71.【ส】虎のソー・ミー【その1】
「なんなの……! なんなの、あなたたち……」
奥歯を噛み締め、五メートの人面ムカデに乗ったシアムが声をわななかせる。
正面にはトゥアムと、その燃えつきた抜け殻がある。
「絶対にまともじゃない……っ!」
「まともじゃないこと自体は悪いことじゃない」
トゥアムは自身の育児嚢のふちを軽くつまんだ。
「自分がまともじゃないことに甘えて誰かを傷つけることが悪いんだ」
「だったらあなたたちだってわたしを傷つける悪党だっての!」
シアムはトゥアムにそう言い、広場の南に首を向けた。
南の岩壁には周囲の迷路と接続する小さな切れ目がある。
「……ほかにも仲間がそこにいるよね。出てきて。そして攻撃のそぶりを絶対に見せないこと。じゃないと事情は話さない」
直径四十メートの広場にシアムの声が反響する。
それを聞いた俺、クマリー、レック、ミー、テーラさん、ヒマは岩陰から姿を見せ、トゥアムとシアムのそばまで歩いた。
黒い瞳をけいれんさせつつ、シアムが人面ムカデの背中から俺たちを見渡す。
その視線はレックのえび色の瞳に向けられた瞬間に停止した。
「あなた、トーパタック・レックって言ったっけ。確かわたしと人面ムカデの関係と目的を知りたがってたよね。前はごまかしたけど今からそれを話してあげる。そこの袋女の忠告どおり、あなたたちの同情を引くためにね」
沈黙するレックだけを見て、シアムは続ける。
「ここの近くにある村はもう知ってんでしょ。そう、あの山で囲まれた小さな盆地にある村よ。竪穴式住居ばっかりのね」
南のほうへ、わずかにシアムの視線がずれる。
「わたしはあの村で産まれた。ただし母はよそ者。男と駆け落ちした挙げ句捨てられて村に流れ着いた哀れな人。わたしが三歳かそこらの年だったとき、死に際の床でさんざんその思い出をくりかえしてたっけね」
自嘲気味に彼女の口もとがゆがんだ。
「母が死んだあとは村人の独身女に引き取られた。でもその女が最悪でさあ」
両手を打ち鳴らし、シアムは胸を反らして笑った。
「あはははっ! そいつ、わたしをさあ、毎日毎日陰で殴るわ蹴るわすんの。で、みんなの前では仲よさそうにニマニマしてるわけ! 一番タチが悪いのは『ごめんなさいごめんなさい、君はなにも悪くないの』と謝りながら暴力振るってくるとこ! どうやらそいつ、過去に夫を毒殺した罪で故郷から逃げてきたらしくて……その罪悪感に耐えられないもんだからわたしをサンドバッグにして気持ちを整えていたっぽい」
言葉には憎悪が籠もっており、とてもウソをついているようには聞こえない。
「まあそういう生活がずっと続いたある日のこと、家畜の世話をサボってわたしは村の外に出た。白いもやの広がっている場所になんとなく入った。いつもなら……まっすぐ進めばいつの間にかもとの場所に戻っているような不思議な空間だったんだけど、その日は違った。わたしは白いもやの奥まで進み、この人面ムカデと出会ったわけ」
シアムは後ろから人面ムカデの黒髪をくしけずった。
「驚いたよ、だってムカデの顔がすでに死んだはずの母とそっくりだったから。お母さんは精霊になってずっとわたしを待っていてくれたんだ。そのコピーもまわりにたくさんいた。わたしはお母さんたちを連れて村に帰ろうとした。暴力女に『もうあなたなんて要らない』って見せつけるためにね」
「だがその矢先で蛇みたいな縄に邪魔されたんだな?」
俺はシアムがひと息ついたところで質問を挟んだ。
レックから俺へと視線を移し、シアムは両手を軽く振る。
「そうだよ、赤目赤髪のお兄さん。丸太以上にぶっとくて長い……色あせた縄の化け物が蛇やミミズのようにのたうちながら、白いもやから出ようとする人面ムカデたちをなぎ倒してくるの。ただ、蛇はわたしに対してだけは攻撃しなかった。その日は諦めて一人で村に帰ってまた殴られたり蹴られたりした。――そのあとも、しばしば白いもやに入ってわたしは母の顔をした人面ムカデと会っていたんだよ」
いったんシアムは目を閉じたあと、すぐに目を見ひらいて赤い長髪を振り乱した。
「で、ついこのあいだのお昼! なんでかは知らないけど、ついに蛇みたいな縄が朽ちてくれちゃってねえ! それで人面ムカデたちが村に行くことが可能になったのよ。そしてコピーのうちの一体が村の外れにいたおじいちゃんを噛み殺した。それを見て、わたしはみんなに頼んだ。『村人全員を同じ目に遭わせて』ってね! 結果、みんなは一斉に村を取り囲んで一人残らず噛み殺してくれた。わたしはわたしを飼っていた暴力女の噛まれるさまを見ていた。そいつ、今際の際になっても『ごめんなさいごめんなさい、君に謝りたい』ってくりかえしてさあ。あんまりキミキミキミキミうるさいもんだから言ってやったよ、『ソムナムナー(ざまあ)』ってね!」
シアムは深呼吸し、ムカデの胴体の足をつついた。
「今のわたしの目的は、今も続いているその最高の気持ちに水を差されないことだけ。いきなり現れて善人面を振りかざすあなたたちなんかに、わたしの時間を邪魔されたくないっての」
「……シアム」
レックがビブラートを利かせながら静かにつぶやく。
「シアムは許されないことをした」
「はい出たお説教」
うなじの赤黒い炎を強く揺らめかせ、シアムがレックをにらんだ。
「どんな理由があっても殺しはダメだとか、なにも知らなかった外野が偉そうに言うな!」
「オレはそんなことは言ってない」
半歩前に出て、レックはまったくビブラートを利かせずに言葉を継いだ。
「殺すなら――夫を毒殺し、毎日シアムに暴力を振るっていたその女だけをぶち殺せばよかったじゃないか」
それはそれで問題だが、単なる正論よりもレックの言葉はシアムの心を動かしたようだ。
当のシアムは首を左右に振って声を震わせている。
「……うるさい。村人全員同罪なんだよ。わたしだって村人にあの女のことは訴えていた。でも全員がわたしを無視した! あざを見せても知らん顔で……だから!」
ついで呼吸を激しくしながらレックから目を背け、トゥアムの桜色の瞳を凝視する。
「トゥアム……いや袋女。忠告どおり正直に詳しくわたしの事情を話してあげたけど、本当に情状酌量の余地はあんの?」
「聞いた限り微妙なところだね」
オーバーオールスカートの裾に両手を当てながらトゥアムは答えた。
「とりあえず今乗っている人面ムカデをもう暴れさせないとシアムくんが約束できるなら、シアムくんのことはこれからわたしたちで保護するよ」
「保護? ウソだね」
そのとき、とぐろを巻いていた人面ムカデの頭が下がった。
「どっちみち殺すつもりのクセにさあ!」
瞬間、俺たちのいる真円のかたちの広場がへこんだ。
灰色の地面が沈み、その地盤がガラスのようにコナゴナになる。
そうして真下に直径四十メートの暗い穴が出現した。
「落下してくたばれ!」
体を丸める人面ムカデのなかでシアムがさけんだ。
ムカデは赤黒い火の玉となり、猛スピードで穴の底へと落ちていく。
ここでテーラさんが左手の平を赤く光らせ、なかから白くて丸い皿を何枚も引っ張り出す。
投げられると共に皿は直径二メートの大きさに膨らみ、俺とレックとヒマとトゥアムの足場となった。
なおクマリーは最初から飛べるので皿は必要ない。
テーラさん自身は俺たち四人の足場を作ったあとで自分の皿に乗った。
ゆっくり落ちる皿の上で俺はあたりを見回す。
「ありがとうございます、テーラさん。……でもミーはどこに」
「ソースーア・ミーなら、あそこだよお」
右中指で、テーラさんが穴の底を指した。
(シアムを追ったか!)
俺は空の兵隊を呼び出し、コウモリの翼を真上に向かってはばたかせた。
「一人にさせるわけにはいかない。俺も追いつく」
その風圧で一挙に皿の高度を下げる。
炎の兵隊も呼んで、暗くなっていく周囲を照らす。
(おそらくシアムは俺たちがあえて北に「穴」を作ったことも見抜いているな。だから岩場の中央の広場に俺たちを誘い込み、ワナにかける戦術をとったんだろう。人面ムカデのコピーたちに空洞を掘らせたあと、広場の地盤を下から割ってもらったってところか)
赤黒い炎を眼下に捉える。
(長話をしたのは、一気に地盤を破壊する下準備の時間がほしかったから。ルディのミツバチの監視に引っかからなかったところから察するに、空洞の入り口は別の場所……それも岩の下にあるな。かつ、この大規模な空洞はきのうきょうで掘られたものじゃない。もとからシアムはここを「秘密基地」にしていたんだろう)
そして俺が火の玉のそばに来ると同時に、ミーの声がとどろく。
「セーンファイ」
露出した赤茶の岩壁に両足をつけていたミーが俺の頭上から飛び出す。
石炭の入った袋を俺に預け、加速した。
にび色の線の重なりとなったミーが火の玉を貫通する。
途端、火の粉が散った。
丸まっていたムカデの胴体が緩み、内部のシアムの顔がのぞく。
「くっ、どこまで邪魔をすれば……」
「そりゃするよ」
ミーの目が緑色に光る。
「シアムちゃんのこと、ほっとけないから」
「ちっ、袋女といいレックといい、どいつもこいつも……! あなたもなんなの!」
うなじから新たに赤黒い火をもぎ取り、シアムが連投する。
だがミーは空中でジグザグに曲がってよけた。
「【ส】ソースーア・ミー、つかさどる字は虎のソー」
二対の耳に見えるシルエットのなかで、二つの瞳とヘアバンドの三つの宝石が緑に輝く。
「ワタシもずっと人に痛めつけられていた時期があるんだ。本当につらかった。でも救ってくれた人がいた」
ミーが再度加速し、ムカデの胴体に突進をたたき込む。
「――だからワタシは、シアムちゃんのことをほっとけないんだと思う」
次回「72.【ส】虎のソー・ミー【その2】」に続く!(4月4日(土)午後7時ごろ更新)




