74.【ส】虎のソー・ミー【その4】
「よかったです~!」
クマリーがうれしげにふにゃふにゃ声を響かせる。
「ミーさんとレックさんがもっと仲よくなれてクマリーも喜びに打ち震えていますっ」
裏表なく、素直に二人を祝福している。
そしてシーフーハーターの姿をしたミーが石炭を飲み込んだあと、俺は地面の突き棒を拾ってレックに渡した。
ミーに貼りつかせていたトカゲの医者の兵隊も消す。
落盤を受けとめたミーの背中や頭を治癒させようともしたのだが、ミー自身にほとんどダメージがなかったためペートの仕事はすぐ終わった。
あらためて小鳥姿の炎の兵隊で周囲を照らす。
半球状の赤茶けた岩の空間が崩落し、大きな岩塊が地面にうずたかく積もっている。
人間の状態ではない四つん這いのミーの全高を超える堆積物だ。
見たところ、高さ六メートはくだらない。
これでは出入り口のだ円形の穴もふさがっているだろう。
ただしミーの周辺については堆積物がほとんどない。
ミーはシーフーハーターに変化し、落下物を防いでくれた。
それなら落盤が終了した現在もミーの背中に岩が堆積しているはずだが、今の彼女のにび色の背中には赤茶の砂のようなものが付着しているだけだ。
レックがミーの顔の前で背をさらし、右手で突き棒の柄を前後に振る。
「本当にありがとう、ミー」
目の前の堆積物にひし形の穂先を向けている。
「君はオレチャンたちをかばう際に、ただ岩を受けとめていたわけじゃなかったんだよね。落下する岩盤すべてに、背中と頭部による打撃を加えていた。それらの岩はコナゴナの砂と化した。だから君の背中とその周辺にだけ、なにも積もっていないんだ」
「え……えへへ」
ほわほわした女性の声で、シーフーハーターのミーが照れる。
「重いのは嫌だったからねー。それにクマリーちゃんのおかげでパワーがみなぎってたしっ」
「そうだな。クン・クマリーにも感謝しないといけないな」
レックは左肩越しに横顔を向け、ミーの腹の下のクマリーに視線をやった。
「ソースーア(ส)を書いてミーに力を与えていたことだけじゃないぞ。クン・クマリー……さっきオレチャンたちは落盤のなか自然に会話できていたよな」
天井から雨あられと岩が落下している場合、通常ならその轟音によって会話などろくに交わせるはずがない。
「それでも意思疎通が可能だったのは、きっとクン・クマリーのおかげだ。君はウォーウェーン(ว)の力を芽生えさせたばかり。ただ、まだ詠唱を使いこなせていないから通常時でも力がダダ漏れになっているようだね」
文字保有者の詠唱が「必要なときに力を発動させるためにあるんじゃなくて、必要でないときに力を発動させないためにある」というのはすでにクマリーにも伝えたことだ。
詠唱をマスターしていないクマリーは状況にかかわらず力を発動していると考えられる。
「それはさっき岩の雨が降っていたときも同じだったんだよー。クン・クマリーの周囲には特異な力場が常時展開されているんだと思う。この恩恵をこうむったおかげでオレチャンたちの能力がパワーアップし、轟音のなかでも会話を聞き分けることができたんじゃないかな。まあこれはオレチャンの推測だからあとでホーノックフーク(ฮ)に確かめてもらうのがいいだろうけど、オレチャンはクン・クマリーがいたからこそミーとしっかり話せたんだと信じてる」
「きっと絶対そうだよっ!」
ミーがレックの仮説に同意した。
「クマリーちゃん、一緒にいてくれてありがとね」
「うれしいですっ! クマリー、文字保有者としてみなさんの役に立っているんですねっ」
元気よく飛び、バナナの房が重なったような茶髪でミーの腹の毛皮をなでる。
ついでレックが前後に振っていた突き棒で目前の堆積物を突き刺す。
「クウィット・レ・パンヤップユーン」
ひし形の銀色の穂先が膨らみ、突き棒が急加速した。
レックが左手をも柄に添えて地を蹴る。
すると目の前の堆積物をチリのごとくコナゴナにしながらレックが前進した。
小気味いい音と共に岩たちがはじける。
彼は右足と左足で交互に赤茶のゆかを踏み切る。
できるなら最初からやれと彼に言うのは酷だろう。
重量のある岩が大量に落下しているときに無理に破壊を試みていたら、なまじ突き棒の威力が絶大なので無軌道にほかの岩をも動かす結果になる。そうなれば味方を危険にさらす危険があった。
俺とクマリーとミーは突き棒によってできた道を駆け、レックについていく。
出入り口までの通路を作ったレックはそのそばで待っていた。
五メートの高さのだ円の穴は今のミーには窮屈そうだったものの、彼女は焦らずに唱える。
「ポームロン」
するとミーの体が小さくなり、全高二百五十センティメートほどのシーフーハーターに縮小した。
「ほわー。一回変身すると人間の体にはすぐ戻れないんだよね~。ともかく早くテーラくんたちと合流しよっか」
そんなミーの言葉にうなずき、俺たちは横穴に入って半球状の空間をあとにする。
ミーは背中に俺たちを乗せてくれた。
「サラサルアイくんみたいな乗り心地は無理だけど、なるべく上手に走るよー」
「ありがとう」
俺は後部の、レックは前部の毛皮にまたがり、礼を言った。
そしてプルーンをミーの頭上に移動させて照明とする。
なおクマリーは俺とレックのあいだの宙に浮いている。
彼女が右耳に鐘のイヤリングを出し、俺たちに伝える。
「テーラさんもヒマちゃんもトゥアムさんもまだ穴の東側にいるようですっ」
チュアモーンの渡してくれたイヤリングをつけた状態で特定の文字保有者を思い浮かべると、その相手に接近するごとに鐘が小さく揺れる。
現在俺たちは西から東に引き返しているので、東に向かったテーラさんたちにも鐘は反応することになる。
なおクマリーはルディに自分たちの動向をあらためて報告したものの、テーラさんたちに直接の連絡を入れることは控えている。
(適確だな。シアムの落盤戦術についてはもう伝えてあるし、仮にテーラさんたちが交戦状態に突入している場合は連絡自体が戦闘の邪魔になりかねない。クマリーは本能的にそれを直感しているんだ)
本当に、仲間としてよくやってくれている。
(クマリーがここに来たことにも、カヤンの試験に合格したことにも、地道に文字を学んでウォーウェーン(ว)の力を覚醒させたことにも意味があった。もし一つでも違っていたら……たとえばさっきの落盤のなかでミーとレックは互いの気持ちを存分に吐露できず、今ごろメンタルに支障をきたしていただろう)
正式にウォーウェーンの文字保有者となり、人に力を与える力をクマリーは再度獲得した。
今もクマリーの後ろ姿を見上げるだけでどこか落ち着く。
(でも君のそばにいるのが心強いのは……けっしてウォーウェーン(ว)だけの力じゃない。むしろクマリー自身の力だと思う)
* *
間もなくミーは横穴を抜け、四箇所に穴のあいた直径四十メートの円柱の空間に戻ってきた。
地上に接続する真上からは、やや薄くなった光がそそぐ。
見上げたところ、トゥアムの消した白いもやは再発生していないようだ。
ここで鐘のイヤリングを介して俺がルディに質問する。
「北と南の穴の先はもう確認したのか」
『うん。ついさっき僕のミツバチがそれぞれ奥に到達したよ』
ルディは遠くにいながら、自分の出したミツバチから情報を受けることが可能である。
『幅五十メート、奥行き三十メート、高さ十五メートくらいの赤茶けた直方体の部屋がどっちにもある。それぞれの部屋に三メート級の人面ムカデのコピーが乱雑に積まれている』
「伏兵か?」
『安心して。少なくとも各百体以上いるけれど動く気配はないね。引き続き監視する』
「分かった、俺たちは東の地下に向かう」
『了解』
続いてルディは通信を切ろうとする俺に早口で付け加える。
『そろそろセンセーやカヤンさんも地上を制圧するころだし、村で寝ているヨムにも動きはないし……決着が近いね』
* *
ミーは背中に俺たちを乗せたまま東の穴に突っ込んだ。
構造は西のそれと同じで、ゴツゴツした赤茶の通路がまっすぐ延びているだけである。
前方から震動と破砕音が聞こえる。
しばらく前進してから道が左へと直角に曲がった。
その先に既視感のある半球状の赤茶の空間が待っていた。
五メートの人面ムカデに乗ったシアムが向かって左にいる。
鎌首をもたげたムカデの多脚を接地させ、当のシアムは顔をゆがめた状態だ。
ゆかに岩塊は落ちていない。
高さ十五メートのポイントに平べったい薄茶の巨大な皿が浮き、上に赤茶の岩を載せている。
(テーラさんたちはシアムの奇襲を防いだようだな)
事前に落盤攻撃があると分かっていれば、対処できないはずがない。
シアムが汗をにじませ、対面のテーラさんをにらむ。
「いい加減にしてよ……いったい何体化け物いんのよ……っ!」
「そりゃたくさんいるよお~、シアムちゃあん。ぼくのことも知っておきたまえよう」
ねっとりとした声で、テーラさんが不敵に返す。
「【จ】ジョージャーン・テーラ、つかさどる字は皿のジョー」
「なめないで!」
うなじから赤黒い炎をもぎ取り、シアムが投げる。
同時に人面ムカデがその大口をすぼめ、紫色の液体を炎の背中に当てた。
火球は消えることなく加速を強め、テーラさんを襲う。
テーラさんは白いマフラーを右手でいじりながら詠唱する。
「タムマダ~」
左手のジョージャーン(จ)が赤く光り、なかから木製の皿が引っ張り出される。
その皿を火球の前にかかげると、火の玉は本物のボールのように皿にコトリと落ちた。
皿が燃えることはない。
載った火の玉を口に近づけ、テーラさんがそしゃくする。
「ふむう、悪くないじゃあないかあ」
三白眼をゆがめ、くろがね色の髪を震わす。
対するシアムは戦慄し、言葉を失った。
さらに出入り口に現れた俺たちに気づいてきびすを返そうとしたが、その瞬間。
後ろの岩壁から白っぽい根っこが複数生じ、まるで触手のようにシアムと人面ムカデにからみついた。
「【ฌ】チョーガチュー・ンゴットガーム、つかさどる字は樹木のチョー」
うるおいのある声と共に、根っこによって走った岩の亀裂から土色の髪の少女が現れる。
「残念だけどシアム嬢。あたりの地下はすべて私の支配下に置かせてもらったよ。すでに根を張りめぐらせたからね」
「ウ……ウソ」
蒼白になるシアム。
俺たちはンゴットガームの動向についてなにも聞いていないが、これは敵に作戦が漏れることを警戒したカヤンによる指示だろう。
岩場の中央広場に穴があいてそこにシアムが逃げたという連絡をルディから受けたあと、カヤンはンゴットガームに地下制圧を命じていたと思われる。
(なによりンゴットガームだけは……独自に動いても単独行動のリスクがないからな)
ともあれルディの言ったとおり、シアムとの決着はもうすぐのようだ。
次回「75.【ส】虎のソー・ミー【その5】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
レ(และ)→○○と
ポームロン(ผอมลง)→やせる
タムマダー(ธรรมดา)→ありふれた




