200.【ฉ】チンのチョー・パイロ【その4】
くわえた竪杵を口から離すと同時にパイロは、両のチンをつなぐヒモを左右に引っ張った。
すると竪杵が巨大モグラの臀部めがけて矢のように発射された。
対するチーネは一瞬だけ目を緑色に光らせる。
透明のカメレオンベッタレットに乗ったまま飛び上がり、見えない横腹で竪杵を上方にはじく。
彼女の瞳は、パイロのねらいを読んでいた。
そして――。
杵の射出直後に彼がチンをぶつけてくることも分かっていた。
仰々しく撃った竪杵はおとりであり、本命はパイロの持つチン。
案の定、チンの片割れを右手で高速回転させ、モグラベッタレットに投てきしてきた。
だが二段構えの攻撃を見抜いたチーネは、カメレオンの舌を弓なりに伸長させた。
鋭い先端――文字どおりの舌鋒が、下を通過しようとするチンを射抜く。
「読み合いで占い師に勝てるとでも?」
「思っていない。だが忘れているな」
通常なら口にすべきではないが、現在チーネは耳穴をみずからふさいでいるのでパイロの言葉を聞いていない。
「私のチンは一対だ」
そもそもチンとは、二つの貝殻のような形状を打ち合わせて音を奏でる楽器である。
一対のチンはヒモで連結されるのが一般的だ。
すでに、パイロの手もとにチンはない。
先ほどカメレオンの下を通過させようとしたチンは右のチン。
左のチンは、チーネが右のチンの相手をしているあいだにとっくに投げ上げられている。
標的はモグラでもチーネでもない。
上にはじかれていた竪杵だ。
真鍮製のチンが衝突し、竪杵の方向を斜め下に修正する。
もちろんパイロはチーネに勘づかれないよう上方のチンにも竪杵にも視線をやっていない。
かつ、竪杵の勢いはまだ死んでいなかった。
頭上をすり抜けてモグラに向かっているとチーネが気づいたときにはもう遅かった。
チンを結ぶヒモが縦に張ってチーネとカメレオンに食い込み、動きをけん制する。
同時に竪杵が直撃し、青い絵の具のような物体で作られていたモグラの体がはじけ飛ぶ。
捕らわれていた帝国兵たちがなかから出てくるが、彼らにはかすり傷一つ生じない。
運がよかったのではない。
事前にパイロはモグラベッタレットに向かってチンを何回も鳴らし、その音の反響を聞くことでベッタレット内部の人の位置を割り出していた。超音波によって相手の位置を知るコウモリのように。
帝国兵が無事だったのは、パイロが正確に彼らの位置をさけて竪杵を打ち込んだからにほかならない。
戦闘中、すでにバンダーからベッタレットの「核」について連絡を受けてもいたので、その部分の位置も把握したうえで攻撃の威力や角度を調整している。
耳栓をしたチーネはパイロの音を封じたつもりだったのだろうが、逆にその戦法があだとなって当のパイロの行動を把握しきれていなかった。
パイロの背中から再び黄色い気体が噴き出て、複数のグラハンのかたちをとる。
姿を見せた兵隊をだきかかえ、穴の外へと運んでいく。
首なしモグラは原形を喪失している。
核の球体を半分露出させ、わずかに残った青い絵の具のような物体をイモのようにぶら下げていた。
「三段構えとは、やるじゃないですかパイロさん」
しゃがみ、足もとに落ちたチンをなでるチーネ。
「あなたの髪と瞳とチンの色は真鍮のそれです。まさに黄をいのちの色に持つパイロさんにふさわしいと言えましょう」
チンにかかった青い絵の具を手で落とす。
「本当にいい色。わたしがモードゥーになったのもあなたのせいなんですからね。背中に剣を受けてあなたはわたしたちを守った。そのときあなたの手といのちの色に魅せられた。しかしパイロさんは盗賊を始末した赤目赤髪の彼にお熱だったわけです。ザルを両手に持ち、竪杵にまたがり、グラハンのように彼のもとに飛ぼうとしていた」
一方通行の言葉をとめどなくはき出すチーネ。
「明確にわたしが自分の気持ちを意識したときには、すでにあなたは村を去っていました。そこでわたしはもう一度あなたの黄色を見ようと望んで旅に出ました。占い師として生計を立てることにしたのは、わたしが相手のいのちの色ひいては誕生曜日を見抜く目を持っていたからでもありますが……本当はモードゥーとして多くの色を目にして、そのなかでやっぱりあなたの色が一番であると証明したかったからです」
立ってチンと竪杵を拾い、パイロのもとに持っていく。
彼のコープクンという言葉も聞こえないほどに、チーネは耳穴にしっかりと詰め物をしていた。
ハイヒールを鳴らし、ツヤのある黒髪とスカートをなびかせる。
「ずいぶん垢抜けたでしょう? これでも背伸びしたんですよ。占い師……モードゥーは雰囲気が大事ですからね。で、あなたを捜し続けてあちこちをさまよっているときに、ついにペンマンの町で情報を得たんです」
ペンマンとは、以前フルンフリンと船で戦ったあとにアーティットが訪れた町の名である。
「そのペンマンの上空にグラハンが出たというウワサを耳にしましてね。占い師らしくわたしは直感しましたよ、パイロさんに違いないって。実際にペンマンを訪ねて聞き込みもしたんですが、背中に字のようなものが刻まれていたと証言する目撃者もいらっしゃいました。さてはパイロさんはかの有名なナーグルアさんやホーノックフーク(ฮ)と同じ文字保有者になって、その力で飛行していたなと気づいたわたしはあなたと接触する方法を考えました」
チーネは上目づかいで続ける。
悩んでいるとき、グレープ国の王子が作成した募兵の貼り紙を見たという。「志願兵のみなさまは自身を義勇兵などと思わないようお願いします」という奇妙な文言が引っかかった。
チーネには分かった。この貼り紙は一般の兵を募集するためにあるのではない。むしろ遠ざけるためにある。
しかし、このままだとグレープ国は一方的に攻め込まれて滅びるだろうというウワサもチーネは聞いていた。
ではバンダー王子はどうやって王国を守る気なのか――それを考えたとき、文字保有者という答えにたどり着く。
当のバンダーも文字保有者ではないかと言われている。国の危機を乗り切りたいなら、仲間に頼ろうとするだろう。
であれば、グレープ国防衛戦には文字保有者となったパイロも参加するかもしれない。
占ってみると、その予想は当たるという結果が出た。
だからチーネはこの戦争に参加する決意を固めた。
ただし、グレープ国の風景を守りたいという願いはウソではないし、そのためには中途半端にグレープ国を存続させるのではなく帝国による占領が不可欠とも結論づけた。
どのみち文字保有者を使うであろうグレープ国はチーネを新たに受け入れないだろう。
そう考えたチーネは帝国軍のグラド総司令に自分を雇うよう申し出た。
「――採用試験として模擬戦を受けて合格しました。とはいえ、その時点では色目を使っていませんよ」
「貴方は総司令官とまわりの兵を篭絡しているようだな」
「そうですよ」
いったん片耳の詰め物――黄色の絵の具を抜き、チーネが応じる。
「どうしても勝ちたかったものですから。でも変なことはしていません。わたしの貞淑はパイロさんのためにありますから」
「私が自認グラハンでもか」
「はい。たかが、いのちを救われただけでほれるのは短絡的――だなんてパイロさんは言いませんよね」
返答を待つことなく、詰め物を再び耳に押し込む。
「彼我の年齢性別種族を問わず、それだけで結婚に結びつけるのがわたしたちの村のノリだったんですから」
このチーネの言に対して、アーティットにほれたパイロは反論することができなかった。
チーネはパイロが受け取っていた竪杵をいったん引き抜き、彼の太もものあいだにそっと差し込む。
「北の国境線であなたと再会できたときは興奮しましたよ。ますますきれいになっているその黄色をまるごといただきたいと思いを新たにできました。ともすればわたしはグレープ国の平穏以上にパイロさんがほしくてたまらないから躍起になっているのかもしれませんね」
妙になまめかしくほほえみ、横穴の地面を蹴って後退する。
核を半分丸出しにした青いベッタレットのそばに寄る。
「どうしたんです、仕掛けないんですか」
「すでに仲間から聞いている。核を攻撃するとなかにいる者が死ぬかもしれないと」
パイロの声は届いていないが互いの視線が交差する。
それぞれにねらいを心に隠して、時間を稼ごうとしていた。
チーネは左中指でまなじりを押し、瞳を黄色に光らせる。
なにを見ているのだろうか。余計なことを考えず、いったんパイロは心を無にした。
ここでチーネがきびすを返し、青いベッタレットと共に北へと走りだした。透明なカメレオンの足音も混じっている。
帝国首都のムアンルアン・グアンに別の文字保有者がいることをチーネは知っている。
このまま横穴のなかにいたら首都からの援軍によって挟撃されるリスクがあるのだ。
透明ベッタレットに乗ってスピードを速めるチーネをパイロが追跡する。移動しつつ、バンダーへの連絡も済ませておく。
チーネが北進した先に光が見えた。
土壁を上り、湿った穴を脱出する。
パイロが続いて外に出ると、チーネが大穴のそばで待っていた。
「しばらくにらみ合いといこうじゃありませんかパイロさん。ごはんも用意してありますよ」
そこは帝国軍本陣とアーナージャック・グレープの北の国境線とのあいだに位置する場所。南側にはジウのかすみが広がっている。
近くに構えられている天幕にパイロを招くチーネ。
入ってきたパイロに、兵隊用の携行食を提供する。同種の携行食をチーネが先に口に含んだ。
ほかに人はいない。
二体のベッタレットをはべらせた状態でチーネがほほえむ。
「どうせパイロさんも時間を稼いでいるんでしょう。なら、そのときが来るまで休戦するのもいいと思いません?」
「ああ、悪くない提案だ」
毒を警戒することなくパイロがチンのヒモを首にかけ、固形の携行食を口にする。
(今こうしているあいだにも、みんながほかの巨大ベッタレットを仕留めている。そうなれば戦局は私たち文字保有者にとって明確に有利になる。結果、チーネさんも降参してくれるかもしれない)
そんな考えをめぐらすパイロを、黄色に変じたチーネの瞳がチラチラ見ている。
* *
【ศ】
日曜日も昼下がりまで時間が進んでいた。
本来守護していた北から少し移動したクルムは、北西で灰色の牙なし象のベッタレットに対していた。
かすみが広がっているものの、視界は悪くない。薄桃色の大部屋にいる感覚である。
そしてクルムは攻撃することなくベッタレットの破壊を進めていた。
巨大な黒いあずまやの下にいる牙なし象から、帝国兵が一人ずつ自力で出てきているのだ。あずまやの加護があるため、巨大ベッタレットの高所から落ちたとしてもケガはない。
クルムは相手の身を削り取るのではなく、むしろ内部に捕らわれた人間を活性化させることでベッタレットを攻略している。
黒いあずまやの影響を受けた兵たちが心身を回復させてベッタレットから脱出し、あたりを見回す。
「みんな~、遠慮せずおばさんの近くにいらっしゃ~い」
耳ではなく目に入ってくるような不思議な声を響かせるクルム。
帝国兵たちはクルムがグレープ国に協力している文字保有者であるのをすでに知っているが、これまで彼女が兵隊たちに危害を加えていないのも分かっているので、おずおずと近くまでやってきた。
巨大ベッタレットのほうに視線をやってクルムに話しかける。
意識的に距離を作ろうとしているのか、口調はぶっきらぼうだった。
「……オレたちはあの灰色のなかにいたんだよな。あんたはなにか知ってるのか」
「おばさんがやったんじゃないわよ~」
「じゃあ、あんたが今もみんなを助けてくれているのか。なんなんだ、あんたは。グレープ国に協力しているんだろ」
「【ศ】ソーサーラー・クルム、つかさどる字はあずまやのソー。おばさんにとっては帝国兵のみんなのいのちも大事なのよ~」
「オレたちも状況がよく分からないんだが、とりあえずクルムさんにはありがとうと言うべきなんだろうか」
「お礼は要らないわ~。むしろ、あだで返してくれるとうれしいから~」
クルムはドレスの黒いレースをトントンたたきつつ、左のほうに視線を向ける。
「あら、おっきなネズミが逃げてきたわね~」
橙色の首なしネズミのかたちをした巨大ベッタレットがこちらに駆けてくる。
帝国兵たちはさけんだ。そんな彼らをなだめるようにクルムが言う。
「大丈夫よ~。あれは袋のネズミだし~」
クルムの言ったとおり、ネズミはそれ以上に大きな袋に追いかけられていた。
ネズミベッタレットが牙なし象のベッタレットの前で停止し、慌てて迂回しようとしたところで後ろから袋に食べられた。
丸飲みにされたあと、袋の口が固く結ばれる。
続いて、籠もったような少女の声が響く。
「ビープ」
大きな袋が、内部に捕らえたネズミベッタレットに張り付いた。
袋の底に穴があく。まるで一つ一つ絞り出すように穴から橙色の絵の具が出てくる。
分離した塊は溶けるように消失し、帝国兵が一人ずつ姿を現す。
また奇妙な光景を目の当たりにしたので、クルムの近くに控えている帝国兵たちが息をのんだ。
桜色の髪と瞳を持つ少女が袋の近くに現れる。
ネズミから解放された帝国兵を拾い上げ、小刻みにまばたきしながらオーバーオールの隙間に入れた。
動揺する帝国兵たちに、少女――トゥアムが声を張り上げる。
「おびえることはないよ、みなの衆。彼をわたしの育児嚢に入れただけだ。絞るときに圧迫してしまったおそれがあるから一応ね。心身を回復させることに関してはクルムくんに敵わないけれど、わたしは育児嚢を通してその人の状態を細かく知ることができるのさ」
そう言われても、ますます帝国兵は混乱している。
トゥアムは苦笑しながらクルムと目を合わせた。
「すまなかったねクルムくん。けっこうネズミがすばしっこくて、この場所にまで逃げられてしまったのだよ」
「いいのよトゥアムちゃ~ん。被害が出ないのが一番なんだから~」
軽い感じでクルムは微笑を返した。
「それと『核』のことはバンダーちゃんから聞いているわよね~」
「もちろんだ。その部分は繊細らしいから絶対に傷つけないさ」
自信満々にトゥアムが胸を張る。
「ところでクルムくんは核のなかから安全に人を取り出すことができるかな。ちなみにわたしには無理だ!」
「おばさんにもちょっと難しいわね~」
断言しながらも、二人はそれぞれで巨大ベッタレットである橙色のネズミと灰色の牙なし象が弱っていくさまを見守っていた。
そのネズミも牙なし象も生き物ではなく物体にすぎないので、トゥアムにもクルムにも罪悪感はない。
* *
【ท】
ほかの場所と同じくかすみで覆われた南西で、アーティットは紫色の蛇竜と戦い続けていた。
コウモリの姿をした空の兵隊にかかえてもらいながら空中を飛行する。
なおアーガートは本物のコウモリではないのでチョーチン・パイロのような音を利用した空間把握は不可能である。
鞘をかぶせた剣を振るい、内部にいる帝国兵を地道に救出していくアーティット。
ようやく、もとの体の四分の三ほどを削り終わった。
蛇竜はほかのベッタレットよりも細長い体形をしているため「核」の位置を特定しづらく、解体には時間がかかる。
現在アーティットのそばにクマリーはいない。
当初は共に蛇竜を仕留めるつもりだったが、チーネとパイロが交戦状態にあることをバンダーから知らされたアーティットがなにやらクマリーに指示したのだ。
その言葉を受けたクマリーはアーティットのもとから離れた。
当のアーティットは黙々と紫の体を削いでいく。
ときどきポケットから携行食を取り出してかじる。バナナ味である。
次回「201.【ฉ】チンのチョー・パイロ【その5】」に続く!(10月10日(土)19時から23時59分のあいだに更新)
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ペンマン(แป้งมัน)→片栗粉
ビープ(บีบ)→しぼる




