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番外編04.蛇の復活・ングーミーチーウィットイーク(งูมีชีวิตอีก)

 ――さらに時間は進み、文字保有者たちが人面ムカデの鎮静化(ちんせいか)に成功し現場を去った日から一夜(いちや)が明ける。


 作戦のリーダーを務めたトープータオ・カヤンはあらためて化け物係のトップであるグリアムにその(むね)を報告したのち、ラートリーのいる図書館(とう)()(もど)った。


 館長室の(つくえ)に両ひじを置いたホーノックフーク・ラートリーが銀色の(ひとみ)で逆立ちのカヤンを見据(みす)える。


凶暴(きょうぼう)精霊(ピー)討伐(とうばつ)大儀(たいぎ)であったのう、トープータオ(ฒ)」


 吐息(といき)を多く(ふく)んだ声が室内に反響(はんきょう)する。

 ラートリーはホーノックフーク(ฮ)の(ちから)によってカヤンから真実を閲覧(えつらん)し、ボサボサの銀髪(ぎんぱつ)と灰色の上着を()らした。


「む。そのほう……自身の成功報酬(ほうしゅう)の十万バーツをまるごとポーサムパオ(ภ)に(わた)したようじゃな」

「ジョットマーイは今回の作戦に直接参加してねえが、彼女(かのじょ)がいなけりゃ作戦は成立しなかったからな」


 若草色の瞳でカヤンがラートリーを見つめ返す。


「だから口止(くちど)(りょう)()ねて(かね)をやったわけだ」

「まあ、そのほうの金をどう使おうがそのほうの勝手じゃて」


 幼さとりりしさが同居する顔をラートリーが愉快(ゆかい)そうにほころばす。


「しかしトープータオ。作戦終了(しゅうりょう)から()もないのにわしの前に姿をノコノコさらしてよかったんかのう。今回の討伐対象に(おそ)われた村の座標をわしにも秘匿(ひとく)しとったくせに」

「作戦が終わったからにはおまえともツラを()き合わせにゃあならんからな」


 カヤンは館長室の机の前に近づいた。


「まさかこのままずっと会わないってわけにもいかんだろう。これについては正式にグリアムからも許可をもらったさ」

「ほっほ……なら安心じゃなあ」


 両ひじを動かし、ラートリーが少し前のめりになる。


「ほうほう、その村はのっぴきならない事情によって法で裁けなかった殺人者や詐欺師(さぎし)強盗(ごうとう)などを集めて作られていたと」


 読み取った真実をよどみなく(くち)にする。


「新たに産まれた子どもや偶然(ぐうぜん)流れ着いた者は例外として、基本的に問題のある人間ばかりだったようじゃなあ。これが一般(いっぱん)に知れ渡ったら醜聞(しゅうぶん)どころの話では済まんわな。しかもこの村の成立にはお(えら)いさんも(かか)わっとるときたか……そりゃ存在自体を秘密にしておきたいじゃろうて」

「ああ。特殊(とくしゅ)な村だからこそ被害(ひがい)を周知することもできねえ。村人が全滅(ぜんめつ)したのにグリアムもほとんどショックを受けていなかったし、村は始めから存在しなかったことにされるだろうよ」


「そして近くに人面ムカデが発生したのは、村の人々に(うら)みをいだいた者が死後グラスーになってその怨念(おんねん)を強めたからかもしれんのう」

「かもな。だがさすがのおまえも、そこに関しちゃ憶測(おくそく)を述べるしかないか」


 カヤンが自身の首を右の手刀で軽くたたいた。


「ところでラートリー。ルディの真実はすでに見てくれたか」

「もちろんじゃ。ポープン(ผ)はきのうの夕方にわしと面会した」


 首を左右に(たお)しながら、ラートリーが言葉のはしばしに吐息(といき)()ぜる。


「ほ~、ポープンはヨム本人からつながりを示唆(しさ)されたようじゃが、わしが真実を閲覧(えつらん)したところそんな事実はいっさいないと分かった」

「だろうな」

「それと、ポープンはこんなものも渡してくれたわい」


 ついでラートリーは机の引き出しの(ひと)つをあけ、なかから黒い上着を取り出した。


「ヨムの着ていた上着じゃよ」


 前開(まえびら)きのそれを机にそっと()せる。


「もとはトータハーン(ท)とトーパタック(ฏ)がヨムから取ったもののようじゃな。それをポープンが預かり、わしのもとに持ってきてくれたというわけよ」


「ラートリー。()ビン野郎(やろう)の服からなにか分かったか」

「ヨムは海の小さな孤島(ことう)におる」


 左手を上着の上にすべらせつつ、、ラートリーが笑う。


()()()()()んじゃよ、この上着。つまりヨムは普段(ふだん)海のそばにいるということ。しかも上着には(しお)(かお)りが満遍(まんべん)なく付着しとる。()()()()()ヨムは海の(かぜ)を受けているということよ」

「船の上とは考えねえのか」


「ポープンはトーパタックから『ヨムがソースーア(ส)を資金源にしようとしていた』とも聞いたそうじゃ。よって向こうに経済的な余裕(よゆう)はないと分かる。しかも逃走(とうそう)する際、自分が()げるためにソースーアを手放したんじゃろ? 余裕がないといっても、(きん)を産するシーフーハーターが()が非でも必要というわけじゃあない」

「なるほど、確かに粗ビン野郎の本拠(ほんきょ)がオンボロの船だったり維持(いじ)コストのかかる巨大(きょだい)な船だったなら、ミーをもっと積極的に連れ去ろうとしただろうな。そうしなかったのは、立派(りっぱ)ではないにしてもそれなりに安定感のある孤島に身を(ひそ)めているからと考えるのが自然か」


「しかり。上着の真実を読み取ったところ、この服がヨムに長期間()られていたことも分かった。したがってミスリードのためにわざと服を置いていったとも考えづらいんじゃ」


 ここでラートリーはヨムの上着を引き出しにしまいなおした。


「具体的なヨムの本拠はこちらから(さぐ)るとして……同時に()し進めねばならんこともあるのう。……ノーヌー(น)」

「ここにおります」


 フードをかぶった金髪(きんぱつ)の女性が館長室の(とびら)をあけて姿を見せた。

 ラートリーは彼女――ノーヌー・キアに命令する。


「ホーヒープ(ห)は図書館塔にまだ滞在(たいざい)しとったな。呼んできてくれ」

御意(ぎょい)


 ネズミのようなか(ぼそ)い声で返事をし、キアは室内からすぐに出ていった。

 それからほどなくしてクリーム色の髪と瞳を持つ女の子が館長室に現れる。


หวัดดี(わっでぃ~)(ちわ~)」


 黒いシャツと白いマイクロスカートを着ており、(くち)に白い棒をくわえている。

 扉を閉めたあとやる気なさげな声と共に手を合わせ、カヤンとラートリーにあいさつした。


ธุระ(とぅら・)อะไร(あらい)(なんの用)」

「リアンゲの頭を出すのじゃ」

เคร(け~)(りょ~)」


 唐突(とうとつ)なラートリーの言葉にも異議を差し(はさ)むことなくホーヒープ・スープパンがうなずいた。


 くわえている棒をすっと()く。

 先端(せんたん)には、こけ色の立方体のアメがついていた。


「ばーん」


 目を半分閉じた状態でスープパンが唱えた。

 するとこけ色のアメが棒から(はな)れて浮遊(ふゆう)し、大きくなる。


 そしてこけ色の立方体のなかからオレンジの直方体が転がり落ちた。


 スープパンは棒をくわえなおしたのち直方体を両手で拾う。

 六枚の半透明(はんとうめい)の板に囲まれた箱の内部には、緑がかった長髪とは虫類のような目を持つ壮年(そうねん)男性の頭部が収められていた。


 ついでこけ色の立方体が溶けるように消える。

 頭部の顔面をラートリーに向け、スープパンは沈黙(ちんもく)した。


 カヤンがスープパンの左横で男の顔を見上げる。

 ラートリーが両腕(りょううで)でほおづえをつき、箱に入った頭部に(はな)しかける。


「そのほう、まだしゃべれるじゃろ?」


 だが頭部はなにも答えない。

 ここでスープパンが箱を上下左右に大きく()らした。


ตื่น(とぅーん・)ได้แล้ว(だいれーお)(起きてー)」

「や、やめんか……っ!」


 どこか聞き心地(ごこち)のいいガラガラした声が箱から響く。

 それを聞き、スープパンが手をとめる。


ตื่น(とぅーん・)แล้ว(れーお)(起きてたー)」

「まったく、相変わらずホーヒープ(ห)はマイペースなことだ」


 (くち)を動かしながら男性の頭部がカヤンとラートリーに視線を向ける。


「それにトープータオ(ฒ)とホーノックフーク(ฮ)か。首を落とされたわたしにまだ意識があるとよく分かったな」

「分からんわけがなかろうが。わしはホーノックフークなんじゃからのう、リアンゲ」


 前かがみになったラートリーがオレンジの箱を右手でつつく。

 カヤンは逆さまの姿勢を(くず)さず、男――リアンゲのあご裏の文字を見る。


「リアンゲ。おまえのンゴーングー(ง)はあご……つまり頭の一部(いちぶ)に属している。確かにキアによっておまえは頭を切り落とされて死んだが、ンゴーングー自体は頭部から離れていない。わたしら文字保有者は文字を本体からはがされたときに死ぬ。だが逆に言えば、文字が本体から離れなければその生命力は常人のそれを()える。したがってあご裏に字を刻んだおまえが頭部だけで活動していてもおかしくねえわな」

「わたし自身も意識が続いていることにはびっくりしたよ。とはいえリアンゲという男がもう死んだ事実はくつがえらないがね。今はわたしの(たましい)が頭部にわずかに引っかかっているだけだ。現状ンゴーングー(ง)の(ちから)も行使できんしな」


 は虫類のような目を左右交互(こうご)に閉じてリアンゲが続ける。


「だが君たち、そんな()(がら)同然のわたしになんの用かね。言っておくがウォーウェーン(ว)を殺したことについてわたしに(あやま)る気はないよ」

「こちらも今さら謝らせようとは(おも)っとらんし、そのほうを殺したことを()いてもおらぬ」


 ラートリーは首を右と左に回し、息をついた。


「聞きたいことがあるんじゃよ。そのほうはンゴーングー(ง)の力を使って、あちこちに縄を(はな)っとったろうが。その縄で凶暴なピーたちを(ふう)()めていたんじゃろう?」


 それはアーティットが考察して仲間と共有していたことだ。

 当然ながらルディと面会した際にラートリーも認識の共有を済ませている。


 リアンゲはオレンジの箱のなかであごを縦に()った。


「確かに蛇に見立てて多くの縄を放していた。無生物の縄にも気ままに生きてほしいと思ったからね。その程度の真実は君も前から読んでいただろうが……縄たちがピーを封じていたとまではわたしも知らなかった。ともあれわたしが死んだことにより、その縄たちもかなり弱ってしまったんじゃないかな」


 ここでリアンゲが舌を出し、(くちびる)をなめた。


「そうか、君たちがわたしと話そうとしたわけが分かった。犠牲者(ぎせいしゃ)が出たのか」


 目を左右に泳がせたあと、なだめるように言う。


「ホーノックフーク……まさかわたしを殺したせいで犠牲者を出したんじゃないかと気に()んでいるのかい。別に君のせいじゃないとわたしは思うがね。わたしも君もピーを封じていた縄のことは関知していなかったし、あのとき君がノーヌーにわたしを即座(そくざ)に殺させていなければわたしはあの場にいなかったゴーガイ(ก)以外の全員を確実に殺していたよ」

「だとしても、これ以上被害を広げないためにもわしらにできることはやっておきたいんじゃ」


 ラートリーは机に右人差し指をすべらせ、コークアット(ฃ)の文字を逆さに書いた。

 リアンゲの目からは通常の向きでその字が見える。


「それは廃字のコークアットかね」

「実は今、わしらはこの字を刻んだ男――ヨムと敵対しとる。ヨムもそのほうの縄で封じられていたようじゃが、心当たりは?」


「……ないな。そのヨムがわたしの死後に出てきたということか」

「ヨムは、世界各地に散らばった縄たちを完全に戦闘(せんとう)不能にしたと言ったそうじゃ」

誇張(こちょう)だろうな。わたしの縄が世界各地に散らばっていることは事実だろうが、その男が縄を全滅(ぜんめつ)させたとは考えにくい。わたしが死んでからきょうまで、たいして時間はたっていないだろう」


「直接聞いたわけじゃねえが、わたしもヨムのその言葉はハッタリだと思っている」


 カヤンが静かに言葉を(はさ)む。


「本当にすべての縄にとどめを()していたら、化け物係はもっと()()()()()()していただろうよ」

「ふむ。で、君たちは被害を未然に防ぐために……わたしの縄が封じていた場所を(おとず)れてその様子を確認し、必要とあらばピーを退治(たいじ)したりしなければいけないというわけだね」


 状況(じょうきょう)を理解し始めたリアンゲの頭部が激しく上下(じょうげ)する。


「そのためにわたしにも協力してほしいのだろう? 確かにンゴーングーの力がわずかでも回復すれば場所ぐらいは探れるかもしれないが……わたしを殺しておいて図々(ずうずう)しいとは思わないのかい。わたしが簡単に説得されるとでも?」

「わしは、そう思うが」


 ラートリーも首を激しく左右に揺らした。


「そのほうはスーンの自殺を()()()したくらいなんじゃからのう」

「やはりわたしを見抜いているな、ホーノックフーク。そうだ、わたしはかつての仲間の君たちに協力するのも()()()()()()()()。別にわたしは君たちを(にく)んでいない。(たが)いの思いがぶつかった結果、わたしが負けただけだからね」


「……ゴーガイ・ディアオはそのほうが人間の持つすべての価値観を許容する大きな度量を持っていると言った。今なら(かれ)やポープラー(ป)がそのほうを気に()っていたのも分かるのう。ときにその性格は毒にもなるが、今のわしには気持ちのいい美点とも(とら)えられる」

「好きに考えてくれ」


 互いに頭の動きをとめたあと、リアンゲが首をかしげる。


「だがわたしが協力することをほかの文字保有者はみとめてくれるのかね」

「みとめるじゃろうな。そのほうがスーンを殺したのにも特別な事情があったわけじゃし、わしが大部屋(おおべや)でノーヌーにそのほうを殺させたとき、どれだけみなに殺意を向けられたと思うとるんじゃ」

「ふ……君はみんなのいかりの矛先(ほこさき)を少しでも収めるためにわたしを復活させたと()える」


 ついでリアンゲは箱の内部で顔の向きを変え、カヤンを見下(みお)ろした。


「トープータオ、本当に君は逆立ちが好きだな」

「これこそがわたしの健康法なんだよ、リアンゲ」


 カヤンは若草色の瞳でリアンゲの緑がかった目を凝視(ぎょうし)した。


「ともあれ、また仲よくやっていこうじゃねえか」

「……ああ。とはいえスーンを殺したわたしに対する君たちの軟化(なんか)した態度を見るに、わたしの死後ピーを封じていた縄が弱まる以外にもなにかあったようだね、聞かせてくれるかい」


พูดคุย(ぷーとくい・)ด้วย(どぅあい・)กัน(がん)二人(ふたり)で話そー)」


 そうやる気なさげにスープパンが言い、リアンゲの頭部の入った箱を両手でかかえたまま館長室から出ていった。


 リアンゲのガラガラ(ごえ)扉越(とびらご)しに聞こえる。


「気持ちはうれしいが、あまり()らすな、ホーヒープ(ห)……っ! はは……」

「……ラートリー」


 ドスの()いた声を出しながらカヤンは目を細めた。


「スーンとの一件(いっけん)があったとはいえ、やっぱりわたしもあいつのことが(きら)いじゃねえわ」

「そうよなあ。まあ首にしたわしが言うのもなんじゃが――」


 振り返り、ラートリーは館長室の窓の(そと)の暗い雲をのぞき込む。

 はめ殺しの窓の向こうで雷光(らいこう)()()なく走っている。


 その細いジグザグが一瞬(いっしゅん)だけ(へび)に見えた気がしたので、ラートリーは思わず笑った。


「――元気そうで、なによりじゃ」

次回「85.旗のトー(ธ)」に続く!(4月25日(土)午後7時ごろ更新)


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

チーウィット(ชีวิต)→いのち

イーク(อีก)→再び/今回のタイ語のタイトル「ングーミーチーウィットイーク(งูมีชีวิตอีก)」は「ングー(งู)/蛇」+「ミー(มี)/持つ」+「チーウィット(ชีวิต)/いのち」+「イーク(อีก)/再び」という四つの単語に分けられます。そのまま英語に置き換えると「The snake had life again. 」みたいになりそうですね~。

ワッディ(หวัดดี)→やあ

トゥラ(ธุระ)→用件

アライ(อะไร)→なに

バーン(บาน)→咲く

トゥーン(ตื่น)→起きる

ダイレーオ(ได้แล้ว)→○○しなさい

レーオ(แล้ว)→すでに○○した

プートクイ(พูดคุย)→話す

ドゥアイ(ด้วย)→一緒いっしょ

ガン(กัน)→○○しよう

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