番外編07.義勇兵とは称さない・マイリアックワータハーングラー(ไม่เรียกว่าทหารกล้า)
トカゲザメの腹に入ってギンガー海域から脱出したスカティとウィマーンは、そのまま陸地を移動して星の盆地「フップカオ・ダーオ」に向かった。
現在フップカオ・ダーオに文字保有者はいない。
ぬかるんだ地面で手足をとめたトカゲザメは口を大きくひらいてスカティを外に出した。
数字のピー十体を連れたスカティは四肢を伸ばして深呼吸する。
「変わりないな、この場所も」
ついでトカゲザメの口から顔を出す貫頭衣の少女に視線を向けた。
「ここにヨムがいるのだな、マリとやら」
「はい……すでにおなかのなかでお伝えしたとおりです」
両腕を手錠とロープで縛り上げた少女――マリもフップカオ・ダーオの地面に着地する。
もともとマリとジェオはスカティとウィマーンを仲間にするようヨムに頼まれていた。
トカゲザメやマンゴーンのウワサを聞いた文字保有者たちがギンガー海域に来ることもヨムは読んでいた。スカティを封印している棺桶をあけるために数字の精霊を見つけたらさりげなく文字保有者に渡せとマリとジェオに指示した。
――で、スカティくんが解放されたらタイミングを見計らって文字保有者と明確に敵対してほしい。スカティくんとウィマーンの好感度を少しでもかせいでおく必要があるからねー。だけどそれでも仲間にできなかったら、俺の名前を出したうえでフップカオ・ダーオの南端に案内してくんない?
戦闘のさなか文字保有者につかまってしまったジェオに代わり、マリが案内の役目を引き受けた。
エーンの五本足からのがれたマリは自身のピーと共に海中をさまよっていたが……意外にもスカティとウィマーンは巨大トカゲザメのなかにマリを入れてくれた。
スカティたちからしてみれば、マリとジェオはずっと不気味な存在だった。
人間であるためいずれ殺すのは確定だとしても、どうせならいったん情報をはかせてから殺したほうがいい。
そのマリの口からヨムの名前が出て来た。
ヨムとスカティは知り合いである。これまで出会った人間のなかでスカティがもっとも軽蔑しているのはスーンであるが、二番目に軽蔑しているのは当のヨムだ。
スカティがあたりを見回すと、大きな草本のかげから赤い長髪の子どもが姿を現した。
「あなたがスカティ? わたしはヨムの……仲間じゃないけど知り合いのシアム」
全裸のスカティを上から下まで見て、長髪の子ども――シアムがまばたきする。
「……服、貸したげよっか?」
「コープクン。だが間に合っている」
スカティは天に向かって両手を振った。
すると彼の胴体と四肢のまわりに白い繊維のようなものが生じ、それらが一瞬にして織られてラーンソンの衣装となった。
全体的に白いが、そのぶん影が深く浮き出ているため、のっぺりとした印象はない。
白の手袋と靴下も装着された。同色の肌着は彼の首元までを白く覆っている。
靴も白い。
ラーンソン・スカティの衣装は、彼自身の豊かな白髪とも調和していた。
衣装を整えたあと、スカティはシアムのうなじで燃えている赤黒い炎を見た。
力強い視線を感じつつ、シアムはマリに声をかける。
「いろいろご苦労さま、マリ。ジェオは?」
「文字保有者のみなさんにつかまっちゃいました。ワタシも助け出すことができず申し訳ないですシアムさん……」
「いやマリが無事に帰ってきてくれてよかったよ。わたしはヨムに協力する気はないけど、マリとジェオのことは気に入ってるからね」
シアムはスカティのほうを気にしながら会話を交わしていた。
そのあいだ当人は黙っていたが、話が途切れたところで静かに言う。
「ヨムはどこだ」
「ここだよ~!」
乳白色の髪と瞳を持つ男――ヨムが後ろの茂みから飛び出し、スカティにだきつこうとした。
「スカティくん、おひさーっ!」
「ไม่เห็นนาน(マイヘンナーン)〔久しぶり〕」
振り返りざま、スカティは右足を回転させてヨムを蹴り飛ばした。
ぬかるみの泥が跳ねたが、スカティの白い衣装はいっさいよごれない。
茂みへと吹っ飛ばされたヨムにマリが駆け寄る。
なにが起こったのかすぐには分からなかったシアムはあ然として立ちつくしていた。
しかしヨムはすぐに起き上がり、貼りつけたような笑みをスカティに返す。
「闘争心も力も衰えていないようでなによりだよスカティくん。それでこそ仲間にする価値がある」
「仲間だと……?」
ここでスカティは数字のピーたちの様子を観察した。
数字のピーが、微妙にヨムへと引き寄せられている。
「……文字のエネルギーを放出しているな、ヨム。それも普通の文字ではない。廃字のピーがついたのか。この感じ、コークアット(ฃ)だな」
「さすがスカティくん。まあ廃字だから文字保有者の仲間じゃないけど」
舌を出し、ヨムはその字を見せた。
さらに右手を振り、宙に空きビンを出現させてそれをつかむ。
冷たい目でスカティは透明なビンを見据えた。
「スーンに定着させてもらったのか」
「ウォーウェーン(ว)の力は借りてないんだよねー」
「どうあれ私とウィマーンの夢は知っているだろう。私たちは人類を滅ぼす。まずはヨム……おまえを殺しておくのもいいかもしれんな」
「え~、でもスカティくんは文字保有者のみなさんにこっぴどくやられたんじゃないの? 俺みたいに」
ヨムはビンを順手に持ち、自分の右肩をたたく。
軽薄だったヨムの口調が鋭くなる。
「なのに、ちょっと大口たたきすぎでは?」
「だから手を組めと?」
「うん。俺も文字保有者とは敵対している身だからスカティくんとウィマーンの仲間になりたいんだよ。スカティくんたちだって、その素晴らしい夢をかなえるためにも文字保有者どもを廃除しておきたいところだろう。だからいったん協力して当面の脅威をしりぞけるのが最優先だと思わないかな。俺やマリを殺すなら、そのあとでも遅くはないはずさ」
「相も変わらずよく回る舌だ。だが……確かにおまえの提案に乗ったフリをして利用しつくすのも悪くないか」
スカティがトカゲザメのほうにつま先を向ける。
「なかにいるウィマーンと相談して決める」
「どうぞどうぞ。最善の道を模索するといいよ、君の正義のためにもね」
「勘違いしていないか」
マリとシアムにも視線を向けてスカティは言った。
「私は、差別主義者の悪人だ」
卑下する様子もなく、堂々と口にする。
「どちらにも正義があるという安い言葉に逃げるつもりはない。最初から、私たちのやろうとしていることは悪いことだ」
「ดี(ディー)〔いいね!〕……俺はスカティくんのそういうとこが好きなんだよなー」
「私はおまえのそういうところが大嫌いだ」
数字のピーを連れ、スカティはトカゲザメの口内に再び入った。
* *
ちょうどその日、アーティットたちのいる国で新たに兵隊が募集された。
とある小国が国外から志願兵を募ったのだ。
町の立て札の貼り紙には、次のように書かれていた。
【望む者だけ来てください。ただしこれは正義の戦争ではありません。よって志願兵のみなさまは自身を義勇兵などと思わないようお願いします。文字どおり正義と勇気を振りかざしたいならほかをあたりましょう】
真剣に募兵する気があるのか疑わしいその貼り紙を貼ったのは、アーナージャック・グレープという小さな王国。
貼り紙の文言はその国の王子が作成したもの。
バンダー(บรรดา)という署名が添えられている。
次回「番外編08.軍縮条約における文字保有者の立ち位置について・キアオガップタムネーンコーントゥアウィーラナイソンティサンヤー(เกี่ยวกับตำแหน่งของตัววีรในสนธิสัญญา)」に続く!
今回のタイ語のタイトル「マイリアックワータハーングラー(ไม่เรียกว่าทหารกล้า)」を分解すると「マイ(ไม่/ない)」+「リアック(เรียก/呼ぶ)」+「ワー(ว่า/○○だと)」+「タハーン(ทหาร/兵隊)」+「グラー(กล้า/勇敢だ)」になります。
直訳すると「勇敢な兵隊とは呼ばない」です。英語の場合は「not called brave soldiers」
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
マイ(ไม่)→ない
リアック(เรียก)→呼ぶ
ワー(ว่า)→○○だと
タハーン(ทหาร)→兵隊
グラー(กล้า)→勇敢だ
マイヘンナーン(ไม่เห็นนาน)→久しぶり
ディー(ดี)→いいね!
アーナージャック(อาณาจักร)→王国
グレープ(แกลบ)→もみがら




