表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/100

67.猿のロー(ล)【前編】

 作戦の最終確認をしたあと(てき)(ほのお)によって遠くから攻撃(こうげき)された(おれ)たちだったが、テーラさんのおかげで全員が無事に危機を(だっ)した。


 直径(さん)メートの白い皿に乗った状態で俺とクマリーとレックとテーラさんが白いもやを()きながら、人面ムカデたちのいる岩場めがけて宙を飛ぶ。


(サラサルアイやレックの()き棒のときと同じで風圧の影響(えいきょう)はほとんどないな)


 現在、俺の右前には()き棒を構えたレックが立つ。

 右横にはクマリーが()き、右後ろではテーラさんがあぐらをかいている。


 俺は左右のもやに視線を走らせた。


「……テーラさん。ほかのみんなも(てき)本拠地(ほんきょち)に向かっているんですよね」

「もちろんさあ、【ท】トータハーン・アーティット」


 ねっとりとした声を出しつつ、テーラさんがくろがね色の(ひとみ)をけいれんさせた。


「ぼくは赤黒(あかぐろ)い炎が直撃(ちょくげき)する瞬間(しゅんかん)(みっ)つの皿にみんなを()りつけたからねえ~。西から岩場を(おそ)う【ส】ソースーア・ミー、【ฝ】フォーファー・ヤーンロップ、【ฟ】フォーファン・センセー、【ล】ローリン・ヒマを()せた皿は左に飛ばしてえ~。東より岩場を()める【ฒ】トープータオ・カヤン、【ฌ】チョーガチュー・ンゴットガーム、【ฆ】コーラカン・チュアモーンを置いた皿は右に投げたのさあ~」


 ついで両手を胸の前で交差させる。


(ふた)つの皿は()をえがきい~、それぞれ岩場の西口(にしぐち)東口(ひがしぐち)()もなく到達(とうたつ)するんだよお。今はもやで()えないけどねえ」

「そしてわたしたちの乗っているこの皿は」


 俺はなんとなく言葉づかいに気をつけながらテーラさんと(はな)す。


「――まっすぐ飛んで岩場の南口(みなみぐち)にもうすぐ達するわけですね」

「ま~ね~。これで最低限の仕事はしたし、十万バーツは確約されたも同然かなあ」


 両腕(りょううで)を引き(もど)し、自身の白いマフラーを巻きなおす。


「でもなんで敵はこっちの居場所(いばしょ)へと正確無比(むひ)に炎を()()むことができたんだろうねえ~」

「それは――」


 前方を見据(みす)えたままレックが(くち)をひらき、ややビブラートの()いた声を(ひび)かせる。


「シアムがきのうの時点でオレチャンたちの居場所を特定していたからだろうな。昨夜(さくや)センセーは十体の人面ムカデを()らえたそうじゃないか」


 周囲に合わせて色を変える(かれ)のチュニックはすでに白く染まっている。


「おそらくシアムはここら一帯(いったい)に人面ムカデを大量に(はな)ってオレチャンたちの拠点(きょてん)(さぐ)っていたんだよ。ただし(よる)は炎が目立つから早朝を待って火球を飛ばした――そんなところじゃないかな、クン・テーラ」

納得(なっとく)したよお、【ฏ】ト~パタック・レック~」


 マフラーをはたき、テーラさんがうなずく。


「さてそろそろお、ぼくたちの皿は岩場に着くよう」

「そうみたいだねーっと」


 レックが突き棒の()を右手で回転させる。

 同時に、再び前方から赤黒い炎が飛んできた。


 仰角(ぎょうかく)六十度の方向からふってくる。火の玉の直径は五メート以上ある。

 柄の回転をとめたレックは、臼型(うすがた)穂先(ほさき)を持ち上げた。


 皿を()って跳躍(ちょうやく)し、炎よりも上に出る。


「トープトー」


 詠唱(えいしょう)と共に、臼のかたちをした先端(せんたん)(なな)め下に突き出す。

 すると赤黒い炎のかたまりが()()()()はじかれ、その方向に飛んだ。


 数秒後、地面が()れる。

 ねばりけを持つ灰色の土と赤茶の砂が斜め下から()き上げる。


 眼下をのぞくと白いもやの先に赤茶の岩が()えた。

 俺は右隣のクマリーに視線を向ける。


「今から敵の本拠に突入(とつにゅう)する。すでに確認したとおり標的は人面ムカデのコピー元。……クマリー、(こわ)いなら俺のへそにいてもいい」

「いえ、クマリーは……引っ込みません!」


 ふにゃふにゃ(ごえ)を引き()め、彼女(かのじょ)が答えた。


「今は連絡係(れんらくがかり)としてお役に立ちますっ」

「それは助かるよ」


 本心を俺は(くち)にした。

 さっそくクマリーが鐘のイヤリングを右耳に出す。ルディ、カヤン、センセーへと順に伝える。


「こちらクマリー。クマリーたちは今、岩場に着きました。これから交戦しますっ」

「よ~し」


 ここでテーラさんがあぐらをやめ、立ち()がる。


「なんなら迷路みたいになっている岩場の上をこのまま飛んで中央のボスへと即座(そくざ)襲撃(しゅうげき)をかけちゃうのもいいかもねえ。……って、おややあ~」


 セリフの途中(とちゅう)で足場の皿の動きがとまった。

 皿が向かって左にかたむく。


 左下を見ると、三メートの人面ムカデたちが(たが)いに赤黒い胴体(どうたい)をからみ合わせ、長いはしごを作っていた。


 連結された体が地上から皿の底へと届く。

 俺たちが反撃(はんげき)する前に頂上の人面ムカデが皿を()む。


 大きな乱杭歯(らんぐいば)()い込ませ、皿を引き戻そうとする。


「タハーン・プルーン。焼きつくせ」


 俺の呼びかけに応じ、小鳥の姿をした炎の兵隊(タハーン・プルーン)が現れた。

 プルーンがはしごの頂上の人面ムカデに()っ込む。


 そのムカデはすぐに燃えた。(むらさき)の液体をまき散らし、白いもやに()けていく。

 さらにテーラさんが左の手刀を()り下ろし、人面ムカデに噛まれた皿の一部(いちぶ)を切り落とした。


 だが次の刹那(せつな)、皿の中央を突き破る(するど)いものが現れる。

 人面ムカデの二列(にれつ)の乱杭歯が皿の底から上へと貫通(かんつう)したのだ。


 真下の歯に固定された皿が有無(うむ)を言わさず引っ張られる。


(さっき左に現れたほうはおとりだったのか……!)


 一気(いっき)に地上に下ろされたのち、足場の皿が(くだ)け散る。

 皿の破片(はへん)の下には、大口(おおぐち)をひらいた人面ムカデたちがうごめいていた。足の()み場もない。


 皿が落とされたことをルディに伝えるクマリーを右目で(とら)えつつ、俺は唱える。


「ゲーンタハーン・クワーン」


 左手の平のトータハーン(ท)を赤く光らせ、なかから(おの)を引っ張り出す。


 続いて足もとに斧を投げる。

 斧は螺旋(らせん)をえがきながら近くの人面ムカデたちを(はら)った。


 俺は灰色の地面に着地し、斧を再び持つ。


「タハーンボック、ムーパー・ピアック」


 緑色のイノシシの精霊(ピー)が出現し、それが小さなイノシシに分裂(ぶんれつ)する。


「散れ。そして(ころ)ばせろ」


 命令と同時に小さな陸の兵隊(タハーン・ボック)の群れが、周囲にひしめく人面ムカデへと一斉(いっせい)に襲いかかった。


 三メートの人面ムカデたちは胴体の後ろ側を地面につけているが、その接地している部分にボックの群れは突撃(とつげき)する。


 バランスを失った人面ムカデたちは転び、(たが)いに体を()し付け合う。


 俺は両手で斧を構え、敵の胴体を切り落としていく。

 右斜め上から左斜め下へと()を振ったあと、向きを変えて今度は左斜め上から右斜め下へと斧を動かして完全に切断する。


 胴体は五十センティほどの太さではあるものの、今の斧にはプルーンを取りつかせている。


 斧は赤く燃え、熱風をまとう。

 この熱風の圧力により、擬似的(ぎじてき)に斧の刃を延長しているわけだ。


 レックも着地し、転んだ人面ムカデに突き棒のひし形の穂先を当てる。

 先端が貫通すると共に、次から次へと敵が雲散(うんさん)霧消(むしょう)していく。


 テーラさんも白い皿を手もとにいくつも出現させ、それらを(とう)てきする。


「ル~アイウォン」


 三十センティほどの皿が車輪のように回転し、人面ムカデたちを刻み続ける。

 そうして周囲の人面ムカデたちが消滅(しょうめつ)していき、徐々にまばらになる。


 このタイミングでクマリーの鐘のイヤリングから、しっとりとしたルディの声が聞こえた。


『……たった今、カヤンさんたちもセンセーたちもそれぞれ岩場に到着した。そしてセンセーたちは二手(ふたて)に分かれたようだから、まずはそちらと合流するのがいいと思う』

「分かった」


 そんなルディの声に俺たちは(したが)い、西のほうに足を向ける。

 白いもやが広がっているため方角は分かりにくいが、ハチミツでできたルディのミツバチが飛んできて俺たちを案内してくれた。


 俺は先頭で斧を振りつつ、ボックの群れと共に突き進む。

 今のところ足もとは灰色の地面。北と南に十メートを()す赤茶の岩が(かべ)のように立ちふさがっている。


 岩に(はさ)まれた通路の(はば)は安定しない。

 二十メート以上のところもあれば、(いち)メート以下の場所もある。


 まばらになったとはいえ人面ムカデは間断なく現れ、俺たちを押さえ込もうとする。

 だが俺もレックもテーラさんも、進路をふさぐ敵をその都度撃退(げきたい)する。


 クマリーがルディたちとこまめに連絡をとってくれるため、孤軍(こぐん)奮闘(ふんとう)しているような不安もない。


 ミツバチについていき、直径二メート弱の穴をくぐったところで右前方の岩壁(がんぺき)のそばに味方の姿が映った。

 二対(につい)の耳に似たにび色の(かみ)と左右におだんごを作った()(はな)色の髪がもやの向こうで揺れる。


 ミーとヒマだ。

 すでに情報共有していることだが、二人(ふたり)は岩場の西口に着いたあとセンセーおよびロップとは別行動をとっているらしい。


 現在ミーとヒマは岩壁の近くで人面ムカデたちと交戦している。


 ミーは手持ちの袋を地面に置き、電光のごとく素早(すばや)く動く。

 ジグザグに突進し、ムカデたちを白いもやへと返していく。


 ヒマはまるで本物の(さる)のように身軽に跳躍(ちょうやく)し、人面ムカデの背中や頭を踏みながら敵を翻弄(ほんろう)する。


「テンラムっ!」


 ウキウキしているような高い声でそう唱え、リズミカルに人面ムカデたちに平手(ひらて)()ちを()らわせる。


 ……ミーが五匹の人面ムカデを退治(たいじ)しているあいだにヒマはその五倍の(かず)の人面ムカデをしとめていた。


(速さや単純な威力(いりょく)ならミーのほうが上だけど、ヒマの動きには無駄(むだ)がまったく見られない。ムカデたちを足場にしながら足裏で攻撃をたたき込み、移動の勢いを殺さずにその衝撃(しょうげき)を百パーセント平手打ちに流し込んでいる)


 結局、助けに(はい)(すき)もなくミーとヒマは自分たちだけで近くの人面ムカデをしりぞけた。


 袋を拾うミーにレックが()け寄る。

 一方、ヒマは俺に飛びついてきた。


「アーティット~! ヒマ、バナナほしい~っ!」

「いいけど……」


 俺は全長(いち)メートのワニのグラジョームを呼び出す。

 口内に手を突っ込んでバナナを右手に取り、ヒマに(わた)した。


 やはりヒマは、皮ごとそれを噛みちぎった。


「しみるなーっ! ありがと、これで回復したっ!」


 そのセリフが終わる前にバナナを皮ごとすべて飲み込み、ヒマが地を蹴る。

 俺の顔面近くにつま先を近づけたのち、右足で()をえがく。


 湾曲(わんきょく)する軌跡(きせき)を引いて、ヒマの小さな黒靴(くろくつ)が人面ムカデのあごにヒットする。


 この人面ムカデは背後から俺を噛もうとしていたやつだ。

 だがヒマの蹴りを食らったことで、あっさり顔面は紫の液体を散らして霧散した。


 すぐにヒマは俺の頭に両ひざを載せて飛び、胴体のそばに着地する。

 右で平手打ちを撃ち込み、完全に消滅させた。


 俺はグラジョームを消し、礼を言った。


「ありがとう、ヒマ」

「なに言っちゃってんのかなー」


 ヒマが菜の花色の(ひとみ)を細め、口角(こうかく)を上げた。

 右手を平手打ちのかたちにしたまま(くち)に近づける。


「本当は敵にも気づいていて、自分だけでなんとかできたクセに~」

「ああ。だけど自力でどうにかできることだとしても、助けられたらうれしいと思う」


 俺は斧を投げ、ヒマに近づく新たな人面ムカデの顔を()き飛ばした。


「それには()()なしでバナナ一本(いっぽん)以上のありがたみがある」

「やったあ~っ! それってすっごく価値あるじゃん!」


 ヒマはウキウキした声と共に()ね、そばにある赤茶の岩壁に取りついた。


「じゃ、もっと助けてあげよっか。今度はヒマにしかできないことでね」

次回「68.猿のロー(ล)【後編】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

トープトー(ตอบโต้)→やり返す

ルアイ(เลื่อย)→ノコギリ

ウォン(วง)→円

テンラム(เต้นรำ)→おど

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ