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調子に乗って部下たちに私の持つ『千を超えるスキル』を分配しまくったら最後に見事に裏切られたんだけど?  作者: 瑠火


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二章:前半

転送日から三日を数える。


 宛もない旅だったが、イレズミとピギイは無事に中央からやや東南にある『ガネーシュ村』へとたどり着けたようだ。


 短い日数だというのにトラブルが、初日から絶えなかった。

 先ず、転送直後。ピギイの腕に謎の打撲痕。コレをピギイは明確に、転送前には無かったとイレズミに伝えていたらしい。二人はピギイのその傷を、ケアしながら進む羽目になる。


 そこから、あてもなく進んだ二人。手ぶらだったので、落ちていた木の実を食べ、どうにかイノシシを殺し、食い繋ぎ、三日かけてやっと見つけたこの村の宿に泊まろうとするも、まさかの銭がない。


 行き当たりばったりで、各民家に泣いて土下座をしたが断られ続ける。これを散々繰り返し、村の中でも外れにある民家で、ようやっと泊めてくれそうな、美しい、イレズミほどではないが背の高い、魔族の女性が見つかった。それが今さっきの出来事だ。

 

 イレズミと相反するように長い金の髪を携えた彼女はシュッとした体型を努力で維持している事が容易にわかる。眼差しは慈愛に満ちていて、二人を迷子の子猫かなにかの様に導き、二階建て、ログハウスのような庭付きの丸太小屋に案内してくれた。


 そんな美しい女性が住む、民家の中でのイレズミと家主のやり取り。その一部始終がこちらである。


「イレズミちゃん! あなた食べられない物は何かある!?」

「いや! 何でも食べるぞ!」

「そう! ならこの山盛りの残飯を食べてちょうだい!」

「ハイ! ってええええええええええ!? ざ、残飯!?」

「そうよ! 私が手心込めて作った料理に使われなかった端材達よ!」

「じゃあ手心がこもって無い方しかねーじゃねーか!」


 魔王イレズミは、器にモリモリに入った残飯たちを確認する。

 キャベツの端材、肉の端材、魚の端材等々……何もかもの端材がそこには詰め込まれていた。


「お、お姉様……ほかにも食べられるものってありませんか……?」


 その言葉に反応したお姉様がイレズミをぎろりとにらみつける。


「……あなた……さっき『なんでも食べます!』って元気よく言ったよね……?」

「は、はい……。でもまさか残飯だとは……」


 お姉様がイレズミの顔をのぞき込む、さらなる圧をかける。


「言ったよね……?」

「は、はい……。」

「まあ安心して。その残飯も意外と美味しいから。じゃあ犬小屋に帰って。イレズミちゃん」


 後に嘘は嫌いだと語る予定のお姉様。言質を取られたイレズミは何も言い返せず、器を手に取り、食事の準備をする。


 庭の犬小屋。雨風を凌ぐことくらいは出来るだろう。お姉様が、突貫でトンカチと木材を用いて作った。ちゃんと二メートルあるイレズミに考慮して、大きいサイズの犬小屋になっている。


 二人はこの中で一緒に眠るのだろう。住まわせてもらってるだけありがたい。贅沢は言えない。


 犬小屋の前で正座してイレズミを待つピギイ。今は130㌢モード。移動時以外は大体この状態で過ごす。


「ピギィ……。ご飯もらってきたぞ……。」

「待ってましたー! ってええええ!? 何ですかこの山盛りの残飯!」

「端材の盛り合わせだ! 美味しそうだろう!」

「いや全くそうは思いません……。えーまあ仕方ないか。一緒に食べましょう」

「おう。いただきまーす」


 椅子も机も用意されていないので、犬のように器を地面に置き、四つん這いのまま、手を遣わず食べる二人。相対し、一つの器を挟んで食べる。


「不味い! なんだこれ! ピギイ! これやばいな!?」

「えーそうですか? 私は美味しいと思いますけど」

「嘘だろ!? おまえこんな残飯の何がいいんだよ!」

「もー……魔王様は贅沢だなー。ほら、ここのキャベツの芯とか特別美味しいですよ!」

「青虫か!」


 二人は黙々と飯ならぬ餌を食べる。

 こんな端材でも、犬の様に喰らおうとも、イレズミは楽しい。


(……生きてるっっって感じがする……!)


 半面、浮かない顔のピギイ。何か憂いでもあるのだろうか。


「どうした。ピギイ。肉の端材を食うか?」

「い、いえ……それは魔王様が食べてください……」

「……?」


 何か違和感のある言い方。本当は、お肉を食べたいんだろうに。


「……どうした……? ピギイ。何かあったのか……?」

「い、いえ……あ……あの……」


 喉のつっかえ。でもここまで来たなら伝えておこうと決心する。


「……本当に申し訳ありません……私が、軽々しく賛成なんて言ったから……こんなことに……」


 魔王城での生活を思い出す。今頃イレズミは、仕事を終えて、暖かいシャワーを浴びて、円卓に並べられたご馳走を、どれから食べようか悩み、一番大好きなステーキとかを食べているところだっただろう。それでベッドの上でマンガを読んで一緒に眠る。今とは比べられない程に、裕福な生活だ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいのピギイ。そんなことはお構いなしに、イレズミはピギイの隣に這い這いになって移動し、抱きしめる。


「ふぇ……!?」

「何を言ってるんだ……今私はとても幸せだぞ……」

「そ、そうなんですか……!?」

「ああそうだ。首輪に繋がれた安全より、いつ死んでもおかしくない自由の方を私は愛している。」


 忙殺。好きでもない事を続ける。時間を殺されているようなものだ。つまらない時間で、生を埋めたくはない。


「それにピギイがいる。ピギイがいなかったら、私にこのような大胆なことはできなかった。確かに、マンガを読めないのは辛い。でも、であれば、私がこの物語の主人公になればいい。だからピギイ……」


 ピギイを強く抱きしめる。その後、少しだけ二人の間の距離を離す。ピギイの目を見据えるために。


「私は幸せだ。やっと、幸せなんだ。お前と出会って以降。責務と、奴ら四天王に、解き放たれてから」

 より美しく、より自由になったイレズミを目の当たりにして、潤んだ目を隠すために下を向くピギイ。


「……。私も幸せです……。魔王様……」


 ピギイにしか見せない、円満の笑顔を見せるイレズミ。下を向こうとも、ピギイが喜んでいることなんて分かっている。


「よし! なら肉を食え! 端でも肉は肉だ! いらん気を利かすな! 半分こしよう!」


「は、はい!」


 二人は端材を分け合い、四つん這いのまま食べ続ける。

 食べ続けること数分。そう言えばと顔を上げ、ピギイに話しかけるイレズミ。


「なあ。転送してすぐ負っていた傷があっただろ? あれはどうだ? もう痛くないか?」

 不自然な激しく、鈍い痛みを、転送直後に抱えていたピギイが右腕をさする。確かにそんな痛みもあっ

たなと思い出し、

「はい! この通り痣もありません!」

 と、イレズミに見せつけた。


「そうか! なら良かった! 骨が折れてたりしないかなーと心配していたんだが……」


 言い切らず、安心したのか空腹に負けて再度端材を貪るイレズミがぼやっと呟く。


「しっかし……まずいなぁ……」

 

 ♢♢♢


 ガネーシュ村入口。人型の魔人の男が三人。

 それぞれの胸にスキルコア。

 男のコアと、イレズミのコアが薄く光り、反応しあう。

 悪意を持って村を訪ねた魔族達。中心の男が炎をちらつかせる。

 

 血の滴るすじ肉を齧りながら。

 

「おいてめえら! 村を燃やされたくなければ、俺の言う通りにしな!」


 ◇◇◇


「なーんか入口のほうが騒がしいなと思ったら……」

「何やら魔族の男たちが騒いでいますが……襲撃でしょうか……?」

「まあそうだろうな……。しかしまさかこんな場面に出くわすとは……」

「……どうしましょう……?」


 現在、村の中央に陣取る魔人。見たところ、低級の魔族。戦闘に長けたものなら、無傷で屠ることはできるだろう。


 二人は今、民家の陰に隠れて様子を窺っている。


「……任せておけ。ピギイ。」


 イレズミの凄味に充てられ、ピギイの毛が粟立つ。

 イレズミが立ち上がり、怒りを浮かべ、魔人たちに向かって歩を進めようとする。

 

 さあお前ら。どう殺されたい?


 次元斬によって剪断されたいか重力に潰されたいか宇宙の狭間に送られたいか。

 呼吸ができなくなってもいいな四肢を捥いでもいい永遠に冷めない悪夢を見せてやってもいいな。

 圧死転落死浸死震死轢死煙死狂死扼死殪死餓死切死・斬死。どれもいいなどれにしよう。

 

 イレズミの真骨頂はここにある。選ぶ、余裕があった。スキルの選択をシームレスに行うことができた

ので、千を越えるスキルを操ることが、出来た。


 ゆっくりと歩を進める魔王・イレズミ。その歩みを妨害するはまさかのピギイ。使い魔状態となり、浮遊し、イレズミの眼前に割り込む。


「魔王様! 魔王様!」

「……なんだ? ピギイ……?」

「あ、あの、もしや今、スキルで奴らを一掃する予定でしたか……?」

「ああそうだ。よかったな。ピギイ。お前にやっと、私のかっこいいところを魅せてやれる。」

「あ、あの……それなんですが……」

「……なんだ?」

「魔王様はスキルを譲渡しつくしたので……出来る事は何もありません……」

「……」


 ――そうだった―!――


 若年性健忘症の疑いのあるイレズミ。まあまだスキルを譲渡して三日しか経っていない。スキルのない生活に慣れていないのも、仕方がないだろう。


 中途半端に歩みを進めたせいで、魔族達に見つかってしまった。


「おいそこのデカ女! てめえ何しようとしてやがる!?」

「え! あ、あのーこれはですね……。」


 元魔王が急に弱気になり立ち往生する。スキルに頼ろうしていたので、今内心めっちゃ焦っているところだ。しかし、周囲を囲む村人たちは、救世主足りえる人財が現れたと知り、その者に希望を託す。


「姉ちゃん! 村を頼んだぜ!」

「そんな奴やっつけてやって! あなたならできるはず!」


 めっちゃ村長っぽい魔族のジジイも現れる。


「どうかそこの巨女! 村を助けてくれ!」

「誰が巨女だ!」


 しかし、でかいからこそ、救世主感がある。イレズミは皆の希望を勝手に背負わされ、戸惑っている。


「……へっへっへ……見たところ、この村の脅威になりえるのは、お前しかいねえようだな……綺麗なねーちゃんよ」


 正解。このスキルを失った巨女を倒せば、この村の制圧は容易だ。


「はーはっは! 俺達は魔王様のスキルを持っているんだ! お前なんかぺちゃんこにしてやる!」

 とのこと。そんな発言をされちゃあ、魔王も黙ってられない。


「なるほど……。お前ら、私のスキルを悪用しているんだな」


 小さく囁くイレズミ。この魔人たちは魔王の姿を知らない。故に間抜けにもガチの魔王の前でこの様にイキり散らかしているわけだ。


「ボソボソ言ってんなよ! 姉ちゃん! こっちから行くぞ!」


 右端の魔人が詠唱無しに手元にオーソドックスな火の球を生成し、投擲する準備。スキルによるものだ。


「へっへっへ……くらえ! 『火球』!」

「むっ……!?」


 リーダー格の魔人から火の塊が放たれる。イレズミは思考する。

 ――避けてもいいし……受けてもいいし……どっちでもいいな……。――

 思考する余裕があるほどに遅い火の玉。あくびをする余裕もあるようで、結果イレズミは火球を顔面にまともに喰らってしまう。


「うーん……避けようか……どうしようかな」

「ま、魔王様! もう当たってます!」

「む! そうか!? では今度はこちらから行かせてもらおう!」


 ステップを左右に踊るように踏み刻み、タンッ! と、風を切るように接近。狙いは殺気火の玉を飛ばしてきた、右に位置する魔人A君。


「なっ……! はや……!」

「お前が遅いんだよ」


 腐っても魔王。スキルが無い? 関係ない。そのまま大きな体を畳んで懐に潜り込み、重心を左に寄せ前手を構えた後、左のフックを顎に喰らわせる。


「ガッ……!?」

 脳を揺らされ、意識を失う魔人A君。1Kill。すかさず、魔人B君がイレズミに襲い掛かる。

「てめえ何しやがる!」

「お前こそ、この村に何しやがる……って感じなんだけどな」


 B君は接近戦が得意なタイプの魔人ではないのかもしれない。大ぶり。隙だらけのしょうもないテレフォンパンチをイレズミに向けて放つ。


 しかしB君の拳が着弾する前に、イレズミは奥脚で、槍のように鋭い三日月蹴りを放っていた。


「゛ア゛ア……!?」

「……なんでお前たちは武器を持っていないんだよ……」

 素手で村を襲う、原始人以前の戦い方をする魔人君たちにツッコミを入れる余裕もある。

 2kill。B君の臓器はイレズミの蹴りによって破裂してしまった。

 残るはC君。さっきまでスジ肉をかじっていた男。


「てめえ! なにもんだ!?」

「……やるぞとっとと。」


 低級魔人。しかしスキル持ち。さっきの火の玉野郎とは違い、もっと強力な魔王スキルを持っている

筈。あんなしょうもない火の球を放つ魔法が、魔王のスキルなわけがない。


(……私のスキルを使わせない……。それが最善だ)

 C君が声高らかにイキる。


「お、おれには魔王様直伝のスキルがある! おまえでは絶対にかなわない!」

「あっそ」


 言うや否やC君の背後に回り、チョークスリーパーを入れるイレズミ。


「使わせないぞ! そんなもの!」

「グええええ……」と、短い唸り声を上げるC君。


 8、9、10秒……。頸動脈を絞め、脳へ進む血流をコントロールし、血圧を下げる。 

 するとあら不思議。C君の意識は白濁し、終いには気絶してしまった。


「ふぅ……。危ない危ない。私の持つスキルなんて使われたら、たまったもんじゃないからな。」

「凄いですー! 魔王様! 昔何かやってたんですか?!」

「はい……昔少しだけ……魔王をやってまして……」

「すごい! だからこんなにも強いのですね!?」

 

 くだらない茶番を繰り広げる二人。余裕の勝利だ。

「どうされるつもりですか? もう悪さ出来ないように、スキルを奪うつもりですか?」

「ああ。そのつもりだ。」


 狙い通り、魔王のスキルを使用される前に魔人達を倒したイレズミ。魔人を仰向けにし、スキルを奪う準備。 


「お前のスキルは没収させてもらうか」

 イレズミは、C君の胸に露出した、スキルコアの一部と、イレズミの舌にあるスキルコアを、屈んで舐め取るように接地する。そのまま、スキルコアが持つシステムに倣い、スキルを奪う。C君のスキルコアから、舌を離す。

『スキルコアの譲渡システムを起動します。Fetching data……』

「……どのスキルを持っていたんだろうな……」

「……ちょっとドキドキしますね……」


 スキルコアが光る。どうやら完了したようだ。  

『completed』 

『『ごはんを美味しく食べることができるスキルLv.1』のマイグレーションが完了しました』 

「「……」」


 ――こいつこんなクソみたいなスキルでイキってたの……!?――

 思ってたんと違うスキル。なんかもっと、それこそ雷を出したり、何か必殺の剣とかで敵をシュバッ! と切り裂いたりするスキルとかを想像していたんだが。


「……私……こんなしょうもないスキル持ってたっけ……?」

「ま、魔王様! よかったじゃないですか! 一応、悪党からスキルの回収ができましたよ!」

「いや……これスキルっていうか、生物に標準搭載されている機能の一つっていうか……」


 まあ誰もが持っているものをスキルと呼ばれてもって感じはする。


「……こいつ『村を人質にするぜ!』って時に、なんですじ肉をかじってんだ……?」

「……よほど美味しくする事が出来るスキルなのかもしれませんね……。」


 傍と、死にかけている魔人A君とB君を見る2人。


「……もしやこいつらのスキルも、めっちゃしょうもなかったりする……?」

「……回収してみますか?」

「ああ……お前がやってくれ。もう私には必要ないものだしな。」


 ピギイがA君の体を隅々まで探す。ぱっと見は無いので、服を脱がす。スキルコアは背中にあった。尻尾を器用に動かし、A君のスキルコアに接地するピギイ。


「こんな感じでしょうか……? あ! 光りました!」

『スキルコアの譲渡システムを起動します。Fetching data……』  

『completed』 

『『小さな火の玉を生成するスキルLv.1』のマイグレーションが完了しました』 

 ピギイのスキルもなんだか頼りない。まあご飯を美味しく食べるスキルよりはマシだが。イレズミがぼやく

「低レベルスキルばかりだな……。効果範囲も制限も多い……」


 イレズミの独り言の意味するところ。スキルにはレベルがあり、高レベルスキルになっていくと使い勝手が良くなり、制限も減る。そもそもの効果が変容することもある。

 ついでにもう一つのスキルをピギイがB君から奪う。すると獲得したのは『命中率が上がるスキルLv1』


「どーにもおかしい。スキルが初期化されている。譲渡時にその様な制約でもあったのだろうか。それにスキルの容量も小さくなってる。完全にダウングレードが起こっているとしか思えない」


 何かの陰謀か。はたまた譲渡のスキルの仕様か。


 これらの犯罪者をしかと眺めた後、イレズミが試しに自分の手をかざし、あることを試みる。


「……大体、この程度の火だったら、スキルコアに残ったキャッシュデータ(残骸)で生成できそうだけどな……。ほら」

 と言い、舌を出しコアの光と手元の火球をピギイに見せつける。

「おー! これなら今後の旅がとっても楽になりそうですね! 他のスキルも使えそうですし!」

「そうだな! 後で色々試してみよう!」


 そうなると、じゃあイレズミにこんな低レベルなスキルはいらないじゃんってことで。ピギイの提案。


「それなら、このスキルは私が頂いてもよろしいでしょうか?」

「そうだな。ピギイが持っていてくれ。自分の身を守る為にも必要になるかもしれない」

「はい。ありがとうございます!」

「しかし、結果オーライだな。マジで次元斬持ちとかだったら私達は真っ二つだっただろうし」

「そうですね。……。それよりお腹が空きました……早くご飯を食べに戻りましょう」

「ああ……村人たちがめっちゃ歓声をあげてるしな。行こう」

 救世主扱いされちゃあ休息も落ち着いてできない。2人は、逃れる様にこの場を後にする。

 

 ♢♢♢


「ただいまー! 私たちの犬小屋!」

「さーてと! 残った端材を食べましょう! 魔王様もお腹ペコペコでしょ?」

「ああ…………!」 


 ふと、何かに気づいた様子のイレズミ。  


「もしや……! 早速食べよう!」

 早速自分の分の端材を犬の様に喰らうイレズミ。ひとしきり喰らった後、食材によって汚した顔をピギイに向ける。


「う、美味い……!」

 あまりの美味さに震えるイレズミ。そのまま、顔を天に向け、咆哮の準備をする。


「美味いぞおおおおおおおおお!」

 あまりの形相のイレズミの顔を見て、くすくすと笑うピギイ。

「ほらーだから言ったじゃないですかー? これちゃんと味付けされてたんですって。」

「あ、ああ……そうだな……」


 当たり前のことにも気づかなったイレズミ。スキルがないとただの味盲女のまま人生を終えていたのかもしれない。


 そんな事実に気づいてか、あまりの美味しさに胸打たれてか、イレズミは泣きながら端材を喰らう。

「……魔王様が泣きながら犬の餌を喰らってる……」

 突如、お姉様の家の、犬小屋のある庭に面している方の扉が、内側から開く。お姉様の登場だ。

 

 額に汗をにじませ、手には山盛りの食材を抱えて。

 

「イレズミちゃん! ピギイちゃん! 遅くなっちゃった! 今からちゃんとした料理を作るから、風呂に入ってておいで!」


「え! で、でも……良いのか……?」

「良いも何も、なんでも食べるんでしょ? なら何でも食べさせてあげるから待ってて!」


 どうやら、とある別の村にある市場まで、食材を買うために走ってきたようだ。そして今帰ってきたらしい。


「とりあえずお湯を沸かしてくるから! 湧いたらお風呂に浸かって!」


 足りないから、満たされた時、嬉しい。これが生きるってことだろう。二人は顔を見合わせ、喜色満面の笑顔をお姉様に浮かべる。


「「ありがとう! お姉様!」」

 

 ◇◇◇


 煉瓦造の浴槽の中に入る二人。浴室にて体を洗いっこし、三日溜まったお互いの垢を完全に流しきり、今に至る。


 体の大きいイレズミにとっては体育座りがちょうどいい。ピギイはイレズミの腿と胴に挟まれ、後ろから抱っこされて浸かる。


「あー! 生き返るー!」

「ホントですね……川で体を洗うなんて体験も悪くはなかったのですが……やっぱり温かい湯には敵いません」

「いや……お前、川で洗うっていうか……川に落ちたんだろ……。」


 アレは三日前。二人で川の水を飲もうとした時に起こった。本当に間抜けな話だが、川の近くにあった石に130㌢モードのピギイが転び、そのまま川にダイブしたのだ。


 幸い怪我はなかったが、全身びしょ濡れになったピギイ。服を脱ぎ、結果川で体を洗い、イレズミの服の中に潜り込んで身を寄せ合って夜風を凌いだ。


 そのせいで二人は川から中々離れる勇気がなかったと。水筒すら持ってなかったし。

「……にしても私達。変ですよね」

「何がだ?」

「普通、手ぶらで冒険なんてしませんよ。しかも行く宛も無しに」

「……はは! 確かに。着替えさえあれば、川に落ちた後もどうにか出来てたもんな。」


 イレズミがピギイを思い切りぎゅ~っと抱きしめ、頭皮の匂いを嗅ぐ。ピギイは少しだけ苦しい思いをするが、痛みはない。胸が嬉しくて苦しい。


「……お姉様に後で、お礼を言わなくちゃ……」とイレズミ。

「そうですね……。」

「さあ。のぼせちゃうし。そろそろ出ようか」


 イレズミがピギイを抱きかかえる。そのまま浴槽から出て脱衣所に移動。イレズミがピギイの頭にタオルを被せ、拭き、今度は体をくまなく拭いてあげる。その後ピギイがイレズミの体を届く範囲で拭き、後はイレズミ自身で胴体を拭く。


 お姉様が用意してくれた白い寝間着姿の服に着替えるが……イレズミにとってはちょっと小さい。おヘソが丸見えだ。対するピギイにとっては大きい。ダボダボ、萌え袖、裾を引きずりながら歩く羽目になる。そんなお互いの姿を見てクスクス笑い、お姉様がいるであろう台所に向かう。


「ありがとう、お姉様。本当に何から何まで」

「ありがとうございます! とっても気持ちよかったです!」

 と頭を下げる2人。その二人を見てニコニコ微笑むお姉様。


「あらあら……女の子同士、仲良くていいわね。一緒にお風呂に入るだなんて」

「こいつ、男だぞ」


 目をパチクリとさせる。確かにピギイは女の子にしか見えない。髪も長いし、ピンク色だし。しかし、

お姉様が驚いた理由はそれだけではないようで。


「……え!? そうなの!? あなた達、一緒にオフロに入るって事に、何の違和感もないの……?」


 違和感とは? なんて疑問を顔に浮かべる二人の見た目は姉妹のよう。


「いや……私達はこれが普通だけど……」

「はい。いつからでしたっけ? まあとにかくこれが普通です!」


 ますます驚く。あんまり男女でお風呂に入るって聞かない。ピギイの見た目が幼いにしても。


「……二人は姉弟ではない……?」

「ああ。血は繋がってない。」

「……ピギイ君は何歳……?」

「私は十五歳になります! まだまだ若輩者です!」


 魔族は肉体の成長が遅いと言うか、代謝が遅いというか。イレズミだってもう齢は百を超えていると言うのにまるで二十代前半の人間の女性のよう。然しそれは知恵が人間の物差しに追いついていない訳では無い。年齢とともに成熟する思考の速度は、人間と比較しても対して変わりはない。


「へー……なんか良いわね。二人の関係。ね。」


 とお姉様。二人を見比べる。そして彼女も秘密を開示する準備。


「私って何に見える?」

 意味を多分に含んだ質問。だがまあ奇をてらわず、二人は回答することにしたようだ。

「綺麗なお姉様……。でしょうか」

「以下同文だ」

 首を振るお姉様。二人の回答は間違いらしい。綺麗なお姉さんではないとはどういうことだろうか。

「正解はね……。私って男なの」


 口をあんぐりと開ける二人。『ピギイが女の子に見える』はまだ分かる。子供だし。お姉様は、容姿もそうだが、声もお姉様だ。二人にとって、お姉様に男の要素は微塵も感じられなかった。


「えーと、その、つまり、お姉様はお兄様ってことですか?」とピギイ。しどろもどろ。

「うん。『だからこの様に男の声も出せます』」とめっちゃ低い声を出すお姉様。

 綺麗な女の人から男の声が出る。そりゃ二人の脳もバグるだろう。実際に今二人は相当困惑している。そんな困惑している片割れのイレズミから、お姉様に質問。

「ちょっと聞いて良いのかどうか分からないが……」

「ああ。分かるよ。なぜこんな格好をしているのか? でしょ?」

 イレズミが申し訳なさそうに小さく頷く。

「……。誰の欲望も満たしたくないから……。なんて言っても、曖昧だよね」

 遠くを見つめようと上を見上げる先には天井。お姉様も、何かに囚われている。


 話を意図的に中断するお姉様。二人も何も言わない。空気を読むのみ。

 ふっと立ち上がり、二人の汚れた服を指差し、「これ、明日洗う?」と聞く。するとイレズミとピギイが、

「自分で洗うぞ!」「自分で洗います!」と元気よく返事する。

 お姉様は「なんだか子供が二人出来たみたい……」と、うっとりした。


「さあ。料理が冷めちゃう。皆で食べましょう」

 今いる台所とは別のダイニングに案内される。そこの大きな円卓には、気合を入れて作ったであろう事が一目見て分かる料理達が並べられてあった。

 三人で顔を合わせ、目を合わせ、一斉に『いただきます』。食の嗜み方は性格を表すと言ったりするが、イレズミは豪快に両手でフォークを器用に使い、肉と野菜を交互に食べる。ピギイは丁寧に少しずつ、バランスよく小皿に盛り付け、ナイフとフォークで切り分けて食べる。


 お姉様は母性をにじませて微笑み、カマをかける気満々で……。

「……『魔王様』は豪快に食べるのね……」

「ああ! ってえええええ!? なんで分かったんだ!?」

「だってピギイ君が普通にさっき『魔王様』って言ってたよ」


 めっちゃ焦った表情のピギイ。そういえば全く呼び方を気にしていなかった。


「すみません! 魔王様! 迂闊でした!」

「いやお前もう一回呼んでるじゃないか! 迂闊すぎるだろ! わざとか!?」

「だって……ずっと魔王様って呼んできてたし……」


 なら慣れている呼び方を自然としてしまうのは致し方ない。しかし、それではイレズミがわざわざ変化のスキルを使って仕事をしてきた意味がなくなってしまう。見かねたお姉様が二人に普通のアドバイス。


「まあどうせ訳ありの旅なんだろうし、何も聞かないけど……。でも、それなら『魔王様』って呼ぶのはやめたほうが良いわよ」


 超絶真っ当な意見だ。そうなるとイレズミは、ピギイになんと呼ばれたいのだろうか。


「ふふふ……。色々候補はあるぞ……。イレズミ様、イレズミちゃんとかもいいし……。お姉ちゃんなんてのも良い……。『ちゃまちゃま』とかもどうだろうか……」

「どっから得た着想なんですか……最後のやつ……えー……では……」

 ピギイが頬を赤らめる様は恋する女の子の様。イレズミを魅了するためだけに瞳を不随意に潤わせ、イレズミを狂わせる。

「お、お姉ちゃん……」

 ………………………………………………………。

「きゃああああああああああ!」

「うるさ! 耳元でうるさ!」

「冗談で言ったのに! 冗談で言ったのに!」

「二回も言わないでください!」

「冗談で言ったのに!」

「いや三回目! しつこ!」


 予見していた事であるが、イレズミがピギイに飛びつき、頬ずりをする。


「もう一回呼んで! もう一回呼んで!」

「……お姉ちゃん?」

「ぎゃあああああああ!」

「ぎゃあああああああ! うるさっ!」

「私のこともお母さんって呼んで! お母さんって!」

 まさかのお姉様参戦。

「……お母さん……?」

「ぎゃあああああああ!」

「ぎゃあああああああ! うるさっ!」


 この後も二人はピギイに何度もお姉ちゃんとかお母さんとか呼ばせる。結局ピギイはイレズミのことを『イレズミ様』と呼ぶことにした。何故ならこのままだと鼓膜が破壊されるからだ。

 二人の女がひとしきりピギイで遊び終わった頃に、ようやく食事は再開。食べ終わった後、いつの間に仲良くなったんだか、三人で食器を洗って、テーブル周りを掃除する。


「ところでピギイ君はなんでイレズミちゃんの事を『お姉ちゃん』って呼んでみたの?」

「……聞かないでください……」

 と赤面するピギイであった。


◇◇◇


 お片付けも終わり、就寝の準備。結局二人は犬小屋で寝る模様。お姉様のお部屋で眠る選択肢もあったが、犬小屋で寝るという変わった体験がしたいらしく、二人はお誘いを丁重に断った。


 そんで、いつも通り二人で寝ることになるのかと思いきや……。


「イレズミ様。三十分だけ時間をください。お姉様とちょっとお話をしたいんです」

 ちょっとだけ不満そうなイレズミ。

「えー! 私も混ぜろよ! 何の密談をするつもりだ!?」

「ちょっとだけ相談が在るんです! 本当にお願いします!」

「うー……分かった……ただし三十分だけだぞ!」

 

と、駄々をこねるおこちゃまを置いてガチャリと扉を開ける。ダイニングテーブルの上に置いてある小さなろうそくの光を頼りに、何かを認めているお姉様の元にトテトテと駆け寄る。


「あら、どうしたのピギイ君。眠れない……とかじゃなさそうだけど」

「はい……あの……そのペンと紙を。ちょっとだけでいいので貸してくれませんか……?」

「いいけど……何を書こうとしているの?」


 あの……、とためらう様子を少し見せ、結局伝える決心をしたらしいピギイ。


「……イレズミ様に……。手紙を書きたいのです……」


 身悶えするお姉様。わ・ざ・わ・ざ、いつも隣りにいるであろうイレズミに、お風呂だって一緒に入るイレズミへ、わ・ざ・わ・ざ、手紙をしたためる純粋な心の透明度の高さときたらそれはもう。


「……死んじゃう……ちょっとだけ時間をちょうだい……」

「……はい。(……なぜか分からないけどお姉様が死にそうです)」


 荒ぶる呼吸を深呼吸で抑え、激しく拍動する心臓を無理やり、拳でぶっ叩いて抑えるお姉様。


「……よし。治ったわ。いい? ピギイ君?」

「なんでしょう……?」

「純愛は時に人を殺すわ。次からは事前に医者を呼んでおいてちょうだい」

「……わかりました(どういうことでしょうか……?)」


 困惑するピギイ。殺すというか、勝手に死にそうになってるだけにしか見えないが。

 そう言えば、ピギイは先程、イレズミに「ちょっとだけ相談が在る」と伝えていた。ペンと紙を借りるだけでは用は終わらないらしい。


「あと……。手紙って、受け取って嬉しいものなんでしょうか……?」

「……? どうしてそんな事を聞くの。ピギイ君」

「……イレズミ様は、沢山の恋文を色んな人から受け取っていたのですが……あんまり嬉しくないようで……」


 そりゃそうだ。と、言いたいところだが、どうやらピギイは四天王のキショい手紙を読んではいない。なので、『手紙を出すこと自体』がそもそもキショい行為なのでは? と、彼は考えていると。


「そうねー。それってやっぱ手渡す人によるわよ。例えば、若いカッコいいお兄さんが、スマートにきれいなお姉さんに手紙を渡す光景ってどう?」

「それは……素敵だと思います……」

「でもそのお兄さんがとんでもないストーカーだったら?」

「……急に地獄絵図です……」

「そう。だから二人の関係性が大事。」


 なるほど。と、得心がいったらしいピギイ。割と身近な例だし。であれば、やることは一つ。


「書きます。」

「……良いじゃない。でも、何を伝えたいの?」

「えーとですね。感謝もそうなんですけど……。後は……。その……。あの……」


 モジモジするピギイを見て、お姉様の純愛センサーがビクビク反応する。これはアレだ。アレだろ絶対。


「(アレだわ絶対)……。ならその何かが分かるまで一緒に考えましょう」

「はい! ありがとうございます! あ、あの……。なんでそんなに優しいんですか?」

「えー? んー。どういうことだろう?」

「だって……。私達、なんの対価も払っていませんし、どう見ても私達って怪しいですし……」


 なんだ、そんな事を考えていたのか。この子供は。と、心中可笑しくて笑うお姉様。


「実は、あなた達はもう私に対価を払っているわよ」


 ピンと来ていないピギイ。「それは何でしょう?」と追加で質問。


「独り身だからね。この様な生き方は結果、孤立する。同じ仲間を見つけるまでは。つまり、その仲間たちも、私と同じ様に孤立するの。すると、隠居する。私みたいに。だからそもそも同じ仲間は見当たらない」


 ピギイは言葉をつまらせる。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして。


「ふふふ……。気にしないで。つまり、二人が来てくれたお陰で、寂しさが紛らわせたってこと」


 途端に嬉しそうな表情のピギイ。人の役に立つって嬉しい。


「じゃあ……ピギイ君にとってイレズミちゃんはどんな存在なんだろう」

「えーっとですね。お母さんみたいというか、お姉ちゃんみたいというか……でも……。」

「でも?」

「でも……。それ以外でもあるような気がして……。よく分からないんですけど……」


 お姉様が驚愕する。このコ……。もしや……!?


 (……恋っていう概念を知らないんだわ! きっと!)


 純愛の予感がするじゃないか。すると過呼吸に陥るお姉様。それはさっき見たんだが。


「……はあ……。はあ……。分かったわ。ならあなたが探している言葉。一緒に見つけましょう」

「は、はい!」


 さっきから致死量の純愛がお姉様を襲う。死なないためにも早くこの問題を解決せねばなるまい。とい

うわけで。


「取り敢えず書いてみたらどう? 筆を進めると思いつくことも在るよ」


 お姉様は答えを教えない方針らしい。ピギイが『それ!』っていう、伝えたい言葉を見つけるまで、ただただサポートするだけ。


「一応、途中までは考えています! 見てください!」


 なんかキャピキャピするピギイ。お姉様の膝の上にちょこんと乗り、お姉様が用意した紙に認めていく。小さい手で綺麗な字を書くもんだな、と感心していると、油断しているお姉様をぶっ殺すためだけに生まれたような、命を刈り取る形をした、鋭利な恋文が現れた。


『私はあなたと一緒にいたい。それ以外は何も望まないと言いたいけれど。でも本当は、あなたと一緒に外に出て、行く宛もなく歩き慣れた道を歩いたりして』


「……イイ!」

「良いですか!? やったー!」

 思わず親指を立てて、震えながら口元を抑えるお姉様。内臓でも吐きそうになっているのだろうか。

「そんな感じでどんどん書いちゃいましょう!」


 ってわけでお姉様の膝の上。あーでもない、こーでもない、なんて悩みながら計三十分が経過したところ……。


「ピギイ! 三十分経ったぞ! 戻ってこい!」


 おこちゃまの登場。真っ暗な犬小屋の中に時計なんて無い筈だが……と、部屋にある時計を見るピギイとお姉様。マジで三十分ぴったりだ。


「イレズミ様……。もしや秒数を数えてたんですか……?」


「ああ! そうだ! 一八〇〇秒きっちり数えたんだぞ!」


((すごいけど怖い))

 真っ暗な犬小屋の中で寸分狂わず一八〇〇秒数えきる女。怪異そのものじゃないか。


 ジロリと二人を見るイレズミは半泣き。その後、目線を落とし、ピギイ達が書いているであろう手紙に興味を持つ。ピギイとお姉様は既に隠しているので、内容は見られていない筈。


「何を書いていたんだ……?」

 すると、二人は顔を見合わせて、ニッコリと笑い

「教えません!」「教えない!」

 と、秘匿した。


「うぅ……。いつの間に二人とも仲良くなって……。ずるいぞ!」

「はいはい。じゃあピギイ君。お姫様といっしょに眠ってきな」

「はい! あ、あの。お姉様……」

「……なぁに?」

「ありがとうございました。」


 頭を下げるピギイ。イレズミも一緒に頭を下げる。その後二人は身長差が在るにも関わらず手を繋いで外の犬小屋に繋がる扉を開ける。出る。扉が閉まる。


 こちらお姉様。


 はあ、とため息を付いて、一休み。温かいミルクでも飲みたいわ。なんてことで蔵からミルクを出し、鍋に入れる。マッチを擦り、小さな、料理用の暖炉のもとに行き、灯し、鍋を置いて温める事数分。ホカホカミルクを木製のコップに移し、椅子に戻り、足を組み、ミルクを飲んだ後、再度ため息。はあ……。




 激 推 し カ ッ プ ル 爆 誕 の 予 感 ☆ !



 

「恋を知らないけど愛を知っている二人というカップリングは古典まで遡れば幾らでも見つかるが最近では性的に搾取されることを許容しているようなキャラクターIPビジネスが主流に成りつつある。この世界においてなかなか無いましてや虚構の中ではなくリアルに在る半径五十㎝の楽園ときたら尚更。しかもイレズミちゃんは背が極端に高いお姉様属性とまさかのチラと見えるヤンデレ属性そして主たるお姉さんとしての素質。対するピギイ君は先程も申した通り恋を知らない可愛い女の子のような男の子そもそも二人の容姿の希少性が高すぎるのにそれに紐づいた関係性とキャラクター性これはまさにゲルニカ的とも言える………………」



 何を言っているのか分からないが、とにかく二人の関係が尊いらしい。これを紙に綴る。



「……はあ……。憂い。どうしましょうこれ。母乳が出そう」

 男だから母乳は出ない。

「……一旦寝ましょう。このままだと純愛に殺されるわ」


 二人が寝ているところを眼球に収めたいが、その衝動を抑える。


私はママ。純愛を守護するお母さんよ。二人の聖域を作るの。いつでも二人が帰ってこれるように、いつでも両手を広げて待ってあげる。そんなママに、私はなりたい。


「……明日、二人がなんであんなに尊いのか、再度分析する必要があるわ」

 そのためには、そもそもなぜ二人があんなに仲が良いのか。潜入調査ね。なんて。

 そんなこんなでお姉様改めママだかお母さんは二階に上がって寝室の扉を開き、武器やら鎧やらに囲まれた部屋に入る。


 しかしそれらを一瞥もせず、思いっきりベッドにダイブした後、泥のように眠る。

  

 ♢♢♢


「……よく寝た。」

「……意外と寝心地が良かったですね……」


 犬の素質があるのか、相当疲れていたのか。二人の表情はとっても晴れやか。並んで上体を起こして、四つん這いになり、這って犬小屋を出る。その後立って同じタイミングで伸びをし、欠伸をした後、お姉様の家の扉まで移動し、開ける。お姉様が寝ていたら悪いので、一応全ての動作はゆっくり行われている。まあその必要はなかったが。


「あら、おはよう。早いわね。今ご飯の準備しているから」


 ママの一日は早い。ママである以上、短い睡眠でも効率的に休息を取れる様に訓練する必要があるとママは語る。


 イレズミとピギイがキッチンに置いてある、まだ手のつけられていない食材達と、器具を見る。すると嬉しそうな二人。


「あー! これもしや人間界の料理作ろうとしてるだろ!?」

「あら、よく分かったわね! おにぎりと卵焼きとおみそ汁よ! 唐揚げも作るわ!」

「うわー! 私も大好きです! お姉様! 私達もお手伝いして良いですか!?」

「……え……? お、お手伝いですって……?」

「ああ! こう見えて私達は料理は出来るんだ! 一緒につくろう!」

「いやイレズミ様そんなに料理得意じゃないでしょ!?」

「うぐっっ……まあそうだが……。でも一緒に作りたい……」


 モジモジするイレズミを見たママの心情やいかに。想像に固くない。


「ならイレズミ様! 私が教えてあげますから! ね! 良いでしょ!? お姉様(ママ)!?」

「私からもお願いする! お姉様(ママ)!」


 二人の推しに両側から挟まれるママ。左下を見ると、上目遣いのピギイ。まだこんなに小さくて可愛い。右上を見るとイレズミ。もうこんなに大きくなっちゃって……。子どもの成長って早い。少しだけ淋しい気持ちになっちゃう。


(……どうしましょう……?)


 揺らぐママ。お母さんとしては、やはり二人の子供たちには椅子に座って待っててほしい気持ちがある。しかし改めて欲しい。早まってはダメだ。だって、実はもっと、ママとして激熱なイベントがあるのでは……?


(……子供たちと一緒に料理を作るってなんだかめっちゃママじゃない……!?)


 イレズミちゃんが卵焼きを作ると仮定しましょう。ひっくり返そうとして失敗する。それを見たピギイ君が手取り足取り教えてあげる。「菜箸で縁を取るんですよ―」「……こ、こうか?」「そうですそうです」とか言って。そして再度チャレンジするイレズミちゃん。「三度目の正直だ!」とか言って。その光景を前かがみになった私とピギイ君で見守るの。菜箸を不器用に使って、遂には上手にひっくり返すイレズミちゃんに、喜ぶイレズミちゃん。そしたら彼女は私に向かってなんて言うと思う……?


 ——出来たぞ! お姉様!(ママ)——


「母 乳 が 出 ち ゃ う!」

「うお! びっくりした!」

「な、なんて言いました!?」


 取り乱すお姉様。さっきからずっと菜箸でボールに入った卵をかき混ぜていると思ったら急に叫びだす。そりゃ二人もびっくりする。


 苦渋の決断を下すお姉様。胸が苦しい。本当は推しに干渉してはダメ。それが推し活の掟。それなのに、自分の私利私欲に二人を巻き込んでしまって申し訳ない。


「……一緒に作りましょう……三人で……」

「「やったー! ありがとう! お姉様!(ママ)」」


 ちなみに二人はお姉様のことを『ママ』とは一切呼んでいない。お姉様の脳内補完だ。


 この後三人で料理を作る。そうすると想定以上のことが起こってくれる。

 揚げ物の油にビビるイレズミ、おにぎりを上手に握れないイレズミ。勿論、卵焼きも上手に作れないイレズミだっている。


 そしてイレズミが全てを乗り越える度にお姉様に見せる笑顔と言葉がこちら。



——見てくれ! お姉様(ママ)!てバレてるし」



「そうですね! 私達の出会いを聞けば、 上手にできただろ!?——

「もう死んでも良い!」

「うお! びっくりした!」

「さ、さっきから何を言ってるんですか!?」

 完成された食卓の前で身悶えし続けるお姉様であった。


 ◇◇◇


 昨日と同じダイニングにて。円卓の上、形の崩れた卵焼きとおにぎりの隣に、ピギイとお姉様が作った綺麗な料理が並べられている。それを皆で仲良く食べる。


「うふふ……。私、幸せ……。あ、イレズミちゃん。ほっぺに米粒が付いてるわよ……?」

「あ、ああ……ありがとう」

「……なんでしょうか。このお姉様からあふれ出る慈愛の心は……」


 しかも別にほっぺに米粒なんて付いていない。イレズミの頬に手を伸ばした際に、手に忍ばせておいた米粒を一瞬のうちに頬に付けて、それを取っただけだ。


(どっちかがジュースをこぼしたりしないかしら)


 まあそんな事は起こらず。しかし、二人を見つめているだけでもお姉様は幸せ。

 イレズミがピギイに、イレズミが作った唐揚げをアーンをする。それをもぐもぐ(´~´)こんな感じで食べるピギイ。今度はピギイが作った唐揚げをあーんする。もぐもぐ同じように食べるイレズミ。


「ねえ、二人って何でそんなに仲がいいの?」


 気になりもする。年が離れた、血もつながっていない二人は普通こうも仲良くならないような。


「……んーお姉様にならいいか。もう魔王様も納得すると思います」

 

 その話はピギイの

「私は売られました、実の両親に」

 から、始まる。


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