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167.数えきれない言葉に乗せて(บนคำนับไม่ถ้วน)【中編】

 (おれ)空の兵隊(タハーン・アーガート)に命じてハスの船に接続する(かた)い空気の足場を作ってもらった。


 船と共に動く()えない(ゆか)だ。真下には海面が()れている。

 その上に立った俺は足場の範囲(はんい)を教えてからジェオに手招(てまね)きした。


 ジェオが()んで、俺と同じ(ゆか)に着地する。


 すでに(かれ)の体は医者の兵隊(タハーン・ペート)治癒(ちゆ)させている。

 また、クマリーには俺から(はな)れてもらった。近くにいるだけでクマリーは文字保有者を強化してくれるが、今回ばかりは俺一人(ひとり)(ちから)で戦いたいと思う。


「水の島ゴ・ナームのなかでは中途半端(ちゅうとはんぱ)なところで戦闘(せんとう)を打ち切ってごめん。でもあなたとは『戦いの続きはあとだ』って約束してたよな。だから今からやろう。ここが戦場(せんじょう)だ」

「……それはありがたいことだけどよ」


 モジモジしながらジェオが首をかしげる。


「さすがに(やさ)しすぎるのだ。おれも今はアーティットたちに迷惑(めいわく)をかけたくないし……」

「心配してくれてありがとう。でも迷惑じゃないよ。きちんと俺たちにメリットがある。……俺たちはこれからヨムの情報を()るためにあなたをホーノックフーク(ฮ)のもとに連れて()く。とはいえ文字保有者でも犯罪者でもないあなたを長時間拘束(こうそく)することは法的にできないんだ」


 これは(かね)のイヤリングを(かい)してトープータオ・カヤンに確認したことだ。


「そこで図書館(とう)に連れて行く前に、俺があなたを満足させる。その見返りとしてあなたはみずからホーノックフークと会うんだ。ほんの少しの時間でいい。そのあとはあなたの自由だ」

「なるほどー、しかもキアちゃんに監視(かんし)されている以上逃亡(とうぼう)も不可能か。でもおれはヨムくんを裏切りたくないなあ。ホーノックフークが真実を閲覧(えつらん)する(ちから)を持つことも知らされているしさ。本拠地(ほんきょち)もバレちゃうのだっ!」


「問題ない。ヨムはあなたが捕獲(ほかく)される可能性も考えて行動しているはずだ。本当に重要なことも教えていないと思われる。むしろ相手に(わた)った情報を有効活用してうまく立ち回るだろう。本拠地がバレることを想定すればそこにワナを仕掛(しか)けることもできるしな。そう考えればあなたがホーノックフークと会うことはヨムのためにもいいことなんじゃないか」

「確かに! ならヨムくんも喜んでくれるなっ」

「……それだけじゃない。あなたに満足してほしいとか以前に、俺があなたに勝ちたいんだ」


 左手の平を俺は見せる。

 ニウフアメーの切り取られた冥色(めいしょく)(かみ)が巻きつき、トータハーン(ท)を(かく)している。


「さっき仲間に(たの)んでやってもらったんだ。現在、俺の文字の(ちから)(ふう)じられている。タハーンのピーも出し()れできないし、武器を手の平から()くことも不可能。文字保有者特有の体の頑丈(がんじょう)さも消失している。この状態で勝つ。代わりに手の平の文字を守るかたちになったのは許してほしい。それと、アーガートによる(ゆか)はしばらく消えないから戦いに支障はない」

「本当に殺しがいのある、見上げた男の子なのだ」


()めないのか」

「手加減しているなんて思わないな。アーティットの戦いたいように戦うのが一番(いちばん)なのだ。自分がこの二年間(にねんかん)で文字におんぶにだっこになっていなかったか……確かめたくもあるんだろう? だけどおれは、文字を持っていない二年前のおまえに()()()ほれていた」

「本当に光栄だな。ジェオ、あのときのように俺を殺してみてくれ……もう、させないが」


 俺は(かれ)のサームシップサーム(๓๓/三十三)の()(ずみ)に視線をやって右手を構えた。


「じゃ、始めよう。ハスの船のみんなには手を出すなとすでに伝えてある」

「わーい! きょうこそ殺してやるのだっ」


 ジェオの笑顔(えがお)には、無邪気(むじゃき)という言葉がよく似合う。


* *


 その(ばん)だけでは俺とジェオの(たたか)いの決着はつかなかった。

 戦い自体は単純(たんじゅん)で、抱擁(ほうよう)により()め技をかけようとするジェオをよけてその都度(つど)俺が打撃(だげき)を返す流れがいつまでも続く。


 もはや追いかけっこである。


 ずっと戦い続けるわけにもいかないので俺もジェオも適宜(てきぎ)同時に休憩(きゅうけい)をとった。

 睡眠(すいみん)時間もしっかり確保し、俺は作ったごはんをジェオにも食べてもらった。


 そうして俺たちが戦っている一方(いっぽう)で――。

 チャーイハートたちはギンガー海域の制圧が本当に()()げられているか確認を進めていく。


 確かに、リアンゲの縄から解放されギンガー海域で暴れていた精霊(ピー)すなわち(マンゴーン)のウィマーンは婚約者(こんやくしゃ)のスカティを棺桶(かんおけ)から出すのに成功したため当の海域から姿を消した。


 とはいえゴ・ナームが消滅(しょうめつ)して青い(きり)のピーが消えた今になっても、ギンガー海域が元通(もとどお)りになったとは言えない。


 まだ野生のトカゲザメたちの多くが(もど)ってきていないからだ。


 もともとギンガー海域には、大量のトカゲザメのピーが生息していた。

 トカゲザメたちは暴れるウィマーンから逃げるために周辺の海や陸地に進出した。


(ただし今になって思えば、トカゲザメたちはウィマーンから追い(はら)われたのではなくピーとして格の高いウィマーンに命令されて周辺に散ったのかもしれない。ピーではなく人間のほうを(にく)んでいるウィマーンがいたずらにピーを傷つけるとは思えないからだ。そうしてトカゲザメを暴れさせたうえで俺たち文字保有者をギンガー海域におびき寄せ、数字のピーに文字のエネルギーを吸わせてからスカティの棺桶の(かぎ)としたのだろう)


 いずれにしろウィマーンがいなくなれば、トカゲザメたちはギンガー海域に戻ってくることになるだろう。脅威(きょうい)となりうる存在もしくは命令を聞かなければならない相手が(うしな)われたのだから。


 爆散(ばくさん)して海水となったトカゲザメも、個体差はあるが一週間(いっしゅうかん)程度で(もと)のかたちに戻るらしい。

 今回の作戦のメンバーではない文字保有者たち数人――レックやミーたちが、ギンガー海域外に進出しているトカゲザメを討伐(とうばつ)しながら確かめてくれた事実である。


 そして鐘のイヤリングで連絡(れんらく)をとったところ、復活したトカゲザメたちは人を(おそ)うことよりもギンガー海域のほうに引き返すことを優先しているそうだ。


 ニウフアメーの髪とエーンのヒトデによっておこなっていた海域封鎖(ふうさ)解除(かいじょ)し、ギンガー海域に(はい)ってくるトカゲザメたちを攻撃(こうげき)せずに受け()れる。


 遠くのヒトデたちとも視界を共有しているらしく、エーンがハスの葉の上で報告する。


「あ、またトカゲザメが(はい)ってきた。このまま順調にギンガー海域は元通りになりそうだねー」

「その確認が完全に済んで、ギンガー海域周辺からトカゲザメたちが引っ()んでくれたら制圧作戦は本当に終わりだな」


 戦いの合間(あいま)の休憩時間を使い、俺はエーンに声をかけた。なおジェオに聞かれないように音量は抑えている。


 エーンはいつものサバサバした声で返す。


「だねー。といってもティットくん……。スカティさんとウィマーンさんを飲み込んだっていうトカゲザメは()がしちゃったみたいだし、あとマリちゃんもウチは()らえきれなかったんよ。ごめんね」


 マリについては水の弾丸(だんがん)()りそそいだときにエーンのもとから逃げたらしい。

 取り()さえていたエーンの体を、例の袋状(ふくろじょう)のピーが引きはがしたそうだ。


 俺は赤い五本足の体を見ながら言う。


「君がずっとマリを(おさ)えてくれていたおかげで、ほかのみんなはウィマーンとの戦いに専念できた。みんな感謝してる」


「そうそう、アーティットくんの言うとおり」


 リアンゲの頭部を持つニウフアメーがエーンのそばに(すわ)る。


「海域封鎖のパトロールがちょっとザルだったのはわたしの責任でもあるし……むしろエーンちゃんはみんなのいのちの恩人だからもっと(ほこ)っていいんじゃないかな。君が用意してくれた水着のおかげでみんなは水のなかの戦いでも自由に動けたんだからね。水着がなかったら(だれ)か死んでたかもってわたしは冗談(じょうだん)抜きで思ってるよ」

「アメちゃん……ティットくんも、(やさ)しい言葉ありがとね。あ、リアンゲさんもうなずいてくれてどうも~」


 エーンがタコの体をぴょんぴょん()ねさせた。


「……って、なんでみんなウチの体にツッコまないん? ぜひツッコんでツッコんでー」

「なんというか、わたしは察してたからとくに(おどろ)いてない感じかなあ。どんな体でも君がエーンちゃんであるのは変わりないし。ねえ、アーティットくん」


「いや俺は驚いているよ、ニウフアメー。でも思い出してみればガーオ(๙)のピーはエーンのタコをつついていたな。つまり吸収すべき文字のエネルギーがタコの体からも放出されていたということ。そもそもエーンのロージュラー(ฬ)は日焼け(あと)として手の平に()かんでいたし……この時点で人間の体はダミーだったと推測することが可能だったな」


「正解だよティットくん。ウィマーンさんやハートちゃんみたいにどっちも本体ってわけでもないんよ。ピーでもない。ウチは五本足のタコ。といっても人間の体も気に()ってるから今後もそっちをよろしくね~」


 ちなみに現在エーンの人間の体はそのタコの体に収納されているようだ。

 返事をしてから俺はなんとなくリアンゲと無言(むごん)()みを()わした。


(不思議とリアンゲとはそれだけで分かり合えるような気がしてしまう。それに……リアンゲが作戦に参加していたこと自体に(みょう)な安心感があった。メンバーに同性が少ないこともさすがに関係しているのかもしれないが)


 ニウフアメーの冥色(めいしょく)(ひとみ)もちらりと見る。


(そしてニウフアメー……彼女は魔力(リット)というよく分からない(ちから)を行使する魔女(メーモット)。どうもこの人だけピーともまた違う独特の概念で動いているような感じだ。今回の作戦では低子音単独字のみんなとの交流を深めることができたけど……なぜかニウフアメーに関してだけは何者なのかまったく予想がつかない)


 俺の視線に気づいた彼女が手を振ったので、俺も同じ仕草を返した。

 不明な点は多いものの、数字のピーの捜索(そうさく)やスカティたちとの戦闘(せんとう)においてニウフアメーが多大に貢献(こうけん)したのは事実である。

 ジェオとの戦いのためにトータハーンを封じてくれていることにも感謝している。


 それから俺は、休んでいるジェオのそばに寄る。


「そろそろ戦いを再開しようか」

「うんっ!」


 うとうとしていたジェオが立ち()がった。

 が、(となり)(ひか)えていたキアが(あま)ったるい声を出す。


「待て、ジェオ。トータハーン・アーティットと少し話をさせろ」

「構わないのだキアちゃん!」


 うなずき、ジェオが半歩(はんぽ)だけ()がった。

 キアの声がネズミのようにか(ぼそ)いものに切り()わる。これで会話の声は俺とキアだけにしか拾えなくなった。


 口元(くちもと)(かく)して話をおこなう。


「われわれに刻まれた文字の正体がピーだったことを、貴様(きさま)はどう考えている」

「驚いたけれど、それによって俺が(まよ)うことはないよ」


「だろうな。スカティの言ったこともウソではなかろう。われのノーヌー(น)がわれの(はだ)を自由に移動できるのも、そもそも文字がピーであるからと考えれば合点(がてん)がいくしな」

「言われてみれば……でも」


 髪で(ふう)じられた自分の左手を一瞥(いちべつ)し、俺は首をひねる。


「どうして君のノーヌーだけが移動能力を有しているんだろう」

「文字保有者のなかで、われがもっとも文字となじんでいないからだろうな。文字がわれに吸着しきれていないと言える」


「まあ思い当たるフシはあるな。君はほかのみんなと比べて詠唱(えいしょう)を使わないイメージがあるし……それだけ文字の(ちから)(たよ)らずに戦闘しているということか」

「……ウォーウェーン・クマリー、ノーヌー・キア、ヨーヤック・ナーグルア、ンゴーングー・リアンゲ、ローリン・ヒマ」


 文字保有者の名前を、とある順番でキアが述べていく。


「ヨーイン・ニウフアメー、モーマー・サラサルアイ、ロージュラー・エーン、ノーネーン・チャーイハート、ロールア・プリア……以上は文字のエネルギーを()らう数字のピーが取りついた順番だ。これがなにを意味するか分かるか、トータハーン」


「順番には意味があったのか? まあ別行動をしていたニウフアメーのことも考えるとその順番も絶対ではないんだろうけど……もしかして文字と本人との親和率が低いほど数字のピーは取りつきやすかったんだろうか。一人(ひとり)につき一体(いったい)ずつ取りついていたことから、相互(そうご)遠慮(えんりょ)し合う性質だったことが分かるし、それが文字のピーについても適用されていたとしたら本人からピーのにおいがするほどにその相手を後回しにすることになる。ウォーウェーン(ว)を継承(けいしょう)して()もないクマリーの親和率がもっとも低いのは道理だ。そして次に親和率が低いのは……文字を移動させることができる君ということになるのか」


 つまり今回作戦に参加した低子音単独字組のみんなのなかで文字との親和率がもっとも高いのはプリアさんで、チャーイハート、エーン、サラサ、ニウフアメー、ヒマ、リアンゲ、ナーグルア、キア、クマリーの順で親和率が低くなっていくという仮説を立てることができる。


 もちろん数字のピーはその場で会った文字保有者のなかから対象を選んでいたフシもあるので、実際の親和率の順番は仮説のそれとは前後するだろう。


「プリアさ……プリアの親和率が一番(いちばん)高そうなのは、やはりスーンに無理やりロールア(ร)を刻まれたという側面が大きいからだろうな」

「いや、今回のメンバーのなかでもっとも文字との親和率が高いのはロールアではない」

「チャーイハートか? 二人に取りついたヌン(๑)とスーン(๐)のピーは、ほぼ同時に現れたからなんとも言えないけど」

「ノーネーン(ณ)でもない。親和率がもっとも高いのは貴様(きさま)だ」


「……あ。だから俺には数字のピーがつかなかったのか」

「おそらくな。それだけ文字と貴様とはベッタリということだ。一時的(いちじてき)なものとはいえ、ヨーイン(ญ)にトータハーン(ท)を封じられて普段(ふだん)とのギャップもあるんじゃないのか」


「いや、武器や兵隊(タハーン)のピーを出し()れできないこと以外とくにないな。体は普段から(きた)えているし」

「なるほど。文字と貴様は親和しすぎてほとんど()ざり合っていると()える。ゆえに一部(いちぶ)が封じられても、その性質が(うば)われたという感覚がないわけだ。分かりやすくたとえると、バナナとリンゴだ。混ざっていない状態だとバナナを奪われたとき明確にバナナが奪われたと分かる。しかしバナナとリンゴを(くだ)いて混ぜ合わせてジュースにすれば、半分飲んでもそのぶんの量が減っただけでバナナだけが奪われたという感覚が生じない」


「……そ、それは分かりやすいな」

「貴様。心にもないことを」


 キアは文字の力を封じている俺が万全の状態でジェオと戦えているかどうかを心配しているのだろうか。

 対して俺は「コープクン」と言おうとしたが、キアの左手に(くち)をふさがれた。


「誤解するな。誰が貴様を心配(しんぱい)するか。われがやったのは気になる情報の共有にすぎん」


 ここでキアは声を戻し、俺との会話を打ち切った。

 ジェオが俺の右腕(みぎうで)を持ち、ぶんぶん()る。


 巨躯(きょく)を持つ壮年(そうねん)男性なだけあって、勢いがすさまじい。


 しかし俺はケガしなかった。

 ハスの葉の上では戦わないことに決めているが、その約束をジェオは律儀(りちぎ)に守っているのだ。


「キアちゃんとなにを(はな)していたのだ、アーティット! そばにいたのに全然聞こえなかったのだ!」

「ちょっと秘密の話をしてたんだ。待たせて悪かったな」


 硬い空気でできた(ゆか)に戻り、戦いを再開する。

 その日もジェオと戦い続けたが、決着はつかなかった。


* *


 決着がつかないまま数日(すうじつ)が経過した。

 俺たちはいまだにギンガー海域に()き続けている。プリアさんのハスの船のおかげで快適に過ごせている状態だ。


 ギンガー海域に帰還(きかん)してくるトカゲザメも増え始めた。

 ただし俺たちが襲われないよう、ナーグルアたちがトカゲザメをハスの船から追い払っている。


 休憩のあいだ、俺はナーグルアのそばに寄った。


「ちょっといいか」

「なんでしょう、トータハーン(ท)さま」


 右手の棍棒(こんぼう)で空気を()いてその衝撃(しょうげき)を飛ばしつつ、ナーグルアが応じる。


 いずれの攻撃(こうげき)もトカゲザメには直撃(ちょくげき)していない。

 飛んだ衝撃は手前の海面に当たり、トカゲザメを平和的に逃がしている。


「もしかしてケンカのおさそいですの?」

「いや、今はジェオとやってるところだから」

「まあ。(わたくし)としたことが早とちりを。()ずかしいですわ」


 おしとやかにナーグルアがほほえむ。

 俺も小さく()みを作るように意識しながら彼女(かのじょ)に返す。


「気になってるんだが、あなたはどうやって自力(じりき)で棺桶から脱出(だっしゅつ)したんだ。エーンによると『鍵をあけない限り動かすことも(こわ)すこともできない』という絶対的な自然法則が棺桶に働いていたらしいけど……」

(わたくし)は、たたき続けただけですわ」


「自然法則の(ことわり)までもぶっ壊したわけか。すごいな」

「いえいえ。今回(わたくし)は長く棺桶に封印(ふういん)されていた身。むしろみなさまのお役に立てず反省していたところです」


「そんなことはないよ。あなたが(ことわり)()えて自力で棺桶をこじあけたからこそ、スカティとウィマーンもあっさり退却(たいきゃく)したんだと思う。それに……棺桶に捕らわれていたのがほかの文字保有者だったら、その人はいまだに棺桶のなかに封印されていただろう。俺たちが全員無事に帰還できるのは、ナーグルアのおかげでもある」

「あらあらトータハーンさまったら、調子がいいですこと」


 満面の()みと共に、ナーグルアが蠱惑的(こわくてき)(ひとみ)を向けてくる。


「その言葉、作戦に参加したみなさま一人(ひとり)一人に対して思っていらっしゃることでしょう?」

「そうだ、みんながいたから作戦は成功したんだ。そして一人一人が違う方法で作戦に貢献(こうけん)した。リーダーのチャーイハートも同じ気持ちだろう」

「ふふ、おっしゃるとおりですわ。そして作戦成功はあなたのおかげでもあります、トータハーンさま。(わたくし)をなぐさめてくれたことも(ふく)めて、深く感謝いたします」


 棍棒を持っていない左手だけを立て、ナーグルアは上品(じょうひん)に礼をした。

 思わず俺も深々と礼を返した。


 さらに俺はヒマとサラサルアイに近寄る。

 彼女と(かれ)は海中に(はい)ってトカゲザメたちを遠くへ誘導(ゆうどう)していたが、たった今休憩(きゅうけい)のためにハスの船に戻ってきたのだ。


 ヒマはサラサの背中にまたがっていた。


「アーティットのバナナよこせーっ!」


 ジャンプして俺にしがみつこうとしてきたので、俺は近くにいたグラジョームを呼んでなかからバナナを取り出した。


 バナナ信者として、(たくわ)えは()かしていない。


 ちなみに、戦いには参加させていないがみんなのごはんを作るためにも、グラジョームやプルーン、ユアックはトータハーンを封じる前から出しっぱなしにしている。ただし無言で指示することはできず、口頭(こうとう)でのコミュニケーションを(はか)る必要がある。なお消毒・洗浄(せんじょう)のためのペートのしっぽも充分(じゅうぶん)に保管してあるので衛生面でも問題はない。


 さて皮ごと勢いよく食べるヒマだったが、途中(とちゅう)(くち)がとまる。


「ヒマ……役に立ってたかなあ」


 カヤンがリーダーを務めていた人面ムカデ討伐(とうばつ)作戦のときもそうだったが、ヒマは自分が仲間の役に立っているかどうかをすごく気にする性格らしい。


 なにも知らない人がヒマと(せっ)すれば、天真爛漫(てんしんらんまん)(なや)みがなく仲間思いの明るく元気な少女と思うだろう。


 しかし実際のヒマはとても繊細(せんさい)で傷つきやすい少女なのかもしれない。過去になにがあったのか、俺がせんさくするわけにはいかないが……。


「もちろんみんなの役に立ってたよヒマちゃんっ」


 クマリーが飛んできた。


「ヒマちゃん一生懸命(いっしょうけんめい)ゴ・ナームの地図を書いてたし、最後にお兄さんを豪快(ごうかい)にぶん投げてくれたもん。クマリーもヒマちゃんのこと(たよ)りにしてたよ」

「ありがと、クマリー……うれしいっ!」


 小さな(くち)でバナナとその皮を()みなおす。

 そして……さらにもう一人(ひとり)、ヒマに声をかける者があった。


「そ、そう。クマリーの言うとおりだよヒマ……っ。アナタは立派(りっぱ)な人だってば……」


 目を泳がせながらプリアさんが寄ってきた。

 少し言いよどんだあと、(ほお)を染めながら言葉を()いでいく。


「マンゴーンのウィマーンのなかをアナタが通り抜けていなかったらワタシ、胃のなかのウィマーンと話せなかったかもしれないし……。なによりマリにワタシとアーティットさんがさらわれたときアナタは勇敢(ゆうかん)()け付けた。マリのピーの正体も暴いてくれたから、それでマリを警戒(けいかい)することができるようになったわけで」

「うわあんっ! プリアもありがとうっ!」


 目をうるませてヒマがクマリーとプリアさんにまとめてだきついた。


「ねえ。プリアもヒマと友達になってほしいな」

「クマリーからもお願いっ。プリア艦長(かんちょう)!」


「え、え……トモダチっ」


 プリアさんは困惑(こんわく)している。


「……トモダチってなに?」

「それじゃ友達の儀式(ぎしき)だっ! アーティット、バナナ追加で!」


 ヒマの要請(ようせい)(したが)い、俺は新しいバナナを投げた。

 めずらしくヒマはバナナの皮をむき、中身をまるまるむき出しにした。


「えっとねー、二人でバナナの両端(りょうたん)をくわえて、食べ進めるの。それで先に(くち)(はな)したほうが負けってゲーム!」


 そんなゲームが――いや儀式が存在していたとは初耳だ。

 クマリーが興味(ぶか)そうに見守るなか、ヒマの勢いに押されてプリアさんはバナナをくわえた。


 もう片方(かたほう)のはしっこをくわえたヒマも(くち)を動かし始めたが、儀式の途中(とちゅう)で真ん中の部分がポロリと落ちた。


 だがクマリーが(した)からパクリとそれをくわえ、もぐもぐと噛んで飲み込んだ。

 この場合勝敗はどうなるのか……? 


 ヒマが判定をくだす。


「むむっ。これは三人とも友達って結果だ!」


 それはよかった。

 クマリーとヒマに(はさ)まれてプリアさんは照れているものの、その口角(こうかく)(ゆる)やかに()がっている。


 このタイミングでサラサが俺のひざを小突(こづ)いてきた。


「おいおいアーティ。うれしそうじゃねえかよ」

「そう言うサラサこそ」


「……そりゃあな」


 プリアさんを見守りながら、サラサが短く言葉を()らした。


* *


 さらに数日が経過し、とうとうギンガー海域周辺からトカゲザメがいなくなったという連絡がレックから(はい)った。


 海域に帰還するトカゲザメもこれ以上確認できない。

 エーンとニウフアメーも海域を警邏(けいら)させていた髪とヒトデをすべて回収した。


 もちろんすべてのトカゲザメが帰還したわけではないだろうが、あとは化け物係に任せておいて問題ない。


 チャーイハートが宣言する。


「これにて、ギンガー海域制圧作戦は終了(しゅうりょう)である。みんな、大儀(たいぎ)であった。無論、全員に化け物係から報酬(ほうしゅう)支払(しはら)われる。おつかれさま」


 その日の正午に俺とジェオの決着もついた。


 俺が逆にジェオを抱擁(ほうよう)し、慣れない()め技をかけたのだ。

 それが偶然(ぐうぜん)にもハマり、ジェオをギブアップさせることができた――。


 ――わけではない。


 慣れない極め技を俺が使ってジェオを(たお)すことができるほど、(あま)いわけがない。


 いったんジェオの極め技に全身を(くだ)かれそうになったものの、それを好機にして俺は(ふところ)(はい)ったまま殴打(おうだ)を連続で(はな)った。


 そして極め技から脱出して向かい合い、最後は(こぶし)でひたすら(なぐ)り合う。

 俺も意識が飛びそうになったが、どこか(たの)しくて、死んでも倒れるかと思った。


 ジェオは透明(とうめい)(ゆか)に倒れ、あお向けのまま笑った。


「もう動かない……。やられたのだ、アーティット。あのころよりも、もっと素敵(すてき)素晴(すば)らしい男の子になったんだな……!」

「コープクン・クラップ」


 手を合わせて礼をしながら、倒れないように俺はその場に()みとどまった。

次回「168.数えきれない言葉に乗せて(บนคำนับไม่ถ้วน)【後編】」に続く!(8月22日(土)19時から23時59分のあいだに更新)

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