表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/101

77.【ฏ】突き棒のトー・レック【その2】

 五十メートの人面ムカデと洗脳(せんのう)されたシーフーハーターのミーを(おれ)たちは見上げる。

 ここでクマリーの(かか)げたチケットの文字が「残り二十九回」から「残り二十八回」に切り()わった。


 人面ムカデの(はる)か上――夕焼け色の(そら)に雲の(うず)が現れる。

 ついで()げ茶の物体が渦の中心から腹を見せた。


(ジョットマーイのジャンク船……!)


 だがこの瞬間(しゅんかん)人面ムカデのうなじから赤黒い火の玉が発生し、ジャンク船の底めがけて発射(はっしゃ)された。


(シアムか)


 間一髪(かんいっぱつ)(ほのお)直撃(ちょくげき)をかわしたジャンク船は右にかたむき、船尾(せんび)を南に向けながら(なな)めに落ちていく。


 それと同時にテーラさん、ヒマ、レック、トゥアム、ンゴットガームそしてフアロが人面ムカデに攻撃(こうげき)を加えつつ、ミーを牽制(けんせい)する。


(俺も参戦したいところだが、その前にクマリーの「思い付き」をまず確認しないといけない)


 当のクマリーは(かね)のイヤリングを右耳に出現させ、ポーサムパオ(ภ)の文字を書いた。


「こちらクマリー。ジョットお姉さん、ジャンク船はだいじょうぶですか」

『問題ないよ、クマリーちゃん』


 ジョットマーイは(あわ)てずに、はつらつとした声を返した。


『ただ、あたしはカヤンさんから今回の戦闘(せんとう)に参加することを禁止されているんだ』


 空飛ぶジャンク船をあやつるポーサムパオ(ภ)の(ちから)緊急時(きんきゅうじ)のために温存したほうがいいとカヤンは判断したようだ。


『でも……タイミングがよかったね。あたしはテーラさんとヒマちゃんを送り届けたあと引き返して甲羅山(プーカオ・グラドーン)の湖に停泊(ていはく)してたから』


 苦笑(くしょう)()じりにジョットマーイが息をつく。


『とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから呼ばれたときにたまたま船のへりにつかまってた「利用回数(のこ)りゼロ(かい)」の人は船員のみんなに追い出されちゃうわけで。気の毒だけど今から落ちてくると思う』

「はい、ジョットお姉さん。約束どおり来てくれてありがとうございました」


 クマリーは鐘の(ぜつ)を引っ張って通信を切る。

 その左隣(ひだりどなり)で俺は、ジャンク船から飛び出してくる(ふた)つの人影(ひとかげ)を視界に(とら)えた。


「ルークタハーン・カンベット……」


 手の平のトータハーン(ท)を(あわ)く光らせ、簡易な()竿(ざお)をなかから引き出す。


「ユート」


 釣り糸が右斜め上に()びる。

 落下する(ふた)つの影に接近する。


 影の片方(かたほう)先端(せんたん)の釣り(ばり)(くち)にくわえた。その(こし)にもう片方がしがみつく。


 俺は竿(さお)を勢いよく引き、二つの影を地上に下ろした。

 空の兵隊(タハーン・アーガート)に空気のクッションを作ってもらい、そこに落とす。


 釣り針をくわえていたのは、とくさ色の(かみ)(ひとみ)を持つ女だ。

 白い胴衣(どうい)の胸部に緑がかった茶色の(よろい)を重ねている。下半身(かはんしん)には鎧と同色のスパッツと柑子色(こうじいろ)(くつ)()える。


 若作りの見た目からは考えられない()()()()(ごえ)彼女(かのじょ)がクマリーに言う。


「ウォーウェーン(ว)」


 保有する文字のほうを呼称(こしょう)とし、とくさ色の髪の彼女――ユアユがあいさつを省略(しょうりゃく)して(くち)を動かす。


「オメー、ポーパーン(พ)に用があってポーサムパオ(ภ)を呼び出しやがったな」

「そうです」


 クマリーは堂々とユアユに返答した。


「もちろん『(かめ)さん』と再会できたことも喜ばしいですが」

「わたしはポーパーン(พ)が途中(とちゅう)でたたき落とされないようとっさに乗船しただけだぜ。呼ばれるタイミングも(うらな)いで予想がついてたしな」


 早口(はやくち)で説明を終え、ユアユは右後ろの人影のほうに視線をやった。

 そこに立つのは白の()じった群青色(ぐんじょういろ)の髪と瞳を持つ女だ。


 白い上着に灰色の胴衣、赤紫(あかむらさき)のスカートとブーツという格好だが、やはり頭にかぶった金色(きんいろ)供物台(くもつだい)がもっとも目立つ。


 酒焼けしたような独特の声を出す。


「指輪ちゃん。なんか困ったからアタシに相談しようってことかな」

「はいプラトゥ師匠(ししょう)


 久しぶりと言い合っている場合でもないのでお(たが)いすぐ本題に(はい)る。


「ミーさんの洗脳を解除(かいじょ)する方法を教えてください」

「そゆことね」


 巨大(きょだい)人面ムカデの背中にいるミーをプラトゥは凝視(ぎょうし)した。現在ミーはンゴットガームと交戦している。


 精霊(ピー)の知り合いが多いプラトゥならなんとかできるとクマリーは思ったのだろう。

 シーフーハーターは伝説の生き物であってピーかどうかは微妙(びみょう)なところだが、人知を()えた存在であるのは間違(まちが)いないのでむしろプラトゥの専門かもしれない。


 そもそも石炭をミーに(わた)していた時点でプラトゥはその正体を前から知っていたとしか思えない。それを言うならミーと一緒(いっしょ)に暮らしていたユアユも石炭の(ふくろ)を用意したトゥアムも同様なのだろうが……。


(とら)ちゃんからは(けむり)と共に()()()()()()()()()()。……でさ、気になったんだけど指輪ちゃんはウォーウェーン(ว)の(ちから)に目覚めたのかな」

「はい」


 平時であれば「さすが」と()め返していただろうが、今はそういう状況(じょうきょう)ではない。


 クマリーは自分ができるようになったことをかいつまんでプラトゥに伝えた。

 対するプラトゥはうなずき、振り返って声を上げた。


(さる)ちゃん! ()き棒くん! こっち来て」


 人面ムカデと(たたか)っていたヒマとレックを呼び戻す。

 代わりにユアユが()け出して戦闘(せんとう)に加わる。


 だがその前にユアユは一瞬(いっしゅん)だけ俺に耳打ちした。


「今までわたしは全員の吉凶(きっきょう)(うらな)っていたんだが、オメーに加えてトーパタック(ฏ)にも凶兆(きょうちょう)が出ていた」


 それだけを伝え、人面ムカデのもとに向かった。


 なおヒマやレックたちもすでにプラトゥとユアユが来たことに気づいている。

 プラトゥは俺、クマリー、ヒマ、レックにミーの洗脳をとくための作戦を小声で教えた。


「――とまあ、こんな感じなんだわ」

「それでいきましょう」


 真っ先にクマリーが賛同した。

 ()を唱える者は俺を(ふく)めていなかった。


「ではプラトゥ師匠の作戦をみなさん全員と共有しますね」

「待ちな、クマリーちゃん」


 ここで尊大な声と共に、レモン色の髪と瞳を持つ男が俺たちのそばに走ってきた。

 黒いジャケット、白いズボン、赤茶色の靴という格好だが、左右の耳とえりの前面に下げられた鐘も特徴的(とくちょうてき)である。


(チュアモーン。ということは一緒(いっしょ)に行動していたカヤンも近くにいるな)


 レモン色の髪の男――チュアモーンが前面の鐘を右手でなでながら言葉を(はさ)む。


「君たちの作戦はすでに聞いたぜ。俺様(おれさま)一気(いっき)()()()伝えてやろうじゃねーの」

「チュアさん、お願いします」


 クマリーは冷静に(たの)んだ。

 微笑(びしょう)したチュアモーンは前面の鐘をはじき、ボーン……と鳴らす。


「チューシアン」


 詠唱(えいしょう)すると、鐘の()に合わせて(かれ)の声が鳴り(ひび)いた。

 確実に遠くまで聞こえるボリュームではあるものの、なぜか耳障(みみざわ)りではない。


『【ฆ】コーラカン・チュアモーン、つかさどる字は鐘のコー』


 名乗ったあと一拍(いっぱく)置き、言葉を()ぐ。


『今この場にいるみんなにミーちゃんを正気に戻す作戦を伝える。アーティットが中心となってミーちゃんにアタックするんだ。ダメージを蓄積(ちくせき)させてそのショックで洗脳をとくわけだぜチクショウ。つーわけで、これからみんなにはアーティットをサポートしてもらう。人面ムカデの攻撃を引きつけたりシアムちゃんの動きをとめたりしてくれ』


 声を響かせつつ、人面ムカデを不敵ににらむ。


『シアムちゃん。聞こえてんだろ、俺様の声。だが降伏(こうふく)したいのなら、いつでもしてもいいんだぜ。そのときは即座(そくざ)(ほこ)を収めると約束する』


 しかし彼の呼びかけに応じる者はない。

 チュアモーンは声の調子を戻し、自身の(みっ)つの鐘を両手でさわった。


「俺様はこの位置からサポートをする」

「ありがとうございます、チュアさんっ」


 クマリーが俺たちを代表して礼を述べた。

 俺はアーガートの羽にささえられた状態で飛翔(ひしょう)し、炎の兵隊(タハーン・プルーン)およびクマリーと共に人面ムカデに()()んだ。


 ムカデが足の(ひと)つで俺の右肩(みぎかた)()したが、ゴーン……という鐘の()が鳴った瞬間(しゅんかん)にその傷が跡形(あとかた)もなく消えていた。


 一方(いっぽう)、レックはヒマと行動する。

 そのチュニックはムカデの胴体に合わせて赤黒くなっている。


 加えて、暴れる人面ムカデの横腹に強烈(きょうれつ)()りが()れられた。

 若草色の髪と瞳を持つ逆立ちの女が右の足裏を()ち込んだのだ。


「【ฒ】トープータオ・カヤン、つかさどる字は老人のトー」


 ドスの()いた声を上げながら白いシャツと黒い上着、さらには切れ込みのあるあずき色のロングスカートをはためかせる。


「とりあえず、このデカブツを()さえにゃあな」


 灰色の地面に両手をつけ、カヤンが唱える。


「パークタン」


 詠唱の直後はなにも起こらなかったが、人面ムカデの多脚(たきゃく)がカヤンに(おそ)いかかったところでその効果が発動した。


 ムカデの足はカヤンに当たることなく風船(ふうせん)のように爆発(ばくはつ)した。

 ひるんだのか、巨大人面ムカデが激しく身を震わせて動きをスローにする。


 (てき)の動きが(おそ)くなったところでテーラさんの皿がムカデの身を刻み、トゥアムの袋が胴体を(しば)り上げる。


 それにしわがれた声が続く。


「やるもんだなあ、オイ。トープータオよお。こりゃ飛び入りのわたしも貢献(こうけん)しねえとな」


 通常ならありえない可動域を持つ多脚をよけつつ、ユアユがムカデの背中で笑う。


「【ต】トータオ・ユアユ、つかさどる字は亀のトー」


 胸部の緑がかった茶色の(よろい)に右手でヒビを()れ、詠唱する。


「ウートアート」


 割れた鎧の破片たちがシーフーハーター姿のミーに飛んでいく。

 いくつもの破片は鈍重(どんじゅう)にミーのそばを浮遊(ふゆう)し、その動きを比較的(ひかくてき)緩慢(かんまん)にした。


 白っぽい樹木を生み出して交戦していたンゴットガームとフアロがユアユに感謝のジェスチャーを小さく送る。


 俺はそんな様子を見ながら人面ムカデの胴体を(のぼ)り、抵抗(ていこう)しているミーに近づく。


 その瞬間、赤黒い火の玉がムカデのうなじから飛んできてミーの背中に乗った。

 赤い長髪(ちょうはつ)を乱したシアムがそこにいた。


「あなたが作戦の中心だよね……思いどおりにさせるかっての!」


 俺をにらみつけ、自身のうなじから炎を立ちのぼらせる。

 途端(とたん)、瞳の(にご)ったミーが咆哮(ほうこう)した。


 ミーとシアムが(ひと)つの炎につつまれる。

 ユアユの破片はそのままだがンゴットガームの樹木が燃える。


(どうやらシアム自身もミーの恩恵を受けているらしいな)


 その状態で突進(とっしん)してきたミーとシアムをレックの突き棒がはじき飛ばす。

 シアムは炎のなかから(くや)しげな声を上げる。


「レック! また、あなた……っ! 勝手に制裁を加えるわけにもいかないとか言いながらきっちりわたしを殺そうとしてたクセに! だいたいミーがわたしをくわえてあなたの攻撃をかわしたというだけで……あなたはわたしがミーをあやつったと断定した。つまりそれは仲間うちで、わたしを殺すっていう約束がなされていたってことの証明じゃないの! わたしをかばうミーのその行動を明確にあやしいって思ったってことはさあ! ミーが『そうしない』って絶対的に分かってたってことで!」

「……そうだよ、できるなら殺したくないのも本当だけど、やむを得ないならオレチャンたちはシアムを処理(しょり)する」


 ろれつの回らなくなってきたシアムに対し、レックが冷静に答えた。

 ここで俺の両肩(りょうかた)がたたかれる。


「兵隊くん。アタシ、気づいたんだけど」


 声のぬしはプラトゥだ。


 彼女は俺の背中にしがみつき、共に行動していたのだ。

 シアムを見ながら、酒焼けしたような声をゆっくり続ける。


()()()()()()()()?」

次回「78.【ฏ】突き棒のトー・レック【その3】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

ユート(ยืด)→長い

チューシアン(ชื่อเสียง)→評判

パークタン(ภาคทัณฑ์)→保護観察にする

ウートアート(อืดอาด)→のろい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ