番外編08.軍縮条約における文字保有者の立ち位置について・キアオガップタムネーンコーントゥアウィーラナイソンティサンヤー(เกี่ยวกับตำแหน่งของตัววีรในสนธิสัญญา)
「――カヤンよお。オレの部下が報告してくれたが、最近アーティットもサラサルアイもファも戦場に出てねえみてえだな」
グラーン川下流の三角州に建つ屋敷にて、化け物係の最高責任者グリアムがそう言った。
対するは若草色の髪と瞳を持つ女――トープータオ・カヤン。
カヤンは逆立ちのまま、椅子に座るグリアムの寝不足の顔を見返した。
「喜ばしいことじゃねえかよグリアム。わたしら文字保有者に凶暴な精霊の鎮静化を任せて戦争から遠ざけた甲斐があったってもんだな」
「まあな。つっても結局てめえらもリアンゲを復活させたり抗争で犠牲を出さないよう立ち回ったり……うまくやってるみたいじゃないか。ギンガー海域の制圧も思いのほか早めに終わったようだし、多少は余裕があると見える」
陽光を反射する川面をちらりと見てグリアムは続ける。
「アーナージャック・グレープの件は聞いてるよな」
「ああ。このままだと一方的に攻め込まれて滅びるかもしれないと言われているな」
「そこのバンダー王子はコーカイ(ข)の文字保有者だったか。で、グレープ国がちょうど募兵をかけてるから、てめえらの仲間を防衛戦に参加させろ。そうだな……最低十人ってとこか。そんくらいの余裕はあんだろ」
「おいおいグリアムくん。わたしらは兵隊派遣会社じゃねえんだが」
カヤンは首肯しなかった。
「グレープが壊滅すれば今度は我が国がねらわれる。とはいえ敵を刺激するのを恐れるあまり大規模な援軍も出せない。だからわたしらとのパイプ役でもあるおまえがバンダーを始めとする文字保有者を使おうってハラなのは分かる。だが、んなことをすりゃあ過剰戦力を使用したことになり軍縮条約に抵触するだけだ。とくに最近は厭戦ムードが広がって軍縮の規模も拡大してるとこじゃねえかよ」
「そうだ、だから……」
グリアムが前のめりになり、逆さのカヤンに口を近づける。
「今回のグレープ防衛戦においては、敵を一人も殺さない方向性で戦ってほしい」
「……あ? んなバーな注文をするとはどうした」
「オレだって戦争のなんたるかを知らないガキの妄想みてえなことを口走ってるのは分かっているさ。だがてめえら文字保有者が力を合わせれば誰も殺さずに敵を制圧することも可能なんじゃねえの」
現行の軍縮条約において文字保有者はその行動を大幅に制限されている。
戦力として過剰であるからだ。
自国にとっては有益でも、戦争で文字保有者を自由に運用できる状況を他国がよしとしない。
文字保有者が戦争に参加する場合、行使できる力は全体の一割までと定められている。
もともと国の中枢にいたカヤンは軍縮条約の成立にも一枚噛んでいた。
自分たち文字保有者への恐れを人々から少しでも払拭し、文字保有者の地位を向上させるためだ。
だからこそ、その条約の「穴」にも思い至った。
「そういうことかよグリアム。そもそも文字保有者が力の一割しか出してねえって事実は死傷させた敵兵の数で判定するしかねえ。逆に言やあ、誰も死なせなかった場合は力のほとんどを使わなかったことになり軍縮条約をクリアできる。一人の死傷者も出なければイチャモンをつけることは不可能だし、人殺しを嫌がる文字保有者の参加も促せる。考えたな」
「……でも実際は誰も殺さないようにするほうが力を多く使うんだろ?」
「分かってんじゃねえか。重要機密だ、漏らすなよ」
「当然だ。そして文字保有者をグレープ防衛戦に参加させる意義は我が国の安全保障だけにとどまらない。文字保有者のさらなる地位向上を推し進める意味も持つ」
「確かに本当に敵を殺さず防衛戦を成功させたら、敵にも味方にも称えられるだろうよ。で、そんなすごいヤツらと交渉しているおまえらパネークサットプララートの冷遇も緩和され、晴れておまえもぐっすり眠れるようになるってわけだ」
「お見通しか」
目の下のクマをなで、グリアムが笑った。
「ただしリアンゲの縄から解放されたっつうピーの鎮静化とヨムやスカティとかいう不穏分子の調査は同時に続けてもらうぞ」
「なら別に防衛戦のメンバーを選定しねえとな。わたしは行けないが、どうするか」
「もうすっかりその気だな」
上半身を後ろに倒し、ため息をつく。
「しかし、ここで本当にてめえらが一人の犠牲も出さずに戦い抜いたら……オレたちが多くの血を流して味方の死体を踏んづけて戦ってきたことがバーみてえだわ」
「……おまえこそ気が早い。子どもじみた絵空事が成功する保証もないというのに」
カヤンは、化け物係に飛ばされる前のグリアムを知っている。
今は一線をしりぞいているが、グリアムは将軍として長いあいだ兵隊を率いて戦ってきた。
そんな彼の心境が分からないカヤンではない。
「敵味方に犠牲を出さず勝てるほど戦争は甘くない。分かってんだろ、グリアム」
「そのはずだが……文字保有者なら、あるいはやってくれるんじゃないかと期待してしまう。そういう化け物じみた姿をオレは見たくもある」
「なら、信じて待たにゃあな。それがおまえとわたしの役目だ」
続いてカヤンはグリアムの前で鐘のイヤリングを出し、ホーノックフーク・ラートリーに連絡した。
その意向を確認したあと鐘の表面にロージュラー(ฬ)の文字を書く。
「エーン。今から言う十名……いや十二名にメッセージを送ってくれ」
『ほい分かったよカヤンさん』
「対象は――」
カヤンが文字とその名前を読み上げる。
【ข】コーカイ・バンダー
【ฉ】チョーチン・パイロ
【ฐ】トーターン・トラニー
【ถ】トートゥン・トゥアム
【ผ】ポープン・ルディ
【ฝ】フォーファー・ヤーンロップ
【ศ】ソーサーラー・クルム
【ษ】ソールーシー・ジウ
【ส】ソースーア・ミー
【ห】ホーヒープ・スープパン
「――以上十名および【ท】トータハーン・アーティットと【ว】ウォーウェーン・クマリーの二名だ」
次回「169.色づく一週間(สัปดาห์)」に続く!
今回のタイ語のタイトル「キアオガップタムネーンコーントゥアウィーラナイソンティサンヤー(เกี่ยวกับตำแหน่งของตัววีรในสนธิสัญญา)」を分解すると「キアオガップ(เกี่ยวกับ/○○について)」+「タムネーン(ตำแหน่ง/立場)」+「コーン(ของ/○○の)」+「トゥア(ตัว/文字)」+「ウィーラ(วีร/勇敢だ)」+「ナイ(ใน/○○における)」+「ソンティサンヤー(สนธิสัญญา/条約)」になります。
直訳すると「条約における勇敢な文字の立場について」です。英語の場合は「about a position of the brave characters in the treaty」
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
キアオガップ(เกี่ยวกับ)→○○について
タムネーン(ตำแหน่ง)→立場
コーン(ของ)→○○の
トゥア(ตัว)→文字
ウィーラ(วีร)→勇敢だ
ナイ(ใน)→○○における
ソンティサンヤー(สนธิสัญญา)→条約




