210.金色の日々(ทุกวันทอง)【後編】
俺たちへの死刑を提案したバンダーに対し、父王が大仰に首をかしげた。
「確かに、いくら今回の戦争で活躍したとはいえグレープ王族への不敬は許されることではない。礼節をわきまえなかったアーティットだけでなく、静観していたほかの者も同罪だ」
「お、お待ちくだ――」
「待たん」
ロップやルディが口をひらこうとしたものの、父王は厳しく言葉をさえぎった。
「よってそれなりの罰を与えるべきなのだが、困ったな。このまま仮にみなさんを処刑してしまったら、世話になった人物にわたしたちがなにもお礼をしないまま終わってしまう」
「では、こうするのはどうでしょう」
母王が芝居がかったようにゆっくり続ける。
「恩赦をもって褒美とするのです」
「なるほど、死刑を打ち消すわけか。それならみなさんへのお礼になる」
父王はうなずき、玉座から立って俺たち文字保有者を見渡した。
「わたしたちはあなたたち全員の死罪を免ずる。この褒美では不服かな」
「でしたら、喜んで頂戴します。そして先ほどの無礼はあらためて謝罪いたします」
死刑を提案されるに至った原因は俺なので、言葉づかいを戻して真っ先に謝った。
ほかのみんなも腰を低くして謝ろうとしたものの、父王と母王が制止する。
「安心してください、みなさん。アーティットがあえて礼節を欠いた態度に出たのはわたしたちも分かっています。だから謝罪することはないんです」
「あえて……とは?」
ジウが疑問を口にする。
ほかのみんなの大半も事情を飲み込めないという顔をしている。
苦笑する父王。
「先ほどアーティットが指摘してくれたとおり、我が国があなたたち文字保有者に対して金銭の授受をおこなうのは確かに問題だ。しかしこのままなにも与えないのでは、無血での終戦を実現してくれたみなさんになんの恩も返さない不義理を犯してしまう」
「とはいえ食事を振る舞うなどの行為だけでは恩を返せません」
母王が言葉を引き取った。
「だからこそアーティットはわざと無礼な態度に出たわけです。そうして不敬罪を成立させれば、わたくしたちが恩赦という褒美を与えることが可能になります。この場合、金銭のやりとりがないため、王国と文字保有者とのあいだに明確な雇用関係は発生しません。かつ、王であるわたくしたちが世話になった文字保有者のみなさんに相応の褒美を与えたことにもなります」
「これが一番丸く収まるやり方だったわけだな」
首を縦に振り、父王が深く息をつく。
ルディが俺のほうに横目を向ける。
「そこまで考えてたんだ。すごいねアーティット」
「……ルディ」
「って、褒めるわけないだろ。今の王さまが聡明なかただからよかったけれど、さすがに一人でやりすぎだよ。本当の愚王を相手にしていたら、冗談抜きでアーティットの身は危なかった」
「悪かった。俺も実は怖かった」
「……いや僕もいきなり怒ってすまない。それ以外に手がなかったのも分かってる。だけどアーティット一人にすべて押し付けるのは嫌なんだよ」
ついでルディが王へと視線を戻した。
「急に取り乱して申し訳ありません、国王陛下。つきましては、わたしポープン・ルディにも罰をお与えください。連帯責任によらないわたし個人への刑罰を!」
「ふむむ……」
父王と母王はすぐには答えずうなった。
ここでロップも緊張しつつ、少し前に進み出る。
「で、でしたら無条件降伏を勧めたわたしにも正式に罰を……」
「むにゃあ……」
トラニーがいつの間にか布団を敷いて寝言でつぶやく。
「わたしは王さまの御前で寝てしまいました……裁いてください……ぐびー」
「だったらワタシは……っ」
ミーはどこからか大きな金塊を取り出した。
「本当にごめんなさいっ。おっきいの出ちゃいました」
「……」
父王と母王の顔がこわばっている。
続いてトゥアムが腹部の育児嚢を広げて王たちに見せつけた。
「実はわたしにも告白する罪がありましてですね、二人の王さまをこのなかで育てることができたらどんなに愛くるしいか不敬にも妄想しておりました!」
「クマリーも……クマリーもっ。ひどいことを言いますっ」
宙に浮き、クマリーが次の言葉を探す。
「やーい、立派な王さまっ」
「なかなか言うわねクマリーちゃ~ん」
その精いっぱいの罵倒にクルムも乗る。
「父王さまに母王さま~、よければおばさんのこと、おばさんって呼んでもらえないかしら~」
これが一番不敬かもしれない。いや、俺が偉そうに言えることなんてないが……。
ジウがスープパンみたいに半眼になり、あきれている。
「小生も流れに乗ったほうがいいのか……?」
王たちに視線をやり、うやうやしく聞く。
「すみません。国王両陛下はどのような嫌がらせがお好みでしょう」
「……」
こわばった顔の王たちがその身をわなわな震わせている。
さらにスープパンが棒付きのアメ二つを取り出し、王に向かって差し出した。
「เลียไหม(りあまい)〔なめる?〕」
「……こ、こっ」
王たちは顔を伏せた。
それから再び震えたかと思うと、自身のひざをたたいて笑いだした。
「これは不敬の大収穫祭ですね!」
母王がそう言った。
なかなかのワードセンスである。
「ここまでの不敬を受けたことはいまだかつてありませんよ。しかしちょうどいいです。さっきのアーティットとその連帯責任への恩赦だけでは、足らないと思っていたんですよ。人々を死傷者ゼロで守ってくれたみなさんの恩義に報いるには、もっと褒美が必要なんです」
「そこで、さらなる特大の恩赦を与えさせてほしい」
笑いをこらえつつ、父王が声を絞り出す。
「みなさんの不敬罪をすべて免ずる!」
「ありがとうございます。それは、いのちを与えられたも同然です」
俺たちはあらためて最敬礼をした。
様子を黙って見ていたバンダーが口をひらく。
「お茶番ですか?」
「……バンダー」
父王と母王が同時に返す。
「今、あなたは王の寛大で真面目な処置を茶化しましたね」
「はい」
「その罪も許しましょう。あなたも王子として一生懸命奮闘してくれました。ありがとう」
優しいまなざしをそそぎ、バンダー王子をいたわった。
二人の息子であるバンダーも柔らかくほほえんだ。
「父上と母上もおつかれさまでした」
そのあと、王は宴をひらいてくれた。
宴にはクロック宰相や軍師、グレープ国兵も参加した。
無礼講だったのは言うまでもない。
宴を楽しむみんなを見るのは新鮮だった。
ルディはハチミツをみんなに配っているし、ロップはいろんな人の声を聞こうとしているし、トラニーは隙あらば人の背中で寝ようとしているし、ミーは石炭をイモとごまかして食べまくっているし、トゥアムはちょっとおなかの子どもにならないかとあやしげな勧誘をしているし、クルムは人のへそにストローを刺そうとしているし、ジウはクロック宰相の人生相談を受けているし、スープパンは軍師をひたすら観察しているし、クマリーに至っては王を始めとするみんなの手に文字を書きまくっている。
(いや、いつもどおりか)
妙にしっくりくる光景でもある。
今回の高子音字組のメンバーも、それ以外の全員も、けっして偶然でここにいるんじゃないのだと感じられた。
俺は宴のコメ料理をひととおり食べたあと、遠くからみんなを見ているバンダーに近づき、話しかける。
「今は嫌悪をぶつける必要があるか、バンダー。そうだったら俺が受けとめるよ」
「要らねえよ。昼間の茶番でもうチャラだ」
王子は微笑し、俺の胸を軽く小突いた。
「あんがとな」
* *
【ฉ】
王国から金銭を受け取れないアーティットたちは、褒美の代わりとして恩赦を受けた。
だが、その場にいなかったパイロはどうなのか。
パイロに関しては、すでにほかの褒美を授けられている。
彼はグレープ国を離れる前、王に頼み込んでいた。
「お願いします。これから帝国に連行される同村出身のチーネの罪が軽くなるよう、働きかけていただけませんか。私にバーツは要りませんので、それをもって褒美としていただきたいのです」
アーティットと違い、パイロは王国との金銭の授受に問題があるとは気づいていない。
純粋に、お金のことよりもチーネを気にかけたのである。
だからこそ、王はパイロの気持ちに応えたのかもしれない。
帝国に護送されるチーネにパイロはついていったが、それができたのもグレープ国王の口添えがあったからだ。
チーネは身柄を移された拘置所で尋問を受けたあと、牢屋でその身を小さく揺らした。
色目やベッタレットを封じるために、手の指先は布できつく縛り付けられている。色目そのものは指でまなじりを押して発動するものなので、視界までふさぐ必要はなかった。
ただし壁や床などにこすりつけて緊縛の布をちぎるおそれがあるため、両手首に鎖付きの枷をはめて腕を上方から吊るしている。ジャンプして歯で噛みちぎるのも無理だろう。
拘置所職員の許可をもらったパイロがチーネの牢屋の前に来た。
格子の向こうで揺れる彼女にそっと声をかける。
「チーネ。ちょっと話したいんだが、いいだろうか」
「パイロさん。あなたも律儀な人ですね」
鎖をきしませるチーネ。
「戦争の終わったグレープ国で、稲刈りや脱穀をやりたいんじゃないんですか」
「もちろんやりたい」
耳にはめた小さなチンと、股に挟んだ竪杵を指で軽くたたくパイロ。
「なのに、今は貴方のことを優先したい」
「うれしいです」
立ったままの彼をチーネは見つめ返す。
「パイロさんがわたしに会いに来てくれたことといい、最終的にわたしは今回の戦争の結果に満足しています」
確かに彼女は帝国による王国の占領を望んでいた。
罪さえ覚悟しグラド総司令を篭絡するのみならず、帝国兵たちをベッタレットに捕らえることまでした。
結局失敗に終わったものの、チーネにとっては自分やパイロの生まれ育った村を思い起こさせるグレープ王国の金色の風景を守れればそれでよかった。
特別にチーネは、公表前の友好条約を教えてもらっていた。
ために、占領を介することなく王国の風景がこれからも保障されるのだと確信を持てた。だから満足したわけだ。
「金色の穂波は未来においても美しく揺れているのだと……わたしはモードゥーとして予見しましょう」
「私もそんな未来であってほしい」
「しかしパイロさん。これで本当にめでたしめでたしなんですか?」
挑発的にチーネが床を蹴る。
「ちょっとモヤッとしません? だって今回の建設的な条約が成立したのは帝国軍が本格的な侵略戦争を仕掛けたことがきっかけなんですよ。わたしが暴れたからでもあるんですよ。まるで『積極的に戦争を仕掛けた人がいたからこそ、いい結果を得られた』みたいな話じゃないですか。そう考えると、今回の戦争において獲得した平和こそが、なによりも戦争を肯定しているような感じがしませんか」
「戦争はいい結果をもたらさない」
カーオパンを食べ合っている両国の兵を見て「本当はこんなムードにはならない」と言ったアーティットを思い出しつつパイロは続ける。
「四年前、私たちの村が盗賊に襲われたとき、私は貴方との縁を持つことができた。傭兵のアーティットとも知り合えた。だからといって『盗賊のおかげで今の私たちがある』なんて……そんなはずがない。私たちの今の関係は、私たち自身がつかんだものだ」
無意識のうちに格子へと近づく。
「戦争や盗賊のような災禍が、いい結果をもたらしたのではない。私たちが災禍に負けなかったから、結果がそれについてきただけだ。たとえ災禍がなくても、私たちは『今』を手にしていたと思う」
「……本当に素朴で実直なグラハンさん」
目を細め、チーネが少し口角を上げた。
「そういえば条約には、地下運河の建設も盛り込まれたそうですね」
バンダーが提案した、グレープ国の地下水脈を帝国にも延伸するという計画だ。
帝国の技術でも難しい工事だとマフマー宰相は指摘したが、バンダーはそれに対して「一人アテがあります」と返した。
そのアテこそがチーネであった。
帝国本陣からグレープ王城までの大穴を掘った巨大モグラベッタレットを駆使すれば、地下運河建設は充分可能であるとバンダーは判断したのだ。
条約に直接書かれることはないが、チーネはその工事に協力することを条件に減刑を受けることができる。
バンダーだけでなくグレープ国の父王と母王も帝国にそう頼んだ。
王子は、ガルーダベッタレットを攻略するに際してチーネに告げた「協力してもらえりゃマフマー宰相にオレが減刑の口利きをしてやらあ」という約束を守っただけだ。
父王と母王も、チーネの罪が軽くなるよう働きかけてほしいというパイロに褒美を与えたにすぎない。
公表前の友好条約についてチーネが把握しているのは、地下運河建設の話を持ちかけられたときに、条約のことも説明されたからである。チーネと話す機会が多いであろうパイロも、ついでに帝国の者から説明を受けた。これには、チーネとパイロを積極的に会話させてチーネ自身の動機や真意などを探ろうとする帝国の思惑も含まれている。
少なくともチーネに死刑や終身刑が科されることはない。グラド総司令が全責任をチーネに押し付けず、自分の非をみとめていることもその理由である。
「まあわたしは地下運河の建設に協力するつもりですが、これじゃ占い師って感じじゃないですね」
あごを上げ、吊るされた両手を仰ぐ。
そんな彼女の黒い瞳を、パイロが静かに見つめている。
「私も貴方と共に運河を延ばす」
「……え」
一瞬だけ顔を輝かせたチーネだったが、ハッとしてすぐに目を背ける。
「嫁ぐ気もないのに、なんで」
「なぜなのだろうな。自分でもよく分からない。私は貴方をほうっておけない」
「いじらしいですね」
チーネは視線を戻し、息を吸ってはいた。
そして言う。
「――色」
当惑するパイロに補足する。
「それがわたしの誕生曜日のいのちの色です」
「どういう……?」
パイロは横穴でのチーネとのやりとりを思い出していた。
――そういえばチーネさんの誕生曜日は何曜日なのだ。
――そうですねー。わたしと嫁ぐというのなら、教えてあげてもいいですよ。
別にパイロ自身が嫁ぐと言ったわけでもないのに、なぜチーネは誕生曜日を示すいのちの色を明かしたのか、パイロはますます首をかしげた。
そんなパイロへと、チーネがいたずらっぽく笑いかける。
「教えたからには、逃がしませんよ」
「あ、そういう……」
対するパイロは「私にはアーティットがいる」と返そうとしたが、その言葉は喉につっかえた。
そもそもすでにフラれているし、なにより――。
チーネの瞳に見つめられるのも悪くないと少し思ってしまっている。
「もしかしてチーネ……」
「いえいえ色目は使っていません」
先回りし、パイロの言に声をかぶせる。
「わたしは、あなたの色を見ているだけです」
牢屋のなかで、彼女の声がしっとり響いた。
「だからあなたにもわたしの色を見てほしい――本当にそれだけなんですよ。金色の風景が守られた今、ほかに望むことはありません」
* *
【ท】
土曜日。
王や文字保有者たちと別れ、俺とクマリーは乗合馬車でグレープ国を出て行く。
王城の代替となっている建物からは八本の旗が立っている。
赤色・黄色・桃色・緑色・灰色・橙色・青色・紫色の旗である。
そして馬車の左右では金色の穂波が刈られていく。
戦争の終結と共に戻ってきたグレープ国民が稲刈りを本格的に始めたのだ。
積み上げられる稲の束はクマリーをも圧倒していた。
小気味よい音で刈り取られたあとは、竪杵やザルでどんどん脱穀されていく。
俺は馬車に揺られながら鐘のイヤリングを出し、トートン(ธ)を書いた。
『――終えたのでありますな、誰も殺さない戦争を』
「ああ。みんなのおかげで」
しばらく次の言葉を探していると、小さな鐘が震えた。
『なにかをかかえているなら、自分になんでも言ってください』
「ありがとう。……俺は君に言われたとおり、抽象的な目的を持っている。誰かの世界を守り、誰かの世界を少しだけ広げるために戦おうとしているといっても、具体的な目標はまだ見えていない」
いったん言葉を切ったが、彼女は沈黙でその先を促す。
「……でもクマリーを始めとするみんなを見ていると、それだけじゃいけないような気がするんだ。誰かから言われたことにただ従うだけじゃなくて、もっと自分で考えて行動したいと思えた」
クマリー自身は俺の通話相手に気づいているものの、気を利かせているようで会話に割り込んでこない。それどころかにこやかにこちらを見ている。
「誰かを生かすための戦争には参加する――そんな受け身に限らず、俺自身が兵隊として、いや、トータハーン(ท)として、みんなを生かすための戦いをおこしたい。タハーン(兵隊)という言葉が死語になり、トータハーンという文字のなかにだけその存在が残される日が来るまで」
『ちょっと危ない考えであります。……いつか迷っちゃうよ』
「やっぱりそうか……」
『だからわたしが目印として旗を立てる。アーティットが安心して迷えるように』
「その旗は何色なんだ」
『――色』
「……いいな、それは。見失わないで済む」
たとえ金色に輝くこの地にあっても、すぐに見つけられるだろう。
「そういえば君の誕生曜日は?」
『変態』
「なんでだ……」
『でもあなたが教えてくれるなら教えてもいいであります。クマリーも聞いてください。自分のいのちの色は――』
静かにその色を聞いた。
そして俺たちが誕生曜日といのちの色を教え合ったところで、馬車がグレープ国をあとにした。
〈ท(トータハーン) 第五章 完/๛〉
次回「番外編09.もぬけの殻の頭蓋骨・ガロークグルアン(กะโหลกกลวง)」に続く!(10月24日(土)19時から23時59分のあいだに更新)
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
リア(เลีย)→なめる
マイ(ไหม)→○○か?




