一章:イレズミとピギイ
――『魔王城』アーシュラ中央区――
「働きたくないなー。おいピギイ!」
「な、なんでしょう! 魔王様?」
「働かずに済む方法を教えてくれ!」
玉座に座すは魔王『イレズミ』。身長が2mを越える魔族の女性。黒く、雨のように切りそろえられた前髪が、肩甲骨の下角まである後ろ髪が、忘れじの鼻が、末広方の目が、彼女を美しい女である事を思い出させてくれる。
尾骨から飛び出した長い尻尾は、悪魔の証明。先端はスペードを象る。
【魔王:イレズミ 所属:魔王城】
今、魔王の前でふわふわと、蝙蝠の様な羽を使い浮遊しているのは、使い魔『ピギイ』。小さな、掌に収まるサイズの悪魔。ピンク色の長い髪を携える。女の子の様な男の子。イレズミと同じような尻尾を持つ。
【自身のサイズを変更するスキルLv3】を持ち、スキルを完全にオフにすると130㎝程の子供らしい体躯になる。このスキルLV3はとても便利で、身につけているもののサイズも体に合わせて変更される。
【魔王の使い魔:ピギイ 所属:魔王城】
数年前にお料理係として就任したピギイは、よく働き、気も利くようで、その時からイレズミにたいそう気に入られていた。労働力としても、珍しくイレズミにはっきりモノを申せる従者としても。
しかし長く働くと仕事量も増える。現在、彼は料理に限らず複数の仕事をこなす使い魔として、また、唯一イレズミのそばにいる権利を与えられた従者として彼女に仕える。
「ま―たろくでもないことを……。労働は能力の証明です。魔王様は他の魔族より出来る事が多い。労働の宿痾を受け入れてください。」
「……それもう、他の魔族が私より無能であるという証明では……?」
「そんなことありませんよー。相対評価で言えばそうかもしれませんが。」
数えきれない程のスキルを持つ魔王イレズミ。その中のスキル『分身』を駆使して現在、玉座に座りながらも複数のタスクを、城外城内問わず行っている。楽しているように見えて、実はめっちゃ頑張ってるのだ。
「……なんで私の分身体が、牧場でアルバイトする必要があるのかね。人手不足過ぎだろ。建築もやってるし。野球チームも運営しているぞ。ピッチャーもキャッチャーも外野手も内野手も監督も、相手チームですら私だ。一人ブラック企業かな?」
つまりイレズミが消えると野球文化が消滅の危機に晒されてしまう。
それくらい圧倒的に人手が足りていない。そしてイレズミはスキルの力で何でも出来る。故に場外にいる部下よりも彼女は多くの仕事をこなす。城の中の雑務だって彼女が大半を行う。
ちなみに全員に変化のスキルを使用し、魔王とは違う姿で派遣している。彼女は表に姿を現したくない理由があるようで。
「んー。やっぱり魔王様って便利ですね。今度私の部屋の掃除もやってくださいよ」
「やるわけないだろう。むしろそれはお前の仕事だろうに」
悪魔のしっぽをぴょこぴょこさせ、ぽけーとした顔で、イレズミの顔を眺めるピギイ。
「んー……でも、魔王様って、どうにも魔王様感がないんですよねー。戦ってるところとか、見たことないし。」
「ああ。そうか。お前は私の戦闘を見たことがないもんな」
であれば『アーシュラ統一紛争』も、その目で見たことがないのも道理である。歴史を知っているにしても。
「そうなんですよー。何十年も前に魔王様が無双し、末に四天王を従え、この大陸を統治したことは知っているのですが……。あとは何も」
「……だからお前は私に軽口を叩けるのかもしれないな。それなら見なくてよい。見ると私を恐れ、今の関係性を維持することは難しくなる」
「またまた―。年頃の男の子みたいなこと言ってー」
「年頃の男の子はお前だろう……」
呆れる。いつの間にこんなませた男の子になったんだか。
魔王イレズミの業務内容は多岐にわたるが、基本的にはこのデスクワークだ。分身体の数があまりにも多すぎるために、椅子に座り体を休めながら脳をフルで動かす。ピギイとの会話はただの息抜き。この後すぐに集中してまた分身の制御に没頭するわけだが……。
「魔王様……。また例の郵便物です……」とピギイ。
「げっ! またあいつらか!?」
集中を妨げる予感。
ピギイと郵便担当者がやり取りをする。それが終わり、紐がついた籠を小さな手で受け取り、パタパタと羽ばたきながらイレズミの前まで持ってくる。
籠の中を確認するまでもない、4つのブロックに分けられた手紙達がそこに在る事はすぐに分かる。
ピギイが一枚一枚手に取り、差出人を読み上げようとするが。
「えーっとですね。先ずこの大量の手紙が……」
「これソドムだろ?! 多すぎるんだよ毎回! 1枚でいいだろうが! どうせ同じ内容なんだし! 捨てとけ!」
「え、えーっと。この真っ赤な手紙は……」
「サタリカの手紙はシンプルにキモい。捨てとけ」
「こ、この可愛いハートのシールの便箋がですね……」
「ナイーラか。まあ……。捨てとけ。地味にキモいんだよあいつも。」
「この大層なキラキラした便箋が……」
(イヴォルグだな! それだけ私によこせ! あいつは絶対なんか仕掛けてる! ほら! 小型カメラだ! 読んだふりするか……)
最後だけささやき声で確認するイレズミ。大量のきしょいラブレターを受け取ることに慣れている様子。
「……相も変わらずモテモテですね……。魔王様……」
「ああ……全く嬉しくはないがな……」
吐き気がするほどの内容。特にサタリカは素材がキモい。イレズミは定期的にこの様な嫌がらせというか、重すぎるファンからのメッセージを受け取っている。
全ての手紙は炉に入り、行く宛もないまま煙になる予定。まあ、望まれない恋文の行方なんてそんなもんだろう。この後もイレズミは働き、ピギイは彼女を支える。そうやって一日は過ぎる。
♢♢♢
(結局今日も労働で一日が終わった……。)
シャワーを浴び、寝間着に着替え、ベッドに突っ伏すイレズミ。
イレズミサイズの大きな長い尻尾も、心なしか枯れてしなびて見える。
ちらりと本棚を見る。漫画。外の世界から輸入された、頼りない紙で構成された大衆向けの娯楽。人間とやらがどうやら描いているるらしいが、貿易はイレズミの担当ではないので詳しくは知らない。
なんどもなんども読み込んだ一冊を手に取り、読みふけり、泣く。
「……尊い! 人間凄い!」
130㌢モードのピギイさん入室。涙する魔王を見て「またか……」と微笑み、暖かいミルクが入ったコップをサイドテーブルに置く。すると膝立ちになり、尻尾をぴょこぴょこさせたイレズミがピギイを出迎えるのが常。
「ピギイ……!」
「……はい。なんでしょう?」
魔王イレズミさんは語る。
「絵が描けるってやばくね!? 2Dで3Dを表現するって人間しかできないよねこれ!? しかも話も創ってるんだよ!? それに即した絵! シーン! 何年かかってこの境地にたどり着けるんだろう……!」
「……そうですね……。血の滲むような努力を、何年もの間されてきたのだと思います。短い、限られた寿命の中で」
「あーいいなー……私も仕事が無かったら、絵を描いたり、風景を見たり、この世界を見て回りたいな―。」
「分身体で全部できるじゃないですか」
「いや……ただでさえ野球チームの運営とかで忙しいのに……絵なんて高度な処理に割く脳のリソースはない。分身体の時の記憶なんて、全部は覚えてらんないし……」
「あー……なるほど……。だからいつもの漫画を読んで、心を慰めているのですね」
漫画や小説の存在を、ピギイがイレズミに伝えた。一般的な知識ではあるのだが、彼女は最低限の娯楽すら知らなかった。故に、現在、沼の様にこれらの創作物にはまっている訳だ。
ピギイがいつもの様に、魔王が手に取った漫画を開き、眺め、いつもの様に感動する。
「しかし……いつ見ても良いですよね……異世界転生だなんて。よくこんな事、思いつきます……」
「そうだよな!? 本当にすごい!」
仰向けに寝転ぶイレズミ。その後天井を見る。ゴロンと一八〇度回転し、うつ伏せで頬杖をつき、両の目に輝きをランランと蓄えてピギイを見る。
「なあ! 良いよな!? あーいいなー異世界転生! 私もこんな労働尽くし、そんでキモいストーカーまみれの生活から解き放たれて、山の中でスローライフとかしたい! それか冒険でも良いな!」
彼女は特別、転生物に憧れを抱いている様子。現実から逃避するにもってこいの虚構は、異世界にあるのかも知れない。
その後も彼女はピギイとページを捲りながら、語り合う。夜が近づくにつれ、彼女は睡魔に襲われる。
♢♢♢
「忙しい人だな……。」
語り合うというか、一方的に漫画愛を捲し立てた後に、眠るイレズミさん。体は大きくても女の子。眠る横顔は絵本に登場する、リボンを付けた、少女みたい。
力さえなければ、彼女はもしかしたら、容姿で人々を魅惑し、物語でも人を魅了する漫画家にでもなっていたのかもしれないなんて思わせる純粋な寝顔。
「……不幸な人だよな。この人も。」
毛布を手に取り、イレズミに掛けてあげるピギイ。起こさないようにと、ソーッと移動しようとする。
「ピギイ……!」
まあこうなる。ピギイは後ろから、イレズミに抱き着かれる。これもいつもの事。
「……はい。起こしちゃいました……?」
「……うん……。ねえ……ピギイ……?」
「……ハイハイ。分かりました。一緒に寝ましょう。」
ピギイもピギイで面倒くさい。呼び止められないと、一緒に眠れない。照れが勝る。から、口実がいる。
大好きな魔王様と一緒に眠る口実が。
イレズミの両腕がピギイを捕まえ、抱き上げ、両腕で抱えたままベッド入り、毛布を頭の先から爪先まで覆うように被る。お互いのしっぽが不随意に、お互いを絡めあう。
「……逃がさないぞ……」
「……逃げませんって……」
この愛のカタチが何を表しているのかを、二人はまだ知らない。でも何だか、ピギイの心臓にはイレズミの、イレズミの心臓にはピギイの形の穴が開いているように見える。
「ねえ…………ピギイ?」
「…………なんでしょう。」
「…………転生するなら、どんな世界に行きたい?」
イレズミの胸の中、腕に挟まれて、どんな世界に行きたいかなんて問われても。
「……どこでも良いです……あなたと一緒なら……」
「……うん……私も……」
ぶっきらぼうに言ったって本心は隠せてない。本当はそんな答え、聞かれる前から決まってたくせに。
「……おやすみ……」
「……おやすみなさい……」
そうやって二人はお互いのいるべき居場所を確認した後、パズルをはめるみたいに、二人でしか埋められない穴を埋めながら、抱き合って眠り、そのまま朝を迎える。
♢♢♢
『翌日の朝。またいつもと同じような日。しかしイレズミはご機嫌。何か良からぬことでも考えているのだろうか。
玉座に座るイレズミが、いつもの調子で、使い魔状態のピギイに話しかける。
「ピギイ……聞いてくれ! 私が働かずに済む方法を思いついたぞ!」
「……またろくでもない事でも思いついたのでしょうか……?」
「ふっふっふ……要は、部下たち全員が、私より有能になってくれればいいんだろう……?」
「……まあそうですが……」
「つまり、私のスキルを譲渡すればいいのだ!」
「……まじで言ってます……?」
「大まじだ!」
スキルコア。体の何処かに、自身のスキルが出来上がると同時に望んだ位置に、体表に露出するように生成される球状のコア。ここにスキルデータは格納される。
これがまた不思議な素材で、金属性ではない未知の、魔族ならではの構成物質で編まれている。質感は金属そのものにしか見えないのだが。
ちなみに、イレズミのスキルコアは舌の先端あたり、ピギイのスキルコアはしっぽの先端にある。
「いやそれ……やめておいた方がいいでしょう……。魔王様が弱体化しちゃいますって。」
「うっ……でも……」
言い淀むイレズミ。頬を赤く染め、思春期の女の子の様に、両の人差し指をもじもじと合わせ、口をすぼめる。
「私も……人並みに遊びたい……」
有能過ぎるがあまり、働く毎日。自由は夜、寝る前に眺める漫画の世界とピギイとの触れ合い、語り合い。ただそれだけ。
魔族は長命だが、彼女はまだ若い。生まれてから今まで、ずーっとこの世界に貢献してきた。
――人並みに遊びたい――
代わりがいないのが悪い。代わって滅んでしまうのならば、それは世界の怠慢だ。そうだそうに違いない。
もし仮に世界が滅んだとしても、彼女に罪はない。
我々が、魔王様以外が、そして何より、魔王様の側近であるにもかかわらず彼女の役に立てていない、私が怠けて弛んでいたこと自体が断罪されるべき罪なのだ。
ピギイが頷く。
「……まあ私に許可を求めてる訳ではないことは重々承知ですが……私も、責任をもって賛成させていただきます。」
「本当……!?」
「はい! もう好きにやっちゃってください! 後のことは私に任せて……」
「何言ってるんだ。ピギイ。」
「……はい……?」
「お前も一緒だぞ」
ピギイの目がイレズミを見る。イレズミもピギイを見る。
ピギイは決心する。そしてひらひらと蝶の様に舞い、イレズミの膝の上にとまり、立膝を仰々しくつく。
「かしこまりました。魔王様。お供させていただきます。どこまでも。」
たとえ地の果てだって、天を越えたって。体温を分け与えたのなら、一心同体。
あなたのいない世界なんて考えられないし、お前がいない世界なんて考えられない。
イレズミがピギイの頭を指先で撫でる。そして掌に乗せたまま立ち上がり、自身に発破をかける。
「よし! では使用させてもらおう! 『譲渡のスキル』!」
イレズミを中心に、光る神経網が、イレズミと各地の魔族を繋ぐ。
イレズミの身体に囚われていた、スキル達が各々新たな宿主の元へと進む。
イレズミはもう自由だ。民の声を聞き働く、魔王としての衣を脱ぎ捨て、ただの一人の少女となる。
『これを待っていた』
それを誰かが、待ち望んでいたようだが。
♢♢♢
転送陣の前にイレズミとピギイ。安全な場所に飛ばされる予定。
郵便担当の男、『隱ソ縺ケ縺溘↑��』が協力してくれるようだ。
「すまなんだ……『隱ソ縺ケ縺溘↑��』。勝手なことをして」
機械音声の様に、捉えどころのない声を放つ『隱ソ縺ケ縺溘↑��』。
「いえ……魔王様が常々、自由への憧れを語っていることを、私は把握しておりましたので……。」
『隱ソ縺ケ縺溘↑��』が転送陣の傍に立つ。魔王とピギイを転送陣の中へと誘導する。
「では、ピギイ。魔王様を頼んだぞ」
「……はい……! 『隱ソ縺ケ縺溘↑��』様!」
『隱ソ縺ケ縺溘↑��』が詠唱を唱える。イレズミとピギイの姿が消える。』
立ち尽くす『隱ソ縺ケ縺溘↑��』。誰もいなくなった転送陣をひとしきり眺めた後、転送陣を書き換える。
書き終えた後、立ち上がり、振り返り、そのまま玉座へと進む。
空になった玉座へと。
【???:隱ソ縺ケ縺溘↑�� スキル:記憶の操作Lv.5】』
4月からちまちま書いていた公募用の作品を急遽なろう様の企画に参加されているコンテスト用に整えた後、ぶん投げてますので改行が追いつきませんでした。ごめんなさい。




