66.皿のジョー(จ)【後編】
ジョージャーン・テーラが立ち上がったタイミングで、ボーン、ボーン……という鐘の音が建物内に響き渡った。
チュアモーンが招集をかけているのだ。
俺とクマリーはテーラさんに続いてベッドのある個室から出る。
通路を歩き、背もたれのない白い椅子が何脚も置かれた部屋へと移動した。
その白っぽい木材でできた室内はまた改造されている。二十五平方メートからさらに広がり、三十六平方メートにまで拡大していた。
カヤンが窓のそばで腹部と顔面を俺たちに向けて逆立ちしている。
ンゴットガームの透明の樹皮で作られた窓は縦一メート・横四メートほどの長方形で、ちょうど窓の下の桟がカヤンの臀部と同じ高さに位置する。
窓の外には相変わらず白いもやが漂っている。
まだほんのり薄暗い。
だが室内は天井中心に吊るされたランプによって充分なあかりを確保している。
向かって一番左の椅子には突き棒を背中に装備したレックが腰を下ろし、カヤンのいるほうをじっと見ている。
レックの右隣には薄茶色の袋をかかえたミーが座る。
そしてレック、ミーに続いてンゴットガーム、チュアモーン、センセー、ヒマが椅子に腰かけた状態で並んでいた。
ヒマの右に俺、クマリー、テーラさんが順に着席する。
最後にロップが入室し、テーラさんの右横の椅子に腰を落とした。
現在、部屋のなかには十一人がそろっている。
髪と瞳の色は左から順に、えび色・にび色・土色・レモン色・すす色・菜の花色・赤色・オレンジの混ざった茶色・くろがね色・水色だ。
その十人が若草色の髪と瞳を持つ逆立ちのカヤンと対している状況だ。
さらにロップが部屋を見回し、冷たい声でつぶやく。もちろんそれは、感情的な意味合いでの冷たさではなく体感温度を下げるような意味での冷たさである。
「あれ……? 結局プラトゥは来なかったんだ……」
当のロップはプラトゥの酒焼けしたような声を気に入っている。
だからかプラトゥの不在を確認し、肩を落とした。
クマリーが右に顔を向け、ロップに声をかける。
「元気を出してください、ロップお姉さんっ。きっとプラトゥ師匠はおいしいところで必ず現れてくれますっ!」
「……クマリー」
ロップは左耳にかけた髪を右手でなでた。
「ありがとう。うん、プラトゥはそういう人」
水色の左目を細め、軽く笑んだ。
なお、そんな二人に挟まれたテーラさんは薄目をあけ、前面に垂れた自分の白いマフラーを両手でつまんでいる。
俺はロップとクマリーのやりとりを聞きながら、白の交じった群青色の髪と瞳を持つプラトゥを思い出していた。
(チケットの回数を使いきってジャンク船に乗れなかった彼女は「次の回数チャージが来るまで待つ」と言っていたけど……まだユアユと一緒に甲羅山にいるのか)
同時に、ユアユのとくさ色の髪と瞳も連想する。
(そういえばユアユの占いによれば俺には凶兆が出ていたんだったな。気を引き締めないと。そのうえで……この場にいないルディとナーグルアのことも信じ、兵隊として十全に動こう)
ルディとナーグルアの髪と瞳を染める黄土色と白すみれ色もそれぞれ頭に思い浮かべ、俺は深呼吸した。
(不思議なものだな。今回共闘するみんなはスーンと戦ったときのメンバーとはまったく違う。ディアオもガムランもスープパンもクルムもキアもプリアさんもサラサルアイもエーンもホーノックフーク(ฮ)もジョットマーイもジャムークも今回の作戦には不参加だ。それぞれには、それぞれのやるべきことがあるということか)
左こぶしを握り締め、姿勢を正す。
(とはいえ本来兵隊は、いつも同じメンバーと一緒に戦うわけじゃない。指示を出す上司も信頼すべき仲間も戦況次第でいくらでも変わる。そのときそのときの部隊において、俺は俺にできることをするまでだ)
ここで無機質な声が室内に響く。
「カヤン氏、早く作戦の最終確認をしましょうよ」
ンゴットガームの背後にカラスの濡れ羽色の髪を持つ精霊――フアロが出現し、青い目でカヤンを見たのだ。
声をかけられたカヤンはせき払いし、ドスの利いた声をゆっくり継ぐ。
「ああ、もちろんだ、フアロ。……さてチュアモーン。ルディとナーグルアにも鐘の回線をつなげ」
「もうやってんぜ、カヤン」
少々尊大な声で返し、チュアモーンがえりの前面の鐘を右人差し指でつついた。
カヤンはうなずき、一人一人の顔を順に見ながら言う。
「今から我々は、近隣の村人全員を殺した人面ムカデ型のピーを鎮静化する」
最初に今回の作戦の目的を確認した。
「具体的な標的は現象としての人面ムカデを複製しているコピー元だ。こいつを倒して人面ムカデの供給を絶ったのち、それでも向こうがおとなしくならなければ残りも掃討する」
あくまで最優先にねらうべき対象を明確にする。
「おそらくシアムが乗っていたという五メート級のムカデがその標的だ。あるいは、ほかの人面ムカデとは異なりサイズや特徴に個性のあるやつがコピー元かもしれん。コピー元との対話が可能なら対話しろ。不可能なら捕獲しろ。捕獲も不可能なら駆除しろ。人面ムカデの仲間とおぼしきシアムについても同じように対応するように」
はっきりと指示し、カヤンは続ける。
「作戦中はこまめに連絡を入れろ。もうシアムと会敵した場合も、ためらわず鐘のイヤリングを使っていい。コピー元の疑いのあるピーを見つけた場合、なにか気になることがあった場合、窮地におちいった場合のみならず、とくに連絡する必要性がないときも折を見て仲間と連絡をとれ」
「具体的に誰に知らせるのがいいんですかー。みんながみんな適当な相手に連絡してたら、情報ガバガバになると思いまーす」
ヒマが両ひざを立て、菜の花色の視線でカヤンを見つめた。
カヤンはあごを上下させ、薄く笑う。
「いい指摘じゃねえか、ヒマ。今回はわたしも直接現場に出向くから、知らせるときは少なくともルディにだけは知らせてくれ。ルディはナーグルアの近くに待機し、ミツバチを使って全体の状況を把握する役目を負っている。受け取った情報を別の者と共有することもあるだろう」
『うん、カヤンさんの言うとおりさ』
チュアモーンの前面の鐘から、しっとりとした少年の声が聞こえる。
『ミツバチによって敵の位置も捉えておくからね。必要に応じて僕からも連絡を入れる』
「……苦労をかける、ルディ」
声を抑え、チュアモーンの鐘に向かってカヤンがまばたきした。
ついで再び左右に視線をやり、俺たちを見回す。
「じゃ、おまえら地図を出してくれ。テーラとヒマにもすでにやったが」
カヤンはきのうの時点で、俺たち文字保有者一人一人に地図を渡していた。
ハチミツのようなオレンジ色でえがかれた地図である。
この建物まで飛んできたルディのミツバチがセンセーの用意した紙の上で体を溶かし、地図になったのである。
ルディの任務には地図作成も含まれていた。
きのうシアムと交戦していた俺たちの前に現れたときも、ルディはミツバチを使って周囲の地形や敵の配置を調査していたのである。
俺は上着のポケットから、四つ折りにした地図を取り出す。
ひらくと、岩場の俯瞰図が目に飛び込んできた。
(いびつに湾曲した岩が何層も重なって中央の広場を取り囲んでいる。内部はちょっとした迷路だが、東西南北の四箇所に大きな途切れが確認できる)
白いもやで囲まれた空間の中央にはそのような岩場があり、ここに人面ムカデたちが集まっているらしい。
なお、岩場の外は平坦な地面しか広がっていないそうだ。
チュアモーンの鐘を介してルディが報告する。
『ミツバチが確認しただけでも敵の数は五百を超える。シアムと五メートの人面ムカデの現在位置は広場の中心。ほかの特異な個体は現在未発見。それと昨晩センセーたちが捕らえてくれたヨムも監視しているけど、今のところまだ彼は村のなかで目を覚ましていない』
「ご苦労。ただしおまえら、今おねんねしている粗ビン野郎が本物である確証はないから油断はするなよ」
カヤンが若草色の目を見ひらく。
「現在わたしらがいる建物は南に位置する。ここから出て、三方向から敵の本拠をたたく。南から侵攻するのはレック、アーティット、クマリー。西からはミー、センセー、ヤーンロップ。東からはンゴットガーム、チュアモーン、わたしだ。きょう加わったテーラはレックたちと、ヒマはミーたちと行動してくれ」
「分かりましたあ~、ト~プ~タオ・カヤ~ン」
ねっとりとした声でテーラさんが返事をした。
ヒマも立てていたひざを下ろし、前のめりになる。
「ヒマがいれば、コーングルアイグルアイですってば!」
「威勢がよくて頼もしい限りだな」
満足げにカヤンが両ひじを屈伸させる。
「北からは攻めない。そしてそこから逃げた敵さんは、ヤーンロップの作った蓋の穴――そこで待ち構えているナーグルアに狩られて終わりだ。穴はちょうど岩場の北に位置しているからな」
『任せてくださいまし』
チュアモーンの鐘から、今度はおしとやかな女性の……ナーグルアの声が聞こえた。
カヤンは右手をゆかから離し、こぶしをかかげる。
「よし。じゃ、ここで最後の指示をせにゃあなあ」
少し間を置き、静かに言う。
「一人になったときは、もう仕事とかどうでもいいから仲間と合流することを最優先にしろ」
「了解」
最後の指示に対し、俺たちもまた静かに返答した。
ついでクマリーが俺の右隣の椅子で体を揺らす。
「お兄さん……そしてみなさんも聞いてください。クマリー……この戦いが終わったら、やりたいことがありますっ」
突然なにかとも思ったが、これはクマリーなりの激励なのかもしれない。
「クマリーはみなさん一人一人の名前を文字にして書きたいです。だから……必ず無事に今回の作戦を成功させましょうっ!」
彼女がそう言った瞬間。
チュアモーンの鐘からルディの大声が響いた。
『……みんな! さっき岩場からなにか熱いものが発射されたとミツバチから連絡が入った!』
その言葉が終わらないうちにカヤンの背後の窓が赤黒く輝いた。
次の刹那、窓が割れた。天井のランプが落ちて砕けた。室内の白っぽい木材が椅子ごとバラバラになって飛散した。
赤黒い炎が建物をなめつくす。
あたりは一瞬で熱せられ、俺たちのいた高床式住居は壊滅した。
* *
「ま、向こうもこのくらいはすると思っていたよお~」
ねっとりとした声と共に、燃える建物の三方から白い扁平な皿がフリスビーのように宙へと撃ち出された。ただし回転はかかっていない。
直径三メートの皿である。
向かって左に飛んだ皿はミー、センセー、ロップ、ヒマを乗せている。右に向かった皿にはンゴットガーム、チュアモーン、カヤンがいる。
そして炎が飛んできた正面へと進むのは、レック、俺、クマリー、テーラさんの四人を乗せた皿である。
テーラさんが俺たち三人の後ろで三白眼を震わせる。
「トックテ~ン」
そんな彼の詠唱と共に、俺たちの両足にもともとはいていた靴が現れた。
(さっきまでは靴を脱いで室内にいたのに……テーラさんのおかげか)
いつの間にかテーラさん自身も、白い靴下の上に青黒い靴をはいている。
「ほかの皿のみんなについても、ぼくがはかせてあげたよお。これから決戦なのに靴なしじゃあカッコがつかないだろうからねえ~」
「ありがとうございます」
俺は右後ろを見て彼に礼を述べた。
「さっきの……おそらくシアムによる炎が飛んできたときも、テーラさんが皿を盾のように出して直撃を防いでくれましたよね」
「へえ~、ほんのちょっと出しただけなのにそれが分かったのかあ」
テーラさんは空を飛ぶ皿の上であぐらをかいた。
弧をえがいて左右のもやに消えていく皿を見つめながら、右耳を二回つまんで鐘のイヤリングを出す。
ポープン(ผ)の文字を鐘の表面に書き、連絡する。
「あ、もしもしい。ポープン・ルディ。みんな無事だから安心したまえよう」
左手でマフラーをいじりながら鐘を右のほおに当てる。
「それぞれ作戦どおりの三方向に進んでいるから、問題もないかなあ~。そんじゃ作戦を続行――」
ここで、また前方が赤黒く輝き……シアムの炎が飛んできた。
先頭に立つレックが突き棒を構える前に白くて丸い盾が俺たちの前に出現し、炎を防いだのちに割れた。
テーラさんがあぐらの両ひざを上下させる。
「だいじょぶだよお~。どんなものでも皿の上ではただの料理にすぎないからねえ」
次回「67.猿のロー(ล)【前編】」に続く!(3月28日(土)午後7時ごろ更新)
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
トックテーン(ตกแต่ง)→飾る




