75.【ส】虎のソー・ミー【その5】
ンゴットガームは岩から伸びている根っこの一つに腰を下ろした。
相変わらず、首から四肢の先端までをおおう白っぽい服で身をつつんでいる。
肩の上で切りそろえた土色の髪を軽く上下させ、同じく土色の丸っこい目でシアムを見下ろす。
「あなたが、ここ一円を囲んでいた私の枝を燃やしたお嬢さんだね」
「また新顔……!」
触手のような根に全身を捕縛されたまま上半身を左にひねり、シアムが舌打ちする。
実際のシアムの性別は分からないが、「お嬢さん」と呼ばれたことについて本人は否定しなかった。
なおンゴットガームと共に現れた白っぽい根っこそれぞれの先端からは円形の空洞がのぞいている。
彼女自身はカヤンおよびチュアモーンと別れたあと、チョーガチュー(ฌ)の力を行使して地上から地下に根っこを伸ばし、その空洞を移動して今俺たちのいる半球状の空間に現れたのだろう。
(ンゴットガームの正体は首から下に内臓をつるすグラスー。胴体や四肢は樹皮等によって構築され、自由に変形させられるようだから……ある程度の幅があれば根っこの空洞内を比較的自由に移動することも可能か)
ついでンゴットガームの視線がシアムの乗る五メートの人面ムカデにそそがれる。
「彼女がコピー元か」
当の人面ムカデも白い根っこにからみつかれて拘束された状態だ。
さらにテーラさんの後方に控えていたヒマの菜の花色の瞳とンゴットガームが目を合わせる。
「ヒマ嬢。コピーたちのもともとの姿がグラスーだったことはすでに連絡を受けているけど、今のうちにオリジナルの人面ムカデの正体も暴くといいよ」
「そうする。ありがと、ンゴット!」
ヒマはウキウキしたような高い声で答え、頭部の左右のおだんごを結わえるヒモを外した。
とっさにシアムが上半身のひねりを戻し、そんなヒマを凝視する。
「なにする気! させない!」
さけびと同時にシアムと五メートの人面ムカデのまわりに白いもやが出現し、それらが三メート級の人面ムカデ四体のコピーをかたどる。
ムカデの赤黒い胴体、乱れた黒い髪、焦点の合わない赤い目、鋭い乱杭歯を持つ巨大な口が一瞬のうちに形成される。
(……シアムの焦燥を見るに、少々無理をしているな)
新たに複製された人面ムカデたちは四方から根っこを噛み、シアムとオリジナルの拘束を解除した。
だがすでにシアムに対してテーラさんは丸い皿を投げつけていた。
レックもミーの背中から下り、突き棒を右手に構えて突進している。
俺はヒマとテーラさんのあいだを走ってシアムの左側面に回り込んだ。
そして十五メートの高度に浮く巨大な皿のふちに、オーバーオールスカートを着たトゥアムの桜色の髪が見える。
皿に載った赤茶の岩のそばでトゥアムは薄赤い袋を左手に持っていた。
白く発光するその袋によってトゥアムは半球状の空間を照らしていたのだが、それとは別に右手を皿の外に出してシアムの真上に掲げる。
「グルアン」
トゥアムの右手の平からハンカチのような茶色の布が落ちる。
布は五メート以上の大きさになり、シアムと人面ムカデの頭上に影を落とした。
それを見上げ、シアムはうなじの赤黒い炎をたぎらせる。
「นังถุงเคืองจิง(マジでうっとうしい袋女!)」
そう毒づくと同時に白いもやが新たに周囲へと広がり、それぞれがまた人面ムカデの姿となった。
数えきれないほどの人面ムカデたちがシアムのまわりにあふれ、俺とレックとテーラさんの攻撃をガードする。
これでは対象のもともとの姿を暴くヒマの力も使えない。
トゥアムの落とした茶色の布も、あふれる人面ムカデの群れによって噛み裂かれた。
ムカデの胴体が折り重なった塊の内側から、シアムが声を荒らげる。
「ヌン、ソーン、サーム、シー、ハー、ホック、ジェット、ペート!」
俺たちの人数を確かめるように数字を順に読み上げた。
「こうなればヤケ……いや賭けよ。あなたたち八体、全員意地でも片付ける」
シアムの意思に応えるようにコピーの人面ムカデ一体一体が分裂し、空間を容赦なくうめつくす。
しかし刹那高さ十五メートの地点に浮く皿の上の岩が八方にはじけ飛び、人面ムカデたちに直撃した。
続いて皿から全高五メート以上の大きさを持つにび色のシーフーハーターが跳躍する。
どうやらミーは俺とレックを下ろしたあと壁を伝って巨大な皿に移動し、自身のサイズも再び肥大化させたらしい。
四つの耳と五つの目を躍らせながら、ミーが大音声を上げる。
「セーンファイ!」
それは人間の姿のときも聞いた詠唱だったが、スピードとパワーは以前の比ではなかった。
にび色の巨体が斜め下へと撃ち出される。
手足のかぎ爪がちょうどクロールの泳法に似た軌跡をえがき、人面ムカデの群れを引き裂く。
例によって紫の液体を飛び散らせ、ムカデたちは白いもやになった。
ただし、もやは周囲の空気に溶けてすぐ透明へと変換される。
ミーの体からは赤い光が生じている。
クマリーがトゥアムのそばでソースーア(ส)を宙に書き、サポートをおこなっている。
俺の近くに着地したミーを、シアムがにらむ。
「どうなってんの。天井の崩落を受けとめておいて……まったく弱っていないなんて」
「シーフーハーター、なめないで」
ミーは大声で、しかし静かに返した。
ここで彼女の正体に気づいたヒマ、テーラさん、ンゴットガームの驚きの声も響く。
ただし三人の声音には純粋な驚がくが含まれているだけで、拒絶のニュアンスは感じられない。
シアムは言葉ではなく物量でもってミーに追撃を加えた。
重なった人面ムカデを上から落とす。
すべての個体が歯を見せてミーを噛みつぶそうとした。
焦らずミーは対応する。
「ラブート」
まるで噴火のようにミーの巨躯が直上に向けて発射された。
ジグザグに上昇し、背中と頭頂部でムカデたちに打撃を与えていく。
打撃は口をあけたムカデの乱杭歯へと丁寧に直撃し続ける。
俺は周囲の人面ムカデを片付けながら、ミーの強さを理解した。
(そうか、耳が四つあるからこそ敵へと正確に攻撃できているのか)
ある地点から音が飛んできた場合、それぞれの耳の聞こえ方には差が生じる。
たとえば左からの音の場合、左耳のほうが右耳よりも音を鮮明に拾える。
この情報をもとに生き物は音の発生源の方向を割り出すわけだが、もし耳が四つあれば二つの耳を持つ生物よりも音の正確な方向が分かるはずだ。
シーフーハーター状態のミーの耳は縦に二つずつ並んでいるから、左右だけでなく上下についても音の発生源を正確に割り出すことが可能だろう。
(人面ムカデが動くときの音を聞くだけで、ミーにはその位置がほとんど分かるということか)
敵を霧散させつつ上昇したミーは、緑色の五つの目でシアムを見据えた。
シアムは五メートのオリジナルと共に、ムカデの山のなかに潜んでいる。
「五つ目の化け物。まさか正面から来るとはね」
すでに彼女は両手で大きな火の玉を作っていた。
口の端をゆがめ、玉を赤黒く輝かせる。
「調子に乗んないでよ。あなたの弱点はコレでしょ」
彼女の持つ火の玉が太陽のようにまばゆく光る。
「目が五つもあれば目つぶしには耐えられないよね、シーフーハーター!」
目をくらますほどの火球をそのままミーへと投てきした。
だが火の玉が肉迫したところでミーは左手からなにかを放った。
それは革に似た薄茶色の大きな袋だった。
石炭の入っていた袋である。今はカラだが、それをミーは回収して左手に持ち続けていたようだ。
(いや、口に含んでいたのかもしれない)
プラトゥがミーに袋を渡すときに言っていたとおり、トゥアムのその袋は燃焼した石炭をなかに詰めていても燃えない。
これがちょうど火の玉をすっぽりつつんだ。
五つの目があるということは、それだけ視界のものが立体的に見えるということだ。
よってミーは視界を焼かれながらも火の玉と自分との距離を正確に割り出し、適確に袋を火にかぶせることができたのではないか。
火の玉に限らず、シアムと五メートの人面ムカデとの距離もすでに分かっているだろう。
袋に封じられた火の玉の下をくぐり抜け、ミーがほえる。
「ウッカーバート」
にび色の毛皮につつまれた彼女の全身が一個の流星となり、五メートの人面ムカデの腹に当たった。
衝撃が伝わり、前後左右上下に積もっていたコピーたちが誘爆するように消えていく。
オリジナルの人面ムカデはシアムをかばいながらミーの直撃を受ける。
岩壁に衝突したあとミーは突進の方向を真下に転換した。
ムカデは胴体を大きくけずって地面まで下ろされた。
多脚のいくつもが無残にもげる。
それでも霧散することはなかった。
果物の皮のように身をひらき、無防備なシアムをミーの前にさらす。
ミーはシーフーハーターの体を近づけ、ほわほわした声を発する。
「シアムちゃん……」
ムカデの胴体の上に尻もちをついているその子どもに向かって言う。
「……ワタシはシアムちゃんと、もっといろいろ話したい」
同情でも叱責でもない言葉がミーの大きな口からこぼれた。
ここでシアムはよろよろと立ち上がり、その鼻先にだきついた。
「ご、ごめん。わたし……反省したよ。村の人たちを殺して悪かったって分かった……」
「よかった、シアムちゃん」
ミーが安堵の声を漏らした。
直後――。
シアムがうなじを大きく振り、そこに燃えていた赤黒い炎をミーの口内に放り込んだ。
「なんてねえ。反省なんかするわけないっての!」
「そ……んな。シアムちゃ……」
ほわほわした声が途切れる。
続いて、ミーの全身から淡く赤い光の代わりに赤黒い火柱がほとばしった。
あとずさり、シアムが手をたたく。
「引っかかった~。やっぱり、思ったとおりあなたは騙しやす――」
「クウィット」
「――え」
シアムが右目でそれを見る。
そこには、えび色の柄を持つ突き棒があった。
ひし形の穂先が膨らみ、銀色にひらめく。
柄に両手を添えているのは、えび色の髪と瞳を持つレックであった。
詠唱以外になにも口にせず、レックはただシアムの心臓に穂先を突き出している。
次回「76.【ฏ】突き棒のトー・レック【その1】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
グルアン(เกลื่อน)→包み隠す
ナン(นัง)→女
クアン(เคือง)→うっとうしい
ジン(จิง)→本当に
ラブート(ระเบิด)→爆発する
ウッカーバート(อุกกาบาต)→隕石




