室内に戻る。するとタイミングよくノックの音。扉を開くと魔導人形。


『夕食の準備ができました。お部屋にお持ちすることも出来ますが?』


「ああ。まあ今回は下で食べよう。いいだろう?」


  ピギイも同意する。イレズミがマスクを付ける。一階にある、隣接していたレストランに続く連絡通路を案内されながら進む。


『こちらの席になります!』と、テラス側の白いテーブルクロスが張ってある小さな円卓に案内される。コースに倣い品々が提供される。イヴォルグらしく、イレズミが好きそうな料理たち。ピギイも同じ物を食べる。適当に雑談をしながら。


「お腹いっぱいだな。」


「ですね。美味しかったです」


  味にも、量にも大満足。後は眠るだけ。


  二人で並んで部屋まで進み、扉を開き、入り、歯ブラシを取り出し、並んで歯を磨く。うがいを同じタイミングで行う。同じタイミングでタオルで口元を拭く。イレズミがスイッチを押し、電気を消す。


「じゃあ寝ようか」





  別々のベットに二人は入る。





  いつもは二人で一緒に眠るもんだから、どうにも寝付きが悪い夜になる。ピギイとイレズミは毛布にくるまりながらも無意識に背を向け合っている。


(「でもそのお兄さんがとんでもないストーカーだったら?」)


  これはお姉様がピギイに向けた言葉。そんな自覚はなかったが、自分をストーカー以上と言える事もできてしまい、更に胸が痛い。


「……。イレズミ様」


  返事はない。


「私達、元の関係に戻れますよね」


  返事はない。寝ているのだろう。それに、ピギイの声は小さいなんてものではない。聞き取ることは困難な筈。


「分からない……」


  しかしイレズミは起きていたようで。彼女の返答はピギイにはっきりと届いた。それでも何を言えば良いのか分からないので、ピギイは


「……………………おやすみなさい……。イレズミ様」


  と、かろうじて返事をする。イレズミはそれに「……おやすみ」と、返事をする。





 

  朝。カーテンを開けっ放しにしていたので、陽の光は容赦なく二人を照らしている。二人とも足は伸ばしたまま、上体を起こし、幾分か時間が経過した後、右手で右目を擦る。左手で左目を擦る。


  イレズミがピギイを見る。ピギイはイレズミを見る。お互いはお互いの目の下にある一時的に出来た隈をちらと視認する。


  おはよう、とお互いに気の抜けた挨拶をし、いつも通り朝のルーティーンを行う。朝食はディナーと同じ様に一階で食べる。


  戻って諸々を終えるとノックの音。誰だろうと思っているとミネルヴァ。


「……。おはよう……。まさか二人がこんなにいい宿に泊まっているなんて思ってなかった……」


「……久しぶりだな……。ミネルヴァ」


「……。久しぶり。話はつけておいたよ。じゃあ準備ができたら教えて。下で待ってるから」


  ミネルヴァが下に降りていく。


  なるほど。だからお姉様は折り畳める斧をイレズミに持たせたのか。背中に隠して持っていける事に気づいたイレズミは発想のとおりに持っていく。


「ピギイ……。お前も来るよな……?」


  イレズミがピギイを見下ろす。質問の意図は分からない。でも、ピギイは彼女とそれでも一緒にいたい。例えもう、肌を触れ合わせることが出来なくなったとしても。


「はい。お供させてください。『魔王様』」


  たとえ地の果てだって、天を越えたって。体温を分け与えたのなら、一心同体。


  あなたのいない世界なんて、考えられないし。


「……。行こうか」


  と、言うと同時にマスクを付け、扉の方に向き、開くイレズミ。口元は隠され、微笑みは見えない。

 

  ◇◇◇


  【魔導協会:城内】


  右にミネルヴァ、左に130㌢モードのピギイがイレズミを挟む。


  コツコツコツ、と三人が歩む音が城内に響き渡る。ここの通路はやけに長く、天井も高い。間を潰すようにイレズミがミネルヴァに話しかける。


「……よく、あいつが龍神なんて招き入れたもんだ……。どの四天王もお互いを嫌い合っているというのに」


「……今までにない未曾有の危機が訪れている訳だからね……。仕方もない」


  イレズミの顔がシュンと落ち込む。それをフォローするミネルヴァ。


「……気にしないで。騙すほうが絶対に悪いんだから……」


  ——そう。騙すほうが悪いんだ……——


  記憶という、イレズミ唯一の意識外の弱点に対して、彼女は侵攻を防ぐことが出来なかった。まあそれでも敵の目的の一つ『スキルの強奪』をどうにか回避出来たことは大きいのであって、彼女は出来ることはしたはず。それに、彼女は生きている。


  長い通路が続く。中ほどまで来ただろうか。


「なあ……。ミネルヴァ……?」


「……なに……?」




「殺気を隠せていないのは何故なんだ?」

 



  ミネルヴァがいつの間にか右手に持っていたショートソードを逆手に持ち、イレズミを越えて、背の低いピギイの首元を狙う。イレズミは自身の右腕を、ミネルヴァの前腕の内側に差し込み、短剣の進行をギリギリで妨害する。


「……反応は良いんだね……!」


「ああ……! 腐っても魔王だ! 私は!」


  低い位置で腕と腕で鍔迫り合う二人。次第に二人の腕の高さは眼前まで迫る。


「……何でこんな真似を!? 応えろミネルヴァ!」


  ミネルヴァは何も言わない。


「クソッ……!」


  ミネルヴァが敵対したことは確定。


  更に、ミネルヴァがイレズミではなく、ピギイを優先して狙ったことも確定。


「ピギイを先に狙う理由が分からない……! なぜピギイを狙う!?」


  ミネルヴァは返事をしない。ただただナイフに力を込めるのみ。


  イレズミは後ろを振り向かず、ピギイを案ずる。


「ピギイ! 小さくなって安全な場所に隠れてくれ!」


「は、はい!」


  ピギイが小さくなり、適当な場所に飛翔した。それに合わせてイレズミが鍔迫り合いを終わらせようと、先ず左の膝蹴りでミネルヴァの肝臓を狙う。ミネルヴァは右足を上げてガード。イレズミの膝とミネルヴァの脛骨がぶつかる。その衝撃で発生した反作用を活かし、イレズミがバックステップ。一旦ミネルヴァから距離を取る。


  その直後、景色が変わる。今いる場所が城内ではなく、とある教会の内部だったことが分かる。何色にでも染まりそうな、真っ白な壁。高すぎる天井。二列に分かれた木製の来賓席に挟まれた赤く長い、祭壇まで続くカーペット。祭壇の後部、壁に彩られた、高い位置にある大きなステンドグラス。然しそこから日の光は差し込まない。全ての明かりは蝋燭の淡い光で照らされているだけ。


  天井には魔導協会であることを示す赤と黒で彩られた旗。


「クソッ……。何が起こっているんだ!」


  イレズミの思考。ミネルヴァはわざわざ城の中まで【記憶操作のスキル】を使い二人を、この謎の教会まで誘導した。しかし、ならば何故ガネーシュ村から魔導協会区に至る道中で狙わなかったのか? イヴォルグに私を献上したかったから? もしそうなら私がミネルヴァの殺気を看破した時点でそれは破綻している。現状そう考えるのが自然なんだが……。


(ミネルヴァが敵対したのであれば、北のナイーラも敵対したと考える事が道理なはず。そうなるとミネルヴァが未だ魔導協会区に居ること自体がおかしい)


「お前……ナイーラ()を裏切ったのか……?」


  北を裏切り南のイヴォルグについた。それなら辻褄が合う。


  それに対する返事はない。


「すごいね……。スキルを失っても、身体能力と戦闘センスが高い」


  ミネルヴァの脛骨周辺が少々軋むらしい。対するイレズミ。特に痛みは感じていない様子。


「あくまでしらばっくれる気か!」


  イレズミの採った選択、それはミネルヴァを速攻で倒しここからピギイと共に脱出する。ミネルヴァがイヴォルグについたのであれば、ピギイを殺す指示を出したのもイヴォルグの可能性が高い。


(記憶操作はもう使わせない)


  記憶操作の使い勝手なら予想はできる。それは発動までのタイムラグ。それにお姉様の家でミネルヴァは、スキル発動時に手をかざしていた。予備動作を確認し次第、瞬時にそこを潰し発動自体を妨げる。


  しかし。


  突如イレズミの視界が揺れる。眼球と視神経をジャックされたような感覚。


(……いつの間にスキルを……? いや、脳を直接弄っているのか?)


  嘘で塗り固められた視界からミネルヴァが姿を消した。イレズミは、ミネルヴァが魅せる幻覚の正体に気づくことは出来ない。


(……本当に記憶の操作なのか!?)


  意識外からの打撃ダメージ。イレズミは腹部に、恐らくミネルヴァの左の蹴りを喰らう。


「ガッ……!?」


「でも、スキルに頼れないあなたは弱い」


  ミネルヴァは姿をくらまし、更に打撃による正体不明の追撃を幾度となく与える。イレズミも無理やり周囲に向かって拳を振るい、蹴りをぶん回し攻撃を当てようとするが、空を切るだけ。その隙にまた打撃を入れていくミネルヴァは、イレズミを殺すつもりはないらしい。


「……あなたを痛めつけるんじゃあキリがないね……」


  イレズミの視点からは、ミネルヴァの姿は見えない。その代わりに視界の端でひらひらと使い魔モードで目に映り、虚空を進み、虚空に向かって心配し声を投げかけるピギイがいた。


「イレズミ様……!? 無事ですか……!?」


「うん。無事だよ」


「ピギイ! 違う! そいつは私じゃない!」


  ピギイはいつの間にかミネルヴァスキルに支配されていたらしく、イレズミの声も聴覚をジャックされているせいか届かない。


「くっ……! 間に合え!」


  イレズミがピギイのもとに駆け寄ろうとするも、お互いの距離が遠い。手を伸ばすも、ミネルヴァを妨害することは叶わない。


  恐らく、ミネルヴァがダガーを抜き、恐らく、ピギイの首元を狙い、恐らく、現在進行系でナイフがピギイに触れる刹那。



  キィン! と、皮膚と金属が触れるんじゃあ到底成り立たない、硬質な音が城内に響いた後、ゴッ! と骨と肉がぶつかり合うような音。その音に合わせて姿を見せる、左の頬に赤い腫れが浮き上がっているミネルヴァ。

 


「……危ないところだったな!」

 

  ここにいる三人、誰にとっても見覚えのない、長い金の髪を後ろで結び、右手でブロードソードを持ち、ベネチアンマスクをつけた男。低い、凛々しい声を発した後、使い魔モードのピギイを左の掌で優しく握り、ピギイに話しかける。


「大丈夫か!? 少年!?」


「ふえ……? あれ……? イレズミ様は……?」と、ピギイ。


「……お、お前は……? な、何者なんだ!?」と、イレズミ。


  明確にピギイとイレズミを助けに来たと見えるムーブ。しかし、それでもイレズミにとってはまだ信用たる人物なのかどうか分からないし、ピギイは戸惑いを隠せないでいる。なにせ今さっきミネルヴァに裏切られたばかりだし。ピギイは幻覚を見せられていたばっかだし。


「わ、私の名前か……!?」


「ああ! もうこっちは何がなんだか分からないんだ! お前が信用たる証拠をくれ!」


(やばい、どうしましょう。何も考えてなかったわ)


  ミネルヴァもめっちゃこの不審者を睨んでいる。唐突に表れた不審者に、警戒を露わにせざるを得ない。


(ふっ……小娘め……。めっちゃ睨んできてるわね……)


  この仮面男の正体は勿論お姉様。しかし、それでもお姉様は名乗ることは出来ない。だがイレズミの事を考慮すると名乗ったほうが良い。さっきから騙されっぱなしで、しかも眼の前に新たなる不審者が出てるわけだし、もうキャパオーバーだろう。脳を整理するためにも、正体を告げたほうが良い。しかしお姉様は名乗れ無い、誰もが納得できる理由がある。


(ごめんなさい……。イレズミちゃん……。ピギイ君……。私はそれでも名乗れないの……。なぜだか分かる……?)


  それは純愛に関する、お姉様の胸に秘めたる条項の一つにそれは記されている。


【条項七:純愛の守護者は見守るに徹せよ。ただし、純愛が守られない場合のみ、救いの手を差し伸べる事を許す。その際も正体を表してはならない】


  女装をしている男だからこそ、声まで変えて、振る舞いも男らしくし、正体を隠すことが出来ているお姉様。だが、今は純愛の危機。お姉様は、イレズミを安心させる為に、更に男らしい野太い声で、今この瞬間思いついた、自身の役割上の名前を名乗ることにした。




「……私の名前は純愛仮面!」

 



  ——何処にでも居る……。普通の純愛仮面さ……!——




(……ふっ。決まった)


  世界が静寂と純愛に満ちる音がする。実際にこの場を支配しているのは沈黙だけなので音は一切しない。


  しかしそんな沈黙もイレズミの笑い声で終わリを告げる。


「ははは……。まあこんな大馬鹿者が敵な訳ないよな。そうだよな」


  まあ敵にしてはふざけすぎているような。味方にしてもふざけすぎではあるが。


  純愛仮面とイレズミの目が交差する。純愛仮面は目を逸らす。このままだと正体がバレてしまいそうな気がして。


「共闘してくれるか? 純愛仮面」


「……ああ! 一緒に倒そう! 奴はきっと手強いぞ!」


「それなんだが……。奴のスキルは……」


  言い切る前にさっきまでミネルヴァがいた方向を見るイレズミ。もう既に彼女は姿をくらましている。


「純愛仮面! 奴は姿を消すことが出来る! 気をつけろ!」


「問題ない! 奴のスキルの概要はある程度分かっている! そして……!」


  純愛仮面がイレズミの後方を思いっきり剣で刺突。そこには何もないはず。


  だが、予想に反して先ほどと同じキィン! とぶつかり合う音が再度響くことになる。間髪入れずに前蹴りを放つ純愛仮面。すると蹴られた衝撃で後方に跳ぶミネルヴァが姿を再度現す。


「……私は彼女の位置も分かっている! 私のスキルでね!」


  純愛仮面は【触れた物の位置を把握するスキルLV3】を使用し、視界に入れずともミネルヴァを補足する。更に……。イレズミとピギイに、純愛仮面のスキルに伴う違和感が発現する。


「なんだ……? 私もミネルヴァの位置が分かる……」


「私もです……。何でしょう? これは」


  【触れた物の位置を把握スキルLV3】を【脳内に座標がマッピングされるスキルLV2】と、【触れた物と物の相対距離が分かるスキルLV2】に分解。


  後者を【思考を共有するスキルLV2】と結合(マージ)。これにより【触れた者に位置情報を共有するスキルLV3】を生成。ピギイとイレズミは、純愛仮面のスキル特性に依ってミネルヴァを補足し続ける事が出来るようになった。


  胸を張る純愛仮面。


「私には高レベルスキルなんて無い……。だが、純愛を守るに足る、力と資格はあると自負している……。」


  イレズミに、ピギイを手渡す純愛仮面。


「行こう。二人とも。共に純愛を守り切ろうぞ」


「……ああ!(何を言ってるんだこいつは)」


「……はい!(変な人ですねこの人)」


  ミネルヴァが冷静に、しかし怒りを滲ませる。


「……位置を把握しただけで勝てる気になるなんて……。」




  ——あまりふざけないほうがいいよ——




  ミネルヴァが纏うオーラが先ほどとは違う。翼は竜を色濃く主張し、尻尾の黒いトゲが大きく膨張し、赤く染まりだす。


  彼女の怒りに当てられたイレズミ達は気を引き締める。


「……ここからが本番だな……」と、イレズミが折りたたみ斧を背中から取り出し、臨戦態勢。


「ピギイ」


「はい。何でしょうか。イレズミ様」


「しっかり戦場を把握していてくれ。お前の思考が戦況を左右する可能性もある」


「はい! 任せてください!」


  ピギイは空も飛べるし小さくもなれる。俯瞰視点で物事を見ることにうってつけのスキルセットを持っている。役割を与えられたピギイは早速可能な限り上空へと飛翔する。すると視界に入るステンドグラス。


  そこに映る不自然な、巨大な影。

 

  察知する、新たな敵の襲来。

 



「イレズミ様! 上を……!」




  なんの前触れもなく割れるグラス、と同時に姿を現し、地上に飛び降りる影。巨大な、全容がローブに隠された男が、ミネルヴァとイレズミの間に降り立った瞬間、全員の視界が揺れる。


  純愛仮面に依って整理されたイレズミの脳内にある盤面にヒビが入る。更に誰もが予想だにしない出来事。


  男はミネルヴァに正対するために振り返り、その巨大な手が持つ、金属製の杖を用い彼女を薙ぎ払う。衝撃でミネルヴァは壁に激突する。


「……は……?」


  何が起こったのかは分かる。でも、何のためにそれが行われたのかが分からない。


  だって、ミネルヴァは、北を裏切り、今目の前にいる男と協力関係を結んでいるはず。


  イレズミ達に背中を向けていた男は、ゆっくりと杖を使いながらイレズミの方に向き直る。頭までを隠すフードの上方を空いた手で触り、脱ぐ。垢に塗れた長い髪が顔を覆い隠そうとも、男が何者なのか、イレズミにはハッキリと分かっている。

 



「イヴォルグ……!」

 



  彼女の声を彼の耳が捉え、ローブに付いていた口々が、囀りだした。

 


『ああ! なんで竜神がこんな所に!?』『な・に・を・し・て・い・る・の・こ・の・狼藉者!?』『ひゃあああ! イレズミに傷をつけてないだろうな!?』『であれば罰を与える準備を』



『イレズミ!』『イレズミ殿!?』『イ・レ・ズ・ミ!?』『イレズミ』




「助けに来たよ。イレズミ」

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