202.【ข】たまごのコー・バンダー【その1】
【ข】
パイロに蘇生させられたチーネは、崩壊した王城の近くにある小屋へと連れて行かれた。
指示したのはコーカイ・バンダー。
大きなカエルのたまごのようなものに入った彼が、水で満たされた穴を通ってグレープ国内に戻ってきたのだ。
クマリーも一緒である。
あらためてバンダーは鐘のイヤリングを出現させた。
それぞれの戦場にいる巨大ベッタレットが犠牲者ゼロで撃破されたことを確認したのち、現状を文字保有者たちと共有した。
引き続き警戒をおこたるなとも伝える。
「とにかくみんなコープクン。さてと」
バンダーはチーネの両手両脚を縛ったうえで、彼女を椅子に座らせた。
ただしグラド総司令らを篭絡したという「色目」を使わせないよう、両目を布でふさぐ。
かつ、ベッタレットのもとになる絵の具は指から出るそうなので、両手も指先までぐるぐる巻きにする。
「すまないね。マフマー宰相やアーティットから話を聞いた限り、これくらいしないときみを封じられないと判断した。もちろん拷問みたいな野蛮なことはしない」
そばにいるパイロやクマリーにとっては心苦しいだろうが、バンダーはみずからチーネに対して必要な処置をほどこした。
視界を閉ざされたチーネが息をはいて静かに笑う。
「自由にしてほしかったら国のために占え――そう要求しているのですか、王子さま」
「さすがモードゥー」
バンダーが対面の椅子にドカリと腰かけた。
「この戦争、グレープ国の勝ちは決まったかな?」
「まだ終わっていません」
「เธอสุจริต(トゥー・スッジャリット)〔正直だね〕……まだ出てきていない北東の守護聖獣がチーネの――ジャッグラワットの切り札というわけか」
占い師の反応を観察しながら自身の椅子を揺らす。
「パイロ相手にやっていたきみの時間稼ぎは最後の守護聖獣を準備するために必要だったようだね。ベッタレットの力をその聖獣に集めているのも明らかだ。モグラ以外の首なし巨大ベッタレットはおのおの個性にとぼしく、とりあえず出した感が強い。しかも巨大ベッタレットが我が国に襲撃をかけたあと、斥候用の小型ベッタレットがぱったり出なくなっている。それもこれも、守護聖獣ガルーダ……クルットこそがきみの本命だからだろう?」
「ご賢察のとおりです」
「ガルーダはどこにいる」
「北東です。グレープ国から離れた海上で育てていたんですよ」
先ほどからチーネは素直に答えている。
グレープ国は帝国に占領されるべきと考えている彼女は、国王やマフマー宰相がまとめている講和条約の締結を阻止したい。
そのためにも、まだ戦争は終わっていない、条約締結のタイミングはまだ訪れていないと強調しておく必要がある。
ここで変に事実をぼかすより真実をハッキリ伝えたほうが、バンダーたち王国側もまず目の前に迫っている脅威に対処せざるを得なくなる。
したがって条約締結を遅らせることが可能になるのだ。
* *
【ส】
人間状態に戻ったミーのもとに、バンダーから連絡が入る。
『今、ミーはロップ・トラニーと共に東にいたね。うちの兵から望遠鏡を借りて北東方面を見てくれないか』
「ラップサープだよバンダーくん」
指示を受けたミーは食べていた石炭をのどに押し込んだ。
トラニーのあけた穴を通してグレープ国兵の望遠鏡を受け取る。
すでに黄色の首なし虎はいない。
イヤリングを介してパイロがギアップサゴップを撃ち込んでくれたので、核のなかにいた帝国の将も無事に助け出せた。
ジウの展開している薄桃色のかすみはそのままだ。
ヤーンロップの背中でトラニーが寝言を漏らす。
「ノーク……」
するとミーとヤーンロップの立つ地面がせり上がった。
以前文字保有者たちが図書館塔の大部屋に集まったときも、トラニーはこの詠唱でホーノックフーク(ฮ)用の台座を作った。
だが今はそのときよりも地面が遥かに上昇する。
かすみを抜け、高度をさらに上げる。グレープ国の外なのでアーティットがかかった例の空中トラップは発動しない。
帝国の荒野を充分に見渡せる高度に達してから台座の上昇はとまった。
ミーは北東に望遠鏡を向けた。
グレープ国兵から望遠鏡を借りっぱなしだったヤーンロップも同じ方向を確認する。
レンズをのぞき込んだ二人が同時に青ざめ、息をのむ。
「なにあれ。赤い鳥?」
望遠鏡を構えたまま、ミーがイヤリングでバンダーに報告する。
「なんか……あの鳥と比べると地上の建物が豆粒に見えるんだけど。しかも、こっちにまっすぐ向かってる!」
『首は?』
「ないよ」
『ひとまずロップに蓋を』
「あっ!」
バンダーの言葉の途中でミーがさけんだ。
「羽根の一本を飛ばしてきた」
* *
【ข】
ガルーダ(クルット)の投げた羽根は放物線をえがいてアーナージャック・グレープの国境線を越えた。
先週の火曜日に王城へと発射された大砲もそうだったが、高度があるためトラップには引っかからない。
とっさにバンダーが唱える。
「モットルーク。ここから離れるよ、みんな!」
言われるよりも早くパイロはチーネをだきかかえていた。
クマリーはチョーチン(ฉ)を書いてそんなパイロを支援する。
モットルークとは対象を胎児のように小さくするバンダーの技であるが――。
それでもガルーダの羽根はあまり縮小していない。
根もとから先っぽまでの長さは十メートほど。
燃えるように赤いその羽根がバンダーたちのいた小屋に突き刺さる。
衝撃や飛び散ったガレキをパイロが背中で受ける。
チーネだけでなくクマリーもかばったパイロは、派手に回転して地面に倒れた。
同じく吹っ飛ばされたバンダーよりもダメージが大きそうだ。
一方、地面に身をこすりつけたチーネは両手を拘束する布を強引に破った。
目と両脚を封じていた布をさっとほどき、逃げ出す。
ひとりごともこぼした。
「パイロさんは何回わたしを落とせば気が済むんです」
「チーネさん……っ」
クマリーが手を伸ばすも、届かない。
チーネは背を向けたまま呼びかけに応じる。
「あなたはあなたの大切なもののために動いてください、クマリーちゃん」
言いつつ左人差し指を揉み、赤い絵の具のようなものを出す。
絵の具はチーネの背中に装着され、鳥の翼の形状となった。
「王城の上空にトラップはないんでしょう?」
赤い翼を羽ばたかせ、チーネが飛翔する。
が、その後背から声がした。
「ベッタレットを翼にすることもできたんですか、チーネさん」
「……赤い、いのちの色」
反射的にチーネが振り向く。
「あなたは」
「【ท】トータハーン・アーティット、つかさどる字は兵隊のトー」
赤目赤髪の青年が、二対の翼を持つ紫のコウモリにかかえられた状態でチーネの目の前に浮いていた。
「飛ばした甲斐がありました」
次回「203.【ข】たまごのコー・バンダー【その2】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
トゥー(เธอ)→きみ
スッジャリット(สุจริต)→正直だ
ノーク(โหนก)→隆起




