番外編03.仲間が大事と彼は言う・カオボークワープアックサムカン(เขาบอกว่าพวกสำคัญ)
時刻はアーティットがトゥアムの育児嚢で眠っていたころにさかのぼる。
青い海に浮かぶ小さな人工島に朝焼けが降りそそぐ。
その島は灰色の石でできており、人の頭蓋骨に似た形状だ。
乳白色の髪を持つ上半身裸の男が島の頂上に立ち、目のくぼみを思わせる穴から内部に入る。
「ただいま、ムート」
薄暗い場所で男は少々高めの声を発した。
洞窟のような島の中心には巨大なビンが立っている。
ビンのなかには一糸まとわぬ若い女が浮いており、目を閉じたまま墨色の長髪を躍らせている。
男は巨大なビンの前で女をいとおしそうに見つめたあと、黒いズボンの左ポケットからビンを抜き出す。
それは男の前腕部と同等の長さを持つビンだ。
なかには逆さまの女の子がギチギチの状態で詰まっている。
赤い長髪の子どもである。
釣り鐘型の柑子色の布を着ている。白い肌着と焦げ茶の編み上げ靴もはいている。
黒い瞳はうつろで、まばたきする気配すらない。
男は右手で持ったビンの口を真下に向け、なかに左手を突っ込んだ。
女の子の両足首を優しくつかみ、ビンの外へと引っ張る。
栓を抜くときに似た爽快な音と共に女の子はビンから出た。
足首から男の手が離れると共に、彼女の体が大きくなる。
通常の子どものサイズに戻ったあと、すぐに変化はとまった。
女の子は灰色のゆかに腰を下ろした状態でまばたきし、わずかに光を取り戻した目で男を見上げる。
「あなたは……」
「俺はヨムだよ、シアム」
上半身裸の男――ヨムはしゃがみ、右手のビンを小さく転がす。
「言ったでしょ、俺はシアムを助けに来たって」
「それはありがとう。消えて」
女の子――シアムは太ももを胴体に引き寄せ、両ひざに額を押し付けた。
ヨムは苦笑し、口の端を微妙に上げる。
「おやー、恩人に対してなんか冷たくない? ……まさかもともと人面ムカデだったあの黒髪で赤目のグラスーが消えたの、俺のせいだと思ってる? だからおこってるのかな。でも俺のビンが当たる前にグラスーは消滅してたよね」
ここでなにかに気づいたように、ヨムが左手で右手のビンをたたいた。
「あ、そっかあ。シアムは文字保有者たちにからまれるの、けっこう楽しんでいたとか? それを邪魔されておへそ曲げちゃってるんだー。そりゃごめんね~」
「フップパーク(黙ってよ!)」
シアムが額を持ち上げ、ヨムをにらみつける。
「今はわたし、なにも考えたくないんだっての……!」
赤黒い炎をうなじから小さく立ちのぼらせる。
「だいたい、なに……人の皮をかぶったあの化け物どもの集団は。あいつら、文字保有者って言うわけ?」
「聞くんだ? 今はなにも考えたくないんじゃないの?」
「いちいち揚げ足取んないで。腹立つんだけど」
「……文字保有者というのはね」
ヨムは腰を落とし、あらためてシアムと向かい合った。
「この世に四十二ある子音字のうちのどれかを体に刻み込み、その文字に対応する力を行使できるようになった者のことさ。シアムを追ってきたえび色の髪の男はトーパタック(ฏ)を、赤色の髪の男はトータハーン(ท)を体に刻んでいたんだ。それぞれパタック(突き棒)とタハーン(兵隊)の力を使っていたわけだね」
「そういえばレックはトーパタック・レックと名乗っていた。ミーやほかの連中も同じように。あの名乗りはそういう意味だったの」
「そうそう。で、どうやらその文字保有者のかたがたはあの口上で心にスイッチを入れて力を行使しやすくしているらしい」
「ようは調子に乗ってると」
「はは、そう辛辣に言ってやるなよ。力の代償として文字保有者は自分の保有する文字をはぎ取られれば即死するわけだからね。必死にもなるさ」
口をあけ、ヨムが愉快そうに息を漏らす。
瞬間、そんなヨムの口内をシアムが凝視した。
「ヨ……ヨム」
薄赤い舌に浮かんだ文字(ฃ)を指差し、とっさにあとずさる。
「あなたも文字を舌に刻んでいるじゃないの……っ! ビンを使ってわたしを閉じ込めたくらいだし、あなたもあの化け物どもの仲間だったんだ!」
「誤解だってば」
ヨムが舌の先端を左人差し指ではじいた。
「俺の文字はコークアット(ฃ)……『ビンのコー』と言ってね。昔は使われていたんだけど今では廃字になったんだ。そういうわけで俺は文字保有者の仲間じゃない。第一、シアムは俺がにび色の髪の女をビン詰めにするところを見ていただろう?」
「ミーのことね」
あとずさるのをやめ、シアムがうなじに右手をかぶせる。
「だったらなんでこの場に彼女がいないの」
「いや本当は資金源としても連れ帰るつもりだったんだけどさー、ちょっと戦局が危うくなったからミーのビンを手放してその隙に逃げるしかなかったんだよ。こんなことなら俺もトーパタック(ฏ)とトータハーン(ท)をまとめて奪おうなんて欲を出さなきゃよかった」
「ソムナムナー(ざまあ)……しゃしゃり出てきたクセに、結局成果ゼロとかダッサ」
「いや成果はあったよ」
舌を引っ込め、ヨムが頭部を楽しげに震わせる。
「成果はシアム自身さ」
「……なんて?」
「俺は仲間がほしかったんだ」
ひざを屈伸させ、ヨムが立ち上がる。
「信頼関係を構築するにはまず事情を話さないとな。俺の目的は――」
ついで洞窟中央の巨大なビンに近づき、その表面をなでる。
「この子を目覚めさせることにある」
ビンのなかに浮く墨色の髪の女がよく見えるように、ヨムはシアムから見て右側に立った。
シアムは女の頭部から足先までに視線を送り、息をつく。
「さっきから気になってたけど、そいつ、あなたの女なの?」
「片思いだよ」
ヨムは右手のビンを持ち上げ、女の左半身を眺めた。
「彼女はずっと眠り続けている。でも医術ではどうにもできない。起こすには文字のエネルギーが必要なんだ。それも大量にね。だから俺は文字保有者から字を奪おうとしているわけさ」
「だったら適当に仲間になるふりして近づけば?」
「それがね~、こっちの真実を見抜いてくるホーノックフーク(ฮ)とかいう女がいるせいで内部に潜入できないんだよ。だからまずホーノックフークから片付けるのが最善と思っていたんだけど……現状、その牙城を崩すのは難しい。このままじゃ」
言いつつヨムはビンに口をつけ、かたむけた。
上下するのどぼとけを見たシアムがギョッとする。
そのビンに液体が一滴も入っていなかったからだ。
ヨムは「アロイ(うまい)」とつぶやいてから女の入った巨大ビンの表面に舌を這わせた。
三回なめたあと、青ざめるシアムに微笑を向ける。
「――今の俺には空きビンに溶け込んだ文字保有者のわずかな力を口移しするのが限界なんだよ」
ビンを宙に投げ上げて回し、それをキャッチする。
「だからこの状況を打開するために仲間を求めた」
ついでビンを胸に当て、身もだえする。
「……そう、現状の俺にとって大事なのは仲間を作ることなんだ。共通の目標を持った仲間と一緒に困難に立ち向かうからこそ人は前に進める! 考えただけで魂が燃え盛るね! 考えてみれば文字保有者の数は四十を超す。最初から俺一人で立ち向かうのは間違いだったんだ」
「それでわたしを利用しようと……?」
座ったままシアムはヨムのビンに視線をそそいだ。
「でも、なんでわたしなの」
「理由は三つある」
身もだえをやめ、ヨムが真顔になる。
「まずシアムは戦力になる。すでに死人であり、赤黒い炎をあやつることもできる。なにより小さい女の子だから向こうも無意識に手加減してくれる。次にシアムは文字保有者に対して恨みをいだいているはずだ。だから俺と共闘する可能性が高いと踏んだ」
「確かにあいつら、わたしの時間を邪魔したからね」
「加えて人面ムカデのオリジナルも消滅させられたわけだしねえ」
「……それは、もういい」
「ふーん?」
余計な追及をせず、からからと笑う。
「まあいいや。で、最後に――シアムは俺に恩がある。なにを隠そう、人面ムカデを封じていた蛇のような縄にとどめを刺したのは俺なんだ。おかげでシアムは自分を死に追いやった村人連中を皆殺しにすることができたんだねー」
「だから恩を返せと……?」
「やだなあ、別に強要しないよ。シアム自身の気持ちが一番大切だからね」
巨大なビンから離れ、ヨムがシアムのまわりをゆっくりと歩きだした。
「俺はコークアット(ฃ)の力を使ってある程度遠くの様子を見ることもできる。白いもやの広がっていた空間に黒目赤髪の女の子がいるのもすぐ分かった。以降、その子――つまりシアムを値踏みしていた。仲間にする価値があるかを見極めていたって感じかな。結果、シアムを仲間にしていいと俺は結論づけた。俺がシアムと文字保有者との戦いに介入したのはあわよくば文字を奪うためでもあったけど――一番はシアムがほしかったからだよ」
「それで納得するとでも思ってんの?」
シアムは首を倒し、ちょうど真後ろに来たヨムをにらむ。
「本当にわたしを味方にしたいのなら、もっと早いタイミングで助けに来るべきだったじゃん」
「決戦の渦中に俺が現れていたら確実に共倒れになっていた。シアムを助け出すタイミングが最後の最後でようやく訪れたというだけの話さ」
そうしてヨムはシアムのまわりを一周し、女の入った巨大ビンの向かって左側に立った。
「さて充分に説明したし、これで俺に協力する気になったかな」
「わざわざ言うまでもないっての」
冷たい視線をシアムが突き刺す。
「――死んでも嫌」
直後、すぐに目を伏せる。
しばらくは二人とも声を発さず、ただザラザラとした波音があたりに響くばかりだった。
次回「番外編04.蛇の復活・ングーミーチーウィットイーク(งูมีชีวิตอีก)」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
カオ(เขา)→彼
ボーク(บอก)→言う
ワー(ว่า)→○○だと
プアック(พวก)→仲間/今回のタイ語のタイトル「カオボークワープアックサムカン(เขาบอกว่าพวกสำคัญ)」は「カオ(เขา)/彼」+「ボーク(บอก)/言う」+「ワー(ว่า)/○○だと」+「プアック(พวก)/仲間」+「サムカン(สำคัญ)/大事だ」の五つの単語に分けられます。たぶん英語だと「He says that allies are important. 」になりますね~。




