209.金色の日々(ทุกวันทอง)【中編】
講和条約あるいは友好条約の概要を聞いたあと、俺は外に出てグレープ国を歩いて回った。
王国の小さな首都には、まだひとけがない。
パイロに預けていたクマリーと合流する。
「あっ、お兄さん! おつかれさまですっ」
「アーティット。一緒に歩かないか」
そんなパイロのさそいの言葉に俺はうなずいた。
閑散とした住宅地を抜け、田んぼのほうへ足を向ける。
相変わらず、金色の穂波が日の光を受けている。
あたりはまばゆい色に染まり、そよそよと風に揺れていた。
「きれいですね~」
「守れてよかったな」
「あしたあたりから稲刈りが始まるだろう」
クマリーと俺とパイロが順に言葉を漏らした。
俺はパイロの真鍮色の瞳を見つめる。
「チーネさんは?」
「トゥアムの育児嚢から出たあとも、まだ拘束されている」
パイロはチーネさんを気にかけているらしく、俺が王や宰相と同席しているあいだも、彼女の様子を確認しに行っていたようだ。
「勝手に帝国軍を掌握した罪により、グレープ国から帝国へと身柄が移されるそうだ。私はチーネについていく」
「ならチーネさんも安心だろう」
「……浮気じゃないからな」
「なんの話だ……」
さらに進むと、にぎやかな声が聞こえてきた。
小屋の近くに集まって、グレープ国兵が捕虜の帝国兵になにかを振る舞っている。
クマリーが後ろから俺の肩を揉んでくる。
「みんなでわいわい楽しそうですね~。なんかもぐもぐしてますよっ」
「本当だ。なにを食べているんだ」
武装を解除した兵隊たちの手には、コメを三角や丸にまとめたものが握られていた。
「あれは『カーオパン』か」
「スープパンさんの親戚ですか」
「カーオパンというのは、コメを持ち運びやすく食べやすいサイズにした『おにぎり』だよ」
「とてもいい雰囲気だな」
パイロのその言葉どおり、グレープ国兵は穏やかな顔でカーオパンを作り、それを帝国兵に差し出している。
帝国兵もはにかみながらカーオパンを受け取る。
懐から小ビンを出してそれをかたむけた。
どうやら、帝国産の塩のようだ。
内陸国のアーナージャック・グレープで塩は採れない。
うらやましそうに見ているグレープ国兵に、帝国兵が塩の入った小ビンを手渡した。グレープ国兵は感謝し、喜んでカーオパンに塩を少し振りかけた。
塩とカーオパン(おにぎり)の相性は抜群のようで、帝国兵の顔にもグレープ国兵の顔にも『アロイ』とはっきり書かれている。
しみじみとパイロが息をつく。
「敵対していたとは思えないな。見ていると癒やされる」
「本当はこんなムードにはならない」
遠くから兵隊たちを眺めつつ、俺は言葉を継いだ。
「もともと兵隊同士で憎しみ合っていたわけではないし、今回の戦争では死傷者が出なかったから、しがらみもないわけだ。不思議な光景だな」
ここで俺たちに気づいた兵隊たちがやって来て、一緒に食べようとさそってくれた。
とくに共に戦ったグレープ国兵は「あなたたちのおかげで無血での勝利が実現できました」と何度も礼をくり返している。
クマリーのウォーウェーン(ว)には気づいていないようだが、俺とパイロが文字保有者であることは彼らも分かっているようだ。
(前から俺を知っていた人もいるな。パイロも背中のチョーチン(ฉ)を隠していないし)
カーオパンを食べている兵隊たちのそばへと案内される。
何人かは文字保有者に対して好印象を持っていないようで俺とパイロから目をそらしていたが、それはそれだ。仕方ないと思う。
グレープ国兵がカーオパンを、帝国兵が塩をくれた。
向こうは気づいていないが、くしくもその帝国兵は少女姿の俺とパイロを西の国境線で検問した人だった。
ともかく礼を言ってから、クマリー・パイロと共にカーオパンを口に含む。
「おおっ、お兄さんパイロさん! ふわふわで、すごくアロイですよ~」
「確かにアロイ。塩との相性もいい。だけど変だな。コメってここまでふんわりまとまるものなのか」
「コメの種類が鍵のようだ」
満足そうにパイロもあごを動かしている。
いったん俺はカーオパンのコメをじっと見てみた。
よく観察すると、コメが丸っこい。
一般的なコメのイメージとして、少なくとも俺は細長いものを連想する。
しかしグレープ国では細長いコメだけでなく、もっと丸っこいかたちのコメも生産している。どうやらそのコメはあまりバラバラせず、カーオパンを作るのにも適しているらしい。
(これもグレープ国の味なんだな。いや、帝国の塩と一緒だから両国の味か)
食べ終わったクマリーが、目をキラキラさせて俺に顔を近づける。
「アロイ(おいしい)にもほどがありますっ。この気持ちを表現したいので、アロイの書き方が知りたいです!」
「使う子音字は三種類だ」
差し出されたクマリーの左手の平に、まずオーアーン(อ)を書く。人差し指は先ほどカーオパンを食べるときに使ったので、小指を這わせていく。
「発音は『ア』になるけれどマーイハンアーガート(–ั)は要らない。で、『ロ』は巻き舌のように発音するからロールア(ร)を用いる。声調記号マーイエーク(–่)を載せて声の出し方を調整。続いて二個目のオーアーン(อ)を置いたあと、最後にヨーヤック(ย)で『イ』の音をあらわす」
「あれ? 子音字のあとにオーアーンを置いたらクマリー・トーン(กุมารีทอง)のトーン(ทอง)みたいに長い『オー』になるのでは? 『アロイ』じゃなくて『アローイ』って言いたくもなりますっ」
「さすが、目のつけどころが違う。確かに『アローイ』って発音する人もいるんだろうけど、俺の感覚としては『アロイ』と短く言うのが一般的だと思う」
「やっぱりおもしろいですっ。ますます書き言葉に興味が湧いてきますっ」
言いつつ、クマリーが小指で俺の手に「アロイ(อร่อย)」としるした。さらにコープクン(ขอบคุณ)の文字列を続ける。
(コープクン(ขอบคุณ)、サワッディー(สวัสดี)、マイペンライ(ไม่เป็นไร)、そしてアロイ(อร่อย)か。四十二個の子音字にとどまらず母音記号や声調記号、十個の数字、果ては一週間の曜日も覚えた。書き言葉におけるクマリーの語彙も着実に増えている。ガルーダベッタレット戦でウォーウェーンのさらなる力を開放したことといい、クマリーはどんどん成長している)
カーオパンと塩をくれた兵隊の手の平にも「アロイ」と「コープクン」をしるすクマリー。
(俺もクマリーを見習って、自分で自分を動かしていきたいな)
かつ、文字保有者たちの奮闘やグレープ国・帝国に関わる人の努力も見ていると、これまでの自分が「兵隊」というものを隠れみのにして、どれだけ自分自身から目を背けてきたのかが分かるような気がする。
(本当の俺は、なにを目的にしているんだ。なにを目指したいんだ。俺はクマリーたちを自分の行動の言い訳に使っていないか。俺にはどんな意思があるんだ)
幼いころは、生きるために、食うために傭兵として戦えばいいと教育された。
だけど先ほどのカーオパンの味は、自分が生きるためだけに手に入れたものとは違っていた。
カーオパンをほおばりつつ微笑するパイロやクマリーや兵隊たちを見ていると、どこか心がざわめいた。穂波の揺れる音さえ、心臓をくすぐってくる。
* *
それから石けんと水おけで手を洗ったあと、近くに馬小屋を見つけた。そこは兵隊の詰め所でもあるのだが、今は帝国の軍馬が集められている。
とくにジウの対面した巨大ベッタレット内部に馬が多く入っていたらしい。
馬も全頭無事であり、グレープ国のもみがらを敷料にしてくつろいでいる。
(サラサも気に入りそうだ)
小屋のそばに、見覚えのある帝国の将がいた。
翼の生えた象の精霊を従える将である。当然、グレープ国の見張りもついているが、本人は気楽そうに象に寄りかかってまどろんでいる様子。
俺たちを目に入れると、ピーたちを助けてくれてありがとうございますと手を合わせて礼を言った。
祝福と称してパイロが静かにチンを奏でると、象たちは小さく翼と鼻を揺り動かした。
散策はこれくらいにして、俺たちは引き返す。
王国中央へと帰ると、崩壊した王城の大穴の前に立つマフマー宰相の後ろ姿が見えた。
「クマリー、パイロ。ちょっとマフマーさんと二人きりで話してくる」
宰相のもとに駆け寄り、近づいたところで歩調を緩める。
「マフマー宰相、王たちとの話し合いは一段落しましたか」
「……アーティット」
「貴国の軍の完全撤退が決まったので、きょうのうちに糧道の封鎖は解除されることになります。本来、糧道の開放は完全撤退のあとと考えていましたが、ムアンルアン・グアンの炎も予定より早く取りのぞいてしまいましたし、糧道についても予定を早めていいかなと。もちろんバンダー王子やクロック宰相もそうするように言っています」
「結局おまえは帝国首都も落とさなかったようだな」
「その脅迫についてはハッタリと申し上げたはずです」
「コープクン」
マフマー宰相が手を合わせ、礼をした。
「おまえたちはけっして、正義の英雄ごっこをやっているわけではなかった。二人の王もバンダー王子もクロック宰相も自国だけでなく我が国のことを真剣に考えてくれた。とくにおまえは言ったな。『あなたこそ、この戦争のくり返しに終止符を打とうとする正義の味方なのかもしれません』と。バーみたいな持ち上げだ。しかしわたしがなんとか単身で条約交渉を続けられたのは、おまえのその言葉があったからだ。情けないことにな」
「マイペンライです」
俺は穴を見つつ返した。
大穴の底では水が揺らめき、日の光を反射している。
「そして本当にあなたを支えたのは、帝国そのものだと思います」
マフマー宰相は皇帝やグラド総司令官、帝国兵や帝国民たちすべての生命と財産を背負っていたはずだと俺は言おうとしてやめた。
さすがにそれは踏み込みすぎである。帝国の人間でもないのに知ったふうなことを軽々しく口にするべきでもない。
だからもっと個人的な、別の話題にふれることにした。
「……とくに息子さんと娘さんの、のほほんとしたお遊戯会のことをマフマーさんはずっと考えていたのでは?」
「事実だが誰にも言うなよ」
静かに笑い、マフマー宰相はきびすを返した。
「あ、そうそう。王城の修復費用については、わたしとグラドとモードゥー・チーネで三分の一ずつ負担することになった」
「無賠償ではなかったんですか」
「それは国と国の取り決めだ。わたしたちは責任者として個人的に賠償するんだ。そう約束した」
「約束といえば、条約も一つの約束なんでしょうね」
「国の風景や人々は目に見える。だがそんな目に見えるものは、目に見えない約束――法律や条約によって支えられている」
愉快そうに肩を震わす。
「――と、メータオ・プリック(逆さまババア)が言っていたな。ともあれグレープ国の金色の風景も、そういった透明な約束事によって保障されている。グレープ国王たちのたまものだ」
「帝国も同じですか」
「おまえたちの住む大国もな。かつ、血が流れるか流れないかを決定づける因も、そういった透明のなかにあるのだろう」
それを聞いて、今回の戦争における相手国の宰相がマフマーさんでなかったら、こうもうまく終戦を迎えられなかっただろうと俺は思った。
そっと手を合わせ、別れのあいさつとした。
俺の動作に気づいたマフマー宰相が最後に言う。
「はき違えるなよアーティット。大義の有無に関係なく、わたしは侵略戦争を仕掛けた張本人だ。グレープ国からしてみれば、本来は死罪相当の人間だ」
グレープ国兵に連れられたグラド総司令を見つけ、歩を進める。
「正義の味方であるはずがないし、そうであってはならない」
* *
このあと俺はクマリー、ロップと合流し、封鎖していた糧道二箇所の解除に向かった。
グレープ国に対して南に延びる道はジャッガジャンに、北西に延びる道はマクアにつながっている。
マクアもジャッガジャンも帝国の主要な食糧生産地であり、とくにマクアでは良質な塩が採取できる。
人々の移動の自由や関税の緩和を保障する友好条約が成立すれば、三地点はより潤沢に発展することだろう。
空の兵隊と天幕の兵隊と共に封鎖地点へロップを運ぶと、彼女は自身の乳白色の液をかけた地面を掘り返すように蹴り始めた。
あくまでフォーファー・ヤーンロップが実行したときに限られるが、それで封鎖は解除された。
商人や一般の人々、さらには兵隊も再び自由に通行できるようになった。
夜が明けて金曜日になり、捕虜の身から解放された帝国軍の完全撤退が始まった。
グラド総司令の最後の仕事だ。軍馬や大砲なども持ち帰ることになる。さらに、グレープ国に接近していなかった予備の兵たちも引き上げる。
いち早く帝国首都に帰還したマフマー宰相は、正式に侵略戦争の終結を宣言した。
「条約については帝国と王国が後日、正式に共同発表します」
帝国の記者や首都民の前でそう言った。
一方、グレープ国でも王たちが防衛戦の終わりを宣言。
これにより、国外にのがれていたグレープ国民たちが続々と戻ってくることになる。
加えて、マフマー宰相もグレープ国王も今回の戦争が死傷者ゼロで終わったことに言及した。
だから憎悪感情は両国民のあいだに発生しなかった。
バンダーの要望により、終戦宣言において文字保有者の名は出されなかったが、今回の戦争において文字保有者が多く動いていたことはすでにウワサになっている。帝国に雇われた占い師も文字保有者だった――というデマも広まっているようだ。
俺とクマリーとロップはグレープ国に入りなおしてからバンダーの演説を聞いた。
バンダー王子は今回の防衛戦に参加した兵隊たちを広場に集め、ねぎらいの言葉をかけていた。
「タハーン・ンゴー(愚かな兵隊)のみなさん、本当におつかれさまでした」
この期に及んでそんなことを言うバンダーだったが、むしろグレープ国兵たちはそういう態度に安心を覚えているようだ。
「分かっているとは思いますが、今回もわたしたちは正義の戦争をやったわけではありません。むしろ戦争に参加しなかった人や避難した人のほうが正しかったはずです。あなたたちもわたしも勝利して調子に乗っています。しかし力に頼ろうとする我々は一様に、正当に見下されるべきです。そもそも今回の戦争に無血で勝てたのはわたし以外の文字保有者たちのおかげです」
自分を除外するところがバンダーらしい。
「それでもわたしは――共に戦い、兵站を支え、帝国兵の捕虜も丁重に保護してくれたみなさん兵隊を誇りに思います。みなさんと共にこの戦争を戦い抜いたからこそ、グレープ国はたまごの殻を割り、雛としてようやく羽ばたき始めることができるのです。王子としても、一人のグレープ国の人間としてもみなさんに感謝を捧げます。ありがとうございました!」
演説が終わり、グレープ国兵たちが歓声を上げる。クマリーはその熱気に圧倒され、ロップは少し顔を火照らせていた。
普通の王子の言葉であれば不審がられるところだろうが、グレープ国兵はバンダーのこういう調子がむしろ愛の裏返しであるのを知っている。
俺は少し離れ、トープータオ(ฒ)を鐘のイヤリングに書いてメータオ・プリックことカヤンに連絡した。
そもそも今回の防衛戦のメンバーを招集したのがカヤンなのである。一報は入れておいたほうがいい。
すでにほかのメンバーから連絡を受けていそうだが、一応防衛戦の顛末をかいつまんで報告した。
ドスの利いた声が返ってくる。
『やったじゃねえかよ、アーティット。グレープ国の防衛に成功するだけじゃなく軍縮条約も完全にクリアするたあな』
「ああ、みんなのおかげだ。それも、文字保有者だけの力じゃない」
ここで王やマフマー宰相らのまとめた条約の内容にもふれようかと思ったが、まだ公表されていない以上それはやめておく。
カヤンも察したようで、追及してこない。
『おまえら全員には化け物係からたっぷり報酬があるから覚悟しとけ』
「ありがたいが、今回は凶暴なピーを相手にしたわけじゃない」
『化け物とは文字保有者のことだよ。つっても無血で防衛戦を成功させたことで、文字保有者の立場も多少は向上するんじゃねえか。グリアムくんも化け物係の最高責任者として泣いて喜ぶだろう』
「グリアムさんがもともと将軍だったのは俺も知っているけれど、戦争においてこんな絵空事がかなってしまったことを信じてくれるだろうか」
『信じるしかないさ。現に起こったんだからな』
通話を終え、俺は歩調を早めて一つの建物に近づく。
きのう、この建物の室内で俺は条約について聞かされた。
そしてけさ、ここに来るようバンダーから連絡があった。
すでに東の国境線の「蓋」もロップは解除している。
カヤンによると、あと少しでグレープ国の保護を名目にして南東の大国が出陣準備を始めるところだったそうだ。大国は帝国を刺激するのを恐れていたとはいえ、そろそろ攻勢に出たほうがいいという空気が醸成されつつあった。が、今回の終戦宣言によりそれも収まったそうだ。だからもう蓋で封鎖する必要は皆無である。
国境は通常どおりに戻った。ジウのかすみだけでなく、トラニーの塔も引っ込んで跡形もなくなっている。
クルムのあずまや、ルディのミツバチ、トゥアムの袋も消え失せ、かつ上空のトラップもすべて解除された。
巨大モグラベッタレットが帝国領と王国中央にあけた二つの大穴についてはあとで埋め立てることになるが、今は一時的な措置としてヤーンロップが文字どおりの大きな蓋を落としてふさいでいる。
もう、この防衛戦においてほかにやることはない。
建物の前で、帝国首都から帰ってきたスープパンと鉢合わせた。
話を聞くと、「箱」に収めていた馬車と馬はすでに外に出してグレープ国兵に返したそうだ。
ちなみにグレープ国に帰ってくるときは帝国の御者を雇ったらしい。
首都の滞在許可証もミーから預かっていたが、ムアンルアン・グアンをあとにする際に破棄したとのこと。大臣たちにも別れのあいさつを済ませたようだ。
「ありがとうスープパン。そして帝国首都を一人で任せて悪かった」
「ช่างมันเถอะ(ちゃ~んまんとぅ)〔気にすんな~〕」
やる気なさげに身を揺らし、建物の扉をあける。スープパンに俺たちも続く。
室内では父王と母王が待っていた。
チーネさんの襲撃を予想していたグレープ国軍師とバンダーは、もともと王城にあった玉座も調度品として別の場所に移動させていた。
よって、例の一つの大きな玉座に二人の王が座っている。
隣にはバンダーが立っている。
王族と向かい合うかたちで、ジウ・ミー・ルディ・クルム・トゥアム・トラニーが控えていた。
スープパンに続き、俺とクマリーとロップが列に加わる。
なおパイロは特別に許可をもらい、帝国に連行されたチーネさんについていっているのでここにはいない。
父王が、濃い緑にも見える黒い瞳を向ける。
「文字保有者のみなさま。グレープ国王として、あらためて感謝をお伝えします」
「無血で防衛戦を終えることができたのは、みなさまのおかげです」
母王も金色の目を向けて礼を述べた。
俺たちは言葉を受け取りながらも、本当にアーナージャック・グレープを守ったのは国王や宰相、軍師、バンダー王子、そしてグレープ国兵であると強調した。
ここで父王が破顔する。
「しかしみなさんは『この愚王は外部の力を借りておいてなにを自分の手柄のように調子に乗っている。帝国にデカいツラができるのも、ほかのみんなのおかげなのに偉そうにしやがって』と思っていることだろうな」
たわむれが過ぎる。反応に困る。
しかも卑下しているのではなく、母王と共にからかうように笑っている。
「アーティットはどう思う」
「マフマー宰相らと話し合ってお決めになった条約を見ると、王はみずからを含むグレープ国のみんなの力でこれからの未来を築いていこうとしているのだと分かります。さらにみずからの権威におごらず、客観視もできています。立派な王さまではないでしょうか」
「な、なんか言わせてしまったようですまない……」
父王も母王も申し訳なさそうに目を泳がせた。バンダーは声を抑えて愉快そうにしている。
母王が言葉を継ぐ。
「ともかくみなさまには感謝してもしきれません。国からは相応の褒美を与えます」
良質なコメやもみがらを大量に輸出しているため、小国ながらグレープ国の経済力はかなりのものだ。
土地を譲渡することはできないわけだが、金銭による報酬には期待できる。
だが――。
「大変ありがたいことだが、グレープ国から報酬はもらえない」
「……なぜだ、アーティット。無欲なのか」
父王がおごそかに尋ねた。
俺は真正面から二人の王を見据えた。
「欲はある。ただ、あなたたちから俺たちが報酬を受け取れば、グレープ国王が明確に俺たち文字保有者を雇っていたことになる」
一個の軍に雇われたのなら話は別だったが、今回は国に直接協力しているので「国家から報酬をもらってはい終わり」では済まない。
「そうなればグレープ国は文字保有者に頼って国を守ったというウワサが前面に出て、国としての威信を保てなくなる。俺たち文字保有者にとってもデメリットだ。金をもらえば、王に恩を売りグレープ国でデカい顔をしたのだと見なされ、印象が悪くなる。金額の多寡にかかわらず他国から報酬を受け取れば俺たちの住む大国からにらまれるし、いいことがない。ただでさえ文字保有者は警戒されているからな。そもそも報酬ならすでに別の組織から約束されているから、わざわざグレープ国からもらう必要もない。一バーツたりともな」
内容よりも王族への敬意を欠いた言葉づかいに対して、ロップとルディとミーが青ざめている。
クマリーとトゥアムと覚醒状態のトラニーも緊張した面持ちだ。
ジウとクルムは真顔に見える。表情が崩れていないが、神妙な顔色という感じもする。
スープパンは半眼である。けだるげに、まばたきしている。
バンダーが首を横に振りつつ肩をすくめた。
「あ~、これはいけませんね」
押し黙る父王と母王の斜め前に出て両手を少し持ち上げる。
「感謝にあふれた王の御心を踏みにじるだけでなく、あまつさえ不敬に満ちた言葉の数々。これはよくないですよ。よって王子であるわたしから進言いたします。連帯責任により――」
二色の目で文字保有者たちを捉え、冷たく言い放った。
「全員、死刑が妥当かと」
次回「210.金色の日々(ทุกวันทอง)【後編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
カーオパン(ข้าวปั้น)→おにぎり
チャーンマントゥ(ช่างมันเถอะ)→気にしないで




